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2006/10/02

ライク・ア・ローリングストーン

 "Sitting On A Fence"(by Rolling Stones)を聴く。おおお、こういう、「中学生時代にカブれてました」みたいな歌に突然出くわすのがipodの油断ならぬところで、しかも、その「シッティング・オン・ア・フェンス」が、明治通りの高田馬場あたりを流しているタイミングで、いきなり鳴るわけだから当方としてはひとたまりもない。そのまま他愛もなく14歳にタイムスリップだ。やけっぱちの諦観で身を固めた、自我狂の中学二年生。殴りに行きたいなあ。
 解説する。
 たいした歌ではない。
 ストーンズのナンバーとしては、おそらく異端で、コアなファンはおそらくバカにしているはずの曲だ。なにしろ、曲調がまったくの軟弱フォークだから。アレンジも生ギター2本だけだし。およそストーンズらしくない。
 でも、歌詞が良いのだな。特に先行きの定まらぬミドルティーンにとっては。

All of my friends at school grew up and
Settled down
And they mortgaged up their lives
One things not said too much, but i think
It's true
They just get married cause there's nothing
Else to do, so

I'm just sittin' on a fence
You can say i got no sense
Trying to make up my mind
Really is too horrifying
So i'm sittin on a fence

学校時代の友達は、みんな一人前になって落ち着いている。
連中は、人生を丸ごと抵当に入れてしまったんだ。
誰もが言うことじゃないが、これは本当ことだ――つまり、人は、ほかにやることがないから結婚するってことは。
だから、オレは、塀の上に座っている。
オレをバカだと言うのは簡単だ。
でも、どちらの側に降りるのか、そいつを決めるのは、本当にぞっとするようなことだ。
だから、オレは、塀の上から世界を見ている。

 ……と、ここに描かれているのは何だろう。
 モラトリアムの状態にある人間の困惑だろうか。
 あるいは、一種の愚民蔑視だろうか?

 いずれにしても、ローリングストーンズを魅力的たらしめていた背景のうちには、こうした、「オレは落ち着かないぞ」という宣言みたいなものがあった。遺憾ながら。
 いつだったか「ニュース23」の中で、筑紫哲也がミックジャガーについて「永遠の不良少年」という言い方をしたことがあって、それを聞いた時に、猛烈にムカついたことを思い出す。
 私が憤った理由は、筑紫翁の発言が的はずれだったからではない。
 むしろ、大当たりだったからだ。よりにもよって、ティーンエイジャーの不良願望について語る資格を持たない人間の筆頭に位置している存在である筑紫翁が、もののみごとにストーンズの本質を、しかも陳腐極まりない表現で言い当てていたことが、私の痛いところを突いたのだ。
「つまり、アレだろ? 悪い子ぶりたかったんだろ?」
 と。ううう。

 「ローリングストーンズ」という名前がそもそも挑発的だ。
 伝説によれば、この名称は、マディ・ウォーターズの曲名からいただいたものなのだそうだが、含意としては「A rolling stone gathers no moss」を意識しているはずだ。
 辞書を引くと、「A rolling stone gathers no moss」は、「転がる石に苔は生えない」ということから転じて「職業を転々とする人間は貯金ができない」「絶えず恋人を替えている人は真の愛が得られない[結婚できない]」ぐらいの意味をこめて使われることわざだということになっている。また、アメリカでは「絶えず活動している人はいつも清新だ」というニュアンスで使われるとも。が、この成句は、ストーンズ的なニュアンスで翻訳すると、「おい、オレらはsettle downしないんだぜ」ぐらいのアジテーションになる。定住しない、腰を落ち着けない、成熟しない、そういう生き方。すなわち、ぶらぶら者、ならず者、はみ出し者としての覚悟、ないしは宣言、だ。
 いずれにしても、ティーンエイジャーだった頃に、このテのものにカブれていたということは、これはかなり深刻にこっぱずかしい事態だ。私の場合は、引き続き二十代の大半もカブれたままで過ごしてしまったわけだから、なおのことだ。ええ、「オレは一生ブラブラしてやるぞ」「ライク・ア・ローリング・ストーンだぞ」と、そういう、手に負えない否定的不定の決意でもって、人間としての伸び盛りの時間を、まるごと怠け通してしまったわけです。ええ、私が悪うございました。
 ついでに申せば、君が代という歌に対する屈折も、この時代からのものだ。
 「ローリングストーン」を、「苔・すなわち世間の義理を拒否する生き方」と解釈するアタマの持ち主にとって、さざれ石に苔を生じせしめんとする歌である君が代は、その正反対な生き方(具体的には、「挺身」ということ)への賛歌として響く。
 つまり、君が代の中で歌われている「さざれ石」は、転がらない、定住志向の、前例踏襲型の、保守一辺倒の鉄血の一石である、と、そのように見なさねばならない。とすると、この歌のうちで想定されている石(→「とよあしはらみずほの国のくにもとを支える民草たち」)は、一粒一粒は見栄えのしないさざれ石ではあっても、石原全体としては盤石な、決して転がらない、牢固とした、万古不変の、堅忍不抜の、一徹な、しかも、横並び志向で、集団主義的で、一致団結を旨とする、リアルムラ社会オリエンテッドな、巌(イワオ)の如きカルト集団である、と、そう考えるのは、やはり考えすぎであろうか?

 うん。
 おそらく、「さざれ石のいわおとなりてこけのむすまで」は、単に「悠久の時間」をあらわす比喩であるに過ぎないのであろう。
 でも、その苔むした岩のイメージがもたらす、なんともいえない圧迫的で静的な感じが、あたしは苦手だったわけですよ。ずっと長い間、今に至るまで。
 あれ? また君が代の話になっている。
 
 寝よう。

追伸

 はるか昔にバンドのまねごとをやらかしていた頃のお話。
 バンド名を決めるに当たって、各自がいくつかずつ原案を持ち寄った。
 私が持ちこんだうちのひとつに "The strolling ones" というのがあった。そう、"The rolling stones"のアナグラム(文字の並べ替え)。意味は「放浪者たち」ぐらいか。
 説明すると、みんな
「うーん……」
 と言ったきり黙ってしまった。
 つまり、恥ずかしかったわけだね。あんまりストーンズワナビーっぽくて。
 オレも恥ずかしかった。
 だから、すぐに引っ込めた。
「いや、ちょっと思いついたから持ち出してみただけの話でね」
 と。

 しかしまあこんな程度のことを恥ずかしがっているようではロックバンドなんかできっこないわけで、いま思えば、あそこで黙り込んでいたあたりがわれわれの限界だった、と、そういうことですね。

 寝よう。

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コメント

君が代についてクッキーシーン誌上で伊藤英嗣氏もまったく同じことを述べておられました。
ロック的文脈・感性にはそぐわない歌ということかもしれません。

投稿: tiki | 2006/10/02 05:18

ローリングストーンズに反応して出てきました。
ミック・ジャガーはバンドメンバーと一緒にぼろぼろのアパートで生活しているときも、ひとり会計士の資格をとるために学校に通い、音楽をやるよりも教科書を読み、家族とも仲良しで(ミックのライブには両親と弟がスーツで応援(?)に駆けつけ、ミックもとってもうれしそうに一緒におさまっている写真があります)、ブライアン・ジョーンズに「ふん、金儲けのためにロックをやるんじゃねーよ」と毒づかれてました。キースやブライアンみたいに、ヤクにはまったりしなかったし。ビッグ(笑)になってからも、利殖の意識はすごかったですよね。
つまり、何が言いたいかというと、彼は不良少年なんかじゃなかったし、いまもそうじゃないです。塀の上に座っている人じゃなくて、塀を飛び越してエスタブリッシュの仲間入りをすることを目標にし、モルトゲージされた人生を受け入れた人だったんじゃないでしょうか。

そういや、中田英寿さんもたしかサッカーやりながら簿記の勉強をしていましたっけ。

君が代と関係ない話ですみません。

投稿: costumenational | 2006/10/02 11:10

 グリール・マーカスの「ライク・ア・ローリング・ストーン」という本が6月に白夜書房から出ています。ボブ・ディランの有名な曲に関する本で、小田嶋さんが書かれたローリング・ストーンズとは無関係ですが、この本の中で、ボブ・ディランの上記曲に関するマーカスの見解(?)を読んでいくと、その曲の中での「ライク・ア・ローリング・ストーン」という言葉には再生という意義があるような気がしてきます。
 単なる「ローリング・ストーン」は、テンプテーションズの「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」という名曲もあり、こちらでもネガティブなイメージですね。
 いや、何か本文と無関係ですが、「ライク・ア・ローリング・ストーン」という字面に反応してしまいました(^_^;)。失礼。

投稿: jokerman | 2006/10/02 12:13

>costumenational さま
 そうですね。ミックは、あれはとんだくわせものです。でも、「永遠の不良少年モデル」を視覚化(例のベロを出した唇のトレードマーク)おyほびビジネス化したという点で、第一人者だと思います。しかも、ジェームスディーンと違って、自らは無傷なままで不良イメージの体現に成功したわけですから。

>jokerman さま
「パパ・ワズ・ア・ローリングストーン」は、ジョージマイケルのバージョンが好きです。
「息子よ、あんたのパパはローリングストーンだった。どこであれ、その夜帽子を脱いだ場所が、あの男のその日の《ホーム》だったのさ」
 と、母が息子に語るサビが素敵です。
 ここで言う「ローリングストーン」は、鉄砲玉ないして極楽とんぼぐらいでしょうか。
 ある日ふらりと出かけたっきり帰ってこなかったオヤジ。
 失踪願望を刺激しますね。
 ティーンエイジャーは疾走。
 オーバーサーティーは失踪。
 ……話がバラけました。
 

投稿: 小田嶋 | 2006/10/02 12:30

はちみつぱいの「塀の上で」はこの曲が元ネタだったんですね。
で、その十数年後彼らは「DON'T TRUST ANYONE OVER 30」と歌うことになると。
「三十過ぎを信用するな」と三十過ぎの側から歌っちゃったこの曲、歌詞の内容は“オーバーサーティーの失踪”そのもの(笑)

投稿: Noisy | 2006/10/02 20:30

下の君が代のエントリーで無礼千万なコメントをつけてしまった者です。

つまり、ネットで小田嶋氏の著書を一冊残らず買い集めてしまうような奴隷ファンである私が愛する先生は、ただ単にちょっと「恥ずかしがり屋さん」だっただけなのですね!

君が代の解釈は、私のような今が高校生の世代にはまるで理解不能でしたが。


寝よう
明日は試験だ

投稿: ハスミ | 2006/10/02 22:20

塀の上で雨に流れ見てただけの『ぼく』が、
長い線路をひとり歩いてそっと枕木に腰を下ろしたい『ぼく』だったら切ないなあ。

投稿: タロスのパン | 2006/10/02 23:05

タハ、青春だネェ。チーとも育たなかった。

投稿: mimiga | 2006/10/04 06:48

ガキの頃線路の鉄橋をわたったことがあるのはナイショです。

単線の鉄橋で手すりも何も無かったことはもっとナイショです。

二つ目に挑戦する前にふと緑の土手で休んでいたら警笛とともに2両編成のディーゼル気動車が通り過ぎていったのはもっと×②(ry

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/10/04 09:39

転がる石は、でも、角が取れて思いっきり丸くなってたりして。などと考えた事もありました。
ご本人達はそんな様子は毛ほどもない様ですが。

巌の中の人の気持ちになってみたことはありませんでした。苔がむしていたら、「おお、苔、そんな栄養も無さそうな所で頑張ってるじゃん」と想い、「苔が生えているということは、その内植生が進化して、根っこが張って巌もまた砕かれていくのかしら」なんて想像しそうです。

投稿: くど | 2006/10/04 20:44

フェンスに 腰かけ
明るい 空の下
考えているところ
これから 何をやろうかな

フェンスに 腰かけ
遠くを ながめて
待っているところ
イカす 悪魔の訪れ

フェンスに 腰かけ
ミルク飲みながら
感じているところ
俺らの すてきな狂気を

ずいぶん ながいこと
こうして いるみたい

フェンスに 腰かけ
すずしい 顔して
想っているところ
愛する あの娘のことを

フェンスに 腰かけ
むずかしい 顔して
やっているところ
俺らの ジグソーパズル

ずいぶん ながいこと
こうして いるみたい
Yes!I'm sittin'on the fence!......

"Sitting On The Fence"(by the roosters)

 ストーンズのSitting On A Fenceの歌詞の内容は不覚にも知りませんでした。苦笑。

http://kzkoala.web.fc2.com/r01.html

↑こういうヒト達。

 

投稿: marr | 2006/10/05 23:21

初めて拝読しました。
なんとなく痛快。
ローリングストーンを、転がる石ぐらいにしか考えない老人です。
もちろん曲など知りません。
転がる石と苔むす石との対比から、「君が代」批判への展開。この話術はさすが。評判どおりのブロガーの大先輩。
これからも愛読させていただきます。

投稿: 小高英二 | 2006/10/06 11:11

ここで君が代話に繋ぐとは。
一連の話は大して興味は持てませんでしたが、今日は素直に敬服。
「憎いし、苦痛」なんて言って喜んでる連中は、見習って欲しいですね。

投稿: ファン | 2006/10/08 00:31

ローリングストーンズへの違和感は、キューブリック巨匠の「フルメタルジャケット」のエンドロールでの「黒く塗れ」がひとっつもよくなかったことで生じました。巨匠にしては珍しくいかさないチョイスだな、と。

ただ、なんか、すっげえ短い、歌の無いやつがあるんですけど…数十秒だったかな?あれはいいと思います。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/10/08 10:01

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» SITTIN’ON A FENCE 〜ミック・ジャガーの端正な歌唱 [=電線の鳥blog=「今日もどっちつかず」]
 ストーンズの曲の中では、ほとんど忘れ去られているだろうが、これは佳曲である。  タイトルを直訳すると「塀の上に座って」となるが、口語で「どっちつかず」と言う意味。  冒頭を試訳してみる。   俺はもの喜びしない子供だった。   今だってそうさ。   善悪ってそんなに区別がつくものか。   俺には判らない。   でも、ひとつだけ納得できないことがあるんだ。   それは女が男にする酷い仕�... [続きを読む]

受信: 2006/10/05 16:46

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