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2006/05/06

教育家威嚇

 コメント欄のやりとりを眺めていて、ずっと昔、NHKの海外番組枠で見たドキュメンタリーを思い出した。
 俳優のピーター・フォーク(←「刑事コロンボ」)がレポーターを勤めた2時間ほどの番組で、内容はアメリカのある州がやっている不良少年更生プログラムの紹介だった。
 あやふやな記憶に沿って再現すると、番組の構成はこんな感じ。

  1. はじめにちょっとした非行(万引きとか喧嘩とか)で検挙されて、州の矯正プログラムを受けることになったティーンエイジャー数人を紹介して、それぞれの少年にフォーク氏がインタビューする。この段階では、少年たちは猛烈にツッパっている。「刑務所が怖いかって? めんどくさいけど、コワいってことはないな」「マジメにやり直す気があるかだと? ふん。冗談なら笑ってやるよ」てな調子。亀田状態。
  2. 更生プログラムに協力を申し出た受刑者の紹介とインタビュー:いずれも、懲役100年を超える凶悪犯。ムショで毎日筋トレしているおかげで、見かけもマッチョ。インタビューはマジメ。「子供たちが勘違いしないように導いてやりたい」とか。
  3. 非行少年と受刑者の対面風景。ここが番組のヤマ:「お前らここに何しにきたかわかってるな?」「返事が聞こえないぞ」「……返事が聞こえないって言ってるんだよ。特にお前だ、お前」(と、顔面を2センチまで接近させる)「どうだ? 聞こえるか?」「……ああ」「返事はハイだ」「……ハイ」「背筋を伸ばせ」「……」「返事はどうした? ん? もしかしてお前、オレを相手に粋がってるつもりか?」「……」「いいか、教えといてやる。オレは、人間を4人殺してる。懲役140年だ。シャバに出る見込みはゼロ。分かるか? つまり、ここでお前を殴り殺して、あと100年刑期が増えたところで、オレにとっちゃまるで同じことなわけだ。わかるか?」「……ハイ」「よーし、わかったならまずまっすぐ立て。それから、返事はハイだ」「ハイ」……と、この調子で一人ずつ半べそになるまで恫喝して行く。そして、完全に肝っ玉を縮みあがらせたところで刑務所がいかに厳しいところであるかについての講義を始め、シャバでの暮らしのありがたさや、神だの道徳だのといったお話につなげて行く。
  4. プログラム終了後の少年のインタビュー。「……半端に強がっていた自分が恥ずかしいです」「これからは、地道にやっていきたいと思います」

  ……とまあ、あんまり話がうまく運ぶんで、眉唾な感じすらしてしまうわけなのだが、話半分にしても面白いドキュメンタリーだった。「本格派凶悪受刑者による非行少年恫喝プログラム」という企画の秀逸さもさることながら、凶悪犯の皆さんの迫力がとにかくものすごかった。体格はボブサップ。声は若山ゲンゾウ。で、全身タトゥー。あれに凄まれては、ひとたまりもない。

 「教育」という言葉を、字義通りに解釈すると、その実施にあたって体罰を用いるなどということは、当然のことながら、想定外になる。
 ちなみに、学研の国語辞典では、「教育」の字義は、「知識・学問・技術・教養などを身につけるため、教え育てること」ということになっている。
 さてしかし、現実の教育現場には、「教育不適対象」とも言うべき、規格外の原料が一定数入荷してくる。
 と、それらの規格外教育対象に関しては「更生」「矯正」ぐらいの作業が要求されることになるわけなのだが、われわれの教育理念は、そうした不良分子を処理する技術を持っていない。
 それゆえ、学校現場でハンドリング可能な範囲を逸脱した児童・生徒は、「鑑別所」や「少年院」という別ルートの施設に送り込まれる。もちろん、第一義的には、一般生徒を不良分子の悪影響から防衛するために、だ。隔離した少年たちの更生については……まあ、強い自覚を期待するってことで。
 で、それらの矯正機関の不備を補う意味で、あるいは、世間体の悪い少年院とは違う「スクール」に自分の子供を所属させておきたいと願う切ない親心の反映として、ここに戸塚校長のニッチ市場が成立している。
 こういう対象について、いわゆる「教育」という論点から話をしても、議論がかみ合わないのは、当然なのだ。
 本来、「教育」の建前では、あらゆる人間が平等であり、すべての人間に十全な可能性が備わっていることになっている。
 が、現実の教室には、不揃いなリンゴとひと揃いの害虫が席を並べていたりする。
 工場長の論理で言えば、不良品は廃棄するか、再プレスにまわすしかない。
 さて、どうするか、だ。
 公的な機関が、不良分子の矯正を強行することは、これは近代法の理念と矛盾(だって、「どうしようもない人間もいる」「時には人権を制限せねばならない」という前提は、憲法違反だからね)する。そんなことはできない。

 戸塚校長が、もっぱら規格外の子供たちを相手に、彼の規格外の教育理念を強行しようとしていることは、もちろん、無慈悲な話だし、仔細に見れば、違法行為を含んでいるはずだ。が、「必要悪」という指摘にもあった通り、彼の強権の及ぶ範囲は、自分のスクールの狭小な土地の中に限られている。
 とすれば、預ける側と預かる側が合意している以上、彼の土地の中で、納得ずくで行われている蛮行は、いかに苛酷ではあっても、しょせんは私的な暴力に過ぎない。
 だから、私は、これ以上戸塚先生個人をいじくるつもりはない。

 私がうんざりしているのは、わが東京都が、戸塚氏の教育論(ま、「調教」理論だよね)を賛美してやまない人間(「戸塚ヨットスクールを支援する会」の会長は、創立以来ずっと石原慎太郎がつとめている)を、首長にいただいているという、そのことだ。
 戸塚校長の不遜不敵かつ堅忍不抜なキャラクターは、小面憎い半面、ある種のピカレスクな魅力を発散してもいる。特に、戦後社会の柔弱さにイラ立っている向きにはストレートにアピールするはずだ。
 で、その戸塚校長の悪目立ちを利用する形で、石原都知事は、著しくスパルタンな「教育改革」を推し進めようとしているわけだが、この「改革」が額面通りに実現したら、戸塚校長が行使した個人的な暴力とは比べものにならない、はるかに広範な権力犯罪として、後の世に致命的な悪影響を残すと思う。

 戸塚校長の次の一手が石原さんの落とし穴になってくれることを祈ろう。
 そのためには、メディアは、戸塚先生をおだてるべきかもしれない。
 オレもおだてておこう。
 先生。手加減は禁物。丸くなったら負けですよ。

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コメント

 石原は盲目的に従順な人が好きで、自分の頭で考えて行動する人は嫌いということではないんでしょうか。
 戸塚のやってることは、暴力を使ったロボトミーです。自分の意思では何もできない状況に置くことで、従順な人間を作ることはできます。それは膨大な実験で明らかにされている。
 数千万の人間を統治しようという為政者にとって、個々の国民には自発性だとか創造性なんてない方が好都合なんでしょう。

投稿: Inoue | 2006/05/06 07:48

>石原都知事は、著しくスパルタンな「教育改革」を推し進めようとしているわけだが、この「改革」が額面通りに実現したら

無理でしょw
実現して欲しいけど
少なくとも野獣やDQNを野放しにしないで欲しいと思うのですがねえ。
その人達が廃人になろうが更生しようが無力化される方が幸せだと思うのですが、いけませんか?
赤羽も歩きやすくなるのではないかとw

投稿: bb | 2006/05/06 08:55

ゆーじろーの兄もそろそろ弟が迎えに来るのでは。

投稿: を | 2006/05/06 10:20

野獣やDQNだけ無力化してくれると思ってる人が一人。
石原都政って「俺は規制するな奴等を規制せよ」と思ってる人達によって支えられてるんでしょうな、まったく

投稿: 44 | 2006/05/06 11:02

人は奴隷になりたがるものなのですね
それにしてもTVを全くみないので
戸塚がどんな形で出てきているのかよくわかりませんがさして持ち上げて、サッチーだの細木だのみたいな
存在にしようとしてるわけではないんでしょ?
ほっといていいんじゃないでしょうか

投稿: けん | 2006/05/06 13:56

べつに、石原氏は、戸塚氏とおなじヨットマンなので、相通ずるトコがあるんじゃないでしょうかね。漁師をみれば分かるけど、“海の男”(ヨットマンも含む)ってのはかなりのマッチョ志向(つうかアウトドア系スポーツを嗜んでるヤシは押しなべてそう。“自然を相手にやってきたんだ”って自負があるから)ただ、この系統のヒトたちが教育に携わるのは、正直言って剣呑なハナシだとは思ふ。自然と人間とは違うワケで。

投稿: truly_false | 2006/05/06 20:11

 今回の小田嶋先生のコラムは、前回のテーマをさらに一歩深く掘り進めた内容で、とても興味深く拝見させていただきました。

ご指摘の通りに戸塚氏の行っている「更生」「矯正」はあくまで「規格外」が対象であって、石原氏のような公的な立場の人間の思想とは本来相容れない性格の物であると思います。
 先回のコラムではないですが、戸塚氏はあくまで「廃棄物処理業者」なわけですから、あくまで裏家業の粋を出ないわけで、例えていうならば不法廃棄物処理業者の社長が環境大臣と提携したような違和感があります。

 先日のコメントで”偽善性”について感想を書かさせていただきましたが、先生のコラムを読みながら、石原氏の政策の”偽善性”について考えさせられることが多くありました。
 
 また極めて個人的な例で申し訳ありませんが、私は現在会社の経営の傍ら、保護司の補助のボランティアをしております。
 実は保護監察官という国家公務員(プロ)は千人ほどしかおらず、現実には5万人以上の保護司と呼ばれる無報酬の人々が「規格外」の教育という絶望的な作業に当たっているのです。

http://d.hatena.ne.jp/kirokokia/20050630/p2

現在少年犯罪が都市部で急激な上昇を見せる中、この制度は一向に変わることはありません。
 東京都の場合、保護司は平均して30人以上の少年の担当することになり、ここ数年(つまり石原都政になってから)保護司への暴行や、保護司の高齢化による人員不足(ほとんどが教員、警察官の退職者)の問題が深刻化しているにもかかわらず、なんら具体的な政策を打出すことなく黙殺し続けています。
 彼は戸塚校長は教育者として認められても、規格外の「教育」には興味がないようです。自分の個人的な感情による政策を優先させていることには強い憤りを感じます。
 
 私的な長文失礼いたしました。これからのご活躍に期待しております。

投稿: サイボーグMSX | 2006/05/07 05:22

1月の終わり?には「宮崎事件」と読売W.でヒントいただいてありがとうございました。おかげで80年代からこっちのこの国の流れが裏側からわかって参りマスタ…宮崎と福岡に旅してきたのです。

ひどすぎる国、酷すぎる星。知ったことを告げる相手すらままならず。

「事実を知る者が必要だ」

と、やられちゃったんかいなオレとすら。

そろそろホンチャンですか。

投稿: メルヘンひじきごはん | 2006/05/07 07:01

以前、偽善の香り漂う福祉職の知的障害者施設に勤め
ておりました。
そのときに聞いた話では、石原くんは
重度障害者施設の見学の際に『この人たちに人格は
あるのかね?』と発言していたそうです。

わからん人にはわからんだろうなぐらいにしかわからんのだけども

投稿: フィニート | 2006/05/07 17:19

>そのときに聞いた話では、石原くんは
>重度障害者施設の見学の際に『この人たちに人格は
>あるのかね?』と発言していたそうです。

http://news-kyokutou.hp.infoseek.co.jp/antijp/mass/005.htm
この話ですね。
新聞によって大分違うニュアンスで報道してますねw

投稿: fs | 2006/05/07 17:32

フィニートさん fs さん

興味深い情報ありがとうございました。

>恐らく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う


ここら辺に彼の性格が端的に表されているように思えます(西洋人ってくくり方が凄すぎ)
 彼は小説家としてはそれなりの実績を上げているのでしょうが、小田嶋先生のおっしゃる通り、公的な責任ある立場に置いておくには危険極まりない存在です。早く千葉県知事、”通称ジェンダ-おばさん”と決闘して共倒れになってください(笑)

投稿: サイボーグMSX | 2006/05/07 18:09

神奈川県知事も道連れの方向で一つ(笑)

投稿: Noisy | 2006/05/08 14:01

 石原氏の教育改革が実現したらどうなるかは、氏のご子息をみれば、見当がつきます。

 そこそこ要領はいいが、いざというとき頼りになりそうもない男の量産。

 日本が心配です(笑)。

投稿: よし | 2006/05/09 23:35

Noisyさん

さすが、解ってらっしゃる(ニヤリ)

よしさん

なるほど、自己判断が出来ないロボットですからねえ。いつか彼と教育について話す機会があったら「あなたの息子してから駄目じゃねえか」と啖呵きってみたいところです(笑)

投稿: サイボーグMSX | 2006/05/10 00:48

ちなみに、戸塚氏の娘さんは、ヨットを極むるべく自らオーストラリアに留学したとのこと。

投稿: truly_false | 2006/05/12 13:35

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