盗用
うーんTBSの編成制作本部スポーツ局企画渉外部の担当部長(47)ですか。47歳。イヤな予感がして調べてみると……ああ、やっぱり……知り合いですね。
そう。古い知り合いだ。
多少の恩義もある。
はるか昔、私が野球ゲームについて連載記事を執筆していた雑誌(「遊撃手」というコンピュータゲーム雑誌)に登場してもらったこともある。いまから20年前、たぶん、1986年の話だ。
当時、私は、ラジオスポーツという今は無くなってしまった部署に、出向のディレクターという肩書きで出勤していた。
まあ、事実上は雑用のアルバイトだったのだが、当時の(今もそうなのかもしれない)TBSには、「アルバイトは半年で解雇。同一人物の再雇用はしない」という原則(←「ずっと以前に局のベテランアルバイトが団結してストを打ったことがあるらしく、以来、TBSはアルバイトが職場の実権を握ることに非常な警戒心を抱くようになった」と聞いている)があって、それで、アルバイト期間を終えた私のような立場の者は、形式上、出向Dという形で職場に座っていたわけだ。もちろん、この摩訶不思議な雇用形態の裏には、芸者置き屋じみた人材派遣専門の幽霊企業(と、おそらくは、その会社からどこかに流れて行ったキックバック資金)が介在しているのだが、それはまた別の話だ。いつか書くことがあるかもしれない。ないかもしれない。どっちにしても、あんまり愉快な話ではない。
話を元に戻す。
話題の「部長」、K氏は、私の古い知り合いだった。年齢は私の方が一つか二つ年長だが、立場は向こうが上ということで、何というのか多少微妙な関係ではあったものの、事実上は、同年配の友人みたいな感じでつきあっていたわけですよ。気の置けない仲間として。
ってことで、以下、私がこれからここに書くテキストには、若干の身びいきが含まれている可能性がある。そこを承知の上で読んでほしい。
K君とは、もう20年も会っていないが、私の知っている限り、少なくとも当時の彼は、卑怯者とか、そういったタイプの人間ではなかった。
むしろ、さっぱりしたスポーツマンタイプの男で、どちらかといえば、田舎臭さの抜けない、好人物だった。
あの局にあまたいるコネ入社丸出しのお坊ちゃま社員とは違って、実務能力もあったし、きちんとした責任感もある立派な社員だった。
特に、スポーツ競技全般に関する知識は、当時から抜群だった。なかでも野球、サッカー、ラグビーに関しては、何でも知っていた印象がある。
当時、ラジオスポーツ室で、ワールドカップメキシコ大会を一緒に見ていたことを思い出す。
K君はドイツ選手の名前をほとんど全部フルネームで暗記しており、プレーの特徴を解説しながら、それはそれは熱狂的に観戦していた。
情熱、知識、見識……と、そういうものがいくらあっても、あの会社では、社内的に、自前の能力で入社した社員ほど、常に能力を発揮し続けていなければならないプレッシャーにさらされている感じがあって……と、好意的に解釈すれば、以上のような事情があるんだが、まあ、どこの会社でも同じですね、きっと。
ただ、有能とは言っても、K君にホームページのコラムを定期的に執筆するタイプの才能が宿っていたのかどうかは、ちょっとわからない。
文章の書けそうな人間だったのかと問われれば、そういう能力は、あんまり無かったかもしれない、と答えねばならない感じがする。
いかに知識が豊富でも、取材経験を持っていても、文章を書くということに関しては、また別の技術と経験が必要だったりするものからだ。まあ、偉そうにいえば、だけど。
たとえば、3ヶ月に一本、字数にこだわらないエッセーを書く、というミッションなら、あるいは十分に水準の高い文章を書くことはできたかもしれない。素人であっても、独自の情報を持った人間の文章には、それなりの価値があるわけだし。
要は、負担が過大だったということだ。
サラリーマンとしての通常業務をこなしながら、定期的にコラムを執筆するなんてことは、土台、不可能な話なのだ。なんとなれば、良いコラムを書くためには、なによりもまず怠ける時間が必要(笑)だからだ。
冗談はともかく、あれだけのメディア企業の看板ホームページにスポーツコラムを書くということは、本職のライターにだってけっこうなプレッシャーのかかる作業なわけで、到底、部長仕事の片手間でできるようなものではない。っていうか、できては困ります。
別の言い方をするなら、彼(TBSのホームページ制作者も含めて)は、コラムというものを甘くみていたわけだ。
テレビを通じて何百万人を相手に番組を作ってきた経験があるんだから、なあに無料閲覧のホームページのコラムぐらい……と。
ともあれ、悪気はなかった。
……と思いたい。
というよりも、読売新聞の「よみうり寸評」みたいな、業界人なら誰もがチェックしているにきまっている超有名どころから露骨にパクってきているあたり、悪質というより、あまりにも世間知らずだったということなのだと思う。
隠蔽工作も、まるで隠蔽になっていない。「編集長コラム」と題しているものを、「別のフリーライターが書いていました」なんて、言い訳にさえなっていない。むしろ別の疑惑(ゴースト疑惑、原稿料ピンハネ疑惑)を招いてかえって良くない。
あっさり盗用を認めてあやまっていれば、まだ傷は浅かったのに。
脇が甘かったということなのだろう。
そんなバカな男だとは思わないのだが。
何かに行き詰まっていたのだろうか。
ひとこと相談してほしかった。
「ネタが無いんだけどさ」
と、電話をくれれば、参考になる答えを教えてあげられたかもしれない。
「トバせばいいんですよ」
とか。
そう。ネタが見つからない時には、トバせば良いのだ。ホームページのコラムが、一回や二回飛んだからって、どうってことはない。どんどんアナをあければ良かったのである。
でなくても、部長権限で部下に書かせるなり、外部に発注するなり、いくらでもテはあったはずだ。
その他、締め切りを延ばす。話題をズラす。無駄話を書く。ズルける。逃げる。色んなテがあった。
パクるというのは、あらゆる選択肢の中で、最悪中の最悪だった。
出来の悪い文章を書くほうがずっとマシだった。あるいは、「執筆者急病のため」という見え透いたウソでも良い。
どういう処分になるのか、世間は注目している。
特に、朝昼の番組が、JR西日本のボウリングとかを容赦なく叩いていた矢先(←この叩きっぷりに反感を感じている視聴者は、たぶん、ものすごく多い)であるだけに、視聴者の目はいつにも増してきびしいはずだ。
どうするんだろう。
とにかく、早まった決断はしないでほしい。
ぜひ。
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コメント
本題ではありませんが。
「遊撃手」とはお懐かしい。
もう20年、ですか。
記憶が正しければ、ゲーム上で日本のプロ野球チームとメジャーのチームを戦わせて云々という回があったような。。(で日本のチームは巨人で、ケチョンケチョンに負けて~、でしたっけ?)
あれ依頼の小田嶋ファンです。
今後もご活躍、陰ながらお祈りしております。
投稿: かず | 2005/05/13 20:37
はじめまして。
先におちゃらけた文章のエントリをトラック・バックしてしまいました。申し訳ありません。
Googleのキャッシュで最初に読売側がクレームつけた文章読み比べたんですが。うーん。
「なんで?」としか言い様がありません。この部長さん、インターネットのWEBサイトに文章書くのがそんなに億劫だったんでしょうか。「本社勤務に変わり、話題に乏しくなって」という理由があげられているようですが、問題になった文章は現在のプロ野球の現場の話より記録のことが主。。。。
TBSのWEBサイトのコラムということで「それなり」の内容じゃなければいけないと思い込まれていらしたとかでしょうか?
投稿: koolpaw | 2005/05/13 22:25
http://www.asahi.com/culture/update/0523/018.html
件の部長、諭旨免職になってしまいましたね。誰も真剣に読まないweb上のコラムの盗用でクビとは、勘繰りが累に及ぶことを怖れたんでしょうか。トカゲの尻尾きり。社内に異論反論オブジェクションは出ないんでしょうか。他にやめさせた方がいい人材は一杯抱えていると思うのですが。松宮元アナに取ったTBSの冷淡な態度を思うと、この部長が関連会社に下るということはなさそうですね。
投稿: 古今亭 | 2005/05/25 00:52
いたましいなりゆきですが、処分は妥当な線だと思います。
もっとろくでもない人間が無事でいることも事実ですが、人生には運不運がつきものです。
まあ、これまでの前半生は、比較的幸運に恵まれてやってきたわけですし。
47歳というのは、ギリギリ、やり直せない年齢でもありません。
これまでの知識と経験を生かせる職場に就けるかどうかはわかりませんが、幸い退職金も出るようだし、半年ぐらいぶらぶらして、次のチャレンジを見つけてほしいと思っています。
投稿: 小田嶋 | 2005/05/25 01:26
著作権が唯一の収入源である業界では、制作費をトップオフするとか、経費をごまかすとか、打ち合わせと称して3時から飲みに行くより、盗用の方が罪深いのでしょう。
市町村や県の広報のコラムだったら、戒告とか訓告みたいな形だけの処分で済んだでしょう。
投稿: Inoue | 2005/05/25 17:25