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2008/07/13

すごい雨のあとで

 夕刻、日差しが弱まるのを待って自転車に乗る。
 やはり夏場は夕方にならないと走れない。
 自宅から志茂方面を経由、清水坂公園の横の坂を登って西が丘→帝京大学病院→仲宿→旧中山道を走る。

 北園高校裏から北養護学校を経て淑徳短大あたりを走っている時に突然の夕立。
 ハーフパンツのポケットに突っ込んでおいた帽子(以前、近所のスポーツ用品屋で買い求めたナイロン製の雨用帽子。2000円前後だったはず)が、早速役に立つ。自転車に乗っている時に降られると、どんなふうに傘をさしたところで、最終的には、必ずや全身が濡れることになる。ということはつまり、帽子で避けられる分以外は、あきらめるのが賢いということだ。無駄な抵抗はしない。はじめから濡れるつもりなら雨も悪くない、と思いこむのが正しい。
 
 ズブ濡れになりながら、この6月にオープンしたばかりの北区中央図書館まで走る。降り始めた地点から、だいたい500メートルぐらいか。
 ここで、20分ほど雨宿り。
 犬を連れた人々や、散歩中のご老人などが三々五々集まってくる。
 公園寄りの一階入り口のエントランスでしばらく土砂降りの雨を眺める。
 広い場所に降る雨は、涼しくて気持ちが良い。

 聞くともなく人々の話を聞いていると、年配のご婦人が「すごいわねえ」という台詞をしきりに繰り返している。
 おお。
 この言い回しをナマで聞いたのは、実に久しぶりのことだ。
 すっかり忘れていた。こういう日本語があったのだ。
 私が小学生だった頃、同級の女の子たちは、誰かを非難したり、何かに抗議する時には、ほぼ必ずこの言葉を使っていたものだった。たとえば給食配布の列に割り込んだり、雑巾を投げつけたり(すまなかった)すると、彼女たちは必ず「なによ、すごいわね」と言ったのである。
 私は、当時からこのフレーズに違和感を抱いていた。
 というのも、文字面のみを取り上げると、「スゴイワネ」は、対象の何かが甚だしい旨を強調しているのみで、何がすごいのかについては、まったく語っていなかったからだ。
「すごい失礼さである」
「あなたのやり方はものすごくズルい」
「このクラスの男子の強力にはなはだしい乱暴さに、私は満腔の怒りを禁じ得ない」
 と、おそらくはそういう意味がこもっていると思うだが、彼女たちは、「ズルい」とか、「きたない」とか「乱暴だ」とかに当たる具体的な非難の言葉は決して口にしない。その代わりに、「凄い」という、程度の大きさを示す形容詞だけを繰り返していたのである。
 やはり、昭和30年代の小学校では、まだ女の子が直接に男子生徒を論難することははばかられていたということなのだろうか。
まさか。
でも、女性らしい非難の言葉が「すごいわねえ」だったということは、少なくとも意識されていたのだと思う。
 つまり、非難や攻撃や啖呵みたいなものにも、一応「おんなことば」が設定されていた、と。

 同じように、女子がよく使っていた言葉に「びっくりした」というのがある。
「あたし、びっくりしちゃったわ」
 と言う時、それはたいてい非難ないしは呪詛を含んでいた。
「あの人のやり口のあくどさには本当に驚いた」
「私は彼女のあつかましさに驚愕したことである」
「A氏の無神経さというのは、それはもう驚きあきれるほかに対応の仕方の見つからない種類の災難である」
 ぐらいだろうか。

 とにかく、雨宿りの老婦人たちは、はっきりとした非難の形容詞を口にしない。
「あそこの奥さんは、まるっきりのグズよね」
「っていうか、バカじゃない?」
 とは言わない。
「ほんっと、すごいわよねえ」
「ええ、もう、びっくりしちゃうわよねえ」
 と、二人の老婦人は、あくまでも遠回しに、それでいて念入りに、感慨を述べ続けていたのである。
 そうこうするうちに、雨はウソのようにあがり、私は帰途についた。
 すごいぜ、と思いながら。

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コメント

昭和50年代の女子小学生です。「すごいわねえ」という言葉は多分使われていませんでしたね・・・記憶にない・・・。と言うか、「すごいわねえ→非難の意の表明」ということを意識したことがなかったです。「びっくりした」も同様。

そうか、そういうことだったのか!と納得。確かに「すごいわねえ」「びっくりした」を使うご婦人方、いらっしゃいますね。言われたことがあるような気もします。

小田嶋さんは「おんなことば」の変遷に遭遇したわけですね~。

投稿: キリハラ | 2008/07/13 05:54

キューポラのある街てきせかいのことれすね。よくはわかりません。

投稿: 満腔遣い | 2008/07/13 06:06

昭和四十年代後半~昭和五十年代初頭にまたがって都内カトリック系小学校で過ごしました。

「すごいわね」「びっくりしちゃうわね」
使っていたり、耳にしていたりしたおぼろげな記憶があります。

それにプラスして「やるわね」
これはときに褒め言葉でもあり、批判の言葉でもあり、皮肉の言葉でもありました。

シスターたちは「そうだわ(と手を叩いて)、みなさん、こうなさったらいかがかしら」みたいな言い方をしていましたが、これはさすがに当時のわたしたちの言い回しではありませんでした。

わたしになじみが深いのは、「すごいわよね」「びっくりしちゃうわよね」「おどろいたわよね」と「よ」をはさむものです。

だから、流れとして

「すごいわ」→「すごいわね」→「すごいわよね」→「すごいよ」→「すごい」

という変遷を遂げた、というのはどうでしょう?

投稿: 陰陽師 | 2008/07/13 07:11


 してみると、ちょっと前に流行った
 「どんだけー」というのは、「すごいわね」の
 復活ヴァージョンですね。

投稿: abc | 2008/07/13 12:11

昨日の夕立。
その時目黒にいたのですが、あの雷雨は確かに「すごいわねえ」でした。
もう夏ですか。

投稿: かず | 2008/07/13 12:23

確かに…
「すごいわねえ~」
当時の女子の顔を顰める表情が浮びます。
小津調のように
「すごいわねえ」
「ほんと!すごいわね~あのこ」
と反復されていたような気もします。

投稿: KAJII | 2008/07/13 13:48

しかしこの本はひどかったな
■講談社現代新書(18日)
枢密院議長の日記 佐野眞一 1,008 10/18

この日記を少ししか読んでないのに自分たちが大手柄のように騒ぐ
永井和のグループが10年以上前から解読してきてるのにわずかしかふれない


http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~knagai/kuratomi/kuratomi.html
倉富勇三郎日記研究

投稿: けん | 2008/07/13 16:55

「故郷の潮の満ち干(ひ)きする渚の、
おどろくほど緻密な観察と鮮明な記憶、
まのあたりに見ているような平明な描写力。
読んでいてふいに胸えぐられる感じになるのは、
今はこの列島の海岸線すべてから、
氏の書き残されたような渚が消え去ったことに思い至るからである」
(石牟礼道子「山川の召命」『ちくま日本文学全集 53 宮本常一』1993年、461頁)

「潮の満ち引きまで感じられる渚の写真を眺めながら、
ふいに胸えぐられるような思いに駆られるのは、
かつて宮本がカメラにおさめたような渚が、
日本の海岸線からことごとく消えてしまったことに思いいたるからであろう」
(佐野眞一『宮本常一の写真に読む失われた昭和』平凡社、2004年、6頁)

213 :無名草子さん:04/09/05 22:09
>>212
なんと!
「佐野眞一剽窃の軌跡」なんて本を書いたら、
5000部ぐらいは売れそう。うまく宣伝すればもっと売れるかも。
どっかの出版社に、持ち込んでみたらどう?
私は読みたい。

投稿: けん | 2008/07/13 16:56

「すごい」って昔は悪い意味のみに使っていたように記憶しています。
だからその女子が言った「すごい」は「なんて悪いことをするの」と同義語なのかもしれません。

投稿: まー | 2008/07/15 09:27

私も昭和三十年代の後半から小学生をやっていましたが、その頃に使われていた言葉を覚えている小田嶋さんに感心しきりです。いくら思い出そうとしても、その頃のクラスや友達同士の会話が、一体どんなものだったのか、全く記憶にないのです。そもそも級友たちの顔や名前すら、一つも浮かんでこないのです。ボケーとした子供だったのでしょう。間違いなく。

ただ、「すごい」とか「びっくりした」は小田嶋さんがご指摘の意味合いで、男女の区別なく(35歳以下のことは分かりませんが)今でも耳にすることがありますから、いつ頃からそうやって使われ始めたのか、気になるところです。言葉というのは、不思議な生き物なんですね。

投稿: happle-yapple | 2008/07/15 12:11

これからも頑張ってください(^^)

投稿: 天使 | 2008/07/16 08:53

婉曲女話法、そういわれてみればそうだったかも。さすが言葉を使うプロは感覚が鋭いなと思いました。

投稿: き | 2008/07/17 15:12

頑張ってくださいね
応援してます^^

投稿: kaoru | 2008/07/18 18:32

今聞くと
「すごいわねえ」も「びっくりしちゃったわよ」も
何となくオネエ言葉っぽい印象を受けます。
彼(女)らの言語感覚ってその年代の影響を受け続けているんでしょうかね。

投稿: タロスのパン | 2008/07/19 23:50

>タロスのパンさま

>何となくオネエ言葉っぽい印象

 おそらく、昭和の半ばまでは、まだかろうじて小学生の女子の間で、生き残っていた「おんなことば」が、現在では、オーバー70歳の老婦人方、およびオネエの皆さんの間でしか流通していない、ということなんだと思います。
 オネエ業界の人々は、女性性を過剰に演出せねばならない必要上、古語をひきずらざるを得ないのでしょうね。

 私自身の記憶では、同世代の女子(つまり現在50歳前後のおばさんたち)でも、中学生になると一人称の代名詞を除けばほとんど男言葉でした。同士はまったく同じ。助動詞の語尾も。
 ですから、
「わたし○○だと思うわ」
 とかいった調子の「キューポラのある町」の中で吉永小百合がしゃべっていたみたいな日本語を、実際に使う女性に出くわすと、「なんだこのコの口調は、芝居か?」と思ったものです。

投稿: 小田嶋 | 2008/07/20 02:13

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