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2005/10/28

ウヨ曲折

 ニュース23の愛国心特集をチラ見。
 まあ、予想通り。
 というよりも、あまりにも陳腐な展開にあらためてびっくりいたしました。

 香山リカの言う「プチナショナリズム」は、「プチナショナリズムと言ってみたかっただけちゃうんか」というレベルのおとぎ話だと思う。
 たしかに、ネット右翼という現象はあるし、全体として、現代の若者が「右傾化」しているのは事実だ。
 が、現在あらわれている「右傾化」は、必ずしも「反動化」や「保守化」ではない。
 というよりも、ここで言う「右傾化」は、従来の区分でいうところの「右翼」「左翼」とは無縁な座標軸の上で起こっている現象であって、とすれば、正確には「右傾化」ではない。
 あえて名付けるなら「強硬化」「粗暴化」ぐらいな傾向だと思う。

 以下、うまくまとめる自信がないので、箇条書きにする。
 まず前提。

  • 従来の(つまり昭和時代の)枠組みでは、右翼とは「反共的」「国粋的」「保守的」「伝統主義的」な、対する左翼は「社会主義的」「無政府主義的」「急進的」な政治的傾向を意味する概念だった。
  • それが、ソビエト連邦の崩壊および社会主義国家群の壊滅を受けて変質した。
  • まず「左翼」は、「共産主義的」「社会主義的」「イデオロギー的」な色彩を薄め、対国際問題に関しては「反米リベラル」「平和反核志向」「環境問題重視」、内政に関しては、「人権重視」「市民運動的」「個人主義的」といった、統一イデオロギーを持たない漠然とした市民思想みたいなものにバラけていった。
  • 一方、右翼もまた、従来の反共一辺倒の姿勢を改め(←というよりも、共産主義そのものが脅威でなくなりましたから)て、もっぱら「嫌韓」「反中」「反市民運動」ぐらいなところに散開することになった。ちなみに皇室はあんまり関係ない。

 ……これがどういうことなのかというと、政治的傾向の左右を分かつ重要な対立軸であったマルキシズムが事実上消滅してしまったわけで、とすると、もはや左翼、右翼という分類は無意味になったということだ。

 で、ここから先が私の持論ということになるのだが、これも面倒なので箇条書きにする。

  • 全共闘華やかなりし頃、「左翼思想」が当時の若者(←銘記せよ。「若者」という言葉を使う人間は、既に若者ではない)の心をとらえた主たる理由は、それが「反抗の象徴」だったからだ。
  • さらに言うなら「左翼」は、単なる政治思想ではなかった。「長髪」「Gパン」「Tシャツ」に代表されるファッション傾向や、「ロックミュージック」「テント演劇」みたいな芸術、文化、風俗をも含めた、ひとかたまりの「祭り」みたいなもので、それらをあえて要約するなら「破壊せよ」という反抗の宣言であった。
  • はやい話が、発生当初の左翼思想は、ちょっと口に出しただけで警察に引っ張られかねない危険思想であり、明るい場所ではうっかり口にできないヤバい合い言葉だったわけで、だからこそ若い連中にとって魅力的に見えた。長髪も同断。70年代以前の段階では、髪を肩まで伸ばしている男は、学校や職場をはじめとするあらゆる公的な場所で徹底的に忌避排除抑圧された。ロックミュージックの関係者もまた、保守派から露骨な迫害を受けたものだった。
  • さてしかし、その「反抗的」であり「抑圧された者の叫び」であった左翼思想は、徐々に変質する。
  • 長髪はおしゃれになった。清潔になり、リンスされ、トリートメントを施され、ママたちにも評判の悪くない飼い犬の髪型になった。
  • ロックミュージックもまた、先生にほめてもらえる音楽になった。NHKに認知され、「青年の主張」のテーマソングになり、芸術として大手をふるって通用しはじめ、最終的には音楽の教科書に載る文科省推薦のよい子の音楽になった。
  • ジーンズ愛好者は表彰されるようになった。
  • テント演劇のオヤジは説教垂れになった。
  • リベラル思想は、学校の教師が推奨する模範的な作文技術として、学習塾のひとつの到達目標になった。
  • 市民主義もまた大学の先生にほめられる立派なモラルに成長した。

 ってことは、左翼思想は「悪い子の思想」から「よい子の思想」に転向したわけだ。
 ここが一番大切なポイントだ。

  • 若いヤツは、今も昔も「ヤバ」くて」「悪そう」で、「大人が眉をひそめ」るファッションや思想を好む。
  • で、70年代までは、一番ヤバくて、参入するのに度胸がいるキーワードは、「左翼」だった。
  • つまり、当時の「左翼」ファッションが醸していたメッセージは、「おい、オレは優等生じゃねえぞ」「オレはママの言いなりになってるイイコちゃんじゃないぞ」てなことで、なんのことはない、インテリ暴走族です。

 さて、一方、21世紀のイケているつもりでいる若い連中は、左翼思想に満足しない。なぜなら、21世紀の左翼(すなわち「リベラル市民主義」)思想は、大学教授の先生方が称揚してやまない「よい子の行動規範」以外のナニモノでもないから。

 で、彼らは、もっとはた迷惑でワイルドで無遠慮な思想は無いかと探してみると、おお、「嫌韓」があるじゃねえか、と、そういうところにたどりついたわけだ。

※↑「嫌韓」「反中」の背景には、左翼陣営が、党派的なつながりと歴史的な成り行きから(つまり、本来の思想性とは別の理由において)親韓、親中および北朝鮮擁護の立場に立ってきたことと、「反国家主義」「反宗教主義」の見地から、靖国参拝に反対していることが、厭な感じでシンクロして、結果的に「土下座外交の先導役」「特定亜細亜諸国の利益代表」みたいな役回りになってしまっているという、近年の不幸な状況がある。ま、どうしようもないけど。

 思うに、現在の「ウヨ」と「サヨ」を分けているのは、「マルキシズム」や「リベラリズム」ではない。「国家」や「皇室」や「愛国心」ですらない。たぶん、「偽善」というキーワードだ。
 どういうことなのかと言うと、反抗の思想として出発した左翼思想が、主流派のスローガンになり、日教組の行動指針となり、洗練、漂白、消毒されたあげくにたどり着いたのが、「偽善」だったということだ。
 いや、左翼思想そのものが偽善だと言っているのではない。
 ただ、左翼思想がもたらした(あるいは勝ち取った)運動の成果が、「人権を守ろう」「平和のために祈りましょう」「戦争って哀しいね」「いのちを大切に」「つちとみどりと太陽」みたいなスローガンとして結実した時、それを上から(教師やマスコミから)聞かされる立場にある子供たちの耳には、「ろうかを走ってはいけないよ」「せすじをのばしてよいしせい」「月曜日はツメ検査」「右左見てまた右見て渡る」みたいなうすらみっともない標語と区別がつかないわけで、結局、偽善にしか聞こえないということだ。

 とすれば、彼らが左翼を「ブサヨ」と呼ぶのは、これはもうどうしようもない。
 
 「上から押しつけられた《男らしさ》や《愛国心》を敢然と拒否して、あえて卑怯者の汚名を着て身につけた個人主義」は、いまの若いヤツには、わかってもらえないわけです。
 というのも、上が男らしさや愛国心を押しつけなくなくなってみると、自分の権利を主張する人間は、単なる卑怯者みたいなことになっちまってるわけですから。

 だから、筑紫さん。左翼復活のためには、愛国教育復活しかないわけですよ。

 教室では、竹刀を持った教師が、蛮声をあげている。
「この中に、お国のために死ぬのがイヤだというヤツがいるんだそうだな?」
「愛国作文コンクールへの出品を拒否した生徒がいるそうだが、誰だ?」
「立て非国民。立って理由を説明してみろ」
 ここで、ゆらりと立ち上がった左翼中学生が言う。
「あんたがうざいからだよ、軍曹」
 うん、かっこいいぞ。
 やっぱり左翼は弾圧と闘ってナンボ。
 先生にほめられてるようじゃダメです(笑)。

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コメント

地方の職業?ウヨのおじさんたちは健在で、昭和時代まんまの雰囲気を醸し出しています。土建屋さんもウヨさんも議員さんも、服装や車以外では見分けがつきません。

投稿: pon | 2005/10/28 02:34

 ベルリンの壁が崩れたのも、ソ連が解体したのもしたのは平成に入ってからです。それから、15年も経ったのですから、状況は変わったのに昭和時代の「持論」を麗々しく持ち出されても。小田嶋センセイは、現在の状況でも自分の考え方や態度を変える必要がない(言い換えれば変わってない)ことを確認するために、ニュース23をみるのはそろそろ止めたらいかがでしょうか?それは「偽善」ではなくとも「欺瞞」でしょう。

 ま、どうしょうもないけど。

投稿: N・B | 2005/10/28 08:45

http://eiji.txt-nifty.com/diary/2005/10/post_eb65.html
 ここで批判されていることは実は小田嶋センセイにも当てはまると思います。そのことは本当ははわかってらっしゃると思いますが。

投稿: N・B | 2005/10/28 10:51

私が覗いている嫌韓系のブログで、コメンターさん達が「ポリティカルコンパス」等
を利用して、自分の思想が大体どういう位置付けになるのか、を試してみたときに、
「ややリベラル」やら、「やや保守」な人がほとんどで、「右翼」と呼べるような
人はほとんど居なかったようです。それ臭い人や、「乱暴者」もいない訳ではないでしょうけれど。
だからこそ、「ネット右翼」なんていう物言いは
「自分より 右にいる奴 皆ウヨ」(だったかな?)
と言われたりしているのでしょう。

投稿: くど | 2005/10/28 16:40

青春を総括するのって大変なんですね。
特に、それが全共闘運動のような無意味なものであった場合には。

投稿: ide | 2005/10/28 20:18

嫌韓や反中に走る人も、根っこにあるのは、愛国心ですらないんじゃないかと。
ふだんはウザく感じている身内でも、赤の他人に正面切って悪口を言われるとムカつく。
だからといって、急に孝行者になるわけでもない。
そういうものだと思います(笑)。

投稿: Noisy | 2005/10/28 20:38

不景気が続くと極端なことを言う人が増える。
それだけのことかも知れないよ。

投稿: twocheers | 2005/10/28 22:05

>不景気が続くと極端なことを言う人が増える。
 それだけのことかも知れないよ。

それだけのこと、で済めばよいのですがねえ。などという発想が古いの
でしょうか。昭和は遠くなりにけり。

投稿: コメント無力 | 2005/10/28 22:59

それだけのこと…でもないような気がしますけどねぇ。平和だの人権だのある意味うそ臭い?建前によって抑えられてきた日本人の本質が、時を経て徐々に姿を現しているんじゃないかと。排他性、嗜虐性、陰湿性なんかですね。石原慎太郎的に言えば「日本人夜郎自大陰険民族的DNA論」ですかね。もともと大和民族なんざ国土に相応しい狭小な器量しか持ち合わせてないんですよ。

投稿: みる | 2005/10/29 00:20

うーん。じゃあ、明治維新をいつまでも有り難がっているせいかも知れない。

投稿: twocheers | 2005/10/29 01:11

↑「夜郎自大陰険民族説」同意いたします。しかし、

石原慎太郎さんご自身も、なんだか・・・
最近のMXテレビの定例会見なんぞ、
ほとんど電波系毒演会の趣ではないかと。

あと、オダジマ先生は「全共闘」とは世代的に違いますよね?
というか「全共闘」には否定的(もちろん代々木にも)なスタンスだったような。
ま、どうでもいいことですね、失礼しました。

投稿: コメント無力 | 2005/10/29 01:28

うーん。感心しました。右翼、左翼という言葉になにか違和感を感じていたのですが、このようにすっきり整理されると、つくづく「腑に落ちる」という感じがします。

投稿: nora | 2005/10/29 02:04

 news23のあの特集が決定的に駄目だったのは、左翼の中心軸にいるという自覚があってかなくてのことか、自己の相対化が出来ずに、右翼はこんなもの……、という自己にとって都合が良い予定調和な解釈しか出来なかったからだと思いますね。

 嫌韓嫌中はたいしたことじゃないですよ。マスコミが書けないテーマでネットが盛り上がるのは、今に始まった話じゃないですから。

投稿: えいじ | 2005/10/29 14:30

>えいじさん
 ニュース23と同様の症状を小田嶋センセイが示しているというのが私がリンクした理由です。トラックバック先(ニート~ポータルネット)からリンクされているBUNNTENさんの批判が示しているように、小田島センセイは過去についても「全共闘」という自らの想像できる現象の後の70年代以降のしか考慮せず書いてらっしゃるのですから。えいじさんのコメントでの言葉がかなり当てはまってしまうわけです。おそらく、私が行ったリンク先の「結局、怖いんだよなこの人たちは?一般人が愛国心に目覚めたことが」という言葉はそのまま小田嶋センセイにも向けられるべきでしょう。

 もっとも私はそのニュース23を見ていません。しかしこのブログでニュース23をいまだにやたらと取り上げることに無自覚だとすれば、それこそ自己相対化の欠如では?

投稿: N・B | 2005/10/29 20:37

 ネット世論が成立したのはせいぜいブロードバンド常時接続が一般化する2000年以降ですよね。まだ5年未満の歴史しかない。
 2000年以前とはネット利用者の構成が激変したであろうことは間違いない。変化したのはネット利用者層であって、ネット世論ではないのでは?

投稿: Inoue | 2005/10/29 23:21

>>2000年以降ですよね。まだ5年未満の歴史しかない。

 いえいえ、そんなことはありません。五年前ですでに、ネット人口は1000万人近かったはずです。私がニフテイやPC-VANのアカウントを取った十数年前ですら、大手のネットを合計すると、トータルで150万人ほどのネットユーザーはいたはずです。外から見えなかっただけで。
 ただ、ネット世論という言葉の定義が問題になろうかとは思いますが。

投稿: えいじ | 2005/10/29 23:43

 研究者のコミュニティだったjunetやダイヤルアップ時代のInternetを世論と呼ぶのは、同人誌仲間やアマチュア無線家たちの意見を世論と呼ぶようなもので、かなり苦しいんじゃないでしょうか。数は多くても偏ってる。

投稿: Inoue | 2005/10/30 01:09

大石先生のところから飛んできて、こちらのエントリ&トラバ&コメント欄すべて興味深く読ませていただきました。

えと、それで、コメントしておられるこのN.B.さんという方がいったい何にこんなに腹を立ててらっしゃる(私にはそう見えます)のか、さっぱり解からなかったというのが私の最大の感想です(笑)。

そんなに古臭く且つパタナイズされたことを小田嶋先生は言われてますかね?
いやそりゃアチコチで言われた又言われてるようなことではあり、独創性と新奇さには欠けましょうが、独創と新奇が常に求められ且つ正しいということでもなし、そんなに真っ向から難じられなきゃならんような文章だとは私にはまったく思えないんですが。

投稿: kamikitazawa | 2005/10/30 11:02

かつての日本が中国や朝鮮に無茶なことをしてきたことを知らずに、商業右翼の影響で、嫌韓嫌中になる。
これが愛国心なら、愛国心に目覚めるのは怖いと思います。

投稿: twocheers | 2005/10/30 14:06


        〃∩ ∧_∧
        ⊂⌒( ・ω・)  はいはいワロスワロス
         `ヽ_っ⌒/⌒c
            ⌒ ⌒


投稿: 愛国心?ワロス | 2005/10/30 15:47

>kamikitazawaさん
あー、よかった。
実は私もN.B.さんの矛先と小田島さんお文章が、どこでカチ合っているのか全く理解できずにおりました。
ひとりぢゃないってステキなことね、と。

投稿: amachi | 2005/10/30 16:59

 以前HPのイラストを拝見した事がありましたが、最近こちらのブログを知り、初めてコメントいたします。

 >左翼思想がもたらした(あるいは勝ち取った)運動の成果が、「人権を守ろう」「平和のために祈りましょう」「戦争って哀しいね」「いのちを大切に」「つちとみどりと太陽」みたいなスローガンとして結実した時・・・・<
 ここで例として挙げられているものが、「左翼思想がもたらした(あるいは勝ち取った)運動の成果」だというのは理解できませんでした。また、これらのスローガンは「こうしましょう」という種類のものですので、もたらしたとか勝ち取ったとかいうものではないと思います。

 長髪が世間に認められるオシャレになった時に長髪にした人と、それ以前に長髪にしていた人は違う人で、「反抗の姿勢って、カッコイイ!」と70年代左翼ファッションを真似るのは人の勝手ですし、それだけのことだと思います。「左翼思想が変質して、オシャレな長髪や学校で教わるロック」になったのではなく、70年代左翼運動は単に衰退して、そのファッションを真似た何か(偽善?)が繁盛してきたということなのではないでしょうか。

投稿: kobanto | 2005/10/30 21:18

>kobantoさん

 たしかに「成果」「結実」「勝ち取った」という言い方は、適切さを欠いていますね。 
 私の主張の骨子は、
「本来は体制転覆を志向する危険思想であった左翼の主張が、時代とともに変質して、人権主義、平和主義のみたいな人畜無害のスローガンに化けた」
 ということです。
 この「変質」を「洗練」ないしは「成長」と見るか、「後退」と断ずるか、あるいは修正主義的ナンタラと見なすのか、現実への対応の結果と判断するのかは意見の分かれるところだと思いますが、いずれにしても「成果」や「結実」とは別のものです。まして「勝ち取った」ということでは到底ありません。
 左翼思想および左翼の運動は、戦後社会の一角に一定のリベラルな風通しの良さをもたらしたのかもしれません。しかしながら、大筋として、サヨクは、体制に組み込まれるうちにヒヨってファッション化し、最終的には、白髪化、ゾンビ化して現在に至っている――というふうに、私は判断しています。
 チクシ化とは、あえて申しません。武士のなさけ(笑)。

投稿: 小田嶋 | 2005/10/30 21:54

>愛国心?ワロス さん

猫か?俺は犬のほうが好きなんだけど。

投稿: twocheersfor | 2005/10/31 00:48

>なぜなら、21世紀の左翼(すなわち「リベラル市民主義」)思想は、大学教授の
>先生方が称揚してやまない「よい子の行動規範」以外のナニモノでもないか
>ら。

それは…
「よい子左翼」のふりしてないと、まともにデモもできないような雰囲気に日本中が満ち満ちているからじゃないスか。
公園に反戦落書きしただけで、警察にしょっぴかれるような国ですよ。
一部の先進国じゃ、落書き+Hip Hop またはDance系音楽つきデモは左翼の王道なのに。とっても出来るようなムードじゃないです。日本こわい。

投稿: とおりすがり | 2005/10/31 09:38

>公園に反戦落書きしただけで警察にしょっぴかれる国ですよ。

 警察がしょっぴくのは別に落書きの内容が「反戦」だからではありません。ポイントは「公園に落書き」ってところです。愛国の落書きでも、現場をおさえられたらしょっぴかれますよ。「落書き禁止」の落書きであっても。
 というよりも、「反戦落書き」(←ピースマークとか)は、反戦運動を貶めるための反・反戦活動だと思っていたのですが違うんですか?

>一部の先進国じゃ、落書き+Hip Hop またはDance系音楽つきデモは左翼の王道なのに。

 貴兄は左翼の軽薄さを宣伝するための雇われた職業ウヨのアルバイトですか?
 ここで言うヒプホプつきの落書きが、例の「グラフィティ」だとかいう、いけ好かないアレなのだとしたら、ああいうもので町を汚す連中は右であれ左であれ、即刻タイーホしてほしいものです。

投稿: 小田嶋 | 2005/10/31 10:23

>kamikitazawaさん
 何に怒っているのかって?ファンだった身としては時代遅れの愚劣な文章を書かれたら悲しいんですよ。私のコメントを読めば、小田島センセイが15年前の前提で「持論」を書いていることを批判していることがわかるでしょう。起こっている変化を否認していいわけの文章を垂れ流すのが問題なのです(その点ではえいじさんは違うわけです)。昔の小田嶋センセイの文章を読んでみれば今回の文章の「持論」の論点は全部揃ってますよ。

>体制に組み込まれるうちにヒヨってファッション化し、最終的には、白髪化、ゾンビ化して現在に至っている――
 こうなりつつあることに怒っているのです、おわかりでしょうか?なお体制に組み込まれていることは本日のコメントで行政の公正さへの厚い信頼をみれわばかります。(コメントを読む限り)全共闘以前を考えられないことも現在を否認するやりかたも変わっていません、大体、「右傾化」は「左翼の衰退」の直接の帰結なのでしょうか?「左翼」の問題に回収することで現在の「右傾化」を否認している、この批判はえいじさんがニュース23に対して投げた批判と最も重要な点で並行しているのです。

>amachi
 見事な援護ありがとうございます。

 ただ、 kamikitazawa さんのようなファンに囲まれて幸福にすごされればそれでいいのかもしれません。確かに年寄りのファンがぶつぶついうのはみっともないですね。

投稿: N・B | 2005/10/31 11:27

>N・Bさん

 私が貴兄のコメントに反応しなかったのは、単純な話、貴兄が何を言いたいのか理解できなかったからです。
 N・Bさんが思わせぶりであえて遠回しな書き方をしているのか、論点をはっきりさせないことで文章に含蓄が出るとでも思ってそうしておられるのか、でなければ単に文章がヘタなのか、あるいは、私の側の読解力に何か致命的な問題があるのか、理由はわかりませんが、ともあれ、私にはおっしゃっていることの意味がわからなかったわけです。

> ベルリンの壁が崩れたのも、ソ連が解体したのもしたのは平成に入ってからです。

 たいした問題じゃないでしょう、こんなことは。せいぜい2~3年の差です。私が当エントリーで問題にしているのは、「昭和の時代に支配的であったパラダイムが崩壊したこと」であって、その文脈の中では、ソ連が最終的に崩壊した時点の名目上の元号が昭和であったか平成であったかなんてことは、誤差の範囲内です。元号が代わった瞬間に時代の流れが180度変わったわけでもないし、ソ連邦ならびに社会主義諸国の崩壊という歴史的な大事件が、たったの2年か3年の間に完結したのでもないわけですから。

>それから、15年も経ったのですから、状況は変わったのに昭和時代の「持論」を麗々しく持ち出されても。

 は? 私が持ち出したのは、「昭和」時代の持論ではありませんよ。っていうか、「昭和の時代の枠組みが崩れた」という認識は、昭和時代には抱きようもありません。ちょっと考えればわかることだと思いますが。
 「麗々しく」というのは、皮肉ですか? 私を怒らせたかったということなんでしょうか?
 あるいは、私の文章がそんなに麗々しく見えたのでしょうか?
 華麗だと?
 いや、おほめにあずかったのであるとすれば、お礼を述べねばなりませんが。

>小田嶋センセイは、現在の状況でも自分の考え方や態度を変える必要がない(言い換えれば変わってない)ことを確認するために、ニュース23をみるのはそろそろ止めたらいかがでしょうか?それは「偽善」ではなくとも「欺瞞」でしょう。

 この文章は、全体として意味を為していません。最初の文は、ひとつの述語に対して主語が3つあるキングギドラ文になっています。
 括弧内の――(言い換えれば変わってない)――が何を指しているのかも不明です。「オダジマの態度が変わっていない」ということなのだとして、では、私がいつの時点と比べて、どんなふうに変わっていないのか、どう変わるべきであるのか、それが全然わかりません。
 また、私がニュース23を見ることの目的が、「自分の考え方や態度を変える必要がないことを確認するため」だと、貴兄が判断した理由が明示されていないので、私には答えようがありません。
 私は、ニュース23に限らず、どんなテレビ番組を見る時にでも、「自分の考え方や態度を変える必要がないことを確認するため」だとか、そんな不可思議な理由で画面を見つめていたりはしません。

最後の

>まあ、どうしょうもないけど
 
 は、やっぱり皮肉のおつもりでしょうか。
 「どうしょうもない」とお思いなら、わざわざコメントを書く必要もないように思えるのですが。

 次のコメントでは、なぜか大石英司氏のブログ内での議論を引き合いに出して私を批判しようとされています。
 >ここで批判されていることは実は小田嶋センセイにも当てはまると思います。そのことは本当ははわかってらっしゃると思いますが。

 私には、大石氏のエントリーのどこがオダジマに対する批判なのかがわからなかったので、お答えしませんでした。

>おそらく、私が行ったリンク先の「結局、怖いんだよなこの人たちは?一般人が愛国心に目覚めたことが」という言葉はそのまま小田嶋センセイにも向けられるべきでしょう。

 これもよくわかりません。
 一般人が愛国心に目覚めているのだとして、どうして私がそんなことを恐れねばならないのでしょうか? できればご教示ねがいたいところです。
 むしろ、貴兄の側に、自分の論敵が臆病者であると信じたい理由があった、とそいういう話なのではありませんか?
 だからこそ、貴兄は自分で論陣を張ることもせず、リンク先の人々が書いたテキストを武器に(あるいはタマよけに使って、その影に隠れて)、オダジマを批判しようとしたわけです。
 要するに小田嶋が目覚めるのが怖かった、と、そういうことですか?

>何に怒っているのかって?ファンだった身としては時代遅れの愚劣な文章を書かれたら悲しいんですよ。

 なるほどね。愚劣、と。
 貴兄は、しきりに「時代遅れ」とか「状況は変わったのに……」てなことをおっしゃっています。
 たしかに、時代や状況によって、変わっていかなければならないものもあるでしょう。
 でも、変える必要のない要素もあるし、変わってはいけないものもあるのですよ。
 時代感覚や状況認識は、それぞれの時代のそれぞれの状況に対応して、ビビッドに変わるべきものなのかもしれません。
 でも、信念であるとか、ものを見る時のスタンスであるとかいったものは、そうそう半年に一度みたいな頻度で入れ替えて良いものではありませんよ。
 変わらない視点を確保しているからこそ、あるいは中心にブレない思想があるからこそ、時代の変化を見極められるということもあるわけです。なんか当たり前過ぎるお話で言ってて恥ずかしいですが。

 私の文章が愚劣であるかどうかについての判断は、貴兄におまかせします。

 ルー・リードという人の歌に”I'll be your mirror"というのがあります。
 優れた文章は、鏡です。
 愚劣な読者には、愚劣に見えるし、賢明な読者には賢明に見える。
 これ以上、私の文章を読めとは申しません。
 むしろ、鏡を見ることをおすすめします。
 

投稿: 小田嶋 | 2005/10/31 12:43

ついでですから、N・Bさんの最後のコメントにも返事をしておきます。

>私のコメントを読めば、小田島センセイが15年前の前提で「持論」を書いていることを批判していることがわかるでしょう。

 さきほど申し上げた通り、私の「持論」は、15年前の時点のものではありません。
 むしろ、この15年の変化を概観した上での結論です。読めばおわかりになるはずです。

>起こっている変化を否認していいわけの文章を垂れ流すのが問題なのです(その点ではえいじさんは違うわけです)。昔の小田嶋センセイの文章を読んでみれば今回の文章の「持論」の論点は全部揃ってますよ。

 私が「変化を否認している」ということでしょうか? よくわかりません。貴兄の文章は、あれこれとほのめかすばかりで、一向に具体的な論点が出てこないテのものですね。
「分かるヤツには分かるはずだ」みたいなものの言い方は、利口ぶりたい人の馬脚だと思います。直せるものなら直すした方が良いですよ。

> >体制に組み込まれるうちにヒヨってファッション化し、最終的には、白髪化、ゾンビ化して現在に至っている――
 こうなりつつあることに怒っているのです、おわかりでしょうか?なお体制に組み込まれていることは本日のコメントで行政の公正さへの厚い信頼をみれわばかります。(コメントを読む限り)全共闘以前を考えられないことも現在を否認するやりかたも変わっていません、大体、「右傾化」は「左翼の衰退」の直接の帰結なのでしょうか?「左翼」の問題に回収することで現在の「右傾化」を否認している、この批判はえいじさんがニュース23に対して投げた批判と最も重要な点で並行しているのです。

 おわかりでしょうか? などとアタマの悪い人間に念を押すみたいな言い方をされても、わからないものはわからないわけです。
 
>なお体制に組み込まれていることは本日のコメントで行政の公正さへの厚い信頼をみれば分かります。

 って、これ、何ですか?
 アタマ大丈夫ですか。文章になってませんよ。

>>なお、(オダジマ氏が)体制に組み込まれているということは、本日のコメント(の中)で(オダジマ氏が)行政の公正さへの厚い信頼を(表明していることを)みればわかります。
 
 と、添削してさしあげた上で、お答えします。特別サービスです。
 さて、私が本日のコメントの中で、行政への厚い信頼を述べていたのだとすると、アレですか? 落書き犯タイーホ関連のお話で、警察に言及したからでしょうか?
 もしかして、N・Bさんは、警察権力(あるいは「官憲」ですか?)には、無条件の敵意を示しておくのが進歩派知識人のつとめだとかなんとか、そういう「時代遅れの愚劣な」思想を抱いておいでなのでしょうか? 
 警察は、しょせん道具です。権力の刃になることもあるでしょうが、ドキュン退治にはこれ以上素敵な組織はありません。
 それにしても、「体制」に組み込まれている、だなんて、久しぶりにこういう言い回しをききました。
 なるほど。オレは体制側なわけだ。

 >(コメントを読む限り)全共闘以前を考えられないことも現在を否認するやりかたも変わっていません、大体、「右傾化」は「左翼の衰退」の直接の帰結なのでしょうか?「左翼」の問題に回収することで現在の「右傾化」を否認している、この批判はえいじさんがニュース23に対して投げた批判と最も重要な点で並行しているのです。

 うーん。添削する気にもなれないな。だって、「回収」ってなんです? ゴミですか?
 「重要な点で並行しているのです」という日本語も、まったく意味不明です。
 つまり、類推すればですが、貴兄は、オダジマが「現在の右傾化を直視したくないがために、堕落した左翼の象徴としてのニュース23を見て安心感を得ている」みたいな、そういう図を想定しているのでしょうか?
 
 コメント内でも書きましたが、右傾化は、事実だと思っています。
 ただ私は、その右傾化が、どうやら従来の「昭和の」枠組みの中でわれわれが想定していた右傾化とは様子が違っているのではなかろうか、ということを指摘したわけで、それを「否認」と言われては、返すことばもないというのか、あきれてものも言えません。
 しかも、「右翼左翼の問題を考えるためには新しい枠組みが必要だ」という私の主張を「昭和」から変わっていない古くさい愚劣な文章とおっしゃる。これじゃ批判にもなってないでしょうが。
 いや、私の言っていることに反対があるならあるでかまわんのです。
 私自身、完全に整合性の取れた思想を全力を持って主張しているわけではないし、実際のところ、自分ながら曖昧だったり確信が持てないでいる部分も大きいわけですから。
 
 ただ、貴兄のような見当はずれの批判は、ちょっと扱いかねるわけですよ。ついつい面白がって相手をしてしまいましたが。
 というよりも、目前に締め切りがあるもので、ついつい別の文章を書きたくなる、と。
 いけませんね。もう黙ります。
 N・Bさんも黙った方がいいですよ。
 いや、これは体制からの圧力ではありません。
 一人の男の意見というか、軽い忠告みたいなものです。

投稿: 小田嶋 | 2005/10/31 13:21

どんなコメントにも真摯に返答される小田嶋氏に、いつも尊敬の念をいだいています。

今回の小田嶋氏の文章に、なるほどと納得した自分には、他の方と同様N.Bさんのコメントを見たときに、正直、何が言いたいのか良くわかりませんでした。しかもこんな棘のある殺伐とした文章で。ただ、自分の読解力の無さが原因でN.Bさんのコメントが理解できないのかもと思い、N.Bさんの補足説明or賢い方の解説or小田嶋氏の返答をROMしながら待っていたわけですが…。

自分の読解力が低いわけではなさそうで一安心です(笑)。それともコレ=N.Bさんのコメントは、一種の釣りとか荒らしってヤツなのでしょうか? だとしたらマジレスされている小田嶋氏が可哀相です。まぁ他人様のブログの、しかもコメント欄で釣られて長文を書き込んでいる自分も荒らしの一人なのかもしれませんが(汗)

荒らしついでに自分(20代後半、サッカー好きの嫌韓中←生理的にダメ)の体験談と思うことを箇条書きで述べさせてもらうと、
・中学時代から歴史は好きで、日本がアジアの国々にしてきたコトは反省しなければと考えていた。(何となく、反省することが大人なんだなと感じて。はやく大人になりたい年代ですから。)
・高校時代は君が代や国旗掲揚の“強制”に反対し、集会などでも国旗の代わりに鯉のぼりを揚げたりする。校風もあったし、今思えば体制に抵抗している自分たちに酔っていたのかも。校長以外の教師はあえて止めたりもせず。アジアの国々への謝罪感覚は薄れ、頭の中は麻雀と女の子で一杯。
・大学時代、ネットを始めて様々な意見を見るうちに、半ば事実だと思っていたコトへの疑問がわき始める。サッカー絡みで韓国ネタに感心を持ち次第に嫌韓へ。後に嫌中にも。ドMでも無い限り、あれだけ嫌ってくる人たちを正直好きにはなれませぬ。
・だからと言って、何かアクションを起こしたいわけではなく出来ればあの国々の人たちとは係わりたくないのが本音。←無理なのも分かってますが。
・全共闘とか全然知らない自分としては、自分が左だとか右だとかいう感覚はあまりなく、戦時中になくなられた方々への慰霊の気持ちも意識したことはあまりない。(ご年輩の方、怒らないでくださいね。これが若い年代の正直な気持ちってやつです。ただ戦争物のドラマとか映画を見ると、哀悼の気持ちは生まれます←その時だけ。)
・歴史認識がどうであれ、土下座外交ではいい関係は築けないとは思う。靖国問題も教科書問題もODAも、駆け引きを上手くやって日本にだけ不利にならなければ、どちらに転んでも良いのかも。

と、長々と当たり前すぎるコトを愚劣な文章で書き込んでしまいました。
小田嶋氏がもう黙ると仰っているのにすみません。
気にくわなければ消してください。

投稿: noir | 2005/10/31 14:19

 回答ありがとうございます。私の悪文はつとに(知り合いから)非難されています、申し訳ありません。ですから理由は後半の二つでしょう。

>たいした問題じゃないでしょう
 全くそうです、ですから以後触れておりませんわざわざ指摘ありがとうございます。

>は? 私が持ち出したのは、「昭和」時代の持論ではありませんよ
 私が指摘したのは「昭和時代の持論」と現在の持論が何も変わっていないことです。失礼ですが「これからは私の持論」以降の部分に、昭和時代(その後数年も含む)の小田嶋氏の「持論」以上のことが何か書いてあるのでしょうか(赤文字で書かれた部分は別ですが)?これはその後のコメントで繰り返し触れたことです。「麗々しく」はもちろん皮肉です、はるか昔の「持論」を、新しいものであるかのように出されたので。

>キングギドラ文になっています
 申し訳ありません、わかりやすく書き直します、「小田嶋氏は、ニュース23をみるのはそろそろ止めたらいかがでしょうか?。なぜなら、小田嶋氏は、昭和時代をはるかに過ぎた現在の状況でもみずからの考え方や態度を変える必要がないことを確認しているだけなのですから」。お分かりいただけたでしょうか?
 さらにいつの時点かと問われれば、誤差を含んだ昭和時代(80年代後半から90年代前半)です、どう変わっていないのかは同じ「持論」と書いているのですから明白です。判断した理由は上述しました(その「持論」がある世代の視点に強烈に規定されていることも判断の理由です、後述(全共闘以前の無視)のようなこともあります)。ただ「目的」というのはいいすぎでした、自覚していたらそのようにはできませんから。

>大石氏のエントリーのどこがオダジマに対する批判なのかがわからなかったので
 10月29日 午後 08時37分の書き込みをご覧になってください。わからなかったと書かれた部分に注釈します。理由以前ににまず小田嶋氏のエントリーでは「一般国民が愛国心に目覚めている」が否定されているのです。そしてその論点として(新しい袋に入れられたされた)いつもどおりの「持論」が持ち出されているのです。このような手法を使う理由を推測して大石氏の論法を借りて書いたのです。前の書き込みの後半でも(この点に関してはいやみのためにエントリーを借用した大石氏にはご迷惑をおかけしました)

>貴兄は、しきりに「時代遅れ」とか「状況は変わったのに……」てなことをおっしゃっています。
 そうですそれが私の判断です、ですが同時に小田嶋氏はある時代(全共闘!)以前の時代を考慮していないことも指摘したはずですお忘れなく。

>変える必要のない要素もあるし、変わってはいけないものもあるのですよ
 そうです、そして、変えなければならないこととそうしなくてもかまわないものを見分ける知恵を小田嶋氏は失ってしまったのではないかというのが私の危惧なのです。その徴候を多少は具体的に指摘しようとしたわけです。

>ルー・リード
 「It's a parfect day」の記憶にすがりつづけることがもはや有害であることこそが私の批判の中心です。

>むしろ、鏡を見てみるといいですよ
 私はずっとここを鏡として読んでいたわけです、それにもう耐えられなくなって叩き割ろうとした、そういうことです。鏡に八つ当たりをしたわけですね。「原因」はともかく耐えられなくなってこのようなことをした「責任」は私にあります。

>貴兄は自分で論陣を張ることもせず、リンク先の人々が書いたテキストを武器に(あるいはタマよけに使って、その影に隠れて)、オダジマを批判しようとしたわけです。
 エントリー自体よりもエントリーを書く「立ち位置」を批判したかったためもあり、私がせこく振舞ったことが、小田嶋氏をいらだたせただけだとということは自覚しています。それでも自分のコメントに書いたことの責任ぐらいは自分で持っています、ここに私が書いたことは私の主張です。

>どうしょうもないとお思いなら、わざわざコメントを書く必要もないように思えるのですが。
>要するに小田嶋が目覚めるのが怖かった、と、そういうことですか?
 全くそのとおりです。

投稿: N・B | 2005/10/31 14:29

 小田嶋氏の2つ目のコメントを読まずに投稿しました申し訳ありません。最後にいくつか。

>、「体制」に組み込まれている、だなんて、久しぶりにこういう言い回しをききました
 「体制に組み込まれる」は小田嶋氏のコメントから借用しました。「久しぶり」のスパンがとても短いのですね。

>もしかして、N・Bさんは、警察権力(あるいは「官憲」ですか?)には、無条件の敵意を示しておくのが進歩派知識人のつとめだとかなんとか、そういう「時代遅れの愚劣な」思想を抱いておいでなのでしょうか? 
 そうおもいたければ、どうぞ。
>警察は、しょせん道具です。権力の刃になることもあるでしょうが、ドキュン退治にはこれ以上素敵な組織はありません。
 で?私は包丁は慎重に扱うよう気をつけますが…。

 とりあえず私も黙ります、二つ目のコメントへの本当に必要な回答はこの前にしました。真摯な回答を有難うございました。
 

投稿: N・B | 2005/10/31 15:36

 私の「持論」が昭和時代のそれと「まったく変わっていない」というご指摘については、全面的に賛成はしかねますが、「全共闘」という人たちに対する視線の向け方について限定して言うなら、大筋のところはそんなに変わってはいません。
 当エントリーを読んで、N・Bさんが、
「オダジマは、またしても古い持ち芸の全共闘批判を持ち出してきている」
 と思われたのだとすれば、その部分については当たらずとも遠からずでしょう。
 
 全共闘以前の世代について私が言及していない(「無視」、とN・Bさんは書いておられますが)点に、ずいぶんとこだわっているようですが、他意はありません。よく知らないから書いていないだけです。
 全共闘以前の世代の左翼は、より「プロレタリアート」という言葉に即した存在(すなわち、貧困というのっぴきならない状況に対する率直な反応としての左翼運動)であったのかもしれないとは思いますが、いずれにしても、私はそのあたりの事情について、書物で知る以上の知識を持っておりません。ですから、半端な臆断はせずにおこうと考えている、と、それだけの話です。
 もちろん、過去と無縁な現在はないということからいえば、「右傾化」の問題は、本来、それこそ明治維新の時点から説き起こさねばならない問題であるのかもしれませんが、それは私の能力を超えた仕事です。
 
 さて、貴兄は、オダジマの考え方が1980年代から90年代の頃から変わっていないとおっしゃっています。
 で、
>どう変わっていないのかは同じ「持論」と書いているのですから明白です。
 と、言っておられるわけですが、言われた側からすれば、全然明白に聞こえません。
 当方としては、
「変わったところもあるし、変わっていないところもある」
 としか答えようがないわけです。
 私の「持論」の「どの部分」が変わっていないのでしょうか。
 また、ある特定の部分が変わっていないのだとして、あるいは、貴兄の目から見て、私の論旨のあらゆる部分が一から十までまったく変わっていないのだとして、そのことの何が「問題」で、どうして、かくも貴兄はいらだっておられるのでしょうか。
 ここのところを具体的に指摘してくれないと、話は進みませんよ。
 さきのコメントでも書いた通り、一人の人間が抱く思想の中には、時代に即応して変わって行くべき部分と、安易に変わってはいけない部分があります。
 とすれば、どこが変わっていないのかを具体的に明示しないまま、「変わっていない」という結論だけを振り回して相手を責めても、話がかみ合う道理がないではありませんか。 

1.オダジマは、右傾化から目をそらしている
2.オダジマは、左翼の衰退を矮小化している
3.オダジマは、右翼と左翼の対立軸を不当に瑣末な次元におとしめようとしている
4.オダジマは、一般人が愛国心を持ち始めているという事態に対応して、反愛国心運動を展開すべきなのにそれをしていない
5.オダジマは、一般人すらが愛国心を持ち始めているのに、いまだに古い信条にこだわって、愛国心を軽視している

 たとえば、上記1から5のうちに答えがあるような話ですか?

>申し訳ありません、わかりやすく書き直します、「小田嶋氏は、ニュース23をみるのはそろそろ止めたらいかがでしょうか?。なぜなら、小田嶋氏は、昭和時代をはるかに過ぎた現在の状況でもみずからの考え方や態度を変える必要がないことを確認しているだけなのですから」。お分かりいただけたでしょうか?
 
 申し訳ありませんが、わかりません。
 ニュース23を見ることで、どうして私が「考え方や態度を変える必要がないこと」を確認できるのでしょうか? 
 「ニュース23は昭和の時代からまったく変わっていない化石みたいなサヨク番組だ」ということをおっしゃりたいのであれば、その点については、おおむね同意いたしますが、では、その「昭和の化石みたいなサヨク」を私が見ることで、どうして私が、自らの考えを変える必要がないという結論に到達することができるのでしょう。貴兄がそう考える理由が私にはまったく理解できません。
 私が、「ニュース23」以外に、まったく世間との接触を持っていない人間であるならいざ知らず、オダジマはほかの番組も見るし、本も読めば2ちゃんにも出入りし、生身の人間と会話することもある社会人なわけです。そのいい年をぶっころがした一人の市民であるオダジマが、どうして一ニュース番組を見るだけのことで、自らのスタンスを決定せねばならぬのでしょう?
 仮に「チクシさんは変わらないなあ」と私が思ったとして、その感想は、私の対チクシ観の変更可能性に影響を与えるだけで、申すまでもないことですが、なにもチクシさんひとりを見つめて、私が「対左翼認識」や「世界観」を決定しているわけではありませんよ。

>変えなければならないこととそうしなくてもかまわないものを見分ける知恵を小田嶋氏は失ってしまったのではないかというのが私の危惧なのです。その徴候を多少は具体的に指摘しようとしたわけです。
 
 ですから、その指摘が一向に具体的でないことを私は指摘しているわけです。
 オダジマの変わるべきところは、どこで、どこが変わっていないのか、ぜひ具体的かつ簡潔にご教示ください。

投稿: 小田嶋 | 2005/10/31 15:40

ま,いろんな人が湧いて出てくる内容(イジメとか思想とか)のエントリーの場合は,あーサヨか,と苦笑しておくのも得策かと。

投稿: 古今亭 | 2005/10/31 17:27

まぁ、それでも。
これだけみんなに「何言ってるのか、わかんねーよ」と馬鹿にされつつ自説の主張を続ける滑稽な方と、小田嶋さんの芸が見られて、結構満足しています。
苦笑。

投稿: うつい | 2005/10/31 18:21

 短い確認です。私が「黙る」と宣言した投稿をお読みにならずに次の投稿をなさったのでしょうか?もしそうでないならば、あえて投稿した理由をお知らせしください。

 読んでいれば、そこにある「久しぶり」の異様に短いスパンについての疑問の回答も出来ればお願いします。
>ですから、半端な臆断はせずにおこうと考えている、と、それだけの話です。
 エントリーの内容自体が半端な臆断ではないのですか?ちなみに私が決定的に不信感を抱いたエントリーである今年の選挙報道に関するエントリーでは、TBSを筆頭にテレビが小泉首相の思惑に乗っかって報道を垂れ流して選挙の行方を左右したことを無視して、当日の選挙番組だけを評して報道一般への批判を行っていますこういうものこそ臆断なのです。それを垂れ流しておいて今更躊躇することとは何でしょう?


 「持論」以降の部分で「21世紀」や「嫌韓」といったことを除いてどこにそれ以前になかった発想があるのか教えてください、それぐらいおなじみのものばかりです例を出して教えてくださればきちんとお答えします(間違っていれば訂正します)。

 しかし本当に変わっていないのは先程例に出したような臆断をいまだになさっていることです。要するに、単純な「マスコミ=良識」批判が無害である(社会の中で趣味判断以上の意味を持たない)という前提を変えてないことです。私から見れば有害ですし、他の立場の人には「国民の声」の代弁でしょう。そのようになってしまっている。それがもはや現実だと思うのですがいかがでしょう?1から5まででもそれ以外(でも今のままでも)好きに答えを選んでください。

 私は小田嶋氏がニュース23を見ることで自らのスタンスを決定してるなどと書いていませんし思ってもいません。小田嶋氏はそれを見て批判を書くことで、「何か語っている振りをしている」というだけです。確認というのは、お決まりのパターンの文章をくり返すことで「何も起こってないこと」を自ら(そして読者)に確認させていると書いているのです。私は小田嶋氏は社会に対して持ってしまっているスタンスを明確化ししない(きちんと決定しない)ために、このような愚行を繰り返しているのだと考えています。しかし、そのことの意味は変わってしまったというのが私の判断です。

 もちろん、ツクダニについてなんらかのスタンスを取れることはいいことだと思います、しかし、今のままでまだチクシについて書くようなことはばかばかしいと思います。

 どうも悪文と失礼な書き込みすいませんでした。

投稿: N・B | 2005/10/31 19:04

>うついさん
 「芸」というのは「体制に組み込まれる」と自分で書いて一日も経たないうちに、「それにしても、「体制」に組み込まれている、だなんて、久しぶりにこういう言い回し」を聞いたと書くようなことですかw?私もまだあなたのような方には利口ぶりたくなりまして。

投稿: N・B | 2005/10/31 19:25

 最後に、言い残したことをいくつか。大丈夫、死者にむち打つのは趣味ではありませんが

>「体制に組み込まれる」は小田嶋氏のコメントから借用しました。「久しぶり」のスパンがとても短いのですね。

 いや、これはうかつでした。オウム返しだったとは。

> 「It's a parfect day」の記憶にすがりつづけることがもはや有害であることこそが私の批判の中心です。

 えーと、これは、ルー先生の「Perfect day」からの引用のつもりだとすると、ちょっと違います。
「Just a perfect day」というのが正解です。でもまあ、ルー先生を引っ張り出してきてくれたことには感謝しておきます。
 ちなみに申せば、「Perfect day」は、「過ぎし去りし栄光の日々」についての歌ではありません。
 「永遠にやって来ない架空の完璧な一日→すなわち、仮定法条件節の中で語られるゲイにとっての愛の成就」という、美しくもかなしい状況を格調高く歌った傑作です。なぜか、「ニュースステーション」のお天気コーナーで使われていた時期があったりします。
 いや、素晴らしい。
 美しい歌を思い出して、機嫌を直しました(笑)。

投稿: 小田嶋 | 2005/10/31 19:35

 どうも、死者からの返事です、その歌はある芝居で聞いたため、正確な内容は知らなかったのです。しかし、だとすればあのシーンで歌うのに本当にふさわしい歌だなと改めて思いました。そのほうが私の意図にもぴったりです。では、迷惑をかけました、さようなら。

投稿: N・B | 2005/10/31 20:20

 あらあら、またすれ違いでコメントが来ていたのですね。
>短い確認です。私が「黙る」と宣言した投稿をお読みにならずに次の投稿をなさったのでしょうか?もしそうでないならば、あえて投稿した理由をお知らせしください。

 読んでいませんでした。

>読んでいれば、そこにある「久しぶり」の異様に短いスパンについての疑問の回答も出来ればお願いします。

 ひとつ前のコメントに書いた通り。うっかりしました。当方のミスです。
 鬼の首。

>エントリーの内容自体が半端な臆断ではないのですか?
 
 そうかもしれません。真意を読み取れない読者にとっては豚に真珠でしょう。

>ちなみに私が決定的に不信感を抱いたエントリーである今年の選挙報道に関するエントリーでは、TBSを筆頭にテレビが小泉首相の思惑に乗っかって報道を垂れ流して選挙の行方を左右したことを無視して、当日の選挙番組だけを評して報道一般への批判を行っていますこういうものこそ臆断なのです。それを垂れ流しておいて今更躊躇することとは何でしょう?

 私は、テレビ各局が小泉の思惑に乗っかったことで選挙結果が左右された(←いわゆる、「小泉劇場」伝説ですね)とは考えていません。選挙民はそんなにバカじゃないですよ。もちろん、選挙特番も、それに先立つ選挙報道も、バカげた放送でしたが。

>「持論」以降の部分で「21世紀」や「嫌韓」といったことを除いてどこにそれ以前になかった発想があるのか教えてください、それぐらいおなじみのものばかりです例を出して教えてくださればきちんとお答えします(間違っていれば訂正します)。

 例によって、了解しにくい文章ですね。
 私の議論に新鮮味が欠けているというのでしたら、その批判は甘んじて受けますよ。だって、ふつうのアタマの持ち主がこの社会を真摯に見た上でものを書けば、そんなにかけ離れた結論にはならないわけで、その意味では、私が書いたエントリーは、私自身が昔どこかに書いたことも含めて、どこかの誰かがどこかの雑誌に書いたことと色々な点で重複していたりするでしょうから。
 でも、繰り返しになりますが、「昔書いたことと同じだ」ということは、必ずしも致命的な失点ではありません。「スタンスが一定している」ということでもあるわけですから。
 何か言葉を発する度に、今まで誰も言ったことのない見解がボロボロ噴出してくるタイプの人間がいたとして、そういうのは、どういうものなのでしょうか。基地外ですよね。アウトオブザベース。

>しかし本当に変わっていないのは先程例に出したような臆断をいまだになさっていることです。要するに、単純な「マスコミ=良識」批判が無害である(社会の中で趣味判断以上の意味を持たない)という前提を変えてないことです。私から見れば有害ですし、他の立場の人には「国民の声」の代弁でしょう。そのようになってしまっている。それがもはや現実だと思うのですがいかがでしょう?1から5まででもそれ以外(でも今のままでも)好きに答えを選んでください。

 ↑ これ、全然意味がわかりません。
・「要するに」と前置きしておきながら、全然要点が整理されていない
・《単純な「マスコミ=良識」批判》とは、具体的に言って何ですか? 「マスコミが良識と見なされていることに対する批判」ですか? それとも、「良識と同義語と見なされているマスコミを単純に批判すること」ででょうか?
・括弧内もわかりません。(社会の中で趣味判断以上の意味を持たない)というのは、「無害である」を言い換えた表現なのでしょうが、それにしても趣味判断というのは造語ですか?
・で、その「マスコミ批判が無害である」という「前提」を「変えていない」ことが、私の「臆断」だと、そういう構造なんでしょうか?
・《私から見れば有害ですし》は、前段の何を受けてそうおっしゃっているのですか? 何が「有害」なのでしょう。「マスコミ批判」ですか? 「マスコミ批判が無害であるという前提」ですか? 「マスコミ批判が無害であるという前提を変えないでいること」、ですか?それとも、「マスコミが良識であること」そのものが有害だということなんでしょうか? どこをどう読み取っていいのやら、さっぱりわかりません。
・《他の立場の人には「国民の声」の代弁でしょう》も、ほぼ意味不明。アレですか? マスコミに流される言説が、「他の立場の人」(←あなた以外のアタマの悪い人ぐらいの意味ですか?)には、「天の声」に聞こえている、という愚民批判のつもりでしょうか? 国民の声にあえてカギ括弧をつけた理由は何です? なにか特別な意味をこめたのですか?
・《それがもはや現実だとおもうのですがいかがでしょう》の「それ」とは何ですか? 現実には様々な側面があります。ですから、あなたの言う「それ」が何であるのかがはっきりしないと、全然話が先に進まないよ、というのが、われわれが直面している当面の現実ということになりますが、この答えでご満足いただけるでしょうか。
・思うに、貴兄は自分の目に見えている「現実」を、他人に説明できないタイプの人間です。
・で、貴兄とのこれ以上の交渉は不毛だ、と私は、そう判断することにします。

 貴兄の文章は、わざと問題を具体化することから逃げているように見えます。というよりも、ご本人自身が問題点を把握できていないのでしょう。
 色々と質問を並べる形になってしまいましたが 当コメントの主旨は「オダジマはN・B氏の言っていることがわからない」ということにほぼ尽きています。
 ですから、お答えは無用です。
 仮に、この先貴兄からお答えや質問があっても、私は二度と返事をしないでしょう。
 
When you think the night has seen your mind,
That inside you're twisted and unkind,
Let me stand to show that you are blind.
Please put down your hands 'cause I see you.

 先に引いた”I'll be your mirror"のサビ部分です。
 ご参考までに。
 
 

投稿: 小田嶋 | 2005/10/31 20:24

>N.B.さん
  
よかったですねー。
「体制に組み込まれる」部分だけでも小田嶋さんに認めてもらって。w

投稿: うつい | 2005/10/31 20:24

私の読んだ印象では、N.B.さんは
・自分たちの憤り(韓国・中国に対する)に対して、軽薄な流行のようなものだ、と言われているような気がして、ムカついている。
と、言いたいのかなと。
最後も、左がカッコよくなる方法までレクチャーしてあったので、とうとう我慢ができずに、という感じでしょうか。


>単純な「マスコミ=良識」批判が無害である(社会の中で趣味判断以上の意味を持たない)という前提を変えてない

というところは

・小田嶋氏は、「マスコミ=良識」ということへの批判が無害or無意味であるという前提を変えてない

と書きたいのかな、と思いますが…  ううむ

投稿: su3 | 2005/10/31 21:34

 いやしかし、皆さん、長いコメントをお書きになりますね。往年のFSHISOみたい(~_~;)。

>大石氏のエントリーのどこがオダジマに対する批判なのかがわからなかったので

 何か誤解があるかも知れませんが、私はこの問題で、小田嶋氏にしても、ここにトラックバックをなさった皆さんのブログにしても、批判めいた思考は一切持っていません。私の場合、激しくalternative な意見を読みたいというだけですから。
 世の中には、私のように左翼をボロクソに言いながら平然と社民党や共産党に投票する物好きもいれば、勝谷氏みたいに、青筋立てて愛国を語る人もいるわけですね。その中にあって、今回の小田嶋氏のエントリーは、ニヒリスト小田嶋隆の面目躍如なテキストだと読ませてもらいました。

 こういう、恐らくはそう妥協の余地のない正面がっぷり組むしか無いテーマに関してニヒリズムを発揮するとなると、それが通用する相手というのは、これは正直、かなり限られるだろうなと思います。何というのか、自分の主張を述べたい、あるいはこの問題に関して、確たる信念を持っているという人にはあまり受けないと思うわけです。自分はこっちだけど、心情的には、どっちも理解できる。という余裕を持った人が、思考をリフレッシュする意味合いで接しないと、なかなかそのツボにはまることは無いと思うのです。

 批評に対して、批判で応じようとすると、しばしばボタンの掛け違いになるでしょう。相手を認めた上で、私はこういう見方もしているんですが……、という程度に留めないと。

投稿: えいじ | 2005/10/31 23:43

もしかして今回の小田嶋氏の文章は
左の人からは右に見えて、右の人からは左に見えるんですかね?

投稿: (´-`) | 2005/11/01 01:57

>色々と質問を並べる形になってしまいましたが~ですから、お答えは無用です。
 見事な芸ですね、相手の細部を徹底的にあげつらって悪印象を植え付けた上でそれを理由に相手の返答をうけること拒否すると。しかし、読む限り、こちらの主張も相当のことは小田嶋氏に伝わったと判断します、何しろ私のタイプまで把握されたのですから(ちなみに当たってます)。8時20分のコメントで終れていれば良かったのですが…。まあしかたありません。

> su3 さん
 実は逆です、私は左側から批判していたわけです。小田嶋氏の公園の落書きに関するコメントや選挙に関するエントリーを非難したことなど(つまりマスコミの有権者批判だけを取り上げたことを批判したことなど)から推察できると思います。ちなみに、さすがにアレは単純化して書きすぎました、有権者は確信犯的に小泉を選んだのです、マスコミはその意向におもねって画面を小泉で埋めたのです。

>・小田嶋氏は、「マスコミ=良識」ということへの批判が無害or無意味であるという前提を変えてない
 まとめてくださって有難うございます、全くそのとおりです(小田嶋氏にはなぜかわからないようですが)。私はそれがかつてとはちがって有害だと考えています。それでもなお、前提を変えずに同じスタンスを続けることを批判しているんですが。なお小田嶋氏がそれの別の立場からの見方に「国民の声」と括弧を付けた理由をいろいろ忖度していますが、私は単純にそういう意見の人もいるだろうけれど私とは違う立場だというので付けました、なぜこんなに小田嶋氏が気にするのかの不思議です。

>えいじさん
 どうも今回はご迷惑をおかけしました。えいじさんのブログの論理でそのまま小田嶋氏を批判できるということを示そうとしてリンクしたわけですがどうも無意味に混乱させただけのようでした、申し訳ありません。正直言って、
>私の場合、激しくalternative な意見を読みたいというだけですから。
 というのはよかれ悪しかれ私の想定を超えています。ですが、えいじさんがそう仰るからには少なくとも今回はそうなのでしょう。ただ、(今回とは切り離して)自らのブログで書かれている意見を信じていないということはないと思うですがどうなのでしょう?。

> (´-`) さん
 ある程度はそうでしょう、でもとりあえず右からの批判者は見当たりません(そしてそれは当然だと私は考えています)。


 では小田嶋氏が、思考をリフレッシュさせるエントリーを書き続けられる、「余裕」を持ち続けられることを祈りつつ。

 あ、うついさんのことを忘れてました、私しか相手をしてませんからね、お元気ですか?

投稿: N・B | 2005/11/01 03:11

ううむ、そうだったのか。

>N・Bさん
・小田嶋氏は、「マスコミ=良識」ということへの批判が無害or無意味であるという前提を変えてない

と、おっしゃりたいうことは新鮮な驚きです。
この文章も、以前からの文章もNEWS23に関する文章は筑紫翁(安易な論調のマスコミの象徴としての)に対する皮肉が基調となっているものだと理解していました。
小田嶋氏は筑紫翁に対し、
「エラぶって言っているつもりかも知れんが、言ってることずれてんじゃないの?あんたの言ってること突き詰めると、あんたの表明していた意見と逆のハナシになっちまうんだぜ。」
てな感じじゃないかと。

今回の文章については、
「右傾化なんていってるけど、若い連中は昔から年寄りが眉をひそめるようなことしかやってなかったんだぜ。それからあんたのネット恐怖症の表明は聞き飽きたよ。」
てな理解をしました。

小田嶋氏はテクニカルライターでいらっしゃいます(ました?)ので、昔からマスコミのコンピュータに対する無理解or頓珍漢な解釈に対し批判的だったと思いますし、まして「マスコミ=良識」なんて幻想ははなっから持っていらっしゃらなかったような。

> (´-`) さん
確かにそうですね。
右の方々には自分の考えは流行に乗ったものじゃないと思われるでしょうし、左の方々には左翼の退潮について言及されているだけに、心穏やかではないでしょう。
まぁ、私が想像するに、小田嶋氏は少なくとも心情的左翼以上には左翼的ではないかと思いますけど。

投稿: su3 | 2005/11/01 10:22

>su3さん
 どうも、私の文章も論点も本当に分かりにくかったようですね。
>小田嶋氏は、「マスコミ=良識」ということへの批判が無害or無意味であるという前提を変えてない。
 私は無害または無意味ということは、だから「マスコミ=良識」を批判することは粗雑でも許容される。こういう風に小田島氏が考えているとになると指摘したわけです。
 そのときに小田嶋氏は「マスコミ=良識」を「マスコミが垂れ流す良識ぶった意見」とみなしているわけです。以降は su3さんの仰るとおりです。それに対して、私は、今となっては粗雑な「マスコミ=良識」批判は有害になってしまう(少なくともかつてなかったような意味を帯びてしまう)、と批判したわけです。小田嶋氏は自らの社会の状況の変化(便所の落書き発言はもはや前世紀です)にまるで対応しようとしないと思うわけです。そして、小田嶋氏がこだわり続けている彼のスタンスはいまや安易に保持していることが危険になったと。

 どうも誤解を招く書き込み失礼しました。しかし、ツクダニや伸助への批判とニヒリズムって整合するのでしょうか。

投稿: N・B | 2005/11/01 11:03

あらら、いつの間にやらスゴいコトになってますね。
それでですね、大したことじゃないですが一つだけ

>N.B.様

えと、N.B.さんのおっしゃってる<ファン>って言葉が私への皮肉でないのであればですが、私は小田嶋さんの現在の姿を過去と引き比べて真剣に憂慮されてるN.B.さんなんかに比べたら、まったくぜんぜん小田嶋さんのファンでもなんでもないですよ。
「この発言はいくらなんでもアレだ」と私には思えるようなことを小田嶋さんが言われたとしても、それはただそう思うだけで小田嶋さんの目に付くところでそういうことを言ったりはしないでしょうし。

投稿: kamikitazawa | 2005/11/01 11:03

 反応しないつもりでしたが、あまりにも不可解なので。

>私は無害または無意味ということは、だから「マスコミ=良識」を批判することは粗雑でも許容される。こういう風に小田島氏が考えているとになると指摘したわけです。

 詩ですか?
 まずはっきりさせねばならないのは、「マスコミ=良識」という書き方の、実質的な意味です。ここのところの意味が曖昧なままでは(多義的に解釈できる状態では)、論点は拡散するばかりです。
 というのも、「マスコミを批判すること」と、「良識を批判すること」はまったく別のことであり、へたをすると正反対の作業だからです。
 さらに、「マスコミ=良識」という書き方は、さまざまな解釈の余地(というよりも「誤解の契機」)をはらんでいます。
 ざっと考えても、「マスコミ=良識」については、以下に列挙する5通りぐらいの解釈が可能です。
1.マスコミならびに良識
2.マスコミまたは良識
3.良識ぶったマスコミ
4.マスコミで「良識」とされている考え方
5.世間が「良識」そのものだと判断している「マスコミ」のあり方
 と、以上、1から5までのいずれについての「批判」を問題にしているのかで、議論の展開はまるで違ってきてしまいます。
 提案ですが「マスコミ=良識」という、この混乱を招く語法をまずやめるべきです。
 曖昧な前提の上で議論をすすめる無神経さと、錯綜した論理を「深遠さ」としてありがたがる衒学趣味は、全共闘世代のインテリ(右も左も)に通底する困った傾向ですが、貴兄の語法にもそれが強く感じられます。
 おそらく、出来の悪い翻訳文(明晰な原書が、難解な訳書に化けている状況)を「読みこなす」ことをもって「知性」としてきた学問の世界の悪弊が影響しているということなのでしょうが、それは、まあ、別の話なのでまたいつか。

 とにかく
a.オダジマのマスコミ批判には○○という問題点がある
b.オダジマが良識を批判していることは、××という視点から見て有害である
 というふうに、話を整理して書いていただかないと、私には伝わりませんよ、と、そういうことです。

>私は無害または無意味ということは、だから「マスコミ=良識」を批判することは粗雑でも許容される。こういう風に小田島氏が考えているとになると指摘したわけです。

 「マスコミ=良識」の実質的な意味はともかくとして、先に進みますが、オダジマは、自らの言論(批判という作業)が、「粗雑でも許容される」と考えている、と貴兄は判断されるわけですね?
 ということは、オダジマが自分の「マスコミ批判」ないしは「良識批判」が「粗雑」であることを自覚していることが前提になっています。
 奇妙な前提です。
 要するに、貴兄のオダジマ批判は
「オレの粗雑なマスコミ批判は許容されるのだ」
 と、オダジマが考えていると決めてかかるところから出発しているわけです。
 
 百歩譲って、私の「筑紫批判」(←面倒なので、貴兄の言う「マスコミ=良識」批判、は、要するに「筑紫批判」のことなのだ、というふうに話を単純化します)が、粗雑なのだとして、話を進めます。
 とすると、何が「有害」なのでしょうか?

>小田嶋氏は自らの社会の状況の変化(便所の落書き発言はもはや前世紀です)にまるで対応しようとしないと思うわけです。そして、小田嶋氏がこだわり続けている彼のスタンスはいまや安易に保持していることが危険になったと。

 細かいことですが、「自らの社会の状況の変化」って意味不明ですよ。この社会は別にオダジマのものじゃないわけですから。
 まあ、ここも百歩譲って、「オダジマは、自ら(が認識しているはず)の社会の状況の変化にまるで対応していない」と、添削してさしあげた上で、話をすすめます。
 とすると、括弧内の「便所の落書き発言はもはや前世紀です」は、これは何でしょうか?
 もはや前世紀だから、状況は一変しているということですか?
1.筑紫氏は、自分の便所の落書き発言が誤りであることを公式に認めたと?
 そんなことはありません。
2.筑紫氏の「便所の落書き」発言は、すでに説得力を失っている
 ですか? まあ、それは発言の当初から、まったく説得力なんてありませんでしたが。
 「前世紀」と言うと、ずっと昔みたいな感じがしますが、なあにたった5年前の話です。
 で、この5年で、いったい何が決定的に変わったのでしょうか?

 ここでもう百歩譲って、この5年の間に、社会の状況が劇的に変化していて、なおかつ、その変化(←ぜひ具体的に指摘してください)にオダジマが「まるで対応しようとしていない」とします。
 で、対応していないことで、何が有害になるのでしょうか。

>そして、小田嶋氏がこだわり続けている彼のスタンスはいまや安易に保持していることが危険になったと。
 
 私がこだわっているスタンスとは、具体的にどういう立場なのでしょう。
 そして、そのオダジマが不当にもこだわっているスタンスは、何に対して、どのように危険なのでしょうか。

投稿: 小田嶋 | 2005/11/01 14:07

>N・Bさん

>粗雑な「マスコミ=良識」批判
・「マスコミが発信している情報はすべて良識である」ということへの安易な小田嶋氏の批判

>有害になってしまう(少なくともかつてなかったような意味を帯びてしまう)
・有害になってしまうor陳腐化している
ということですか?

そうであれば、
・小田嶋氏の文章を「粗雑」であるとした論拠
・どのように有害か(orどのような意味の変化か)
について明確にしていただければ分かり易くなるのかなぁと思います。

投稿: su3 | 2005/11/01 14:48

うわっ すみません。
小田嶋氏が書き込んでおられたのに確認もせずに送信してしまいました。
しかも、何度か読み直したつもりでしたが、わけがわからない文章でした。すみません。スルーしてください。

投稿: su3 | 2005/11/01 15:11

「喧嘩すぎての棒ちぎれ」ですが……

N.Bさん。
小田嶋さんの文章は、ときどきとても「議論喚起的」なので、「そのご意見には賛成できません」、と異論をさしはさみたくなることもあります。

そのような異論の一つかと思って、じっくりとN.Bさんの文章を読んで来ましたが、小田嶋さんも困っているように、私にも、どうやっても論点を理解することができませんでした。残念です。

N.Bさんの文章は、別に「悪文」じゃありません。悪文なら、どうにか意味はとれます。あなたの文章は、もとから壊れているので、ほとんどの人にとって意味がわからないのです(できるのは「推量」だけです)。失礼ですが、これは、文章によるコミュニケーション能力の大きな欠陥というものではないでしょうか。
N.Bさんの言いたいことを一所懸命に理解しようとしてきたわたしにとっても、とても残念なことです。

そこで、N.Bさんに、以下のように提案します。
あなたの文章の、どこでもいいんですが、例えば……

《しかし本当に変わっていないのは先程例に出したような臆断をいまだになさっていることです。要するに、単純な「マスコミ=良識」批判が無害である(社会の中で趣味判断以上の意味を持たない)という前提を変えてないことです。私から見れば有害ですし、他の立場の人には「国民の声」の代弁でしょう。そのようになってしまっている。それがもはや現実だと思うのですがいかがでしょう?》

をプリントアウトして、まずご家族、友人、知人たちに読んでもらって、これで意味が通じるかどうか、聞いてみてはいかがでしょうか。
これは決して皮肉や悪意があっての提案ではありません。誤解されませんように。インターネット上でのコミュニケーションにわずかばかりの危惧を抱いている人間からの、まじめな提案です。なお、この書き込みにレスはいりません。以上。

投稿: sengawa | 2005/11/01 16:59

要するに

社会の良識たる役割を担ったマスコミ(≒筑紫さん≒全共闘世代≒NBさん≒左翼)を冗談まじりに揶揄するのは、右傾化している今となっては社会的に有害な行為となったので、 本来はサヨクの側に近いはずの小田島さんは、そういう軽々しい言動を慎みなさい。

ということをNBさんは言っているような気がします。
そうだとすると、そもそもの仮定がことごとく間違っているような気もします。
私の解釈が間違っているかもしれませんが

投稿: スノーケラー | 2005/11/01 17:40

凄いことになっていますね
そもそも、議論(?)の内容以前に、特定者への質問(や批判)にもかかわらず「○○さんは~言っていると解釈しますが」など、受け手に質問文自体への推察を要求する文体になっている事自体ナンセンスなのかなと感じてしまいましたね。(不特定多数への書き捨ての主張ならともかく、ここは一個人のブログですから)
N.B.様は、小田嶋氏の対応について「見事な芸ですね・・・」というとらえ方をされていましたが、言葉を生業としている方にとってみれば、あのようなコメントを返すことは至極まっとうな反応だと思いますが(特に文中に受け手に不快を感じさせる単語がちりばめられていればなおさらです)。
人にとって怒りを感じるのは「的を射た批判」よりは「何を言われているのかわからないのに批判されている」ことだと思いますので。
部外者がすいませんね。
長文の応酬が繰り広げられていたので、ついつい雑感を書いてみました。

投稿: t-mac | 2005/11/01 19:04

>スノーケラーさん

 いや、見事な類推ですね。
 当たっているのかどうかはともかく、不思議な説得力があります(笑)。

 で、この際ですから、N・B氏は置いてけぼりにして、スノーケラーさんの解釈に乗っかることにします。でもって、私なりの結論を出してこの騒ぎはお終いにしましょう。本当は、反応すべきではなかったのですが、つい面白がってごちゃごちゃ瑣末な理屈を書いてしまいました。sengawaさん、t-macさんほか、見物人のみなさんにも、ご心配をかけましたが、オダジマは、腹を立てていたり困惑していたりはしませんので大丈夫です。ただ、かわいそうな人をいじくりすぎたかな、と、ちょっと後味のわるい気持ちを抱いています。


 で、結論ですが。
 私は、自分では、どちらかと言えば左翼の側の人間だと思っています。
 もっとも、私が採用している考え方は、
1.国家主義は暑苦しくてきらい。
2.民族主義は納豆くさくてかなわない。
3.特定亜細亜諸国の態度が不快であることはその通りでも、そのことと愛国心は別。中韓みたいな小児的な隣人には、アメをなめさせておけばよろしい。アメ代など防衛予算にくらべれば屁みたいなもの。
4.憲法第九条は、国際的な安全保障タダ乗り切符として、今後も最大限に利用すべき。
 といった感じの、はなはだ無責任な立場であって、「思想」というほどのものではありません。ですので、「そんなものは左ではない」と左側の方がおっしゃるのなら、おとなしく承伏いたします。また、えいじさんが言っておられた「ニヒリズム」という指摘も、そんなにはずれてはいないのだと思っています。
 いずれにしても、近年私が懸念しているのは、「左翼を代表するマスコミ人が、あまりにもバカ揃いであること」です。
 で、筑紫さんみたいな、若年層むけの右傾化燃料として機能するほかに何の役にも立っていない左翼イデオローグには、さっさと引退してほしいというのが、左側に重心を置いているつもりでいるオダジマの小さな願いであったりするわけです。
 N・Bさんも、私ははじめのうち、てっきり右側の方かと思ってコメントしておったのですが、どうやら左翼を自認なさっている人であるようで、うーん……以下略……ですね。
 

投稿: 小田嶋 | 2005/11/01 20:05

>スノーケラーさん
>私の解釈が間違っているかもしれませんが
 全くそのとおりですが、私はマスコミが社会の良識だなど思ってませんが(1日3時の書き込みを読んでください)。読まずに書く人にはとても魅力的な解釈でしょうね。

 黙るようにといった後に自分で書き込むし、死者ににむちうたないと書いた後で長文の批判を書き、答えは必要ないと書いておきながら小田嶋さんあてではない文章にを取り上げて批判する。大変ですね。

 「マスコミ=良識」の意味がわからないそうですので、
>小田嶋氏は「マスコミ=良識」を「マスコミが垂れ流す良識ぶった意見」とみなしているわけです
 と書きました、このあたりはわれながらむちゃくちゃな書き方申し訳ありません。「マスコミが垂れ流す良識ぶった意見」が「マスコミ=良識」の意味です。それ以上の厳密な規定が必要ですか?「 曖昧な前提の上で議論をすすめる無神経さ」を避けるために小田嶋さんのかかれた1-5のような区別がさらに必要なのでしょうか?

>曖昧な前提の上で議論をすすめる無神経さと
 小田嶋さんはしっかりした前提がどのようにすれば得られるとお考えなのでしょうか?これまでの書き込みで一貫して小田嶋さんは言葉の意味を無意味に細かく分類してその言葉は無意味だと決め付ける手法を使われています、当然しっかりした前提を得る方法をご存知なのでしょう。

 とはいえ前回の私の書き込みはひどかった、特に「粗雑」という言葉のまずさは反省してます。これは撤回します。この言葉はマスコミなどで流される良識的意見へのそれがたとえ正しくとも、その語り方(上からの目線で語っている)や陳腐化して効果を待たないことを批判する態度を表すためにこのような言葉を用いました。

 以上の条件の下で、「粗雑」な意見をあえて語るということも想定できてしまうわけです(特別サービスで読んでいただけなくて残念でした)。

 で現在の社会状況では、マスコミの報道や意見が良識として確固たる位置を占め、それに対する上記のような批判が、「それがたとえ正しくとも」という前提を共有して流通することはない。したがって上述のような批判は今では陳腐化した上にかつてと違った効果を持ってしまうと書いているわけです。そして、そのことが(私の視点から)有害な効果だと私は述べているわけです。それは別の視点からは「国民の声」が通用するようになったと考えられるわけです。というかこのことは何度も書いたんですが…。

>、「自らの社会の状況の変化」
 自らの属する社会という意味で書いたのですがそれすらわかりませんでしたか、以後、気をつけます。

>「便所の落書き発言はもはや前世紀です」は、これは何でしょうか?
 時間は確実に過ぎているという程度の意味で入れました、深い意味はありませんがそのようにこだわれる理由がわかりません。私には5年は長いんですが。

>面倒なので、貴兄の言う「マスコミ=良識」批判、は、要するに「筑紫批判」のことなのだ、というふうに話を単純化します
 どうしてできるのかぜひ教えてください。細かいことには大変こだわられるので。
 

> 私がこだわっているスタンスとは、具体的にどういう立場なのでしょう
 ご自分で自らのスタンスの一貫性を誇ってらっしゃるのですからご存知でしょう?具体的なことをあげれば「偽善」を感じさせる意見への「絶対的な」嫌悪です。

>で、対応していないことで、何が有害になるのでしょうか。
 同じことをひとつの書き込みで2度聞かれても、前述の答えから判断してください。

>えいじさんが言っておられた「ニヒリズム」という指摘も、そんなにはずれてはいないのだと思っています。
 誤解なされたようなので一言、ニヒリズムとヒューマニズムの間でのアンビバレンツが私にとっての小田島さんの魅力だったのです。

>sengawaさん、t-macさんほか
 小田嶋さん、名前を出す人選んだほうがいいです、余裕のなさがばれます。

>、「左翼を代表するマスコミ人が、あまりにもバカ揃いであること」です。
 「チクシ」を見てそれを語り続ける愚考はいい加減止めた方がいいというのが私の一貫した主張です。

>どうやら左翼を自認なさっている人であるようで、うーん……以下略……ですね。
 私は善意の行動がよい結果を生むと素朴に信じるには年をとりすぎています。ただ、感情というものがあるのでかくのごとき愚行に及んだ次第です。

>ただ、かわいそうな人をいじくりすぎたかな、と、ちょっと後味のわるい気持ちを抱いています。
 そうですか。私も疲れたので打ちとめです。では失礼しました。

>su3 さん
 回答は小田嶋さんへの回答を持ってかえさせていただきましたすいません。

> kamikitazawaさん
 ファンという言葉には kamikitazawaさんへの皮肉はありません。

最後に

When you think the night has seen your mind,
That inside you're twisted and unkind,
Let me stand to show that you are blind.
Please put down your hands 'cause I see you.

 ルー・リードの詩をきちんとを知ることができたのはよいことでした参考にします。

投稿: N・B | 2005/11/01 22:50

いやほんと、最後まで何言ってるんだかわからん人だったわ。

投稿: やれやれ | 2005/11/01 23:07

>筑紫さんみたいな、若年層むけの右傾化燃料として機能するほかに何の役にも立っていない左翼イデオローグには


まあ、それを言うなら我々の世代にとって俵孝太郎とか竹村健一が左傾化燃料になってた時期もあったわけで・・
八木タソとか西尾タソがコメンテーターでもやりゃまた状況は一変すると思いますが、それを慎めるだけウヨが成熟したと見るべきか、マスコミが左傾化してる皮肉というべきか。

投稿: 44 | 2005/11/01 23:34

>N・Bさん

>(私の視点から)有害な効果
とは具体的にはどのような効果を、社会に与えると想定されていますか。
私が思うに、小田嶋氏の論旨は、マスコミの現状に対して、まっとうな批判性を保ち得ている思いますので、ぜひN・Bさんのお考えをお示しください。


>小田嶋さま

よそさまのブログで、燃料を投下してばかりで申し訳ありません。

投稿: su3 | 2005/11/02 00:13

相手をしてあげる人、呆れてる人、いろんな態度があるけど、おそらく大多数が共有できていると思われる認識をまとめてみた。
(「いや、そんな風には思わないよ」という人には、ぜひ意見を聞きたい)

①N・Bは論理構成力、意思伝達能力、文章作成能力、その他諸々がいずれも低い。

②にもかかわらず、本人がその事実を認識しておらず、自分の意図するところが伝わらないのは他人の文章読解力ないし基礎的知識の欠乏が原因だとしている。

③つまり、他人と議論できる段階にいない。(さらに言えば、他人とコミュニケーションできる段階に無い)

④この点に改善がなされない限りどれだけメッセージを交換しても、N・B本人、その他の全員の双方にとって何ら得るところはなく、無益である。

⑤要するに相当な困ったちゃんなので、N・Bには引っ込んでいてほしい。

投稿: fantasista | 2005/11/02 00:15

N.B.さんへ
http://www.wired.com/wired/archive/9.12/aqtest.html
よろしかったら、このテストを受けていただけないでしょうか?
英語ですが、あなたはかなり高い知能をお持ちのようなので、大した問題は無いと思いました(皮肉ではありません)。

繰り返しますが、決して悪意や当てこすりで、これをお薦めするのではありません。実は、私自身と似たものをN.Bさんに感じるからなのです。

結果をここで公表していただくつもりもありません。ただ、ご自身の参考にしていただければと思います。

投稿: Asperger syndrome | 2005/11/02 00:27

>N・Bさん
 このまま放置するのもなんだか気の毒なので、最後に私の思うところをお伝えすることにします。
 返事はなくてもあってもかまいません。お好きになさってください。

 貴兄は、どうやら、私が意地悪をするために、貴兄の言葉の枝葉末節をあげつらっているとお考えのようですね。
 違いますよ。
 単にわからないだけです。いや、本当です。純粋に、N・Bさんの質問の意図や、論点が理解できないから、細かい点について問いたださずにおれなかっただけの話です。

 あなたがまるっきりのバカでないことはわかっています。
 アタマの良い人の中にも、ちゃんとした文章を書くことのできない人はけっこういます。
 そういう人とでも、直接に会って話してみれば、なんとか話は通じるものです。
 でも、ウェブ上では無理です。

>小田嶋さんはしっかりした前提がどのようにすれば得られるとお考えなのでしょうか?これまでの書き込みで一貫して小田嶋さんは言葉の意味を無意味に細かく分類してその言葉は無意味だと決め付ける手法を使われています、当然しっかりした前提を得る方法をご存知なのでしょう。

 私は、そんなにむずかしいことを要求しているのではありませんよ。
 具体的な言葉で、わかりやすく語れば、話は十分通じるものです。
 たとえば、
「ポストは赤いですか?」
 という具体的でシンプルな質問には
「はい、それは赤いです」
 と、即座に答えることができます。
 ところが
「ポストはチョムスキー的ですか?」
 という質問に対しては、ダイレクトには答えられません。
「あなたは「チョムスキー的」という言葉にどういう意味をこめているのでしょうか?」
 と、質問に対して質問を返す手法を用いないと、会話が成り立たないからです。

  あなたの持ち出してくる論理は、
「フロイト左派の退嬰的倒錯傾向が暗示する近未来は、シュトックハウゼンの提示した凍結した時間性といかなる次元において交点を持ち得るとお考えですか?」
 というのとおなじぐらい曖昧です。
 こういうお話に対して、普通の人間は
「わかりません」
 としか答えようがありません。だって、前提からなにからが身勝手に錯綜しているわけですから。
 もっとも、上記のような質問に対して、
「デリダ的地平のおそらくは鉛直方向に伸びた退廃の彼方でしょう」
 てな答え方をすることで会話を成立させている奇跡的なインテリの人々もいます。私は現実にそういう人々を何人か知っています。が、そういうディレッタントの仲間になりたいと思ったことは一度もありません。

 なるべく短い文で、主語と述語の一致に気を配って書くことをおすすめします。
 論理が複雑になりそうだったら、ひとつひとつ階段を登るように、できれば箇条書きで書くと良いかもしれません。
 そういう書き方に慣れれば、だんだん文意が相手に伝わるようになるはずです。
 貴兄は、難しい本をたくさん読まれている方なのかもしれません。
 が、社会科学の専門書は、悪文の宝庫です。
 私も学生時代にずいぶん苦労しましたが、名前のある学者さんの中にも、信じられない悪文を書く人たちがいます。
 まあ、それでも彼らには膨大な知識の蓄積と学壇の庇護があるから、あれでもやっていけるわけです。でも、われわれ素人は、他人に伝わる文章を書かねばなりません。
 ぜひ、小学生の日記みたいな単純な文を書くところから再出発なされることおすすめします。

 
 貴兄が私の意見や考え方に異論を持っているということは(その異論の中身はともかく)よくわかりました。
 しかしながら、貴兄がどうしてそんなに私を憎むのか、そこのところがどうしてもわかりません。
 私は、貴兄に対して、十分に真摯な対応をしたつもりです。
 考え方の違う人間は、たくさんいます。
 というよりも、他人というのは、多かれ少なかれ、自分とは違う意見を持っているものです。
 とすれば、自分と異なった見解を抱いている人間に、いちいちそう感情的つっかかっていたら、身がもちませんよ。
 
 というわけで、私の側からの対話は今度こそこれでお終いにします。
 お元気で。

投稿: 小田嶋 | 2005/11/02 00:29

N・Bさんと小田嶋さんらとのやりとりをずっと拝見していました。
N・Bさんのおっしゃっていることについては私も全然わからなかったので、
何も言う気にはならなかったのですが、「なんとなくそんな気がする」程度の事は
感じたので書いてみます。

おそらくN・Bさんは小田嶋さんみたいな人が体質的に嫌いなんだと思います。

N・Bさんはたぶんマジメなんですよ。
N・Bさんからしてみれば、小田嶋さんは常に斜に構えていて、
人を小バカにしているように見えるんじゃないでしょうか?
それがムカツクのだと思います。

私も小田嶋さんとは知的レベルは違いこそすれ、
N・Bさんのような体質の人には嫌われがちです。
こちらとしては極めてマジメなつもりなのに、
いい加減な奴とか、天邪鬼と思い込まれがちです。
(まあ、天邪鬼ではありますが・・)

N・Bさんの感覚を例えて言うなら、
野球ファンのサッカーファンに対する思い込み、
ビートルズファンのストーンズファンに対する思い込み、
大陸、半島人の列島人に対する思い込み、
みたいなもんでしょうか。

なんか被害妄想というか、常にこっちがバカにしていると思い込んでいるフシが
あるように思います。(ときどきはバカにしますが)

「ニュース23」の件については、
「頭ごなしでバカにするようなことを言わずに、もう少しマジメに語れ」
とN・Bさんは言いたかっただけなんじゃないでしょうかね?

でも、そう言ってしまうと、小田嶋さんに
「ほうら、またこうゆうのが来たよ」と言われてしまうのも悔しいので、
小田嶋さん風に精一杯斜に構えた文章を書いたらワケのわからない文章になってしまった、
ということなんじゃないでしょうか?

投稿: nao | 2005/11/02 09:39

>44さん
>まあ、それを言うなら我々の世代にとって俵孝太郎とか竹村健一が左傾化燃料になってた時期もあったわけで・・
 
 いやあ、懐かしい名前ですね。俵のオヤジが、また吠えてくれると良いんですが(笑)。
 テレビというのは、思想を語るのには向いていないのかもしれません。
 右であれ、左であれ、テレビ画面の中で何らかの立場を堅持しようとしている人は、どうしても間抜けに見えますから。
 で、現状では、「田嶋陽子がフェミニズムに対して果たした役割」を、筑紫さんが左翼思想に対して果たしつつある。
 心配です。
 あの田嶋陽子という人がいなかったら、一般ピープルの対フェミニズム観は、もう少し穏当な線に落ち着いていたはずです。
 それが、アレですからねえ。
「ほーら、またフェミニストの××××がワメいている……」
 と。

投稿: 小田嶋 | 2005/11/02 10:31

空気の読めない枝葉かつ粗忽コメントを。

>俵孝太郎とか竹村健一が左傾化燃料になってた

これ、どうなんでしょうか。確かに小田嶋さんや44さんらのインテリ層(皮肉に非ず)
には、嘲笑もしくは揶揄の対象(現在のチクシさん的役回り)だったかもしれませんが、
一般大衆レベルでは、彼等の「分かりやすい」言説は圧倒的に「右傾化」
(もともと戦後マスコミが「左傾化」していたとすれば正常化?)に寄与したのではないでしょうか?
N・Bさんの主張(!)に、一分の理があるとすれば、彼等「右」側の言説を侮蔑するだけで
真摯に反論しなかった「左」(レッテル張りに終始し、議論を深めようと努力する姿勢が欠如。
今回小田嶋さんが示したような態度とは真逆)にも、
現状(すなわち「左」側言説の貧困化)に対しての責任があると思うわけで。
もちろん自業自得ということですが、やはり掲示板が産経新聞みたいな論調で埋まってしまう風潮は、ちょっと危険かと。

戦後マスコミは、「狼が来る!」と叫び続けてきたわけですが、
結局予言は外れ、ソ連邦は自滅しました(もちろんそれで良かったわけですが)。
けれど、狼少年寓話のオチは、最後にホントに狼が来た!ということなんですよね。

投稿: コメント無力 | 2005/11/02 12:24

>コメント無力さん

 いや、俵孝太郎は、右傾化にも多少貢献したのでしょうが、あの高圧的なもの言いは、素人向けにも十分左傾化促進要因にもなっていましたよ。
 ああいう、典型的におバカな右翼っぽいオヤジがテレビから消えたのは残念なことです。
 
 もう少し書くことがあるのですが、あんまりコメント欄が長くなるのもナンですので、項目を立てます。ではでは。

投稿: 小田嶋 | 2005/11/02 14:11

 どうも、申し訳ありませんが、もう少しこのコメント欄を長くします。

>Asperger syndromeさん
 40点でした、以後参考にします、ありがとうございます。

>su3さん
 申し訳ありません、これ以上の本筋の議論は止めさせていただきます。私の論点自体は取り立てて目新しいものでもないので、ネット上でのマスメディアとネットに関する議論を探せば似たものはいくつも転がっています、すいませんがそれらを検索で探して読んでください。とりあえず、「シニシズム」という語をキーにして検索なさればいいのではないでしょうか。

>naoさん
 コメント無力さんもご存知のとおり最後の指摘の後半は正解です。ついでに書けば房総半島人だったので(ホントです)、一貫して東京の小田嶋さんと体質が会わないというのも確かかもしれません、15年読んでてはじめて気づきました。ただ、東京でも赤羽は列島とは思えないのですが(小笠原などならともかく)?

>小田嶋さん
 なぜ私が小田嶋さんを異常に憎むのかについてですが、 kamikitazawa さんとのやりとりで書いたとおりの長らくのファンだったからです。そして最近は小田嶋さんの言動に対して異論がどんどん多くなっていった、そのうちにファン心理が裏返って憎しみになってしまったのです。ロックファンですから、このように説明されると思い当たることもあるかもしれません。みっともない事をしてすいません、もうこのようなことはしないようにしますし、小田嶋さんに対してすることは決してありません。御迷惑おかけしました。では失礼しました。

>ぜひ、小学生の日記みたいな単純な文を書くところから再出発なされることおすすめします
 実はそうしている過程なのです、うっかり感情的になって実力以上のことをしようとしてしまいました。

>コメント無力様
 どうも、せっかくの御好意を無効にしてしまうような書き込みをしてしまいました、誠にすいません。

投稿: N・B | 2005/11/02 15:27

一通りよんでわかったことはスノーケラーさんの読解力はネ申レベルということだ。

投稿: まう | 2005/11/03 10:50

N・Bさんの文章修行はそんなに複雑なことではなく、「その」とか「それ」とか「この」とか「これ」の所謂指示語をなるべくできるだけ極力使わないように万難を排すれば先ずはいいと思いますよ。話はそれからです。

投稿: prapanca | 2005/11/03 11:05

>N・Bさん
 最後のコメントは、十分に明晰に意図が伝わっています。
 大丈夫。ひとつの文に複数の意味合いを乗せることをやめれば、それでオッケーです。
 お互いつまらないやりとりをしてしまいましたが、まあこれも勉強のひとつです。気になさらず、またお気づきのことなどありましたら、コメントしてみてください。
 ではでは。

投稿: 小田嶋 | 2005/11/03 12:18

悪い人ではなかったようですね。

投稿: 大仏 | 2005/11/03 18:50

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» 不安型ナショナリズムの時代 [Curiosity Diary]
高原 基彰 不安型ナショナリズムの時代―日韓中のネット世代が憎みあう本当の理由 同い年の「若き(!)」社会学研究者が書いた本とあって、読んでみた。 同い年、と言う事を意識するわけではないけれど、スケール感も大きいし、勉強量も豊富。 分析や指... [続きを読む]

受信: 2006/09/30 08:19

» Answer [地を這う難破船]
逡巡しました。しかしあの長大なコメント欄を読み終えた段階で腹は決まっていたわけです。いや11月7日付のエントリでトラバした野原燐さんのブログのことではありません。別です。さらにid:Apemanさんのブログ本館における、その方による最近の複数のエントリへのコメント書... [続きを読む]

受信: 2006/11/14 03:34

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