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2006/09/30

京都戦

 京都戦についてちょっとだけ書いておきます。
 君が代関連の記事がいつまでもトップにあるのも、なんだか落ち着かないし。
 虫が湧くのでね。 

J1第25節 京都対浦和@西京極

 BS-iにてテレビ観戦。
 ここしばらくショボいゲームが続いていたが、久々の快勝。

  • 得点者は、闘莉王、平川、田中達也、山田、相馬の5人。
  • ポンテはほぼ完調。前節みたいに簡単にボールを失わなくなった。
  • 山田も好調を維持。ようやく真ん中でのプレーに慣れてきたということなんだろうか。
  • 田中達也も久々に良かった。点も獲れたし。これから涼しくなって調子を上げてきてくれると思う。
  • 小野君は後半35分過ぎからポンテに替わって登場。惜しいシュートが1本に、永井へのらしいスルーパスが1本。最近の中ではまあまあのデキ。
  • そのほか、三都主、闘莉王、啓太、長谷部も悪くなかった。というより、京都が弱すぎたのかも。特に中盤がまるでダメでしたね。
  • 終了間際、坪井が膝を痛めたっぽい。画面の枠外だったので、どういうプレーだったのかは不明。なぜかイエローを貰っていた。ドクターがすぐにバツのサインを出していた。心配。軽傷だと良いのだが。
  • 最終戦(埼スタでのガンバ戦)のチケットは既にゲットしてある。楽しみ。

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2006/09/24

圧縮

 うーん。
 やはり君が代関連のエントリーは、荒れ気味になるようですね。

 よろしい。
 君が代改定私案は、さらにさらに妥協する方向で決着をはかることにしましょう。終わり無き妥協。底無しの譲歩。無敵の逃げ腰。卑怯者の具沢山。

 君が代の美点について考えてみる。
 と、やはり、なんといってもあの歌が世界において卓越している点は、その短さにある。
 南米だのヨーロッパだののごちゃごちゃした国がやたらめったら勇ましい行進曲風のメロディーを延々と流した後に、うちの国のあの歌が流れると、私は誇らしい。だって、君が代は世界で一番奥ゆかしい国歌だから。ほとんど「おい、イントロだけかよ」ぐらいなところで終わっちゃうから。

 ということで、われらが君が代のクールでキュートでタイニーな特徴を、より一層研ぎ澄ますべく、三十一文字(みそひともじ)の短歌形式を、17文字の俳句形式に圧縮してみよう。

 君が代は 千代に八千代に カテナッチョ

 どうです。
 ちなみに「カテナッチョ」というのは、イタリア語で「かんぬきをおろす」「鍵をかける」ぐらいの意味の言葉なんだそうで、サッカーの世界では、イタリアのサッカーチームに特有な、異常に守備的な戦術志向をこのように呼びならわしているところのものです。
 ということは、わが邦の防衛戦略にもぴったり。
 イワオの如き盤石の構えを保ちつつ、しかしながら侵略はいたしません、と。
 九条の顔も立つし、愛国派の皆さんのメンツも損なわずにすむ。
 最高じゃないですか。

 推敲段階では、「国歌の斉唱なんて、しょせんは口先だけの慰撫じゃないか」といった投げやりな気持ちから、「君が代は 千代に八千代に フェラッ○○」みたいな、そういうプランも浮かんだりしたのですが、これは、決然と捨てました。国歌を弄ぶなんて、大逆無道の極みですからね。

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虚仮のむすまで

 前のエントリーで、「君が代」という歌の成り立ちとありようについて、私がなにがしかの見解を述べたのだというふうに解釈する人々がいるといけないので、一言付言しておきます。

 前掲の歌詞は、アジテーションではありません。つまり、オダジマは、君が代斉唱の際に、起立しないことを呼びかける立場の人間ではない、ということです。
 個人的な感慨を述べるなら、私は、この問題については、むしろ、起立斉唱推進派です。
 なんとなれば、あえて「起立しない」という態度を表明することでコトを荒立てる態度は大人げない、と考えるからです。
 立ったからといって別に国家や皇室に忠誠を誓わねばならぬわけでもなし、適当に立って歌っておけば良いではないですか。
 これ見よがしに反抗してみせるのは、中学二年生みたいで、恥ずかしいです。踏み絵じゃないんだから。

 とはいえ、式典やスポーツ観戦に臨む個々の人間のふるまいについて(つまり、立つとか歌うとか、立たないとか歌わないとかいった個人の行動の自由に関して)いちいち国家が介入することを、私が肯定的に受けとめているのかというと、もちろんそんなことはありません。

 立ったとか立たないとかいったレベルの話を法廷に持ち出すのは、パラノイアのマナーです。教育がひとつの強制であることを認めるにしても、です。

 そこで、妥協案というわけでもないのですが、君が代を歌う時には、派手に音程を外しにかかることを提案したいと思います。
 おそらく、歌わないことや立たないことよりも、外れた音程で歌うことの方が、実質的な効果(←何の《笑》?)は大きいのではなかろうか、と。
 ええ。もちろん、きちんと起立して、大きく口をあけて、朗々と歌うわけです。腹式バリトンで。
 音痴と思われるのがシャクだという向きは、自分の好きなメロディーを歌えば良いでしょう。「どんぐりころころ」でも、「サティスファクション」でも、なんとか君が代の歌詞を乗っけて歌ってみれば、それはそれでひとつの表現になるはずで、かくして、わたくしどもの斉唱は、ひとつの巨大な怒号の如き前衛のハーモニーを醸すことになるわけです。
 素晴らしいではありませんか。。
 もちろん、「国歌の音程をハズす」ことを裁く法律はありません。
 同時独唱としての一人一人の、それぞれに固有な君が代。
 あまたの国際大会で世界を驚愕させること必定です。
 いつの日にか、日本サッカーがワールドカップを手にしたあかつきには、わたくしどもの歌う君が代が、割れんばかりの不協和音でスタジアムを圧することでしょう。
 うーん。夢に見そうだ。

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2006/09/23

スーパー無気力月間

 久しぶりです。
 ここのところ、更新がめっきり途絶えています。
 ええ、なんだか、気勢があがらなくて……
 困ったものです。
 9月に疲れが出るのは、夏休み明けに登園拒否に陥った幼稚園時代からの伝統です。
 ずっと昔、原稿書きの仕事をはじめて間もない頃、締め切り遅延への弁解を兼ねて、「オダジマは例年、9月をスーパー無気力月間に指定しています(笑)」というお話を原稿のネタにしたことがあるのですが、以来、症状が顕著になりました。
 義理堅いのですね。根が。
 まあ、半分は自己暗示なんでしょうが、こういうのは、わかっていても自分ではどうにもなりません。
 というわけで、魔の九月も残り少なくなってきましたので、形だけでも更新をしておきます。

 君が代問題が話題になっているようなので、20年来の未完成作に手を入れてみました。

「キモガヨ2006」

君が酔って歌う時
僕は静かに座ろう
君が酔って歌う時
僕は静かに黙ろう

I can't stand it,anymore,more.
I can't satnd it,anymore,more.
君が酔って歌うのは
気味が悪いんだ

君が酔って歌う時
僕は立ってられない
君が酔って喚く時
とても立っていられない
君が酔って歌う歌は
何かが狂ってるから
君が与太って歌う時
君は狂っているから
I can't stand it,anymore,more.
I can't satnd it,anymore,more.
君が酔って歌うのは
気味が悪いんだ

君が酔って歌うのが
僕は我慢できない
君が酔って歌うのは
僕の仕事じゃないから
僕が酔って歌う歌を
誰も押しつけられない
僕が正気で歌う歌は
僕が自分で決める
I can't stand it,anymore,more.
I can't satnd it,anymore,more.
君が酔って歌うのは
気味が悪いんだ

 いや、これで完成というわけでもないんですが。
 オリジナルの歌詞は、ここにあります。参照してみてください。

 おお、浦和が勝ちましたね。
 でも、小野伸二が欠場しているので、レビューは書きません。

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2006/09/17

浦和VS広島

J123節 浦和VS広島

 埼玉スタジアムにて観戦。
 生観戦は2ヶ月ぶり。ナイトゲームは1年ぶりぐらいだろうか。寒いといほどではないが、十分に涼しいコンディション。観戦には最適だった。
 ゲームは2-1で勝利。内容はスカスカ。
 以下、気づいた点など。

  • 全般に押され気味の展開。中盤が自由にボールを持てない。前線も孤立気味。
  • 広島はやることがシンプル(基本的にカウンター狙い。ボールを持ったらサイドに展開。クロスを入れたらあとはウェズレイと佐藤寿人におまかせ)なので、パスが効率的につながる。でも、その鋭いカウンターも、攻めの人数の少なさゆえになかなか得点にはつながらない
  • というわけで、双方とも腰の引けた撃ち合いに終始しておりました。
  • 前半35分。なぜかゴール前左に上がっていた闘莉王が伸二のパスを受けていきなり右足ミドル。これがゴール右隅に決まる。たぶんまぐれ。でも凄い。ゴールを決めた後、メインスタンド前まで60メートルぐらい走ったのも凄かった。どこにあんな体力があるんだ?
  • 前半終了間際、何回か敵のCKが繰り返された後、左ショートコーナーからウェズレイの上げたクロスがそのままゴールイン。これもたぶんまぐれ。でも凄い。
  • 広島は良い補強をしている。ウェズレイ、上野(元マリノス)、盛田、戸田。味のある選手ばかりだ。
  • 後半:動きの重かった達也に替えてポンテ。
  • 後半20分:伸二OUT、山田IN。
  • 後半39分:ゴール前中央に切れ込んだ長谷部から左サイドの三都主。三都主は、そのまま縦に突進してゴール前を横切る低いクロス→走り込んできた山田が落ち着いて右足ボレー。勝ち越し。2ー1。このまま終了。
  • 勝つには勝ったが、内容的には負けてもおかしくないサッカーだった。
  • 鈴木啓太がいないゲームは、いつもこんな感じになる。つまりアレだ、啓太は、パスミスが多いようでも、シュートをフカしまくっているようでも、やっぱり不可欠な選手なのだな。猟犬。
  • 小野伸二は微妙。久々に休養十分で臨むゲームだったので、期待していたのだが。なによりボールタッチが少ない。何がいけないんだろう。特別に運動量が少ないわけではない。なのに、なぜかボールにからめない。ボールを持っても、そのまま後ろに戻すことが多い。迷いがあるんだろうか。いくつか良いパスもあったが、あり得ないミスも散見している。何かが狂っている。こんなはずではないのだが。どこかが痛いのだろうか? それとも、手術をした足首の感覚が、元に戻るまでにはまだ時間がかかるということなのだろうか。
    運動量が少ない時でも、ちょっとしたパスで流れを変えられる選手だったはずなのだが。
    ここ最近は、運動量以前の、プレイの正確さと視野の広さを失っている感じがする。点を取ることにこだわって前に張りすぎている感じもする。うーむ。
  • 田中達也は疲れている。動きに切れがない。まあ、仕方がないよな。この夏、日本で2番目(ハンカチ王子の次)に酷使された選手だったわけだし。
  • 長谷部も微妙。最悪の状態は抜け出したようだが、去年の良い時と比べるとやっぱりまだ冴えない。もしかしてオーバートレーニング症候群みたいな状態なんだろうか。
  • というわけで、出来が良かったのは、休養十分の酒井友之君と鉄人闘莉王君ぐらい。
  • あ、山田も良かった。この人はもしかして途中出場の方が結果を出すタイプなのかもしれない。そんなことでは困るのだが。
  • でもまあ、勝ったから良し。

 

Reds0916
※広島サポの皆さん。少ないですね。

さあ、仕事仕事、と。
 

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2006/09/06

薄氷

日本代表VSイエメン代表

後半ロスタイム、坪井の、おそらくはプロ生活初のアーリークロスから我那覇がヘッドで得点。
よかったよかった。

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2006/09/04

サウジ戦

 見落としました(笑)。
 てっきり水曜が試合日であるはずと思いこんで、ぐっすりと眠っておりました。

 これまでにもフル代表の試合を見逃したことがなかったわけではない(でも、録画はしてましたが)。
 が、試合があることに気づかなかったのは、ドーハ以来はじめてのことだと思う。

 イエメン戦はしっかりと見届けようと思う。

 感想を書き込むかどうかは未定。
  

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2006/09/02

如水会館

 午後、一橋如水会館にて会合。名目はF君を偲ぶ会。今年で七回忌になる。といっても、宗教色は無し。会費も無し。服装も平服。素晴らしい。主催者のI氏に感謝。
 でも、次回があるようなら、せめて適正な会費を徴収してください。でないと、F君が心配すると思います。

 幾人か懐かしい顔を見つける。いずれも、故人の告別式以来の再会。なるほど。40歳を過ぎた知人同士は、誰かの葬式でしか会わなくなるのだな。
 まあ、それもまた好し、と、故人の引き合わせということで、午後のひとときを歓談のうちに過ごす。
 二次会の喫茶店の中で話した思い出話のうち、さしさわりのないところをひとつ。
 話の流れで、故F君のお気に入りだったという編集者の名前が出た。
 おお、T君。
 いや、T君なら私も大のお気に入りだった。彼が担当する仕事は大歓迎でしたよ。
 というのも、T君は、とてもとても優秀だったから。

 故人であるF君と私が、ともにかかわっていたのは、とあるパソコン誌のソフト評価の仕事だった。はじめのうち、それは、ちょっとした新刊本の書評程度の作業量の、お手軽な仕事だったのだが、ビジネス用のソフトウェアが大型化、複雑化、高度化するうちに、なんだかシジフォスの刑罰にも似た力仕事に変貌(つまり、アレですね。私がF君と行き来していたのは、そういう、パソコンバブル初期の、あわただしくもいかがわしい時代だったということです)して行った。
 で、ソフト評価においては、担当編集者のこなすべき役割が次第に大きくなってきていた。
 具体的には、評価用ソフトの入手、各種資料(過去記事、旧バージョン、競合他社の比較対象ソフトなどなど)の収集、あるいは、必要に応じて評価用機材のセッティングや画面写真の撮影など。ほかにも、メーカーとの交渉(評価記事公表後に起こる様々なトラブルの尻ぬぐいも含めて)も、もっぱら編集者がこなしていた。
 で、われわれ評価委員(うん。そう呼ばれていましたよF君も私も)が、彼ら担当編集者のサポートのもとで、ソフトウェアを試用、調査のうえ原稿を執筆していたわけなのだが、T君の場合は、下調べ、交渉、資料収集のみならず、評価ポイントの洗い出しからソフト試用レポートまで丸ごと一人でこなしてくれたのである。
 おそらく、並はずれた勤勉家であり、また生来の完全主義者であるT君は、原稿の遅いわれわれの仕事ぶりががまんできなかったのだと思う。
「あのぉー、一応参考までにですけど、私なりに評価記事のポイントを整理しておきましたので、良かったら目を通してください」
 ぐらいなセリフとともに手渡されるT君のレポートは、ほぼ完パケ原稿だった。
「おい、これ、直すとこないぞ」
 と、私は、当時、同僚であったY田氏やH野氏に報告したものだ。
「うん。完了じゃないか。おめでとう」
 ということで、われわれはT君の資料レポートに簡単なリードを付加した程度の原稿を提出して原稿料(いや、ソフト評価委員として、通常の原稿料よりもかなり割の良い報酬を受け取っていた)をせしめていた。
「担当がいつもT君だと良いなあ」
 と、われわれは言い合ったものだ。

 いや、T君とて、最初から完パケ原稿を仕上げてきたわけではない。
 何回か組んで仕事をするうちに、だんだん関与の度合いを深めて、最終的にゆりかごから墓場までの編集者に成長した、と、そういうことです。ええ。
「Nパソの記事は、そろそろ締め切りじゃないのか?」
「大丈夫。担当がT君だから」
「おお」
「ってことは、熟成待ちだな」
「うん。もうすぐT君が完成原稿見本をを持って原稿を受け取りに来る」
 
 おそらく、T君のような几帳面かつ優秀な編集者にとっては、いつになれば書き始めるかもわからないヤクザな書き手の、どうせがラフな原稿を待つよりは、一から自分で書き起こす方がずっと楽だったのだと思う。

教訓:過剰に優秀な編集者は執筆者を怠慢にする。

 ついでん、もう一人、編集者の話をする。
 名前は忘れてしまった。仮にA君ということにしておく。
 彼もまた非常に優秀な男だった。
 時はバブルの頃。
 おそらく'90年前後。
 A君は、音楽系の出版社が創刊した、おしゃれな月刊誌(バブルの頃は、畑違いの会社が思いつきで雑誌を立ち上げることが珍しくなかった。素敵な時代だった)の若手の編集者だった。
 彼が私に持ってきた企画は、新進の写真家とのコラボによる2ページもののエッセーだった。
 テーマは、写真家がその月に撮ってきた写真を見てその都度決める。
 で、毎月A君は、締め切りが近づくと写真を持って私のところにやってくる。
 打ち合わせでは、けっこう話がはずんだ。
 というのも、A君は実に優秀で、彼が持ってくるアイディアはいつも面白かったから。
 で、和気藹々のうちに打ち合わせを終えて、さあ執筆にかかろうとすると、これが書けない。
 なぜかって?
 だって、オレのアイディアじゃないから。
 確かに面白い着眼だったりするんだけど、でも、それって、オレが見つけたネタじゃないわけだから、書き手としては面白くないわけですね。はなはだ勝手ながら。
 だから、書いてるうちになんとなく不機嫌になってくる。
 それも、アイディアが面白ければ面白いほど、オレは面白くない気分になるわけです。
 で、なんとかして違う形で着地してやろうとか、よけいなことを考えて、おかげで遠回りして苦労したあげくに、デキの悪い原稿を書いたような気がする。
 いや、原稿はもう手元に残ってないし、わからないわけです。
 とにかく、私は当時アル中のもっとも最終的な段階にいて、情緒不安定だったりまるで根気が無かったりしたもので、いずれにしてもたいした仕事はしていないはずで、事実、その雑誌の連載も、たぶん3回かそこらで終わった(はず)。
 うん。
 A君には悪いことをした。
 彼にしてみれば、一生懸命アイディアを出して執筆を促したのに、どうして散々に待たされたあげくに逆切れまでされるのか、理解できなかったことだろう。

教訓:過剰に優秀な編集者は執筆者をスネさせる。

※追記:T君とA君の違いについて。

 T君は、ほぼ完パケの原稿をタダで書いてくれた。しかも、無記名原稿で、原稿料は高い。
 とすれば、こんなありがたい話はない。

 A君の場合、アイディアはタダでくれたわけなんだから、やはり、一見素敵な編集者ではある。
 でもくれたのは、アイディアであって、完成原稿じゃない。
 ってことは、書くのはあくまでもオレ。
 つまり、原稿を書く労力は減っていない。
 そのくせ、原稿を書く楽しみ(つまり、アイディアをあれこれ考える部分)は、あらかじめ奪われてしまっている。
 いや、実際、他人のアイディアを書き起こす身になってみると、これはけっこうツラいわけです。
「なんで、オレが他人のネタを文字に起こしてやらなきゃならないんだ?」
「オレはあいつのゴーストか?」
 しかも記名原稿だしね。
 原稿を書く人間というのは、無駄にプライドが高い。
 だから、執筆者の前で、アイディアを出すのは禁物。
 だって、セコいネタだったら腹が立つし、デキの良いネタだったら、やっぱりそれはそれで腹が立つから。

 寝よう。

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2006/09/01

近況

 いやあ、間隔が開くと更新しにくくなりますね。
 というわけで、ちょっとだけでも書いておくことにします。

※最近のできごと。

  • クルマを新調:いや、新調じゃないかな、厳密に言えば。
  • だって、中古車だし。
  • それに、オレは金を出していない。
  • うん、全然新調なんかじゃないな、大雑把に言っても。

 詳しく説明する

  • 8月の半ばまでは、6年前に亡くなった父親が残したクルマに乗っていた。手続きだとかが面倒だからそのまま故人の名義のままで。
  • ちなみにその前は、嫁さんの父親が形見に残したクルマを使用していた。この場合も名義人は故人。廃車に至るまで。ま、一種の供養ですよ。
  • で、このたび、亡父のブルーバードがさすがに古くなったというので、最近実家に住むことになった兄が母親と費用を折半して、新しめの中古車を買ったというわけ。
  • で、次男である私は、母親の運転手をつとめることを条件に、平日乗車権を獲得したわけです。
  • うん。オレはきっとこの先、自分のクルマというものを持つことなく一生を終えるのだろうと思う

 浦和レッズや小野伸二選手、および日本代表についても思うところがないわけでもないのだが、なんだか今は書く気持ちになれない。
 というわけで、今日はこのへんで。
 まあ、顔つなぎですよ。

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