« 友情と人生(笑) | トップページ | シャイロック »

2005/10/03

ジャイアンの周辺

 友人Mの行動を描写したここ3回ほどのエントリーに関して、様々な反応がありました。
 「いじめ」は、一筋縄で片付く問題ではありませんね。今回の書き込みについても、私が思っていた以上に、読む人の立場や経験によって、受け止め方が違っていたようです。
 以下、この度の一連のやりとりを通じて、あらためて気づいた点を列挙してみます。

  1. いじめっ子の悪質さのひとつに「面白い」ということがある。逆にいえば、たちの悪いいじめっ子は往々にして「面白いネタ」のひとつとしていじめを展開する。だから、荷担している人間や傍観している人間は、ついつい行われている行為を見過ごしてしまう。
  2. いじめている人間の中には、いじめをひとつの「勲章」と思っているタイプの人格がいる。つまり、「オレは、強い側の人間だった」「オレは、世論をリードするタイプの男だった」と。
  3. その一方には、いじめ被害を、「恥」と考える風潮がある。すなわち被いじめの過去を「弱かった」「友だちがいなかった」「嫌われ者だった」ということに対するひとつの帰結だする考え方。
  4. いじめた側の人間こそが自らの行いを恥じねばならない。いじめられた人間は、自分が孤立を恐れない自我の持ち主であることに誇りを持つべきだ、というふうに考える人はあまりいない。おそらく、これは日本という国が強度なムラ社会(同調的であること、空気を読むことをなによりもまず第一に考える集団)であることと無関係ではない。
  5. それゆえ、「お前いじめられっ子だったんだろ?」は、そのまま相手に対する侮辱の言葉として通用している。
  6. 一方、「オレ、いじめっ子だったから(笑)」という独白は、反省や自戒の言葉としてではなく、一種の自慢ないしは武勇伝として語られている。
  7. ここ数日いくつかのblogが2チャンネラーの餌食になって炎上している(「エアロバキバキ」氏および「かかって来んかい」氏など)が、共通しているのは、荒らされているblogの主がいずれも「いじめ自慢」「恫喝自慢」「武勇伝ひけらかし」系の「オレ様キャラ」、すなわち「ジャイアン」であることだ。
  8. つまり、ネット上では、いじめっ子キャラは、通用しない。なぜなら、誰も同調してくれないから。いじめは、周囲のスネオたちの同調や支持、あるいは出来杉君やシズカちゃんの黙認がないと成立しない。
  9. それゆえジャイアン系のblogは、逆に、匿名ネットワーカーのいじめにさらされることになる。
  10. おそらく、少なからぬ人々が、この種の「無反省なジャイアン」に内なる怒りを抱いていたからこそ、blogは代償行為の矛先として、炎上せざるを得なかった。自業自得だが。
  11. いじめは、人間形成の途中の段階で刻印された経験であるだけに、当事者にとって、簡単には克服できない。
  12. 克服するためには、加害者との関係を見直す必要がある。しかしながら、成人した大人が、子供の頃の怨みをネタに、同じく成人した人間に対して苦情を言ったり復讐をしたり、賠償を求めたりという筋書きは、世間の人々に理解されにくい。
  13. といって、被害者が、自分の心の中だけで、いじめ被害の心理的外傷を処理するのは思いのほか、困難だったりする。
  14. 私自身、中学の教師に殴られた悔しさがいまだに整理できていない。
  15. とはいえ、殴られた後に、「大変だったな」と言ってくれる友人を持っていた私は、本格的ないじめの被害者と比べればはるかにラッキーだった。
  16. というのも、いじめの最も深刻な被害は、暴力の数や量ではなくて、「孤立」という状況にあるから。いつだったか、テレビに出てきたいじめ被害の少女が「たった一人でも友だちができれば、いじめなんて何でもない」という意味のことを言っていた。なるほどと思った。

 ところで、上記テキストは弁解ではないよ(と、弁解)。
 と、こんなところで仕事に戻ります。どうして締め切りが重なるとblog更新モチベーションが高まるのでしょうか。不思議です。はい仕事仕事(と、マジに弁解)。

|

« 友情と人生(笑) | トップページ | シャイロック »

コメント

 うん、それでいいと思うよ。こんなかたちでコメント欄に“お気楽”なことを書いてしまう僕らに、ジカ対応してくれる、“公人”といえなくもない小田嶋隆氏に共感の拍手。いいぞ、小田嶋!

投稿: あおきひとし | 2005/10/03 21:40

まず、小田嶋さんに謝らなければいけないですね。
「おそらく小田嶋さんが読んでイヤな思いをするであろうコメントを書き込んで、ごめんなさい。」
個人的なことを言えば、高校の同級生にM氏そっくりのイヤな奴がいて、しかも警察官の息子だったのですよ。
私が直接いじめられたのではないのですが、
嫌な場面をさんざん見せつけられました。
私自身のトラウマが呼び起こされたのかもしれません。
とはいえ、今まで小田嶋さんのブログを楽しみに読んでいて、たまたま「いじめ」というテーマが不快だっただけで ネガティブなコメントを書き込んだのは軽率でした。
今回の箇条書きに書かれた文章を読めば、このテーマについてこれ以上語るのは不要だと思います。
見事に整理されてますね。
さすがプロの文章は違うなあ。


 

投稿: ar | 2005/10/03 22:09

小田嶋さんも含めていつの間にかイジメの話になってますけど、
最初のエントリーを読み直してみると
Mとアタマの関係は、いじめっ子といじめられっ子の関係とは断定できないですよね。
交通弱者のエピソードと合わせ読むと、むしろ単にMが誰に対してもひどいヤツというだけの気がしますが。
アタマだけを延々と陰湿になぶっていたのならイジメですけど、そうとは書かれていないし、そうではない(つまり誰にでも嫌がらせをしていたという)推測の方が立てやすい。
アタマの命名者がMか、本当にアタマは3年間を通じて嫌がらせを受け続けたのか、実際にその後陸上部において「アタマ」は定着したのか。
何一つ明らかになっていないのに、イジメの話になっていったのは何故なのか、興味深いです。

イジメの問題は重大なので、その話題に変わったことに異議を唱えているわけではありません。
逆に、このエントリーを読むことができて良かったと思っています。

投稿: 凡人 | 2005/10/03 23:51

「いじめっ子もまた、恐怖の連鎖の一環、誰かにいじめられている」
という指摘がありませんね。
Mは誰からも酷いことをされることなく
そういう性根になっちゃんたんでしょうか。
今となっては「わからない」でしょうね。

投稿: 道路強者 | 2005/10/04 06:56

小田嶋さん、ありがとう。気持ちが柔らかくなりました。

投稿: nonko | 2005/10/04 12:13

やや毒を含んだ笑かせが読みたくて、このサイトを開いている方も多いのではないでしょうか?(ちなみに。K谷さんには後者が決定的に欠落しているかと)お行儀がいい文章や論旨は他でいくらでも読めるのですから……。
 
今後も、抗議コメントがくるような、丸まっていない日記が読めますように。
 
え?そんなにヤワぢゃない、っすか。
失礼しました。
 
そうですね。
そもそも一連のコメントはスルーしてもよかったのに。
わざわざ対応されているだけでも小田嶋さんの誠実さが表れているように感じます。
 

投稿: かず | 2005/10/04 12:35

 週間朝日(10・4発売)の「週間図書館」でびっくりするほど“ラブリー”(勝Pの表現。うまいことゆーなー)な小田嶋“新人作家”をハケーン。「いっしょに成長していきましょう」という雰囲気。

投稿: あおきひとし | 2005/10/04 16:13

エントリ拝読しました。
「確かにひどい話だけど、よくあることだしもう時効だよね。やられた側も良い経験になったろうし」などという凡庸な見解から踏み出してこういう考察に至られたのなら、私が自分の痛い感情を吐露したのにもそれなりの価値があったかと思います。
ありがとうございました。

投稿: Noisy | 2005/10/05 20:41

>Noisyさん
 いえ、こちらこそありがとうございました。
 正直なところを申し上げれば、コメントに対して、ムッとした部分がなかったわけでもないのですが、それもまあ、痛いところを突かれたからです。
 結局、自分の書きようが、舌っ足らずだったということです。
 こういうことは、書き手の視点と違った方向からの読み方を提示されないと、なかなか気づくことができないものです。
 もちろん、全方位的な視点を持ってモノを書くなどということは、不可能であるのみならず無意味ですが、文章を書く人間は、せめてオルタナティブな(もうひとつの)視点を確保しておくぐらいなことは、常に意識しておかないといけないのだな、と、そういうことに今回は気づかされました。
 ブログには、やっかいなところもあります(箸にも棒にもかからないアラシもやってきますから)が、今回のように読者の反応がストレートに返ってくることで、目が開かされる効果はあります。
 だからといって、今後、あらゆる読者をひとっかけらも傷つけないように気を配ろうとか、そういうふうには考えていません。言葉が言葉である限り、また、それが本質的な批評をはらんでいるならばなおさら、他人を傷つけないということは不可能です。ただ、無意味な罵言や、無神経な言説で他人の感情を害することは、できれば避けた方が良い、と、そういうことです。
 元Tarzan誌編集長氏のblogがひどいことになっています。
 この業界には、もともと才能も筆力もあった人なのに、功成り名遂げた後に獲得した傲慢さで、すべてを台無しにしてしまう例が少なくありません。それもこれも、ちょっと偉くなると、誰もが先生扱いをして、周囲に間違いを指摘してくれる人がいなくなってしまうからだと思います。
 というわけで、今後とも、当blogのエントリーに異議を感じた場合は、なるべく礼儀正しく、極力遠慮がちに指摘してみてください。機嫌の良い時には、耳を傾ける場合があるかもしれません(笑)。

投稿: 小田嶋 | 2005/10/05 22:20

私はこのエピソードを読ませていただいて、いかにもティーンエイジャー男子の、自分もかつて経験した原風景だったので、逆にほほえましくノスタルジーにひたりながら読みました。

小田嶋さんもおっしゃっているように牧歌的なほのぼのとした話だと思います。

経験者として断言できます。
本当のいじめはこんなものじゃないですよ!

投稿: てっちゃん | 2005/10/06 16:02

小中高と、いじめにすら会わなかった私は、相手にされてなかったんでしょうね。こっちも、同級生の相手なんかしたくなかったし。

投稿: Inoue | 2005/10/06 17:33

小田嶋さま;
初めて書き込みさせて頂きます。

>この業界には、もともと才能も筆力もあった人なのに、
>功成り名遂げた後に獲得した傲慢さで、すべてを台無しにしてしまう例が少なくありません。

元Tarzan誌編集長氏のblog炎上騒動を途中から見学していましたが、元々備わっている人格の欠陥が文章に滲み出ているものとばかり思っていました。
もしもこの方もかつては才能も筆力もあった人だというなら、傲慢さというものは恐ろしいですね。。。

投稿: キングフラダンス | 2005/10/17 13:42

blog炎上というと不可抗力みたいに言われてますが、コメントを禁止しておくだけでいいじゃないのでしょうか。私のようにクローズドグループだけに許可するのでもいい。

投稿: Inoue | 2005/10/17 14:04

今日はじめて来ました。

心の整理に少し役立ちました。
ありがとうございます。

投稿:   | 2005/10/22 03:45

「傲慢さ」というのは本当に恐ろしいものです。

過ぎてみて、ああ、あの時はと辛うじて気が付
く類のものです。もう遅いのですが。

「勝ってもカブッテも尾を締めよ」なんて日系ボ
クサーが言ってたな。自民も心配。

投稿: アミ | 2005/10/22 20:35

おおむね同意できますが下の意見は違うと思います。
「これは日本という国が強度なムラ社会(同調的であること、空気を読むことをなによりもまず第一に考える集団)であることと無関係ではない」

いじめって現象は全世界的にあると思う。
アメリカのいじめについては小田嶋さんの友人である町山さんがくわしいですよ。
参考までにウィキペディアに載ってたアメリカの学校内カースト解説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

あと体験者による考察
http://www.blog.net/nerds-jp.htm

まあ国によって学園内カーストは少し違ってるだろうけど。
日本ではお笑い系が上位カーストに入ってそう。

投稿: よしず | 2007/08/16 03:54

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52951/6236458

この記事へのトラックバック一覧です: ジャイアンの周辺:

« 友情と人生(笑) | トップページ | シャイロック »