ミッキーねずみ
かりそめの 根も葉も持たぬ 幹なれば
花実も咲かじ みちのくの春
楽天のミキタニさんです。
先代萩も元の木阿弥、と。
いや、深い意味はありません(笑)
楽天を 決め込む爺の 老い先は
仙台萩に 月落ちる秋
↑ふと思いついたので追加しておきます。2004年09月30日16:14
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かりそめの 根も葉も持たぬ 幹なれば
花実も咲かじ みちのくの春
楽天のミキタニさんです。
先代萩も元の木阿弥、と。
いや、深い意味はありません(笑)
楽天を 決め込む爺の 老い先は
仙台萩に 月落ちる秋
↑ふと思いついたので追加しておきます。2004年09月30日16:14
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スポニチアネックス サッカー 速報
BS朝日にてTV観戦。
芝が悪いのか、ボールの空気圧が低い(←マレーシア戦では、ベコベコのボールが選手を悩ませたらしい)からなのか、トラップがきちんとおさまらない。
後半にはいって、森本が一点決めたが、負けてもおかしくないゲームだった。
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それにしてもひどい記事だ。
報知と中田の間には何かあるんだろうか? 先日の「日本人観光客蔑視発言」記事(←コリエレ・デロ・スポルト紙に掲載された中田のロングインタビューから、「フィレンツェは美しい町だが、日本人観光客が多いのが残念」という部分だけを抜き出して記事にした報知の謀略報道)といい、最近の報知はどうかしている。いや、報知にマトモだった時期があるのかどうかは、知らないが。
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■04.09.24 [ 長谷部誠選手の負傷について ]
9月23日vsFC東京戦で途中交代致しました長谷部誠選手は、右足第五趾の骨折で全治3~4週間と診断されました。(浦和レッドダイヤモンズ オフィシャルより)
Σ(゚д゚|||)ガーン 山瀬に続いて長谷部がぁぁぁ。ってことは、トップ下は山田か? あるいは田中達也だろうか。
心配。
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SUPER SOCCER : 試合速報
0-1で敗北。
なぜかガス相手の試合はいつも不完全燃焼に終わる。
ったく。
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われらがバスルームドラゴン、イギー氏は、毎年、秋口にはいると落ち着きを失う。
たぶん、発情期だと思う。伴侶となるメスを捜し歩くモードに突入するのだ。
で、イギー氏は、勃然と異性探索活動を開始するわけなのだが、風呂場が全世界である彼にとって、探索活動は、事実上、四囲の壁をガリガリ引っかくという単純作業に百パーセント還元される。
ガリガリ。ガリガリ。
壁と言わず天井と言わず、イギー氏は、手足の届くあらゆる範囲に爪を立て続ける。
昨日の夕方、ついに、イギー氏の右前足の親指(つまり、最も体側に近い指)の爪が抜けた。
壁を引っかいたから、というよりは、おそらく一本の指だけで全体重を支えんと試みた(天井にある換気扇のフードにぶら下がった)からだ。
かなり大量の出血。
とりあえずシャワーを浴びせて、患部にドルマイシン軟膏を塗って、なだめる。
それ以上、私にできることは何もない。
嫁さんを世話してやりたい気持ちも無いではないのだが、それを実行すると
という、イグアナ式拡大再生産ループが待っている。
数十匹のイグアナの子供。
いや、それはそれでなかなか魅力的な景色だとは思うのだが。
ブリーダーで暮らしを立てるには、イグアナのベビーはあまりに安い(エンドユーザーにわたる最終的な小売価格で2000円から5000円程度。ってことは、卸売り価格は1000円か?)。
といって、イグアナの去勢という話もあんまりきかないし。
イギーよ。栄光ある孤立を生きろ。
結婚だけが人生ではない。
一人暮らしの素敵さは、独り者には理解しにくいというだけで、誰もが知っている真実だ。
まして、イグアナの娘はどれも無表情だ。
なあ、イギー。
そんなに壁をひっかくなよ。
オレがいるじゃないか。
カボチャと小松菜と4つの壁。
2日に一度のシャワー。
無口な相棒。
退屈ではあっても、穏やかな良い人生じゃないか。
死ぬまでに一度コスタリカのジャングルを見せてやりたい、と、オレだってそう思わないわけじゃない。
できることならそうしてやりたいさ。
でも、ガラス鉢の中で生まれたお前は、どうせコンドルの急襲をかわすことができない。
たぶん、ひとたまりもない。
なに? それでもかわわない?
四角いバスルームの人工照明の下で季節の無い十年を生きるより、
コンドルの餌食になるまでの、たったの三日でも良いから、数十万色の朝を眺めてみたい、と?
ああ、イギーよ。
約束する。
オレが直木賞を取ったら、文春の社長からモーニングを作る代金を前借りして、その金で、コスタリカ行きの片道切符を買ってやる。熱帯トカゲ用のビジネスクラス。トラクションたっぷりの垂直リクライニングシートと緑黄色野菜オンリーの新鮮な機内食。
授賞式?
欠席に決まってるだろ。
8年も一緒に暮らした相棒を、そろばんずくの文学賞なんかのために見捨てるわけがないじゃないか。
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イチロー、5打数5安打。
アナウンサーも解説もすっかり応援モード。相手チームの一塁手もなんだかニヤニヤしている。
無人の野を行く、というのか、一人だけテニスラケットで打っている感じだ。
いつだったか、テレビのインタビューで言っていたが、イチローはバッティングの調子が良すぎると、ボール球に手が出てしまう状態(バットを止めようと思っても、体が先に反応してしまうらしい)に陥ってしまうのだそうだ。
スランプさえもが異次元なわけだ。
つくづく、日本を出てよかったと思う。
おそらく、オリックスにいたら、十年連続首位打者を達成していたに違いないと思うが、実績にふさわしい評価は、金輪際得られなかっただろう。
賞賛を得られないどころか
「空気読めよ」
式の非難さえあり得たと思う。
出る杭は打たれる。
日本特産のことわざだ。
そう。君も知っている通り、うちの国の集団原理は、一定の許認可基準を超えた杭を地中に打ち戻す無制限杭打ち式自動平板化システムによってその十全な運営を保障されているテのものだ。
土井監督は言ったそうじゃないか。「そのフォームで打っている限り、4割を打っても使わない」と。
そう。この国では、型破りな打法によるクリーンヒットは、正統的なフォームの枠内で繰り返される空振りより価値が低い。
天才が住むべき場所じゃないよな。
もっとも、 「出過ぎる杭は打たれない」という方針をかかげて頑張っている人々(たしか、若手の狂言師がこの応用版格言を紹介していた)もいる。
立派な決意だと思う。
「杭は打たれることによって、より深い基礎を地中に得ることができる」
という解釈を持ち出す人々(女性ジャズミュージシャンが、テレビで言っていた)もいる。
なるほど。
素敵な見解だと思う。
窮鼠猫だましの頓知。
ともあれ、ハンマーを打ち返すというおどろくべき結論に到達し、なおかつそれを実践してみせた人間は、いまのところ、鈴木君だけだ。
がんばってほしい。
打たれっぱなしで埋もれている何百万本の杭が、君の活躍に希望を託している。
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真夏日。
東京で一シーズンに68日の真夏日というのは、新記録だそうだ。
さるご老人から聞いた話。
ご老人が属しているとあるサークルで雑談をしているうちに判明したところでは、メンバーのうちに「オレオレ詐欺」の電話を実際に受けたお仲間が既に3人いるのだそうだ。いずれもひっかからなかったらしいのだが、なるほど、30人がひっかかるためには、3000人ぐらいに電話が行っているということなのだろう。
「オレだよ、オレ。わかんないの?」
といわれた時、「ボケてない」という見栄をはりたかったりすると、ワナにはまるのかもしれない。
中年男をターゲットに「あ・た・し」詐欺というのはどうだろう。
「いやぁーん、わすれちゃったのぉー?」
うまくもちかければ、50人に一人ぐらいはひっかかるかもしれない。
っていうか、そのテのメールならオレのところにも毎日届いてるな。
「先日はどうも あかね」
「ねえ、わすれちゃったの? かな」
「ここだけの話、聞いてくれる?」
「空メール送りました?」
「今日は主人が出張中で……」
「Re:更新ファイル」
「お返事まだですか」
あのテこのテってやつだ。
毎日何十通もこういうのと付き合っていると(Webで公開しているメアドは、この種のスパムを釣るための餌みたいなものですね)「死ねやボケ」とかいう返事を出さないでいるだけでも、けっこうな忍耐力を要する。
無視黙殺が最も賢い対処方だということはわかっているのだが、黙殺も何百回と重なるとそれなりにストレスになる。
何か一矢報いる良い知恵はないものだろうか。
※さんま
さんまが出ているJRAのCMは、あれは、テレビを見ているどういう層のいかなる心情に向けて何を訴えんとしているのだろう。
「おれも若い頃はずいぶんやんちゃをしたもんだ」
とかなんとか、行きつけのスナックのさえないねえちゃんを相手に吹きまくっているさんま似の50男。
独身であるがゆえに、収入に比すればそれなりに大きい可処分所得を持ってはいるが、徐々に崩壊の相を呈しつつある人生の晩年に向けて、競馬だけが唯一の突破口(あるいは地獄の門)になってしまっている男版負け犬。
まあいいや。
馬券を買うタイプの人間がいてくれないと、オレら堅実派としても浮かぶ瀬はないわけだし。
ん?
堅実が自慢かって?
当然だろ。
男が無頼を気取って良いのは14歳まで。
よく覚えておけよ。
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関係者総登場という感じになってきましたので、一応この人にもご出馬いただきました。
あんまり似てませんが、まあ、あんまりそっくりで訴訟を起こされたりしてもナニですから。
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nikkansports.com > サッカーTOP > サッカーニュース
うわああ。
昨日、倒れ方を見ていて「ヤバい」と思っていたがやっぱり重症だったようだ。左ひざ前十字靱帯(じんたい)断裂で 全治5、6カ月……きびしい。とてもきびしい。
しばらくはゆっくり休んで、ふだんできないこと(観光とか読書とか)をやってみたりするのも良いかもしれない。とにかく気持ちを切り替えて立ち直ってほしい。
小野君も負傷したようだ。幸いこっちは軽傷らしい。気をつけてほしい。ぜひ。
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長い昼寝。
いやな夢を見て目を覚ました。
私はどこかの海岸のボードウォークの下で、カブトエビをつかまえようとしている。
トゲを警戒する気持ちで手を出しかねていると、すぐそばにタランチュラみたいなクモがいる。これは退散した方が身のためだと思って反転すると出口のところにさらにデカい蜘蛛がいる。しかも、その先にはヘビ。
「このヘビは毒蛇だろうか。無毒ならオレは全然平気だぞ」
などと思っていると、首筋に蜘蛛が落ちてきて……うわあ……目が覚めた。
うん。たいした意味はない。夢は夢だ。
20年前だったら、フロイトのクソ野郎が影響力を失っていなかったことでもあるし、このテの夢は面白い分析の対象になったことだろう。が、もはやフロイトはそこいらへんの占い師と同程度の存在(少なくとも私にとっては)に過ぎない。
フロイト流に分析すると、これもまたセックスの夢になるのだろう。
フロイトに言わせれば、あらゆる小動物がセックスと恐怖のシンボルになる。
要するに、あのオヤジは、怖がりのスケベだった、と、そういうことだ。
まあ、人間は誰であれ多かれ少なかれ怖がりの助平ではあるわけだから、フロイト先生の分析は、どんな場合でもいくらかは当たっている。
でも、「あなたはセックスに関心を抱いています」という断定は、的を射ているようでいて実は何も言っていない。「あなたは人間ですね」と言っているのと同じことだ。
占い師の常套句。
「あなたは他人に気を使うタイプですね」
「あなたは誤解されやすいタイプですね」
「あなたは明るくふるまっていますが、心の奥底には深い悩みをかかえていますね」
ははは。占い師のもとを訪れるタイプの人間(←生まれながらのカモ)の自己認識は、こんなものなわけだ。私は損をしている。私は正当に評価されていない。誰も私の悩みをわかってくれない。で、占い師のご宣託をきいてびっくりする。
「まあ、まさに私の性格そのものだわ」
ばか。どんどんカモられてくれ。あんたたちがカモられないと経済が回転しないから。
そういうわけなんで、詐欺師の諸君は、よろしく頑張ってくれ。カモ連中が箪笥の中に抱え込んでいる虎の子を残らず引っ張り出して、市場を活性化してほしい。いずれにしても、愚かな人間が資産を保持しているということは、資本主義市場経済にとって決して良いことではないのだからして。
話をフロイトに戻す。
ついでに、クソ野郎という言い方も撤回しておく。
フロイト先生は、女の子を口説く時にちょっと役立ってくれたりした。
いや、誤解しないでほしい。私は「手が届かないように見えた女もフロイト話でイチコロ。あとは芋づるだったぜ」とか、そういうことを言おうとしているのではない。あたしはホリエモンじゃない。
私が言いたいのは、こういうことだ。つまり、我々の世代の者にとって、フロイトは、知的な会話を展開しているかに見せかけながら、猥談に持ち込むためのひとつのツールだった、と。より端的に言うなら、フロイト学派の分析は「仮面猥談ネタ」ないしは「メンタルお医者さんごっこ」であり、フロイト先生ご当人はエロ占い師だった、と。な、クソ野郎よりはマシだろ? どうだ先生? コカイン中毒は直ったか? あの世でオヤジに叱られてないか? 気が向いたらメールをくれ。な。
夜。ブラジルVSボリビア戦の録画を見る。
ロナウドが別人のように引き締まっている。
結婚が良い方向に出たようだ。
素晴らしい。今度の嫁さんは、当たりなのかもしれない。
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寝言さえ 言えぬ男の 寝ゲロかな
まるで発言権がないんですね。
どうしてこんな人がコミッショナーになったのでしょう。
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M社より、読者からの手紙が転送されてくる。
こういう場合いつでもそうなのだが、開封の瞬間は、やはりちょっと緊張する。というのも、封書の手紙は、差出人が普通の人じゃないケースがけっこうある(電子メールの場合はその限りではない。ほとんどはマトモな読者からのものだ)からだ。
本の著者に手紙を書いたり、雑誌の編集部にハガキを寄越したりする人々というのは、多かれ少なかれパラノイアなのだと思う。だから、雑誌の編集部にいる人間は、読者ハガキに書いてある提言や非難、賞賛のたぐいをなるべく真に受けないように、普段から十分に注意を払っているものなのだが、それでもやっぱり気の弱い編集者は影響を受けてしまう。で、雑誌は、徐々にマニアックな進化の袋小路に迷い込んで、一般読者を受け付けなくない偏った出版物になって行く。かくして諸君は右に、世界は左に進み、いずれも、檄文の如きものに成り果てたわけだ。
10万人のサイレントマジョリティーよりは10人のパラノイア。そうやって、世の中は動いていく。
私のような凡庸な人間は、パラノイアには勝てない。
世界はパラノイアが作ってパラノイアが動かして、パラノイアが運営している。
オレたちはそれに従うだけだ。残念だが。
さて今日届いた手紙の主は、74歳の男性。関西圏の旧制高校から京都帝大を出て、国立高専の教師を30年間つとめあげた人らしい。
インターネットを見るなんてことは金輪際なさそうな人だと思うので、プライバシーに配慮しつつ手紙の内容をざっと紹介する。私信であるはずの手紙を、こういう場所で一部とはいえ公開するのは、ルール違反だと思うのだが、あんまりびっくりな内容なんで、誰かに知らせずにおれません。ええ。
というわけで、前段は省いて学歴の話から。
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ホリエ氏です。
テレビで見ると、なぜかいつも質問者に対して
「なぜ?]
「なんで?」
と、尋ね返しています。
「どうしてそんなバカな質問しかできないの?」
「っていうか、質問が愚劣すぎて答えようがないんだけど」
という感じです。
誰かを思い出しませんか?
はい、そうです。田中康夫長野県知事ですね。
彼の場合は、ホリエさんよりはずっと礼儀正しい口調でこれをやります。
「質問がどういうご趣旨なのか、できればわかりやすくご説明願えませんか?」
という感じ。慇懃無礼。
いずれにしても、
「あんたらとは、アタマのレベルが違い過ぎて会話が成立しないぜ」
というのが、彼らの伝えたいことの骨子です。
まあ、口調がストレートに失礼な分だけ、ホリエ君の方が好人物(←やんちゃ坊主)ではあるのでしょう。
ついでに申せば康夫ちゃんとホリエさんの間にはもうひとつ共通点があります。
「下目使いの目つき」です。
これは以下の事情により発生するものと思われます。
1.相手を見下したい。
2.でも、自分の方が背丈が低い。
3.それでもなんとか上から見下ろすためにアゴを上げる。
というわけで、彼らはいつでも気持ちアゴを上げ気味に構えた姿勢で他人に対応するわけで、であるからどうしても相手を下目使いの視線で見ることになるのです。
わかりやすいですね。
人間って、悲しいですね。
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nikkansports.com > サッカーTOP > スコア速報 > チャンピオンズリーグ >レバークーゼン対Rマドリード
欧州チャンピオンズリーググループステージB組
レヴァークーゼンvsレアルマドリード。
フジテレビにて生観戦。実況は青嶋アナ。解説は風間&ダバディ
レヴァークーゼンのホーム。なかなかいい感じのスタジアムですね。
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秋風。
新荒川大橋を渡って川口に遠征。
ipodを聴きながらの自転車移動は、局面によってはかなり危険(たとえば、背後からの暴走車両の接近は、音で判断するほかはないのだが、イヤホンを装着していると、これがまったくのノーケアになる)なジョブなのだが、やめることができない。
いつか痛い目を見るかもしれない。ヒーズ・ア・リアル・ノーケア・マン。
※寿司屋の店先にあったサザエボンの石像
駅裏のタイ飯屋でチキンとタケノコのレッドカレーを注文。
川口は食べ物屋や商店のバラエティー、本屋の充実度など、色々な意味で赤羽よりレベルが高い。
でも、やっぱり総合的に判断すると住みにくそうだ。
なぜかって?
赤羽じゃないからだよ。
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カーンさん、ユニフォーム脱いだらワーストドレッサー - asahi.com : スポーツ
グレるカーン。ネアンデルタールの集合無意識。
サッカー・ドイツ1部リーグの名門バイエルン・ミュンヘンの守護神で、02年ワールドカップ(W杯)で同国を準優勝に導いた立役者のオリバー・カーンさん(35)が、雑誌の企画でワーストドレッサーに選定された。試合で見せるゴールセービングとは違って、日頃の服装は華麗とは言えないようだ。
ドイツの地元紙などによると、雑誌社がファッション関係者ら10人で選考委員会を構成、著名人を対象にファションの上手下手を審査し、特別号で発表した。同委員会は「値の張るものが自動的にいいものではないし、上品であるともいえない」と、カーンさんの服装を酷評した。
対照的に、有名スポーツ選手では、テニスの元ウィンブルドン優勝者ボリス・ベッカーさんは「かっこいい」と評価された。 (09/15 16:02)
そんな兄貴が、33歳の時、生まれてはじめて恋をした。
そして、生まれてはじめておしゃれをして、生まれてはじめて帰り道に買い食いをした。
凡人が13歳の時には卒業していることを、兄貴は、33歳ではじめたんだ。
勘弁してやってくれ。
兄貴はいまちょっとグレてる。
そういう年頃なんだ。
な。
ところで、Asahi.comの記事へのリンクって、いつまで生きてるんでしょう。
昔の記憶では、あるタイミングで、バックナンバー用のアドレスに切り替えられるんだと思ったけど。
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The Catcher In The Lie :嘘の中の捕手
「おとなの世界はインチキだらけ」 by ホールデン・コールフィールド
「のび太のくせに生意気だぞ」 by ジャイアン
「うーん銅でしょう……」 by ミスター
※イラストを修正。なんか、あんまり似てなかったので。いや、似てないのは仕方ないとして、実物よりズルそうな顔をしていて、誤解を招くかな、と思ったものですから。
「嘘の中の捕手」という訳語も、古田捕手自身を嘘つきだとする誤読の余地を残している。
もちろん、普通に読めばそんな解釈は成立のしようがないのだが、とにかく、この問題をめぐる状況は誤読と曲解と捏造の嵐ですからして。
というわけで、野暮とは知りつつ、The Catcher In The Lie の意味合いは「嘘に囲まれた捕手」であるということを、くどくどと申し添えておきます。
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朝から好天。
出来心で川まで自転車をころがす。
うん。たぶん軽い躁期なのだな。いずれにしても「出来心でサイクリング」だなんていう行動パターンは、元気の無い時には考えられないことだ。その意味では、いきなりブログなぞをはじめたりしたのも、ノルアドレナリンのしからしむるところと言えば言える。
私の場合、病気の域ではないものの、二年周期ぐらいで気分の浮き沈みがあるように思う。
でなくても、勤め先を持たない人間は、気分の変調をコントロールすることが苦手だったりする。
勤め人は、多少気分が乗らない時でも出勤しなければならないし、人に会いたくない日でも、強制的に他人と交流する機会を持たされる。その結果、彼らは、内心に育ち始めた鬱を、芽のうちに克服することができる。まあ、鬱に抗って頑張ることで、さらにやっかいなストレスを抱えることもあるような気はするが、それはそれだ。
ともあれ、われわれ自由業者は、鬱になったら、そのまんま、まっすぐに蟄居への道を歩む。
すると、沈んだ気分と不活発な行動パターンは、クルマの両輪になり、双方が双方にとって原因と結果になりながら、深みにハマっていく……いや、まぎらわしい表現だった。つまり気分が沈む→家にこもる→ますます気分が落ち込む→さらに致命的に引きこもる→完璧に無気力になる→寝込むという感じのループに陥るということだ。鬱スパイラル。
……で、色々あって、一陽来復、陰極まって陽が生じて、ある日突然、躁がやってくる。
理由はわからない。
もしかしたら、引きこもっていたことが正解だったのかもしれない。
レディオヘッドが救いになっていたのかもしれない。
いや、理由なんか、ありゃしないのだ。
単なる脳内物質の気まぐれ。いたってケミカルななりゆきってやつだ。
状況があって、それに応じて気分が形成されるわけではない。
まず気分がある。陰であれ、陽であれ、制御不能なタイプの気分は、状況なんぞの影響は受けない。
しかしまあ、鬱も躁も、オレの場合は、たいしたことにはならない。鬱の時はだらしなく無気力だというだけだし、躁の場合は、多少勤勉になって、機嫌がよくなって、気前が良くなる……って良いことばっかりだと思っていると、二ヶ月後にどかんと疲れがやってくる。人生楽ありゃ蜘蛛あるさ。
今日は、荒川の河川敷を走って、扇大橋(岩淵水門から5キロぐらい?)まで行った。
扇大橋橋詰にあるK's電気を覗いて、帰り道は、そのまま尾久から町中に入って、小台→堀船→豊島という経路で赤羽までトロトロ走った。
大遠征だな。ヒキーコ野郎としては。
※おそらく戦前からの焼け残り。東尾久にて撮影
荒川区の町並みは自転車で走るのに好適だ。
ありていに言えば都市再開発から取り残されているのだが、その取り残されっぷりが美しい。
一般的な意味で美しいのではない。パッと見た見かけは、貧しさと古さ以外の何物でもない。が、その貧しさの奥に、情緒に訴える要素があるのだ。
といっても、万人の情緒に訴えるわけではない。おそらく、30代より下の人間の目には、せせこましく映るだけだろう。
結局、荒川区には自分が一番多感だった昭和40年代の景色が残っている、と、そういうことなのだな。
東尾久のあたりを走っている時、唐突に父親のことを思い出した。そうだった、あの人は、学歴がないことを恥じてはいなかったが、でも、自分がきちんとした教養を持っていないということを時々思い出して、その度にちょっとなぐさめようのない感じでふさぎこむみたいなところがあった。
低層の木造家屋が並ぶ露地の風景と父親の無教養。
感傷的な組み合わせだ。
躁期の人間は、上機嫌であるようでいて絶妙に感傷的であったりもする。
不思議だ。
産経下町家庭婦人バレーボール大会の告知。
マジでタイムスリップしたのかと思いました(笑)。
ところで、さきほどちょっと触れたレディオヘッド(radiohead)は鬱だとか躁だとかいった事情を超えて、マジで素晴らしい。2年ほど前に偶然発見するまで、ほぼ完全にスルー(creepは聞いたことがあったが)していたのはまことにうかつだった。
ただ、あの暗さはちょっとヤバい。たとえば「no surprise」の圧倒的に甘美なメロディーと、湿度百パーセントのサウンドと、ドス黒く暗い歌詞は、ありゃやっぱり若いヤツが聴くには危険だと思う。
特に、サビにつながるところの歌詞がすごい。
I'll take a quiet lifeたぶん、「一酸化炭素の握手」は、ガス自殺を暗示している。
A handshake of carbon monoxide
No alarms and no surprises
No alarms and no surprises
No alarms and no surprises
Silent, silentぼくは静かな生活を選ぶ
一酸化酸素の握手
目覚めも驚きも無い
静寂を
一酸化炭素の空いている腕が酸素と握手することで一酸化炭素中毒が起こる。その一酸化炭素中毒による無意識の死を「ノーアラームズ アンド ノーサプライジズ」と表現しているわけだ。
決して目覚めることのない、驚きのない世界……すなわち死。
と、こういう言葉が、極力ダウナーなサウンドに乗って繰り返されるのであるから、境界領域にいるヤツはけっこうひとたまりもないかもしれない。
まあ、暗い気分の時には暗い歌を聴くべきなのかもしれないのだが。
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午前中に歯医者。
通っている歯科医の名誉のために以下訂正しておく。
土曜日の当欄で、「1年前に入れた差し歯がハズれた」という意味のことを書いたが、あれは私の勘違いだった。去年入れたのは右の前歯で、今回ハズれた左の前歯は、十数年前に別の歯医者で入れた差し歯でした。どうもすんません。
で、先生は、
「現在のセメントは、この歯を入れた当時のものと比べて何倍も強力ですから、おそらく、この歯をそのまま装着しなおしても十分使えるでしょう」
と、快く取れた歯の再設置に応じてくれた。
感謝感謝。
振り返ると、私の日記には歯医者をはじめとして、医者に関する記述が多い。
それだけ体の方々に細かい故障があらわれる年齢になってきているということなのであろう。
この先は、好むと好まざるとにかかわらず、医者との関係は、さらに濃密になって行くに違いない。
私に限らず、人生の折り返し点を過ぎた人間は、誰もが医者の掌の上にいるみたいなものなのだからして。
そういえば、死んだ親父も、晩年は医者の悪口ばかり言っていた。
ある年齢になると、誰かを好きになったり誰かを憎んだりということは徐々に少なくなる。
その分、感情の持って行き場は、医者に集中する。
特に老人にとっては、医者だけがほとんど唯一の相方であったりする。
命の恩人である一方で口やかましい暴君であり、友人にして敵であり、いけ好かない隣人であるとともに無慈悲なハゲタカであり、へたをすると自分の話に耳を傾けてくれる唯一の人間であったりさえする。
とすると、医者というのは、おそろしいばかりに俗っぽい稼業なのだな。
時に医者が超俗的に見えたり、ひどく高踏的にふるまったりするのは、あれは、彼らが患者のペース(つまり病気と死とむき出しの感情でできあがった絶望装置)に巻き込まれまいとしている姿だったのだな。
大変な商売だ。
医者が一般人より高い収入を得ている根拠は、医学部の入試が難しいからではなくて、彼らの働いている職場が地獄だからなのだ、と、今後はそう考えることにしよう。
で、医者にはなるべく憐れみの視線で接する。
「今日はどうしました? どこがお悪いんですか?」
「そちらこそ、大丈夫ですか?」
「気分はどうです?」
「先生はどうです? 生きていて楽しいですか?」
いやな患者だなあ。
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世界の兄貴・オリバー・カーンです。
一年ほど前に横川インターで食べた釜飯の蓋の裏に描きました。アクリル絵の具。労作です。
Oliver Twisetd……ひねくれたオリバー。不倫、暴言、乱調。最近の兄貴はちょっと道を踏み外しているようで心配です。立ち直ってくれオリー。そして、ダラけたオレたちを叱ってくれ。
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プリントアウトしてご利用ください。
親しいお友達に
大切なあの方に
心からのメッセージをどうぞ
ノゲイラ師によれば、
人間関係の極意は
関節技と同じです。
「逆をとって締め上げる。やらなきゃやられる、だ。違うか?」
いいえ、おっしゃるとおりだと思います。
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……被害はライフラインの水道にまで及びました。7月、大雨で崩れた土砂が川に流れ込み、 町営水道の取水口をふさぎ、 一時、取水ができなくなる事態となりました。町では、シカには可哀相だが数を減らすしかないと話します。 「シカを間引きしないと大変な事になると、(東京都に対策の)お願いをしてきた。今、手を打たないと、 同じ山が発生してくる可能性がある」(奥多摩町 河村文夫 町長) 1頭ずつ猟銃で仕留めるしかないというシカの駆除。人件費などとして年間2000万円は必要で、町では都に支援を要請しました。本格的な台風シーズンを前に、 大雨で山が崩れ谷が埋まる恐れもあるとして、 警戒を強めています。(12日 17:09)夕刻、TBS「ニュースの森」で、「鹿の異常繁殖@奥多摩」のレポートをやっていた。 リンクがいつまで生きているかわからないので、一応説明しておく。 話の筋は、奥多摩で鹿が異常繁殖→食害による森林の死滅→保水力を失った山の土砂崩れ→取水口が埋まるなど、ライフラインへの被害も……という展開。ここまでは非常にわかりやすい。 で、当然、「鹿の数をなんとかしなければならない」という話になる。 これもわかる。 でも、なんで「駆除」なんだ? いや、鹿を殺すなと言っているのではない。 最終的に殺さねばならないにしても、どうして「駆除」などという無慈悲な言葉を使うのか、そこがわからないと言っているのだ。 というよりも、最終的に殺さねばならないからこそ、せめて言葉の上では温かみのある扱いをして鹿の霊を悼んでやるべきではないのか? 「駆除」などという一方的なゴキブリ退治ライクな言葉を使ったが最後、本来は環境保護活動の一環でもある鹿狩りという作業に宿っている厳粛なニュアンスが台無しになってしまう。
奥多摩町の町長でさえ「間引き」という、多少は気のきいた言葉を使っている。
なのに、言葉の専門家であるはずの記者が、「駆除」ベースで原稿を書いている。
バカなんだろうか。
あるいは「鹿さんかわいそう」の側の世論に媚びているつもりなのか?
「間引き」だって十分に無神経ではある。が、それでもこの言葉には「バランスを考えて数を減らすのです」という説明意思のようなものがある。ついでに言うなら「間引き」には日本の古い時代の寒村の遠く悲しい記憶に連なる一種詞的な響きさえもがこめられている。
引き比べて「駆除」には、ひとっかけらの温かみもない。涙もない。罪を犯しているという自覚も気後れもないし、殺生について弁解しようとする意思すらない。ただただ「邪魔だから殺す」という無機質な決意がみなぎっているばかりだ。
たとえば、「頭数調整」とか「最適生存数回復プロジェクト」みたいな、もう少し耳に優しい言葉を使うことはできないものなんだろうか?
あるいは、「ディアライフコントロール」みたいな見え透いたごまかしでも良いし、いっそ、「里山の再生」(←と言いつつ、しかしてその実態は鹿狩り、みたいな)式の目くらましであっても、いずれであれ、「駆除」よりはましだ。
最終的な解決策が、結局のところ鹿狩りであるのだとしても、その前に「われわれは鹿と山林の共存のために最大限の努力を払いました」というパフォーマンスはせめて演じておくべきだし、その意味でも、いきなり駆除などという言葉を持ってくるのはもってのほかだ……って、こんな大論文を書くほどのことでもなかったですね。
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SUPER SOCCER : 試合速報
大分ビッグアイは、ほぼ満員。レッズサポも多いが、鳥サポも負けていない。
※試合展開
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SUPER SOCCER : 試合速報
3-0でマリノスの圧勝。
画面を見ている限りでは、点差ほどの力量差は感じられなかった。
が、「そんなに圧倒されていたわけでもないのに0-3で負けている」という結果は、これは、むしろ深刻なのかもしれない。
第一、ジュビロらしくない。
ジュビロというのは「押され気味に見えている試合でも、最後にはなぜか勝っている」チームだったはずだ。
これで、セカンドステージは4連敗3敗1分(←大分戦は引き分け。くらとろさんよりご指摘がありました。お詫びして訂正します)ということになる。
マジでヤバいかもしれない。
てなわけで、ジュビロ衰退の原因について、思いつくところを列挙してみる。
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4-3で鹿島の逆転勝ち。
前半途中(15分過ぎ。寝過ごした)から後半途中(ジュビロ戦の放送開始時間)までTV観戦。
鈴木隆行が浮いていた。
バロンは沈んでいた。
モトやんは、時折り鋭い突破を見せつつ、例によって惜しいプレイに終始していた。
両軍あわせて7点も点が入ったのというのに、うち5点を見逃した。
両チームのイレブンに蔓延していた集中力欠如の傾向は、観客であるオレにまで及んでいた、と。
あえて結論を求めるなら、そういうことになりますね。
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行動原理から精神構造からが完全にゾクのアタマ。
無敵。
制御不能。
対応策無し。
来たるべき時を待つのみ。
なあに、時間はオレらの味方さ。
……と、みんなそう思っていたんだけどなあ。
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朝方、昨晩放置(←っていうか熟成ね)した未完原稿に再度取り組みつつせんべいを齧っていると、いきなり左上の門歯が外れた。
取れたのは、1年ぐらい前に、根っこだけ残した歯にかぶせる形(前面がセラミックで裏側が金属)で作った差し歯で、値段はたしか10万円ほどしたはず――ってことは、オレが身に着けている装身具(だろ?)の中では一番の高級品だ。
おそらく、接着剤かセメントのやり直しで済む話なのだろうが、困ったことに今日は土曜日で、歯医者は月曜日まで休診。
困った。
無理やりにはめ込んでおくこともできなくはないのだが、ちょっとしたことで外れてしまう。
呑みこんでしまうリスクを考えると、外して保管しておくのが無難だろう。
いや、飲むことそのものは、たいした問題ではない。
喉に詰まるような大きさではないのだし、体に毒だというのでもない。
本当のリスクは、呑みこんでしまった数時間後に表面化する。
具体的には、
といういずれにしても非常に好ましくない二者択一を迫られることになるわけだ。
aを選んだ場合の経済的損失は、これはもちろん簡単に無視できるものではない。
心理的外傷も、だ。
私はそんなにさっぱりした男ではない。
おそらく、半年かそこいら、ウジウジと思い出しては苦しむことになる。
が、真に深刻なのはbを選んだ場合の予後だと思う。
まず、歯を拾い出す作業がキツい。
いや、それ以前に、下水管に流れ去ってしまうリスクを回避するために排泄先を検討しなければならないはずなのだが、とすると、排泄行為そのものがかなり憂鬱なジョブになる。
ターゲットは、洗面器。あるいは三角コーナー用ネット……だろうか。
想像したくもないな。
で、捜索。発見。採取。うわあ。
そして洗浄&消毒……
気が遠くなるような仕事だぞ。
でもってまた、その歯を再装着する時の気分はどうだ?
「おい、この歯をハメるのか?」
「オレは、10万円が惜しくて、こういうことになった歯の継続使用を決意するような、そういう男なのか?」
という自問自答を、オレはどうやって乗り越えるのだろう。
なんとかおのれに打ち克って再装着を果たしたとしても、それで話が終わるわけではない。
たぶんオレは、なにか微妙なものを食べる度に、たとえば生あたたかい味噌煮込みうどんだとかを前歯で噛み切る瞬間に、ちょっと死にたくなる。生きるってくだらないな、と。
まさに、PTSD(ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー:心理的外傷後ストレス障害)ではないか。
わかった。歯は机の引き出しの中のプラスチックケースに保管して、月曜日まで触らないようにしておこう。
とはいうものの、あらためて鏡で見るに、前歯の無い顔はあまりにも間抜けだ。
つらい。
この週末は蟄居が決定。
まあ、そうでなくても特に外出の用事はないわけなのだが。
というわけで、原稿でも書こう(←うわあ、弁解くせえ)。
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「クイック投稿」という機能のテストを兼ねて、ZAKZAKのページ上から書いてみる。
仰天!巨西合併話あった…ゴタゴタ再編劇のウラで
毎度のことながら、完璧に異次元の論理展開。突拍子もない角度からのナベツネ擁護……まさに仰天記事。
渡辺前オーナーへのおわび。「もう一つの合併」を言い出した責任者としてのケジメ。西武を巨人に吸収・合併してもらうのは、筋が通った話ではある。……実際には、残念ながら実現せず、怪情報で終わった。が、球界内外を騒然とさせた罪滅ぼしとして、堤オーナーはそれくらいの離れ業をやってのけてもよかったのではないか。
・ライオンズを巨人に献上することのどこが「球界を騒然とさせたこと」に対する「罪滅ぼし」になるのか?
・巨西合併を「筋の通った話」であるとする根拠は?
といったあたりの論点について、説明は一切無し。
無根拠の断言。説明抜きの絶叫。
まったく。
エジリン最強 ってやつだ。
この種のご発言に対してはあえて反論はしないのが吉。
黙って凝視することが一番の反論になる――そういうタイプの議論なのだな、これは。
晒し上げ。
黙殺。
っていうか、「お釈迦様は悲しそうな顔をなさりながら……」という、「蜘蛛の糸」のラストシーンが一番有効かもしれない。
お釈迦様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがてカンダタが血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうなお顔をなさりながら、またぶらぶらお歩きになり始めました。自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、カンダタの無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、お釈迦様のお目から見ると、あさましく思し召されたのでございましょう。
※各種タグのテストをしてみました。
ちょっと見た目が騒々しいかもしれませんが、ご容赦ください。
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画像もアップできるということなので、ちょっとテスト。
ジェフ市原のディフェンダー、茶野選手。
半年ほど前に描いた鉛筆スケッチonコピー用紙に、最近買った透明水彩絵の具で彩色したもの。ネタモトはたぶんスポーツ新聞の写真。
いや、スポーツ新聞に写真が載るほどメジャーな選手じゃないかも。
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