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2005/10/10

軽率ということ

 中田浩二選手のプレーについて、ちょっと補足しておく。
 本人が読んでいるかもしれない(笑)ので。

 中田選手は、ごぞんじの通り、あのフィリップトルシエが最も高く評価していた選手だ。
 推察するに、トルシエは、彼の日本人離れした剛胆さに惹かれていたのだと思う。
 トルシエは、なにより、チキンが嫌いだった。
 ヘタでも勇敢なプレーヤーが好きだった。
 ちなみに、トルシエは、監督を辞した後、小笠原選手について、以下のように語っている。
「私は、小笠原を誤解していた。私が、臆病さだと思っていた特徴は、実は、並はずれた傲慢さだった」
 と、この言葉を、賞賛として述べているあたりが、トルシエの真骨頂だ。
 つまり「傲慢」は、トルシエにとっては、ほめ言葉なわけだ。
 ヘンなヤツ(笑)。

 話を中田浩二に戻す。
 中田浩二の「度胸の良さ」は、その飄々としたプレーぶりからもうかがえるし、インタビューでのリラックスしたしゃべり方からも感じ取れるテのもので、本質的には、考え方の柔軟さによってもたらされているものだ。それゆえ、中田は、どんな状況にさらされても、テンパることがない。ブルキナファソでも、雨のサンドニでも、彼はニヤニヤしていた。
 しかしながら、長所と短所は表裏一体だ。優れた特徴は、多くの場合、その裏に落とし穴を持っている。
 で、中田浩二の欠点だが、ひとことで言えば、彼は、軽率なのだ。
 中田浩二が、一試合に一度、必ず、ヤバいミスをする選手だということは、彼のプレーを長年見ている人々には、納得してもらえる見方だと思う。
 もっとも、ミスが、大事に至るのは、せいぜい10回に一度程度で、多くの場合、彼のミスは、サポーターをヒヤリとさせるだけで済んでいる。
「おいおいおいおい」
 ……と、中田コは、
「ごめんごめん」
 という感じで、軽く右手を挙げて、次のプレーに移る。そして、2分後には忘れている。
 素晴らしいメンタリティーだ。
 ミスを引きずらないこと――これは、ミスを犯さないことよりも重要な特徴だ、と、トルシエならそう言うと思う。
 いずれにしても、
「一点リードの局面で迎えた後半ロスタイムに、自陣ペナルティーエリア付近で、緩い横パスをかっさらわれる」という、普通のサッカー選手なら決してしないはずのプレーがひょっこり出てくるのは、技術の問題ではない。判断力の問題でもない。言ってみれば、これは、人間性の問題である。
 中田選手は、非常に高い基礎技術を持ったプレーヤーだ。プレーの選択も的確だし、視野も広い。 
 にもかかわらず、時に、素人も驚くような、他愛のないミスを犯す。
 これは、軽率さとしか、言いようがない。
 ソールベローにこういう言葉がある
「性格は、言い替えれば運命のことだ」
 至言だと思う。
 性格は直すことができない。
 技術は練習で身につけることができる。判断力も経験の蓄積によって高めることが可能だ。しかしながら、性格は、本人の努力ではどうにもできない。
 特に、軽率さは、決して改善できない。
 同じく軽率な人間である私が言うのだから間違いがない。
 他人の目から見ると、軽率さは、「真剣さの欠如」「不誠実」の結果であるように見えるかもしれない。
 が、違うのだ。
 どんなに一生懸命に頑張っていても、どんなにマジに取り組んでいても、根が軽率なタイプの人間は、ある瞬間、ふと気がつくと、考えられない軽率なミスを犯している。そういうものなのだよ。
 そこでだ。
 中田浩二選手のミスは、大目に見てやることにしようではないか。
 あれは、良い軽率なのだ、と。
 中田浩二を軽率たらしめている特徴は、同時に、彼に大胆さをもたらし、彼のプレーにスリルと意外性を提供している。
 また、彼の軽率さは、中田選手の並はずれた順応性のカウンターパートでもある。
 第一、軽率でない人間が、海外でのプレーに挑戦するだろうか?
 な。
 ということで、軽率さは、勇気の副作用だ、と。
 そういうふうに考えることにしようではないか。
 ナカタコよ。一昨日のミスは忘れろ。
 そして、前を見て、新しい一歩を歩き始めてくれ。
 どうせ忘れているんだろうけど(笑)。

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コメント

はじめまして。
中田浩二の今回のプレーについては、「またかよ」っていう感想以外、思考がストップしてしまっていたのですが、1つの回答を見た気がしました(笑)

TBいただきます(^ ^)またきまーす

投稿: foot | 2005/10/11 03:33

トルシエの言う「傲慢」って、どういう単語をフランス語のどういう意味で使っているかにもよりますよね。
英語で言うところの arroganceなのかそうではないのか、その単語は日本語の傲慢とニュアンスは同じなのか違うのか、とか。

投稿: 宮嶋陽人 | 2005/10/11 08:14

何か大きなミスをしたり,会話の中で相手とのギャップを感じたりする,そういうときにしか,自分で自分の性格を把握することができないのかも知れませんね。
修正しようとしても,例えば気を遣いすぎる人は「気を遣わないようにしよう」ということに対して大変気を遣ってしまうでしょうし,軽率な人は「軽率な行動を慎もう」というその注意の仕方自体が軽率になってしまうのかと思います。 それにしても,選手それぞれの性格が出てしまうところがサッカー観戦のおもしろさですから,企業サッカー部対抗戦とか社風が出て面白いかもなとふと思いました。
ワンマン社長のセンターフォワードとか。

投稿: オトメマチック | 2005/10/11 17:12

ほじめまして。
人間性としては私も同じ穴のムジナ・・・喜んで?許しますが、代表を応援する身としてはプレー中のその軽率さは許しがたい!(^^;
人間否定はしませんが選手否定をします。

投稿: ゴメス | 2005/10/12 14:28

はじめまして。大変面白く読ませていただきました。
中田選手はDFに向かないかもしれませんが、
FWに向くということはないんでしょうか?
技術的には向かなくても正確的に向くなら
なんとか活かせないのかなと思います。

少なくとも最終ラインは向かないですね。

投稿: alps | 2005/10/12 15:01

ナカタコに対しては皆さん否定的なご意見が多いようで。

私も奴のミスに対してはブーイングはします。が、しかし、
私も小田嶋氏と同じく奴を否定はしたくない。

トルシエ時代の親善試合のスペイン戦のとき、
日本相手になかなか点が取れずに苛立つグラディオラに対し、
奴は激しいタックルを見舞わせたのです。
グラディオラは奴をにらみつけてなにやら罵声を浴びせているように見えました。

すると奴は、

>ウルセーなあ、あっちいけよ!

ってな顔をしたんです。

ナカタコにはなんというか、インチキ臭いスターみたいなところがあるんですよ。
物怖じしない、つねに目立とうとする、たまにすごく良いプレーをする、
いつもヘラヘラしている・・・。

たまにしか練習に来ずにサ店でタバコ吸ってるクセに、
試合に来ると、いつも練習しているメンバーよりウマい奴、みたいな。
いつも一生懸命なのに空回りしてしまう小笠原の対極にいるような感じ。

そうゆう奴って、なんかはずせないんですよね。

投稿: nao | 2005/10/12 15:51

ところで、中田は不運な事が多いかと。他の人と同じ様なミスでも戦犯になったり(今回、トルコ戦)、実は活躍しててもオイシイところを持っていかれたり(ア杯バーレーン戦→1点ビハインドで遠藤が退場したやつ)。まあ、ラッキーな事もあったりするけどね。

投稿: リオ | 2005/10/13 21:36

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