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2004/11/19

敬語

 敬語についてつらつら考えているうちに、関西弁に行き当たった。
 知っている人は知っていると思うが、私は関西の人たちがちょっと苦手だ。関西弁にも若干アレルギーじみた感覚を持っている。
 それでも、敬語に関しては、彼らの方が賢い対処法を知っていると思う。
 関西の言葉には、伝統の中で熟成された、ニュアンスの豊かさがある。
 その点、東京の言葉は、しょせん人工言語だ。地付きの江戸弁を漂白脱色して共通語をひとつでっちあげました、という感じだろうか。
 東京の言葉(以下、「共通語」とする。個人的には「標準語」という言い方の方が馴染み深いのだが、最近はあんまり使わないようなので)は、論理を構築するには都合が良い。万事明快で外来語や漢語との相性も良い。翻訳調の生硬な文体ともやりとりができるし、漢文の書き下し文と並べても型崩れしない。つまり、文章語としてはとてもよくできているわけです。
 でも、話し言葉としての機能は、ちと弱い。
 そもそも言葉そのものが、距離感(ニュアンス)を持っていない。もちろん、ニュアンスみたいな曖昧な要素を持って意ないからこそ、語義の明確さが担保されているわけなのだが、それはまた別の話で、ともあれ、語法やアクセントの部分でニュアンスを表現することができない共通語は、敬意や距離感を、敬語という別の枠組みで処理しなければならない。
 で、結果として、共通語には、無礼なタメ口と、よそよそしい敬語という二通りの距離しか無いみたいなことになって、関西の言葉を使っている人たちの、自在な距離感が、われわれにはうらやましく思えたりするわけなのですね。

 関東の人間から見ると、関西の人たちは、長い歴史の中で、敬語をうまい具合に骨抜きにしている感じがする。
 なにより、動詞の語尾に「はる」を入れるだけで、簡易的な敬語をでっちあげてしまっているところがすごい。
 で、その
「何してはるんですか?」
 という、ぞんざいなんだか丁寧なんだかわからない言い方を、社長から学校の先生から、犬にまで、ひとっからげに適用してしまう。
「お宅のワンちゃんな、さっき薬屋の前歩いてはったでぇ。つながんといてええのンか?」
 である。
 社長に対しても同じ。
「ほら、入社式ん時に、社長はんが言うてはったやろ、営業は足と誠意やて」
「ああ、言うてはった言うてはった」
 見事な応用だと思う。
 これを共通語でやるとおかしい。
「おたくのワンちゃんが、さきほど、薬屋の前を歩いてらっしゃいましたよ。つないでおかなくていいんですか?」
 変だ。絶対に変だ。
 社長の話でも、
「ほら、入社式の時に社長がおっしゃっていただろう。営業は足と誠意だって」
 と、標準語でこれを言うと、どうしても社畜感が漂ってしまう。
 関西の社長との、肩の触れ合いそうな絶妙な距離感は消失してしまう。
 敬称についても、関西の人たちの方が柔軟だ。
 豆とか芋みたいなものにまで、さんをつけるし、京都ではうんこにまでさんをつけるらしい(←未確認)。
 こういう感覚は、われわれにはわからない。
 
 私が関西にうまくなじめなかったのは、関西弁もさることながら、大阪の人たちの間にある対人感覚をマスターできなかったのが大きいように思う。
 まあ、私も当時は二十代前半の潔癖な若者だったわけで、そういう内気でかつプライドが高いみたいなやっかいな小僧には、なにかにつけて馴れ馴れしく感じられる大阪人のマナーよりは、東京発の他人行儀な礼儀の方が、対処しやすかったということですね。

 おそらく、東京には、「日本中から田舎者が集まってくる場所である」という事情からできあがった独自のルールがあって、それは、つまるところ一種の他人行儀ということになる。で、その「他人のプライバシーに安易に立ち入るべきではない」という、よそ者集合地ならではのルールないしは感覚が、共通語の敬語には宿っている、と。
 だから、共通語はナンパには向かない。
 友達を作ることにも向かない。
 特に、大人になった後の人間は、初対面の敬語の関係から、親しい者同士の同輩の言葉に移行できない。
 というのも、われわれは、親しさと礼儀正しさを両立させる言葉を持っていないから。
 それが、関西弁では、スムースに移行できるような気がする。
 うらやましいことだ。

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コメント

ワタクシも東京生まれの東京育ちなので、関西の方の対人距離感には若い頃激しく違和感を覚えたクチです。言葉についても、先方は遙かに「練れている」と思います。あこがれと敵意がからまったような不思議な感じです。

ただ、一つ分からないのは、「言ってはった」というのは、標準語で言えば「言ってたよね」ではなくて「言ってましたよね」というのに近くはないんでしょうか?
確かに「言ってはった」というのは、形式的には全体的な丁寧表現ではなく、「言った」人に対して話者が何らかの普通でない意味を込める表現であると思うのですが、でも、現実には、丁寧表現ではないのかなぁと思ったりします。他国の言葉ですから分かりはしないのですが。

投稿: ガーター亭亭主 | 2004/11/19 00:54

>ガーター亭亭主さま
 いえ、私も、大阪在住歴は実質3ヶ月ですので、細かいニュアンスはわかりません。
 ただ、関西の人たちは、偉い人の前で、過剰な敬語を使わずに済ませる方法を知っている感じがする、ということで、実例の方はネイティブの関西人に添削を受けないとダメでしょうね。

 そういえば、高校生の頃のマージャンでは、勝っているやつは関西弁、ハコテン者は東北弁という不思議なルール(でもないけど)がありました。
「ほう、オープンリーチでっか。オダどんは負けすぎでアタマがワヤになってるんちゃいまっか?」
「そっただごたねぇ」
 

投稿: 小田嶋 | 2004/11/19 01:13

生粋の田舎者である私が経験した東京と関西の生活から
言わせてもらいますと、確かに関西の言葉は本来微妙な
距離が多く存在するはずの人間関係の輪郭をぼかして適当
な距離をとるパワーはあると思いましたねぇ。
みなが通夜ではじめてみる程度の親戚、みたいな。
ただしそれは関西弁をしゃべる人達に限ります。

「旅行に行かれたんですか?」
「あんたいつまでもなんで他人行儀なん?」

だからあんたと私は他人だって。
この後は大抵東京弁、東京人批判につながりました。

私には冷たい東京弁(関西人談)と泥臭すぎる田舎の
言葉だけで十分です。

投稿: 古今亭もろきゅう | 2004/11/19 01:44

>古今亭もろきゅうさん

 私も大阪時代は「気取っている」というふうに判断されることが多かったです。
 本人の感覚としては、猥談に参加しなかったというだけなんですけどね。
 むずかしいものです。
 

投稿: 小田嶋 | 2004/11/19 01:56


>関西の人たちは、偉い人の前で、過剰な敬語を使わずに済ませる方法を知っている感じがする

京都の人たちは、偉くない人の前で、過剰な敬語を使って距離をどんどん遠ざけている感じがする、と、偉くない大阪人である私は、京都時代によく疎外感を味わったのでした。
これって、私が大阪人だからなのか、偉くないからなのか、どっちかなあ。
東京の場合は、ステレオタイプな対抗意識で割り切れるんですけどねえ。対京都は複雑です。

投稿: あらし | 2004/11/19 02:49

清水義範の短編小説「蕎麦ときしめん」に名古屋人の世界観がひとくさり述べられています。記憶で書くと、
「名古屋人にとって東京はアメリカのようなものだ。大阪はソ連である。千葉はメキシコである。伊豆半島はフロリダで、下北半島はスカンジナビア半島だと思っている。埼玉はカナダで、九州はアフリカである」
 東京人である私は大阪に行ったときは、「ここって香港かマカオみたいだ」と思いました。どちらも1回しか行った事がありませんがね。

投稿: 井上 晃宏 | 2004/11/19 08:06

はじめまして
子供のころ京都に住んでいたことがありますが、
確かに「うんこ」に「さん」をつけることがあ
りました。
本社が大阪のお客さんの仕事をやっていますが、
この京都留学経験が役に立ってエセ関西人的な
関西弁でやりとりをしてまっせ!お客さん!

この仕事で本当に久しぶりに関西(大阪)に
いったときには、アウェーを感じました。
アウェー戦のときは、同志がいるのでアウェーを
感じることはまったくありませんが、このときは、
孤立状態。浦和のストラップと赤い携帯、浦和の
カバン、タイピン・・・ 
ひとりで怖がって身構えていました。

投稿: たぐちよしのりのむすこ | 2004/11/19 08:37

黒田さんがらみの敬語論はなんだか寂しかったのですが、「関西弁簡易疑似敬語論」はすばらしいなぁ。

関西弁では「あんた」などの2人称は自由に使えるのでしょうか。
標準語で 英語のyou みたいに使える単語があればどんなに便利かといつも思います。なにしろ目上に人を「あなた」と呼べばそれだけで宣戦布告になっちゃうらしいので。

投稿: のぶ | 2004/11/19 09:50

>のぶさん

 英語のyouといえば、外人さんが初対面でいきなり握手して「コールミージョニー」みたいなこと言ってるのは、あれはうらやましいですね。
 いつまでたってもさん付けから逃れらない私らと違って、親子ほど年が違う人間どうしても、「ハーイジョニーワッツアップ」ですからね。
 日本人だと、ポールニューマンと、ロバートレッドフォードぐらい年が違うと、友達というわけには行きませんよね。
 でも、彼らはそれでいけてるようです。
 ついでに、トムクルーズあたりが「やあ、ポール」てな調子で話題に加わっていたりするわけだから、えらいもんです。
 まあ、神話(っていうか、ハリウッドのウソ記事)かもしれませんが。

投稿: 小田嶋 | 2004/11/19 10:17

一時期、大使同士が互いを「閣下」と呼んでいることがマスコミ批判の対象になりましたが、ある意味便利な用法かもしれませんね。
 年が離れていても「鶴岡閣下は……」「渡部閣下は……」「小田嶋閣下におかれましては……」で済みますし、これさえつけていれば初対面でも「閣下のお噂はかねがね……」云々簡単にしのげる。
 一つの知恵だったのかな。
 これからは民間にも閣下を流行らせましょう。 

投稿: みきはら | 2004/11/19 11:41

英語が日常語だったらどんなに楽かと思いますね。日本語はとにかく不便でほんの些細な節回し一つで地獄を見るハメになったりしますから、本当、人を幸福にしないシステムではないかと思ったりします。
(かといって白人やグローバリズムは嫌いですけどこちらもどうにかなるものでないですしね。)
日本語は確実に経済成長の足かせになってると思います。

投稿: かわいし | 2004/11/19 12:24

そうじゃなくて、今日の小田嶋さんのこの記事は例の紳介問題のことでしょ。あ、そういえば”か”の人も関西人でしたね。(笑)
やっぱり関西人と関東人は理解し合うことがむずかしいんですね、ましてや海外生活が長い人ならなおさら。

経済成長に自国語が足かせになるってのはものすごいデムパですね。

投稿: ありがと | 2004/11/19 14:08

What's your name?
Would you mind having your name?

投稿: 英語にだって敬語はあるでしょう | 2004/11/19 20:09

>一時期、大使同士が互いを「閣下」と呼んでいることが

そういえばかつて85年W杯予選の取材に行った日本サッカー狂界のサカヲタライター達は記者先生と呼ばれ大歓待を受けたそうな。宇都宮徹壱もアジア杯で現地の新聞記者に嗚呼あなたが宇都宮先生であられましたかって言われたって書いてたな(w
するってえと今こうしてすでに小田嶋さんと(脳内)友達気分ではあるものの実社会ではもじもじ君でとても初対面の人に声かけられない病の不肖私でも埼玉スタジアムで会ったとしたら嗚呼あなたが小田嶋先生でしたか!と。イイかも。

投稿: 猫柳 | 2004/11/19 22:30

【そのじぶんおれんちにはおらんかったるい】

 オレンジルームというのがある、大阪は上6あたりだっけ、かの○セもライブをやったごだーるこだわりはうす。じぶんはそこにいたかしら。
 文体は存在の発信し続けるスタンスだろうが、主体が抜けてしまうのがぶきみ。それが関西流としったかぶった。
 [YOU KNOW]と書いて「いわゆる」と詠ませるのが英語なら、これは立派なKING’Sになれる。
 つまり、
 じぶん、しっとる?
 というのは、多国籍軍のなかできわめて異彩を放つ言語である中華思想をいささかもゆるがせにしない関西弁の、そふぃすけーとされた慇懃無礼な断定表現なのだった。

 ボブデランの『forlin' windows』のコールマンが彼のさみしい正体なのだよね。永遠の未成年、意志決定のチャンスを逃しっぱなしのボクってかわうそじゃん。

投稿: あおきひとし | 2004/11/20 08:15

>あおきひとし 閣下
すんごい面白いこと言ってるみたいなんだけど、
もうちっと判りやすく書いてみてくれません?

投稿: nervenarzt | 2004/11/20 13:27

キックオフ直前の落ち着かないアタマで、あおきひとし閣下の謎の言葉を解読してみる。
うまくいくかどうか。

一人称が自分であり、二人称も自分である関西弁の不思議
自他が未分化である上方文化の面目
なにゆえに未分化なのか
a.究極の自己肥大→世界中があまねく自己の一部分であるという一歳児段階の世界観
b.極限の自我滅却→あなたの中に自分が埋没している梵我一如の境地
うーん。わからん。
でも、面白いな。
おお、キックオフだ。うおおおお。

投稿: 小田嶋 | 2004/11/20 13:56

小田嶋氏の仰る敬語の微妙なニュアンスおよびボキャブラリーに関しては、あらゆる地方の方言に存在するものであって、人工語たる共通語が例外的存在かと。

私は名古屋生まれの大学で上京そのまま東京在住のケチな男ですが、名古屋弁にも「言っとりゃあす」「言っとらっせる」という敬語が存在し、動物に対しても「隣の犬はさっきからなに吠えとらっせる?」(隣の犬はさっきから何を吠えていらっしゃるんだろう?)という使い方をしたりします。九州地方の人も「言っとらすけん」というような言い方をよくします。

首都圏生まれの首都圏育ちの方にとって理解可能な方言が関西弁くらいであるという状況(メディアで頻繁に流れる方言は関西弁のみ)を考えればしょうがないことですが、なんか「関西弁はすごい」「関西弁って面白い」みたいな物言いをする人が多くてウンザリです。そんなことだから、郷に入っても郷に従わず、関西圏外で関西弁を喋り続ける関西人が後を絶たないのです。はい、名古屋人の妬みです、嫉みです。

投稿: なごやん | 2004/11/28 01:52

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