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2009/03/11

刮目して食べる人々

 天気が回復してきたので、連日自転車に乗っている。
 一昨日は、池袋界隈を徘徊。昨日は西新井→竹の塚→伊興→栗原周辺を巡行。今日は今日で赤羽一帯を行ったり来たりした。
 やはり自由が丘あたりとは何かが違う。

 で、走りながらつらつらと考えた。
 ので、山の手奥さん美貌説について、仮説をひとつ追加しておく。

  • 仮説7:オダジマは、既に若い娘に関する審美眼を喪失している。

 それゆえ、オダジマは、年増の美は感知できても、若い女性の美については判断を放棄している。で、「山の手の年増は美貌だぞ」などと、見当違いなこと(実際には若い世代も含めて山の手の圧勝なのかもしれない)を言出したのだ、と。

 ありそうな話だ。
 実際、10代の少女たちについて、どういうコがイケていて、どういうコがイケていないのか、私は、ほとんどまったく判断する材料を持っていない。感覚はもちろんのこと。なにしろ娘と同年代なわけだし。美貌もへったくれもないよ。子供なんだから。オレらにとっては。

 ただ、若いコたちについては、最近不思議に思っていることがひとつある。
 少女たちのうちの一部で、美意識の暴走が起こっているように見えるのだ。
 具体的に申し上げると、より低学歴でやんちゃ志向な少女たちの化粧法が、私のような者の目には、あんまり素っ頓狂に見えるということだ。
 たとえば、「小悪魔ageha」のグラビアに出てくるギャルさんたちのお化粧は、世間では「キャバクラ志向」という風に分類されているらしいのだが、あれは、ほとんど歌舞伎化だと思う。化粧というよりも、隈取りに近い。彼女たちのファッションは、女性美の追究という本旨を離れて、別種の生体標本を目指す方向に向かっているのではなかろうか。まあ、それはそれでミモノではあるのだが。

 彼女たちの中では、目は大きければ大きいほど良いということになっている。
 そのこと自体は別段不思議ではない。。
 一般的に言って、戦後からこっち、日本人の美意識は、一貫して目の大きさを評価する方向で展開してきた。外人さんみたいな目でありたい、という感じで。
 とはいえ、それはそれとして、バランスというものがある。
 大きい目が魅力的であるのが事実であるのだとしても、大きすぎるのは、一般人にとっては、やはり不気味に見えるはずなのだ。
 が、一部の少女漫画の中に、下まぶたの線が鼻より下に来ているとんでもない作画のブツが現れてきていることでもわかる通り、一部の少女たちは、バランスなんぞという半可くさい項目は無視する。なーにがバランスだよ、と。目玉は、とにかくデカければデカいほど良い。それは、足が長ければ長いほど良く、ウェストが細ければ細いほど良いのと同じで、一種の直線的な数値スペックなのである。
 
 であるから、ハマサキなどは、放っておいても十分に大きい目を、より大きく見えるようにメイクアップして、のみならず、写真に写る場合には修正までほどこしている。だから、生放送の歌番組に出たりすると、ナマのハマサキは、なんだか膨れ萎びた(つまり、シルエットとして膨らんでおり、肌質として萎びている)別人みたいに見える。全然あゆっぽくない。
 
 ハロプロの面々が提示しているソリューションはさらに極端だ。たとえばGマキとかTジちゃんだとかは、目頭を切開(してるよね?)してまで、眼球露出面積を拡大せんとしている。
 で、写真に写る時には、斜め下から目を見開きつつカメラを見上げるアングルでひたすら目玉の大きさを強調する。
 化粧も然り。目頭と目尻の部分を白く塗り、アイラインをはみ出し気味に塗って目を大きく偽装する。あれは、どういう神経なのであろうか。
 思うに、これ(「目の縁が白い」こと)って、猫科の生き物の赤ん坊に特有な姿なのだが、もしかして、彼女たちの理想は「ライオンの赤ちゃんみたいに無防備に見えること」なんだろうか? だとしたら、なんだかちょっとかわいそうだぞ。

 美意識は、暴走しがちなものだ。
 世代全体や世間一般というふうに主語を大きくすると、美のあり場所は、実は平均値に落ち着く。つまり、世間には色々な好みがあり、相応のバラつきがあるわけで、それらを平均してみると、案外に美というのは寛大な線に収まるものなのだ。
 しかしながら、それが、個々人の美意識ということになると、ストライクゾーンは一気に狭まる。若い人たちの場合、「向上心」みたいなバイアスがかかって、さらに狭くなる。で、「目は大きければ大きいほど良い」だったり、「オンナのコはやせていればやせているだけ美しい」みたいな、極端な到達目標が設定されることになる。
 で、プリクラには、目の大きさを10%増しで大きくする設定のマシンがあったりして、それがプロフ用のネタとして人気になっていたりするわけだ。
 いつだったか、どこかで犯罪被害者になった女の子の写真がまさにそれだった。
 どこからどう見ても高校時代の生徒写真と同一人物であるとは思えない、目の玉の大きさが3割り増しぐらいになっているなんとも無残な写真。いたましい話ではないか。

 食事中に、目を見開く女の子たちがいる。
 たとえば、スープのスプーンを口に運ぶ瞬間、右斜め上15度ほどのところを「ぐっ」と見上げる仕草をするのだ。それもアゴを引きながら。
 これは、女の子の目が一番大きく見えるアングルで、だから、雑誌モデルのキメ顔になっていたりする。CM撮影のお食事場面でも、定番みたいに多用されている。
 もちろん、普通の世間で生きている女の子たちは、いちいち食べる時に斜め上を見上げたりしない。当然だ。だって見上げる理由なんかあるはずないから。
 が、青山あたりで食事をしていると(最近、青山近辺に出かける機会が何回かあったものでね)、現実に、パスタを口に運びながら斜め上を見上げる女の子に出くわしたりするのだね。おどろくべきことに。
 いたましい話だよ。
 胃に魂が宿るみたいな減量苦もさることながら。
 

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コメント

江戸時代にも、マリーアントワネットの治世にも、髪型で珍妙奇天烈なのが流行った時期があるのは ケッコーここの読者さんなら既知かとおもわれますが

パラダイムシフト期の共通点なのやもでぃすネ

そういう些事(?)までは歴史は仲々ふぉろーしませぬけえ。

投稿: mebius遣い | 2009/03/11 19:14

バカボンパパ及び山の手奥様方と同世代の私もやはり

>既に若い娘に関する審美眼を喪失している

のかもしれないと気付きました。思考停止で「若いってのは素敵なことだよ」繰り返しているに過ぎないのかも、と。

しかしそれとは別に。「小悪魔ageha」系については、明らかに「『これまでの』女性美」の追求など目指していないでしょう。そもそも彼女たちに何か「本旨」などあるのか?私には分かりません。

ただ、彼女たちは単に美意識を爆走させているだけ、というのとは違うような気がします。プロがプロデュースしている芸能人とは違う。彼女たちには「新種の女発生か?」と期待させる何か(ええ、私は「期待」しています)がある。だから小田嶋さんの

>別種の生体標本を目指す方向に向かっているのではなかろうか

という意見にはすごく同意します。が

>ミモノ

という言葉は私には使えない。今後どうなるのか、期待を込めて注視したいです。「結局は『小悪魔ageha』系も若かったから〇〇だったのよ―――」なんてツマンナイ結果にならないといいな~と思っています。

投稿: キリハラ | 2009/03/11 21:45

ほんとに うまいなあ。こうも見事に ふだん それとなく感じているだけのことを 明確な文章にされて目の前に置かれると びっくりしますね。自分の目は全く焦点があっていなかったのかと。おそらく その「ふと感じる」の域を出て 事態を鮮明にとらえるには 不断の抽象能力を持ち続けることが必要なのだろうなと思います。
 こういう日常の中から切り取った印象を文章にまで抽出して さらりと提出する技においては小田嶋師匠と丸かじりシリーズのあの師匠の技が目下のところ飛び抜けて優れていますよね。
 ラジオデイズのしゃべりも毎回感心します。というより これ ひょっとして話芸として そこらの落語家さんよりいいよと ほんと ほんと。
 以上、決して誉め殺しなどではありません。
 何はともあれ 更新はおめでたい。まあ 一杯。あ、いけない、十五年の禁酒を破っては。二敗杯目をこらえることは不可能ですからな。
 でも この文の芸には酔います。深謝深謝。

投稿: 読者A | 2009/03/12 22:06

初めまして~\(^^)/

ブログの更新いつも楽しみにしてます。
これからも頑張ってくださぁい~(^▽^)

投稿: あけみ | 2009/03/14 15:04

はじめまして。

どこの部族やねんという女の子いますね。

彼女たちは、僕らが想像する以上に援助交際目的のオッサンとかキャバクラのスカウターから声をかけられています。
僕らが想像する以上に、「オヤジ、ウザイ」という気分でいる生き物なのです。そんなかっこうをするから声かけられるのに。

だから僕は彼女たちがああいうかっこうをするのは、オヤジたちに対する理解の拒絶なのだと思います。

羽を広げると目玉模様になって捕食者から身を守る蛾のようなものだと思います。

投稿: どくしゃB | 2009/03/18 18:35

ナンシー関さんのことを「インヒズオウンサイト」「テレビ救急箱」でも取り上げていただいて、うれしく読みました。あの当時、どこもあまり大きなあつかいしなかったから。「ブロードキャスター」で唯一山藤章二さんだけが「彼女がいなくなったツケに後で気付く」おっしゃっていました。もう少し早く小田嶋さんを知っていれば・・と後悔。今から読みまくります。

投稿: gomame | 2009/03/20 02:46

本日はご来場ありがとうございます♪

>ギャルメイク
「○○先輩ってばさ、アイライン引くときなにげにマッキー使ってるからね!」
「ギャハハ!マジ?落ちなくね?」
って会話を聞きました。ずいぶん前ですが。

投稿: 立川談笑 | 2009/03/23 23:38

>立川談笑さま

うわ。本当にご本人さまでしょうか。
ご来場ありがとうございます。
本日の落語は素晴らしく面白かったです。感激しました。

おはずかしい話ですが、わたくし、ナマで落語を見るのは、今回が生まれてから二回目(一回目はほんの4日ほど前です)という超初心者です。
で、これまで50有余年、寄席方面に顔を出していなかったことを後悔している次第です。
でもまあ、聞いてない噺がたくさんあるというのは、ある意味財産だと思うことにします。
老後の愉しみができました。
ありがとうございます。

投稿: 小田嶋 | 2009/03/24 00:23

>立川談笑さま
>小田嶋隆さま

小田嶋先生がそういうことなら、自分も、むかし買って放置しておいた「談志/ひとり会」のビデオ、始めっから見直すことにします。すんません。

投稿: よし | 2009/03/24 01:57

朝日ジャーナルが復刊ということで

ふらふらしてたハンドルをmebius遣いに定めようと思いました。ンデ

眼が大きい乙女の絵は、竹久・中原の系譜が大きいと思う(思う以前の問題 のですが、彼らは人生の何処かで

秋田美人

と接触しているというのが私見です。秋田美人の歴史は新しく、大正時代、ロシア赤色革命近傍なのです。そして秋田には巨躯が多い。能代工業高校。  さまざまな瞳の大きな芸能人さん。


単一民族幻想をぶち壊すが故か、この歴然とした事実は沈黙の内々に指弾されまくり。今日も髪を黒く染めさせられて泣いているをなのこが居やしないかと水仙よろしく貌(かを おかたぶけるマイニヅです。

ぃゃ今日は今までで一番表情アイコンがめまぐるしく変わった。練磨されてるなって 想うんですキヤッ

投稿: mebius遣い | 2009/04/14 19:14

なんと!決めた直後にこげな報道が!

【PC】シャープ、新ノートPC『メビウス/Mebius』を間もなく発表へ--100名のモニターも募集 [04/14]
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1239716041/l50

撤退を撤回したみたいです。イヤア

世界はまだまだ奇跡にみちてまふネ!小田嶋先生もみなさんもひとくちいかがですか??

投稿: mebius遣い! | 2009/04/15 16:23

どこを目指しているのかどうしたいのかだんだん分からなくなってきてますよね。それをあおる雑誌etcもどうかと思いますし・・・。

投稿: はる | 2009/05/09 10:54

>たとえば、「小悪魔ageha」のグラビアに出てくるギャルさんたちのお化粧は

 遅まきながら、その雑誌、マーケットプレイスで購入してみました。
 驚いた。
 全部、同じ方向で化粧が統一されてます。髪は茶色、アイシャドウはきつめ、まつ毛はカールさせる。服は、オシャレというよりコスプレに近い。
 ま、こんなのは慣れの問題かもしれません。
 私が日ごろ見慣れている萌え系アニメキャラも、見慣れない人が見ると、「うへえ」とか思うのでしょう。

投稿: Inoue | 2009/06/18 23:11

はじめまして

 事業仕分けの記事で蓮舫議員のスゴさの表現に
感動しました。ばっちり伝わりました。

投稿: りさーち | 2009/11/27 15:13

初めまして。
「ピースオブ警句」のほうはいつも楽しく読ませていただいておりますが、こちらは今回が初めてです。

AGEHA系に似ている(と思う)現象でガングロやヤマンバがありました。
女性として男子目線ウケを気にして当たり前だった旧来を逸脱した独自路線なので「だから崇高なのだ」という考察を読んだ事があります。

それを歌舞伎ですか~うまい事を言わはりますね。

どちらにしても「女らしく」であっても「女らしくなく」であってもジェンダーを意識しすぎみたいな気がします。大きなお世話ですけど。
と、格好良く書いてみましたが、オジサンからすると見ていて気恥ずかしいだけなんですけどねー。

投稿: CRUSH | 2010/02/13 10:49

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