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2007/08/19

徒党

 阿波踊りが荒れたんだそうで、何日か前の日テレだかのワイドショーが、川に飛び込む若者たちの映像をしつこく紹介していた。
 なるほどね。
 そりゃ、マスコミがカメラを構えて待っている以上、踊る阿呆たる者が、川に飛び込まずにおられるものですか。レポーターの制止を素直に聞き容れて、わかりましたと飛び込みを断念するようじゃ、阿波っぽ(←なんて言い方があるんだろうか)の名折れだし、第一、「無茶はやめましょう」なんて、祭りのスローガンとして、あんまりバカげてるじゃありませんか。
 阿呆は阿呆。
 放置しておけば良いのです。
 煽るカメラが悪い。
 私はそう思います。
 
 とはいえ、昨今では、カメラの有無に関わらず、どこの祭りもおしなべて荒れることになっている。
 三社祭然り、広島のなんたら祭り然り、札幌のYOSAKOIソーラン踊り(だっけ?)然り、だ。
 どこの町のどの祭りも、遠くから遠征してくるDQNの愚行発表会みたいなものに変質しつつある。
 うちの町の祭り(赤羽馬鹿祭り)も同じだ。ここ数年、えらい勢いで風儀が悪くなっている。
 具体的に言うと、揃いの法被を着た「連」(←踊りのサークルみたいなものらしい)の輩たちの露骨に威圧的な振る舞いが、年を追って目立ってきているわけだ。
 気持ちは分からないでもない。血気盛んな男たち(ダミ声の女たちも含む)が、何十人と同じ格好でチームを組んでいるわけだから、恐い者無しになるなという方がむしろ無理なのだろう。
 とにかく、連のメンバーたちは、車座で酒を呑んだり、片側三車線の道路を堂々と横切ったり、道幅一杯に広がって集団で練り歩いたりという無茶を、こともなげに押し通しにかかる。まあ、痛快なんだろうさ、やってる側のお兄さんたちにしてみれば。他人の町を占領した感じなんだろうからして。

 わたくしども日本人は、一個の人間として振る舞う限りにおいては、そんなに下品な人間たちではないし、一人一人の個人として見れば、むしろ控えめでおとなしい人間が多いと思うのだが、それが徒党と組むと、とたんに粗暴かつ下品な集団に成り下がってしまう。
 ずいぶん前に、早稲田大学の学生について同じこと(つまり、ワセダの学生は、一人一人はマトモでも、「ワセダ」の名を冠した集団として行動する段になると、モロに下品な人々になるということ)を書いた気がするのだが、結局のところ、ワセダピープルに限らず、徒党のうちにあるわれらニポン人は、下品たることから逃れがたいのかもしれない。
 揃いの法被を着た祭りの衆、特攻服を身に纏ったゾクの人々、同じ色のヘルメットを被った全学連の学生たち、……と、思想や立場の違いを超えて、うちの国のユニフォーム集団は、総じて、粗暴で、身勝手で、夜郎自大で、無反省な群れになる。
 徒党のうちにあるメンバー個々人の、責任感、思考力および廉恥心は、集団の人数が増えるにつれて減少する。逆に、彼らのうちにある全能感と陶酔と暴力性は、人数に比例する形で増大する。
 いずれにしても、ユニフォームを着た時、人はロボットか、でなければヤクザに似た者になる。

 そういう意味では、愛国心もまたユニフォームのひとつではある。
 愛国心や「公」の思想を強調する人々は、一見、犠牲を払おうとしている人々に見える。
 というのも、愛国心は国民に私心を捨てることを要求し、公の思想は、集団内のメンバーに私的な利益の断念を命じるものだからだ。
 が、実際のところ、愛国心の名のもとに集団を為そうとしている人々は「徒党」の快感に身を任せているだけだったりする。
 でもって、「非国民」や「外敵」への敵意に陶酔して、徒党を組んで威張るだけだったり。
 まあ、オレにも身に覚えがないわけじゃない。
 レッズの応援席に座っている時には、私もまた、徒党の一員ではあるからだ。
 それでも、カネを払って、スタジアムという閉鎖空間に閉じこもって、一時間半限定で徒党を組んでいるオレたちは、多少は上等な徒党なのだと、そう思って勘弁してくれ。
 We are reds!
 おぼえておこう。
 一人称複数形の主語を使って語る人間は、多くの場合、あんまりアタマを使っていない。
 

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コメント

同じ学校でも、クラスが違うだけで、入り込めない雰囲気って
ありませんでした?で、同じクラスにヤンキーズ、スポーツマンズ、オタクーズ、コドクーズに分かれまして、女子は女子で独自の住み分けがあったようで。でも放課後クラブ活動になると、グランド組みではサッカーと野球、体育館組みではバスケとバレーで反目しあい、でもクラブは
クラスの垣根はとっくに超えているわけですが。
んで学校を一歩出ると学校同士での反目があり、
あいつがヤラレタ、で復讐劇が開始される。(ビーバップですか、年がばれます)徒党を組むには、党のアイデンティティと言いますか、地域性なのか?
所得レベルなのか?趣味なのか、顔の良し悪しなのか、学歴なのか。
なんらか基準がありまして。でもA出身のハンサムとB出身の貧乏が
同じ学校だった場合足の置き場といいましょうか。優先順位といいますか。
早稲田出身の選手がレッズ相手にゴールを決めレッズの優勝を阻んだ
場合、愛校心溢るる貴公は当然の罵詈雑言を相手選手に浴びせるわけ
でしょうが、その選手赤羽出身であったならどうでしょうね。
さらに遠くても葬儀には出るくらいの血縁者であったらどうしましょうか?
この国の欠点といいますか、社会における流動性がもう少し緩やかで
あればなぁと思いますね。局アナとかは徒党の最たるものでしょう。
アナウンスするプロに、多少のローカルルールはあるにしても
1chも8chもないと思いましす。NHKの”局漫才師”やフジテレビ専属
俳優(事実上いるかもw)がいないのと同じだと思われ。
何言っているんでしょうか?俺は。

投稿: slider | 2007/08/19 03:32

 学生運動のときの話では、演題から火のようなアジ演説をぶって、デモ隊の中では先頭で鬼神のように荒れ狂う人が、普段は物静かな学究肌の人だったということも稀でないそうです。
 今の参議院議長は、デモ隊の一員として、自民党総裁室に侵入して逮捕されて、留置所暮らしをした武勇伝がある元裁判官です(なんだそりゃ?)

投稿: Inoue | 2007/08/19 07:07

このあいだ、万博でレッズのサポーターを初めて見ました。
驚いたのはね、あれはなんというんでしょう、ゴスペル教会の"chant" みたいな、一種の掛け合い。
もちろんこれまでにもいろんなところのを見たことがある、日本代表の試合も見たことがある。
だけど、そこまで力と気合いの思いっきり入ったのを見たのは初めてで、それを確かめにわざわざガンバの方まで見に(聞きに)行ったんですが、やっぱりまるでちがってました。

驚いたのは、その歌がすごくうまいんです。
単調なフレーズの繰りかえしや、ペット・ショップ・ボーイズの“ゴー・ウェスト”の一節が、深く響いていって、地鳴りをさせていくみたい。
全員がうまいはずがない。声の質もちがうだろう。
だけど、その声がひとつになるとうまくなるんですね。個人の力量をはるかに超えていく。
不思議だなあ、と思いました。
ひとりではない集団の力って、あるなあ、って。

投稿: 陰陽師 | 2007/08/19 08:16

>  ずいぶん前に、早稲田大学の学生について同じこと
(中略)
> を書いた気がするのだが、

シティロードの学園祭特集のコラムですね。
光文社文庫版の「我が心はICにあらず」にオマケで収録されていたかと。

いや、当時ずいぶん感動(つーか爆笑)した覚えがあるので。

投稿: かくた | 2007/08/20 02:27

ちなみに、札幌の「YOSAKOIソーラン祭り」に関して地元紙がアンケート調査したところによると、道民の53.6%が“嫌い”と答えております。
しかも年代別では意外なことに20~40代で“嫌い”が圧倒的とか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/YOSAKOI%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E7%A5%AD%E3%82%8A

投稿: かくた | 2007/08/20 02:33

 今にして思えば(まだ生まれてなかったけどさ)、学生運動って、「祭りに便乗して、ハネトが大量発生していた」だけだったんじゃなかったか。

 反体制なんて聞いて呆れる。

 まわりが、全共闘だ、安保反対闘争だと浮かれている中で、江田五月だけが、シコシコ司法試験の勉強なんかしているわけにはいかなかったんだろう。単に、まわりの空気に合わせていただけ。

 本気で反体制とか左翼を気取っているのであれば、今の時代にこそ、アナキズムやマルクスレーニン主義を高らかに宣言してほしいと思う。

投稿: Inoue | 2007/08/20 06:26

問題は多くの場合以外の場合でする

投稿: 駄、だあれぇ? | 2007/08/20 08:04

祭りにしろ、族にしろ、レッズサポーターにしろ(一緒にしてすみません)、愛国的政治運動にしろ、一つのプロパガンダ(?)のもとにまとまることは、カタルシス(劇的な経験によって日頃のストレスを発散すること)として何ものにも代えがたいのではないでしょうか。どこの文化圏においても、そういうカタルシスが用意されていることにより、社会のバランスは保たれているのでは? ハタから見ると「下品」「異様」「狂気」ってことになるんでしょうが、いったん群れの一員になってしまえば、そこにあるのは甘美な陶酔だ、と私は思います。

ただ、私が阿波踊り(実は徳島出身)の今回の騒ぎを見ていて不快感をもったのは、メディアやらマーケットに利用、消費されちゃっていること。
阿波踊りにかぎらず、陶酔度の高いカタルシスほど、メディアや市場にいいように利用されちゃっていることが気になります。

投稿: costumenational | 2007/08/20 14:13

Inoueさま。

>  まわりが、全共闘だ、安保反対闘争だと浮かれている中で、
> 江田五月だけが、

'60年安保と70年安保がごっちゃになってませんか。
日大と東大で全共闘が結成されたのが'68年、全国全共闘結成が'69年ですが、
江田が司法試験合格したのが'65年、判事補になったのが'68年ですよ。

投稿: かくた | 2007/08/20 19:22

徒党を組む人によっては、不安から徒党を組む人もいると思います。
っていうか、私は、その不安連中からいろいろ説教を受けました。
何故、皆ともっと話さないのかとか『余計なお世話やー』と叫びたくなりました。
サークルの後輩からは、私のことが付き合いづらいから、そこの所を直してくれと沢山の声があったそうです。
これらは、全て集団で個人に対して行ったことですね。不安から。

投稿: 龍鳳麟 | 2007/08/25 21:37

>わたくしども日本人は、
>一個の人間として振る舞う限りにおいては、そんなに下品な人間たちではないし、
>一人一人の個人として見れば、むしろ控えめでおとなしい人間が多いと思うのだが、
>それが徒党と組むと、とたんに粗暴かつ下品な集団に成り下がってしまう。

「違うのだよ、金子クン!」と、啖呵をきったのは2002年の小田嶋さんだった(別宝だったかな?)。
この記述は、小田嶋さんが批判したはずの金子臭がプンプンする。


>結局のところ、ワセダピープルに限らず、徒党のうちにあるわれらニポン人は、
>下品たることから逃れがたいのかもしれない。

これも、「われらニポン人」だけの問題なのでしょうか?
後藤健生氏の著作(サ世だったかな?)に、英国の実証研究によると
フーリガン(英国版DQN)になるやつは、実は結構収入がある階層が多いとあったはず。


いずれにせよ、安易に「われらニポン人」の話にすりかえるのはあまりにもアンチョコすぎる。
アンチョコに頼ってものを書きたがるのは誰しもあることですけどね。

投稿: あ~胸糞悪い | 2007/08/25 21:41

Inoueさま

本気で体張ったことあんのかな?

あなたのようなことを言う人は当時からいました。
誰でも言えることだよね。
単なる性欲の発散でしかないとかさ。
そういう批判めいたことを言っとけば頭いいような気がするし。

いえ、別に。
ただ、言いすぎじゃん?と感じたんで。

投稿: バレーボールファン | 2007/08/29 22:12

気取りで左翼がやれると書く時点で。

まー俺もそう考えてたのでそこは謝りはしないが彼の人生は理解する。

あと小田嶋お師匠さんは敢えてぬるいことを書かれる時があります。つまりストラテジー的なものとタクティクス的なものの意識。いつからそれをお考えなのかはわかりません。宮﨑勤さん擁護の頃は直球であつたのであつてほしいと俺は考えていまする。

投稿: 駄、だあれぇ? | 2007/08/30 03:38

>60年安保と70年安保がごっちゃになってませんか。

 なってました。基本的に、立花隆のルポルタージュで、左翼運動の知識を頭に入れてるもので。

投稿: Inoue | 2007/08/30 12:58

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