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2007/11/10

スピード考

 前のエントリーが、あんまり建前論に傾いている感じがするので、軌道修正をしておく。環境野郎みたいに思われると、ちょっと窮屈なのでね。

 正直な話をすれば、私自身、スピードは好きだ。
 飛ばすと気持ちが良い。
 これは、言葉では説明できにくいタイプの感覚で、なんというのか、単純に速い速度で移動していると、心が晴れ晴れするのだな。スキーにしても自転車にしても自動車にしても。

 速いクルマに対する憧れも、捨てられずにいる。
 ハイパワーなクルマに特有な排気音や、走りに徹した自動車のフォルムにも、抵抗しがたい魅力を感じる。うん。そうだよ。フェラーリの318とかを見ると溜め息が出るのだよ。
 ついでに申せば、カマロみたいなタイプの凶暴なアメ車が走り出す時の野放図な力感も好きだし、値段の高いクルマだけが備えている工芸品じみたツクリの美しさにも惹きつけられる。

 ただ、私は、自分のスピード好きを全面肯定しようとは思っていない。
 アクセルを踏み込む時には、せめて後ろめたさを感じようではないか、と、そういうふうにして自らを律している。

 別の言い方をするなら、スピードの快感と、それに対する没入が必要以上に美化されている現状に違和感を感じている、ということだ。ほら、徳大寺のオヤジの美文だとか、五木の爺さんの逆ハンなんたら以来脈々と流れている、スピードとロマンチシズムみたいなマッチョ自慢の系譜があるだろ? オレは、アレが苦手なんだよ。スピードおやじの自分語りの周囲5メートルに漏れ出ている覆いがたい口臭が。

 快楽そのものを否定しようというのではない。
 ただ、快楽は罪を伴っているということを自覚するのが、文明人のたしなみだと愚考するわけです。

 たとえば、暴力には暴力の快感がある。窃盗には窃盗の快楽があるのかもしれない。あるいは、もっと罪深いことのうちにも、それぞれに隠微な、人に言えないタイプの快楽が潜んでいるのかもしれない。
 でも、「人を殴る楽しさ」や「破壊の面白さ」は、公認されていない。だから、それらについて語る人々は、決して大いばりで自らの愉悦を語ったりしない。
 かくして、ボクシングは四角い狭いリングの中に押し込められ、厳しいルールと制限の中でかろうじて生き残っている。エロもそうだ。ポルノショップや売春宿はどこの国に行っても路地裏に隠れている。
 ボクシングを見る愉しみについてさえ、心あるファンはきちんとした「うしろめたさ」を感じながら、観戦することを自らに課している。

 なのに、スピードの快楽は、それが明らかに反社会的かつ破壊的であるにもかかわらず、なぜか、いつでも美文調で語られることになっている。
 ハリウッド映画でも、ハードボイルド小説の中でも、スピードへの欲求は、明らかに特別扱いを受けている。なんだかそれが「男の甲斐性」で、「少年っぽさ」の尻尾で、要するに「愛すべき逸脱」であるみたいな調子で。あるいは、スピード好きが「心の純粋さのあらわれ」であるみたいな、そういう扱いがデフォルトになっているわけだ。
 だから、スピード好きを公言する人たちの口調にも、微妙なヒロイズムとナルシシズムが漂うことになる。
 どこからどこまでを何分で走ったとか、どこそこのカーブを何キロで走り抜けたといったタイプのエピソードも、反社会的な逸脱というよりは、無邪気な自慢話として語られ、それを聞いている少女たちの表情にも、これといった非難の色は浮かんでいない。
「男の人が何かに夢中になっている姿って素敵」
 みたいな、方向違いの美化。
 狂っている。
 どうかしていると思う。

 で、私は、かくのごとくにスピードが美化されている理由について、以下のように考えている。
 つまり、スピードが美しい本能であるみたいに語られている背景には、スピードが産業化された快楽で、エンジンパワーの増大が資本主義の動力源になってきたということがあるわけで、マスメディアが、スピードを暴力やエロと区別しているのは、産業社会からの無言の圧力に対応しているからなのだ、と。
 考えすぎだと思う人々には、そう考えてもらってかまわない。
 たぶん、考えすぎだから(笑)。

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コメント

 私は昔から「コンピュータマニアは電脳暴走族」という自論(というほどのものではないが)を持っています。
 まだOSがサポートしてないバス幅とか拡張命令のついたCPUとか、半分どころか1/4しか使われない膨大なメモリを積んで、さらに消費電力を食って冷却ファンの回転数が上がって、CPUの寿命も短くなるクロックアップ改造をやって、悦にいっている人たち。

 ちなみに、私のPCは2GBのメモリを積んだデュアルコアマシンですけどね。

投稿: Inoue | 2007/11/10 12:23

フェラーリ308よりの系譜は一貫してまする。

どれが308で318で328で348で368なのか

ワカラネー 外観ほぼ一緒。

あ、フェラーリ512STってえ新車が出たんすよ。F90だのテスタロッサよりゃマシな外観っす車高が50cmアンノカヨつくらいしゃこたん。

俺のPCは256MBで最大のPIII866ですが

おそらく地球一スパイウェアが装填済み。削除してもまた生える ノートンは積んでいる

ロータスエラン マセラティボラ&メラク フェラーリディノ246 365GT4ディトナ ランボルギーニイオタ&ミウラSV ランチャストラトスターボ BMW1001&2002 ディトマソパンテーラGTS

スーパーカーならこの辺りかしらんと感慨る

投稿: 帰ったのに来たり | 2007/11/10 14:14

車のスピード狂ってそんなに世間で好意的に見られてますかねぇ?
私の眼からは、ヤクザものの映画や小説やマンガが認められているのと同じ程度に
認められてるだけに見えます。スポーツ物とかと比べると間違いなく不健全と思われているのではないかと。
近所にバイクいじりが趣味の高校生がいたとして「いい子ねぇ」と評判が立つとは思えません。

ただ、産業にからむ部分ではルールが曲げられているというのはおっしゃる通りだと思います。
車も、パチンコも、ソープランドも、そこから収入を得ている人が多くて、
取り締ると影響が大きい場合はお目こぼしされている。

投稿: まる | 2007/11/10 17:50

>まるさま
>車のスピード狂ってそんなに世間で好意的に見られてますかねぇ?

 「狂」の字がつくタイプのスピード追求派や、暴走族のたぐいは、それなりに世間から浮いていると思います。
 だから、たとえばランエボだとかインテグラタイプRみたいな「安くて速い」クルマのオーナーや、エンジンを自己改造しているテの連中は、そのまんまDQN扱いになるし、大型バイクで生身のスピードを追求している命知らずな組の人々は人間として別枠と見なされることになります。

 ところが、ガレージに並んでいるクルマがマセラッティだとかベンツのSタイプみたいな1000万円オーバーのブツということになると、スピードも上品なに道楽に昇格するわけですね。高そうなカーディガンを着た松任谷が猫なで声で語るタイプのディレッタント趣味みたいなものに。

 ですから、アルピーヌ・ルノーの滑らかな加速は、フェラガモの靴のエレガントなフォルムと同じジャンルのファッションアイテムとして認知される、と。
 不愉快な話ですよ。いずれにしても。指をくわえて眺めている側の人間からすれば。
 

投稿: 小田嶋 | 2007/11/10 18:45

ポルシェなら
934

いまみかけたらおっ と思うのは914すかね。以前はたまあに黄色いのをみかけたのですけど。カレラ2らしきものは偶に。

ベーエムベーは最早スーパーカーではなくなりあしたアウディと供に日本車化が進んでるそれはべんつうも同じ哉

投稿: mata来たり | 2007/11/11 05:19

928のおちりの解釈はもんのすげー多数のデザイナーに影響あたえまくりんだとおもちょります。あの曲線にあのロゴモールド。逆レリーフ。

投稿: matamata来たり | 2007/11/11 05:25

ただ車って買えません?
市販車で買えない車はファントムとマクラーレンF1
ぐらいでしょ。あとは一生カップ麺の覚悟があれば
砂利青空駐車場に中坊の十円チョップの覚悟を決めれば
買えますよ。買わないけど。

投稿: slider | 2007/11/11 21:54

「使い方を間違えた」「酒を飲んで使った」「余所見していて使った」「携帯片手に使った」がために毎年多くの人が亡くなっているにもかかわらず禁止されないものってなーんだ?

投稿: 無私 | 2007/11/12 22:10

11月13日に届いたスパムを1件削除しました。
コメントの削除はなるべくやりたくないのですが、「衝撃!!加○ちゃんAVデビュー決定!!」と、あまりにも品のない内容だったので。
しかも、誘引用のURLまで付いてるし。

いやだなあ。こういうの増えそうで。

今後、スパムと判断したコメントは容赦なく削除しますのでよろしく。

投稿: 小田嶋 | 2007/11/13 19:58

浦和戦、前半40分、1×0で誰もがこのままハーフタイムに持ち込んで後半へ・・・
と思う頃に、ピッチ解説の川添さんがその心象をあらわすべく
「角澤さん、残り5分になりましたね・・・」と問いかけると、切返しで角ちゃん、
「川添さんからの残り5分との情報です!」
と、アガリっぱなしのテイでのアンサーでした。

やはりテレ朝実況に勝るサッカー解説はありえません。
妻との夕食が華やぎました。

投稿: ニントスハッカッカ | 2007/11/15 07:09

スピード礼賛やら外車礼賛やらのモロモロも、引っ括めて言えば商売っちゃあ商売なんですが、直接・間接の車産業が作り上げてきた美化された虚像には私も反吐が出ます。
確かに車は便利ですし、正直、地方では生命線です。交通機関の一定の事故は全体の利益享受のための捨て石であるという考えも致し方ないかもしれません。
が、あまりに車社会の現状というのは狂っていますよね。仰る通り、後ろめたさというのがまるでない。さっき自転車で40km程走ってきましたが、強引な割り込みをされてヒヤッとしました。狭い道で前からトラックが来ていたので、止まるのがいやだったのでしょう。こんな自分勝手な行動を平然と行うのです。教育や免許取得のプロセスも慢性的な問題を抱えたまま野放しですね。警察も改めようという気も取り締まる気もないんでしょう。
短期的には交通事故による死傷者。長期的には化石燃料の消費による破滅への加速というのが、車社会の抱える本質的な暗黒面でしょう。無尽蔵にガソリンがあるなら、ソフト面の対策でなんとかする意味もありますが。
あと一つ、何故速度リミッターを付けないのか。一般道は60km、高速は100kmまで。今の技術なら簡単にできるはずです。
あと、速度を出すにはアクセルを重くするとかいくらでも歯止めはかけられると思うんですが、まあ売れなくなるでしょうからその類いは無理ですけど。
妄言失礼しました。

投稿: ロード海苔 | 2007/11/17 13:35

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 履歴書の写真 | 2012/01/11 10:57

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