2019/01/29

革命的半ズボン主義の栄光とその東アジア的停滞について

ついでなので、橋本治さん関連のテキストを採録しておくことにします。

テキストファイルに付記されている記録によれば、当稿は、2011年の6月のはじめに、日経ビジネスオンラインの連載のために書かれた文章です。
内容は、橋本治氏の 「革命的半ズボン主義宣言」を下敷きに、当時話題になっていた「スーパークールビズ」と呼ばれるオフィスでの軽装を推奨する運動について論評したものです。
なんだかとっちらかった文章で、大威張りで再掲載するようなものではないとも思ったのですが、今年の1月から、「日経ビジネスオンライン」のサイトがリニューアルされて、「日経ビジネス電子版」に看板を掛けかえたことにともなって、2015年以前の連載記事には(あくまでも「いまのところ」ということですが)リンクが張られていない状態になっています。なので、読者は、古いエントリーを読むことができません。
個人的には、このこと(旧「日経ビジネスオンライン」の2015年以前の記事や文章や資料がアクセス不能になっていること)を残念に思っています。
なので、若干の抗議の意味もこめて、以下、古い原稿をアップしておきます。



『スーパークールビズと革命的半ズボン主義の間』
 

「スーパークールビズ」について、私の周辺にいる同世代の男たちは、異口同音に反対の意を表明している。
「くだらねえ」
「ポロシャツとか、何の罰ゲームだよ」
 意外だ。
 就業経験の乏しい私には、どうしてポロシャツが罰ゲームなのか、そこのところの機微がよくわからない。
「どうしてダメなんだ?」
 彼らは説明する。
「あり得ないんだよ。単純な話」
「ポロシャツで会社行くくらいなら、いっそフーテンの寅で行く方がまだマシだってことだよ」
「でも、お前だって普段着からネクタイってわけじゃないだろ?」
「だからさ。たとえば、お前がどこかの編集者と打ち合わせをするとして、パジャマで出てこいって言われたら、その通りにするか? しないだろ?」
「……話が違わないか?」
「いや、違わない。オフィスでポロシャツを着るってことは、自由業者の生活経験に換算すれば、パジャマでスターバックスに行くぐらいに、赤面なミッションだと、そういうことだよ」
 私はまだ納得がいかない。
「そうかなあ。アロハにサンダルで出社したい社員だっていると思うぞ」
「お前は何もわかってないんだよ。プー生活が長かったから」
「アロハだのサンダルだので出社したいと思ってるのは、出社拒否症予備軍の能無しだよ」
「でなきゃ、じきにやめるつもりでいる半端者。窓際のトッド・ラングレン」
「釣りバカ日誌の浜ちゃんとかはどうだ?」
「お前な。ありゃファンタジーだぞ。不思議の国のアリスと同じジャンルのパラレルワールドのお伽話。それぐらいわかれよ」
「ハマサキはともかく、社長があんなヤツと仲良しだったりする会社は2年で倒産するな」
 なるほど。了解した。
 スーパークールビズは定着しないだろう。若手社員の中には歓迎する組の人間もいるのだろうが、オヤジ連中は黙殺する。とすれば、このプランはおシャカだ。というのも、ビジネスはオヤジのフィールドだからだ。オヤジに嫌われた商品が成功することはそんなに珍しくない。が、オヤジの歓心を買わないビジネスマナーが標準化することはどうあってもあり得ない。
 クールビズ問題は、ファッションの問題ではない。体感温度の問題でもない。エアコン設定温度の高低でもなければ、省エネルギーの是非でもない。オフィスにおけるあらまほしき服装をめぐる問題は、職場のヘゲモニーの物語であり、地位とディグニティーと男のプライドを賭けたパワーゲームであり、結局のところオヤジがオヤジであるためのマインドセッティングの問題だ。
 ということであれば、ファッション業界の人間に意見を求めたところで、何の役にも立たない。諮問委員に学者を招いても無駄だ。ましてや、官僚なんかに、意味のある仕事ができるはずもない。
 肝要なのは、自分たちが背広を着ている理由について、そもそもの源流にさかのぼって、根本から問い直すことだ。そうしないと、正しい答えにたどりつくことはできない。
 わたくしども日本のビジネスマンは、なにゆえに背広を羽織り、革靴を履き、なぜ、ネクタイを締め、テカテカの顔のアブラを150円のハンカチで拭っているのか。そしてまた、どうしてオレらは、その顔のアブラを右手経由でマウスの表面に塗りたくりながらでないと、執務を続行することができないのか。そういったあたりの諸々について、よろしく考えを深めなければならない。
 答えは、「革命的半ズボン主義宣言」という本の中に書いてある。私はこの本を、20代の頃に読んだ。著者は橋本治。初刷の発行は、1984年。1991年には河出書房新社から文庫版が出ているが、いずれも既に絶版になっている。Amazonを当たってみると、版元にも在庫がない。名著なのに。
 というわけで、手元に実物が無いので、詳細ははっきりしないのだが、私の記憶しているところでは、本書は、「日本の男はどうして背広を着るのか」ということについて、まるまる一冊かけて考察した、とてつもない書物だった。以下、要約する。
1. 日本のオフィスでは、「我慢をしている男が偉い」ということになっている。
2. 熱帯モンスーン気候の蒸し暑い夏を持つこの国の男たちが、職場の平服として、北海道より緯度の高い国の正装である西洋式の背広を選択したのは、「我慢」が社会参加への唯一の道筋である旨を確信しているからだ。
3. 我慢をするのが大人、半ズボンで涼しそうにしているヤツは子供、と、うちの国の社会はそういう基準で動いている。
4. だから、日本の大人の男たちは、無駄な我慢をする。しかもその無駄な我慢を崇高な達成だと思っている。暑苦しいだけなのに。
5. 実はこの「やせ我慢」の文化は、はるか昔の武家の時代から連綿と続いている社会的な伝統であり、民族的なオブセッションでもある。城勤めのサムライは、何の役にも立たない、重くて邪魔なだけの日本刀という形骸化した武器様の工芸品を、大小二本、腰に差してして出仕することを「武士のたしなみ」としていた。なんという事大主義。なんというやせ我慢。
6. 以上の状況から、半ズボンで楽をしている大人は公式のビジネス社会に参加できない。竹光(竹製の偽刀)帯刀の武士が城内で蔑みの視線を浴びるみたいに。なんとなれば、わが国において「有能さ」とは、「衆に抜きん出ること」ではなくて、むしろ逆の、「周囲に同調する能力=突出しない能力」を意味しているからだ。
 以上は、記憶から再構成したダイジェストなので、細かい点で多少異動があるかもしれない。話の順序もこの通りではなかった可能性がある。でもまあ、大筋、こんな内容だった。
 橋本氏の見解に、反発を抱く人もいることだろう。極論だ、とか。自虐史観だとか。しょせんは局外者の偏見じゃないかとかなんとか。
 でも、私は鵜呑みにしたのだな。なんと素晴らしい着眼であろうか、と、敬服脱帽いたしましたよ。ええ。
 だから、一読以来、私の考えは、こと背広については、橋本仮説から容易に離れることができない。
 そういう目で見てみると、スーパークールビズは、興味深い試みだ。
 もしかすると、これは日本のビジネスの世界を根底から変えるかもしれない。
 「革命的半ズボン主義宣言」の最終的な結論は、タイトルが暗示している通り、「半ズボン姿で世間に対峙できる人間だけが本物の人間」である旨を宣言するところにある。
 ということはつまり、スーパークールビズが額面通りにオフィスを席巻して、日本中の男たちがカジュアルウェアで働くことになるのだとしたら、わが国のビジネスシーンは、それこそ「革命的」な次元で変貌するはずなのだ。
 さてしかし、平成の背広は、「やせ我慢」の象徴であるのとは別の意味を獲得しつつある。
 というのも、少なくとも21世紀にはいってからこっち、オフィスのエアコンディショナーは、明治大正昭和のそれよりはずっと涼しい、オヤジオリエンテッドな温度に設定されているからだ。
 実際、ネクタイ慣れしたオヤジにとって、オフィスはそんなに暑苦しくい場所ではない。逆に、半袖ブラウスにスカート姿のOLさんたちが寒い思いをしている。で、寒がりの女性たちはロッカーにサマーセーターやカーディガンを常備していたりする。
 両者の間には隠れた暗闘が絶えない。
「暑い暑い」
 と、これ見よがし(←オヤジの真意は「オレらが暑い外回りをして稼いでいるおかげで、君たち内勤の人間はエアコンの効いた室内で養われているのだぞ」といったあたりの事情を強調するところにある)に汗を拭きながら、部屋にはいるなり事務所のエアコンの設定温度を一気に5度も下げるトップセールスの横暴について、冷え性のOLさんたちは、呪いに似た感情を抱いている。
「うわっ、汗ダルマが帰ってきた」
「ってか、汗臭観音じゃね?」
「浅草なら、仁王でしょ」
「ははは。ちからもないのに におうぞう」
「あーあ、エアコンの前にニオウダチだよ」
 と、彼女たちがどんなに陰口を叩いたところで、温度設定権は、職場権力のしからしむるところに帰することになっている。暑がりのデブのオヤジの信じられない漏エネセッティングに、だ。
 背広は権力だ。
 同時にそれは、権威の表象でもある。
 だから、オヤジはそれを簡単に脱ぐわけにはいかない。
 脱いだらさいご、魔法がとけてしまうからだ。王子様がヒキガエルに戻るみたいに。
 職場の服装は、地位を象徴している。逆に言えば、地位を表現しない服装は、働く者の身構えとして不適格だということになる。
 料理人が帽子の高さで序列を表現し、相撲取りの世界が番付に応じた細かい服装規定を引き継いでいるのは、気まぐれや偶然の結果ではない。彼らの世界は、そういうふうにして成員の力関係を確認していないと正しく機能しない。そういうふうにできているのだ。板場の見習いがシェフに向かってタメ口をきくようなレストランは信用できない。そういう調理場で作られるメニューは料理に不可欠な精妙な統一を実現することができない。地位はそのまま指揮系統であらねばならず、指揮系統は完璧なレシピを実現するためのシステムとして、常に正確に機能しなければならない。
 料理人や相撲取りの世界に限らず、どこであれ、階級社会は、一目見て誰にでも分かる地位標識を必要としている。軍服は紀章の星の数で端的に階級の上下を内外に宣告している。ヤクザもまた、独自のルールでチンピラと大物の装束を厳しく峻別している。
 ずっと以前、飯干晃一(だったと思う)が書いていたことだが、戦後、東映のヤクザ映画がロードショーされるようになって以来、ヤクザの服装から地域差が消滅したのだという。理由は、日本中のヤクザが映画の中のヤクザの服装を模倣するようになったからだ。
 「この人はヤクザだぞ」ということが、万人(やくざ仲間にもカタギの衆にも)に対して明らかでないと、彼らの稼業(威圧)は、成立しない。その意味で、映画の普及は、地域によってまちまちだったヤクザの記号(雪駄、ダボシャツ、白スーツ。黒スーツ。先のとんがったコンビの靴。襟のデカいシャツなどなど)を、標準化する効果を持っていたのである。
 オフィスのスーツも、軍服ほど露骨ではないものの、階級に沿って標準化されている。ビジネスの世界に生きる人間は、スーツを見ただけで、それを着ている人間の地位と、趣味性と、人格のありようを瞬時に看取できなければなければならない。それがビジネスのセンスというものだ。
 地位は視覚化される。
 新入社員は、独身の若者らしい寝ぐせを帯びて出社し、課長は課長にふさわしいネクタイを選ぶ。もちろん執行役員は一目でそれとわかる仕立てのスーツで朝礼に現れる。そういう部分で行き違いがあったのでは職場の秩序は維持できない。
 かくして、血肉化されたサル山構造は、美意識に昇華する。
 とあるメガバンクの支店に勤務する入社3年目の行員・山田某25歳は、自分が選ぶべき背広の材質と値段と色について、もはや迷わない。それは、あまりにも一目瞭然だからだ。支店長に連れられて行くキャバクラでおしぼりを受け取る順番を間違えないようになり、ボックス席に座る席順を自然に選べるようになった頃から、彼は、ビジネスの勘所を理解するようになったのだ。スーツの選び方は、そうしたあまたあるビジネスマナーのうちのひとつに過ぎない。
 ところが、クールビズには、スタンダードがない。無論、美意識も備えていない。
 と、山田は何を着ていいのかわからない。課長がポロシャツだとして、オレがポロシャツでかまわないのか、そこのところの判断がつかない。とても困る。
 
 課長も苦慮している。選ぶも選ばないも。オッサンに似合うカジュアルなんてものは、そもそも原理的にあり得ないからだ。なんとなれば、オッサンは、それ自体として公的な存在で、地位であり役職であり、それ以上でも以下でもない職場の果実だからだ。
 オヤジには私生活がない。だからカジュアルファッションも存在しない。極めてロジカルなりゆきだ。
 もちろん、日曜日がある以上、課長にだって休日の服装はある。でも、日曜日の課長は課長ではない。少なくとも人前に出して良い姿の人間ではない。
 でなくても、40過ぎの腹の出たオッサンであるオレが、ポロシャツなんか着たらどういうことになる? オレだって自分が見えてないわけじゃない。最悪な結果になる。そんなことは、はじめからわかっている。ポロシャツにチノパンみたいなだらしない格好をして見栄えがするのは、若いヤツらだけだ。どうせ、山田あたりは5割増しぐらいに輝いて見えるんだろうし、それに比べたらオレなんか話にも何にもなりゃしない。一緒に並んだら映画俳優と付き人みたいな絵柄になる。冗談じゃない。
 オフィスにおいて、職責にかかわるすべての要素は、地位に沿ってソーティングされることになっている。逆に言えば、地位と矛盾する要素は、オフィスから排除される。
 たとえば、職場のスポーツとしてゴルフが好適なのは、ゴルフの力量が、おおむねキャリアと資金力と道具の善し悪しに比例するからで、ということはつまり、若いヤツらより部課長の方がスコアが良いからだ。
 その点、野球はダメだ。野球部のエースだった副部長の速球を、二年目のバカが右中間に弾き返したりする事故を、野球の神は防ぐことができない。そんな競技を総務部が主催することはできない。
 サッカーは論外。昨日まで学生だった新入社員がエースストライカーになって、10年目より上の会社を支えている一番重要な社員たちが補欠になってしまう。そんな暴挙が許されて良いはずがないではないか。
 ここまで話をすればおわかりだろう。クールビズがダメなのは、地位を表現していないからだ。
 表現しないどころか、無神経なカジュアルは地位を逆転させる。
 Tシャツやアロハみたいなシンプルな衣服は、素材感や高級感よりも、より率直に、着ている人間の体型をありのままに描写する。と、若い社員ほど魅力的に映る結果になる。こんなものを会社が公認するわけにはいかない。スラっとしていて無駄な肉がついてなくて、機敏でセクシーでしなやかな部下に対して、だぶだぶのぶよぶよでよたよたした鈍物のオレが何を命令できるというのだ? できっこないじゃないか。
 
 結論を述べる。
 スーパークールビズを成功させるためには、なんとかして序列を持ちこまなければならない。
 たとえば、ダンヒルのアロハだとかバーバリーの短パンだとかを大々的に流通させる。カジュアルのブランド化。文春の広告特集とかがやっているアレだ。ヴィトンのスニーカー6万5000円だとか。悪い冗談みたいに見えるが、あれはあれで案外現実的なのかもしれない。
 役員クラスには、上下で40万円ぐらいする超高級リゾートウェアを着てもらう。
 ここにおいて、ようやくエレガンスが発生する。男のエレガンスは、シェイプやカラーには宿らない。あくまでも値段と肩書き。そこにしかエレガンスの拠り所はない。
 と、40代の課長で、5万円のアロハに3万5000円の革サンダルぐらいな見当になる。ボタンは白蝶貝に金の縁取り。そういうところに抜け目なくカネをかけて、しかるべきディグニティーを憑依させる。
 三年目の山田はユニクロ。ポロシャツの左胸にはケチャップの食べこぼしをあしらい、単パンは、あえてサイズ違いの一品を選ぶ。それぐらいのことはしないと上司のご機嫌を取り結ぶことはできない。
 とはいえ、道のりは遠い。
 「このアロハから見て、この人は課長クラスだな」という審美眼ないしは鑑識眼が、内外に共有されるようになるまでには、どう短く見積もっても五年やそこらはかかる。
 短パンみたいなブツを通して取締役の威厳を感じ取るに至る社畜な感受性が、若い世代のビジネスパースンの裡に果たして本当に育つのかどうか、先行きははなはだ心もとない。心配だ。
 
 スーパークールビズのニュースを伝えるキャスターが、どこの局のどのニュースを見ても、やっぱりネクタイをしている一点を見ても、この運動が、お役所のイクスキューズ(彼らはいつもあらかじめの弁解を用意している)に過ぎないことは明らかだ。
 これではダメだ。
 本当なら、ニュースキャスターみたいな人たちが率先して、短パンでニュースを伝えないといけない。
 そして、半ズボン経由のニュースを、われら視聴者は、嘲笑せずに受け止めなければならない。私たちにそれができるだろうか。
 
 というよりも、真に重要なのは、仮にスーパークールビズが成功したとして、そのコロニアルな見かけの職場が、きちんとしたクオリティーを保てるのかどうかだ。
 山下清ライクな立ち姿で働きながら、それでもなお世界に冠たるホスピタリティを達成できたのだとすれば、その時にこそ、日本のQCは世界を席巻することになるだろう。頑張れニッポン。

 「日経ビジネスオンライン」の古い原稿については、このほかの記事についても、読者のみなさんが読めるカタチでどこかにアップしておく方法があれば良いのだがと思っています。
「そんなことをしたら書籍版を買う読者がいなくなるじゃないか?」
 と?
 それはまあそうなんですが、要は、ネット上にアップされているテキストが活字版の購入を促す出来栄えであれば良いわけですよね?
 実際にどう転ぶのかはわかりませんが、ともあれ、色々と検討してみるつもりです。
 
 
 

| | コメント (2)

橋本治さんの訃報に寄せて

橋本治さんが亡くなりました。

https://this.kiji.is/462906163407635553

悲しい知らせです。

橋本治さんは、ごく若かった時期から、ずっと変わらずに敬愛してきた文筆家でした。

追悼と感謝の意味をこめて、2015年の10月に書いた原稿をハードディスクから召喚してみなさんのお目にかけることにします。

 内容は、橋本治さんが書き下ろした新作義太夫(「源氏物語 玉鬘」旅路の段より長谷寺の段)をご紹介するための文章で、2015年10月11日「花やぐらの会」《鶴沢寛也(女流義太夫三味線)さん主催の女流義太夫のイベント(@紀尾井小ホール)》のパンフレットに掲載されたものです。


 芝居を観るのはうじうじした人間で、自分は、竹を割ったような性格なのだから、そういうものとは無縁なのだと、ごく若い頃から、ずっと、そう思っていた。

 本当は違う。私は、雨が降ると、いつまでも窓の外を眺めている。そういう男だ。人一倍湿っぽいものに惹かれる。だからこそ、自分を湿らせるものを避けているのだと思う。

 当然、義太夫とも無縁だった。心中の筋立てや、愁嘆場や、激情的な人物造形などなど、受け入れがたい要素ばかりが目についたからだ。まるで自分の苦手なものを捏ねて固めたみたいな演芸ではないか。

 何年か前、はじめて女流義太夫の観客席に座ったのは、鶴澤寛也さんにご招待をいただいたからだ。義太夫節を聴きたかったのではない。三味線を聴きたかったのでもない。声をかけもらった嬉しさに舞い上がって、お断りする選択肢が頭に浮かばなかったのだ。

 それが、語りが始まり、三味線が鳴り出すと、いつしか、私は夢中になっていた。畳み掛ける台詞回しの心地よさと、言葉の隙間を縫うようにうごめき、ときに、糸の破裂音で物語の展開に句読点を穿つ三味線の色気に、時の流れを忘れていた。

 思えば、私を魅了するものは、いつも、私が嫌っているもののすぐ隣にあった。大仰でこれ見よがしな三島由紀夫の作風と、取ってつけたような日本趣味に抵抗をおぼえつつ、その一方で、彼の絢爛綺羅な言語魔術にはやはり脱帽せざるを得なかった。太宰治についても同様だ。あのわざとらしさ。度し難い自己憐憫。女々しさ。上目遣い。どれもこれも好きになれなかった。が、作品の素晴らしさには抵抗できない。大好きだ。

 そして、その彼らが紡ぐ言葉の奥には義太夫がある。というよりも、生きた韻律を奏でる日本語は、その背景に、必ずや語りの伝統を踏まえているものなのだ。

 聞けば、今回の義太夫は「新作」で、橋本治の手になる作品だという。なんという天の配剤だろうか。橋本治は、現存する日本人の中で、私が誰よりも深くその文体に敬意を抱いている文筆家であり、ほんのちょっとした短文の中にでも、常に「語り」のリズムを感じさせる当代随一の書き手だ。この人を措いて、義太夫の「新作」は、不可能だろう。

 いまからうきうきしてくる。

 ん? 義太夫なんかを聴くのは、うじうじした人間じゃないのかって?  何を言うんだ。うじうじする時間があるからこそ、うきうきできるんじゃないか。

 それに、ついでに言えばだけど、うじうじしない人間は、人間じゃないぞ。

 公演当日、舞台がはねた後、憧れの橋本治さんと歓談する時間を持てたことは、私の一生の財産になりました。

 心からご冥福をお祈りいたします。    

| | コメント (0)

2019/01/19

泣く子も黙る「地頭」の真実

 ツイッター上で、松本人志の「地頭」(じあたま)について意見を述べたところ、「地頭」という用語にいくつか反応がありました。

https://twitter.com/tako_ashi/status/1085924879944146949
https://twitter.com/tako_ashi/status/1085925292567191552
 たしかに「地頭」は、辞書に載っている言葉ではありません。
 で、解説が必要かなと思っていたわけなのですが、ふと、ずっと昔に、この言葉をテーマに原稿を書いたことを思い出しました。で、 ハードディスクからサルベージして採録することにしました。
 2009年の2月に書いたテキストです。その頃に発売された「SIGHT」という雑誌に掲載されたはずです。
 以下。ご笑覧ください。


インターネット上で「地頭」という言葉を見かけるようになったのはこの3年ほどのことだ。ちなみに「地頭」は「じあたま」と読む。「泣く子と地頭には勝たれぬ」に出てくるローカル権力者の「じとう」とは違う。

 意味は、「ナマの頭の良さ」「勉強していない状態での学力」「潜在能力としての脳の底力」ぐらい。おそらくは「地肩」(特別なピッチング訓練をしていない状態の、生まれつきの能力としての遠投能力)からの派生であろう。で、その「地頭」は、他人の学歴や特定の学校の偏差値にケチを付けたい向きが使うことの多い言葉で、たとえば、
「○学とかの附属アガリは学力的には底辺だけど、地頭で言えばガリ勉して早慶に入って来る田舎県立出よりはずっと上だよ」
「つーか私立文系とか、地頭クソだし」
「駅弁国立は地頭最低。予習復習マシンみたいな田舎の優等生を一括処理してるだけ」
 といった調子。イヤな言葉だ。というのも「地頭」は「努力」や「勉強」(の結果としての「偏差値」)よりも「血統」や「DNA」や「家柄」みたいな、生まれつきの資質を重視する人々が連発する言葉で、実態として、貧民の向上心を嗤い、低学歴の親から生まれた勉強家を揶揄し、成り上がりの金持ちを軽蔑する、ある意味貴族主義的な概念だからだ。
 で、私はこの言葉を使う人間をなんとなく敵視してきた(こう見えても努力の人だからね)わけなのだが、気がついてみると書店の店頭には「地頭」を大書した本がズラリと並んでいる。おい、地頭はブームなのか? もしかして、偏差値教育への反動は、こういうイヤらしい方向に展開しているのか?
 と思っていくつか最新の「地頭」本を読んでみた。と、なんだか話が違う。出版界でブームになっているのは「地頭力」(じあたまりょく)で、ネット上の「地頭」とは別の概念であるようだ。定義は、本によって微妙に違うが、ざっくり言えば「包括的な思考力」ぐらい。ちなみに「いま、すぐはじめる地頭力」(大和書房:細谷巧著)では『地頭力とは、仕事や人生の問題をスピーディーに解決し、さらには新しいものを創造することができる「考える力」です』と言っている。このほか、本書では、「地頭力」定義を、様々な方向から何度も塗り重ねている。たとえば、「地頭力は、フレームワーク思考力を含んでいます」「地頭力のアップには抽象化思考力の向上が有効」といった調子。
 要するに「ペーパーテスト向けの課題処理能力であるに過ぎない偏差値や、ググれば誰にでも分かる平板な情報の集積でしかない知識力や、あくまでも机上の思考能力から外に出ない知能指数とは別の、真に有効で、現実の世の中で起こるビジネス上の問題に対処する能力として機能する本当の頭の良さ」であるところの「地頭力」をアップしようではありませんか、という話だ。
 額面通りなら、魅力的な申し出だ。
 でも、本当に頭の良い人は、こんな話にはひっかからないと思う。水平思考だの、逆転の発想だの、EQだのなんだのと、昔から、「別枠の能力指標」には、常に一定の需要があったというそれだけの話だから。
 自分の頭の良さを、世間に流通している俗っぽい(っていうか、オレを「馬鹿」に分類している)物差しとは別の、新機軸の尺度で測定し直したい、と思っている人々は、たぶんアタマが良くない。
 本当に頭の良い人は、自分の能力を測ったり誇示したりしないし、増量をはかったり偽装しようとも思わない……というのが今回の結論。うん。天頭力(笑)と名付けよう。



以上です。本年もよろしくお願いいたします。
 

| | コメント (1)

2018/08/14

踊るアフォーダンス

 徳島市の阿波おどりに関するニュースがツイッターのタイムラインを席巻しています。

「ん? そういえば去年の秋に阿波おどり関連の原稿を書いた気がするぞ」
 と思って、ハードディスクを掘り出してみたところ、『新潮45』2017年10月号のために書いた原稿が出てきました。
 せっかくですので、なにかのおなぐさみになればと思ってここに採録することにしました。
 校閲の目を通っていないハードディスク蔵出しテキストなので、掲載分とは微妙に違っている部分があるかもしれませんが、そこのところは気にせず、ご笑覧のうえ、すみやかに忘れてください。



『踊らぬ者の不利益について』
 
 今回、四国の新聞を読んでみようと考えたきっかけは、いわゆる加計学園問題をめぐる大量報道だった。
 正直なところ、私は、この問題が巨大な疑獄事件みたいな構えで世間をさわがせている理由について、いまひとつ得心がいっていないのだが、おそらく、よくわかっていないのは私だけではない。
 なにより、われら関東在住の善男善女は、疑惑の中心地として名指しされている今治市の地理的な位置を正確に把握していない。このたび、新聞ならびにテレビの報道を通じてその名前が連呼されたことで、今治の知名度が上昇したことは事実だと思うのだが、その
「岡山理科大学の獣医学部が今治市に建設されようとしている」
 というニュース原稿のヘビーローテーションが、わたくしども意識の低いテレビ視聴者のアタマの中に定着させたのは、結局のところ
「あれ? 今治って岡山だったっけか」
 という間抜けな勘違いだった。
 事件が報道される以前まで、私の脳内に漠然とあった今治市のイメージは、
「ほら、四国の瀬戸内海に面した、島がごちゃごちゃしてるあたりにある、たぶん半農半漁半タオルぐらいな」
 地方都市の姿だった。で、このおそろしく大雑把で情報量の乏しい予断に
「岡山理大の獣医学部ができるらしい」
 という新しいデータが追記された結果、生成されたのは
「おお、そうだったのか、今治市というのは岡山県内の都市だったのか」
 という知識の改訂だったわけで、私はこの誤って上書きされたグダグダな日本地図を、なんだかんだで、二週間ほど、自分の脳内に保持していたのである。
 なんともバカな話だ。
 その反省もあって、今回は、四国の新聞をあらためて読み直す気持ちを固めた次第だ。あわせて、個人的な目論見としては、この際、四国四県の新聞精読を通じて、きちんとした四国像を再形成するとともに、せっかくの機会なので、「地元から見た加計学園問題」ぐらいな中央のメディアからは見えてこない独自情報をゲットできれば、と考えていたわけなのだが、その甘い見通しは、かなり早い段階で頓挫した。
 ありていにいえば、8月の愛媛新聞を約一ヶ月分遡って参照した結果、加計学園問題に関する独自ネタに、見るべきものはなかったということだ。
 社説には、ときどき批判的な文章が掲載されている。それらの論評記事の行間には、たしかに、地元で起きている全国的な話題に対する、地元の人間ならではの違和感があらわれている。
 ほかにも、たとえば、前愛媛県県知事である加戸守行氏に対しては、愛媛新聞として単独のインタビューを敢行しているし、日本獣医師会顧問にもきちんと取材して記事を書いている。
 とはいえ、愛媛の地元の新聞記者が、岡山理大の内部関係者や建設業者にかたっぱしから独自取材を申し入れて、全国紙の記者が見逃している細かいネタを丹念に拾い上げていたのかというと、紙面を見る限り、たいした成果はあがっていない。今治市役所の役人を追いかけ回した様子もない。いずれにせよ、私が8月分の紙面を見た限りでは、地元発の疑獄事件をなんとしても暴こうとする気概は感じられなかった。
 あるいは、愛媛新聞の立場からすると、加計学園問題は、記者として取材すべき目前の「事件」や「疑惑」であるよりは、中央のメディアが寄ってたかってツブしにかかっている地元の経済特区案件であるという意味合いの方が強いのかもしれない。いずれにせよ、この学校の獣医学部の周辺に広がっている(ように見える)闇については、もう少し時間がたって、はっきりとした全体像が見えてくるまで、安易な言及はできない。
 夏場の愛媛では、むしろ松山市の鼻息が目立つ。ご存知の通り、松山は日本の近代文学の担い手の一人であり現代俳句の祖でもある文人、正岡子規を輩出した土地だ。その子規の親友である文豪夏目漱石も、生まれこそ東京だが、松山の旧制中学で教鞭をとるなど、この地と縁が深い。代表作のひとつ「坊っちゃん」が、明治期の松山を舞台とした小説であることは、よく知られている。
 そんなわけなので、愛媛新聞は、いまだに子規と漱石を忘れていない。忘れていないどころか、今年は、両人の生誕150周年ということもあって、折に触れて関連の記事を配信している。
 たとえば、8月の前半は、正岡子規・夏目漱石の生誕150周年を期して開催される第20回俳句甲子園全国大会の話題が紙面を席巻した。
 紙面は、全国大会が開催される8月19・20両日に向けて、「俳句甲子園」のレギュレーションを告知し、その代表チームの情報を、時々刻々伝える。そして、地方大会での各チームの優秀句などをこまめに取り上げつつ、大会の機運を盛り上げて行く。
 ただ、20日におこなわれた決勝戦で優勝を果たしたのは、東京都代表の開成高校だった。彼らの勝利は、昨年に引き続いての二連覇だ。
 毎年東大に150人以上の合格者を送り込んでいる日本一の進学校である開成高校が、俳句の世界でも覇を唱えているというこの結果がもたらす感慨には、独特のほろ苦さがある。実際
「君たちが優秀だなんてことは、日本中の人間が知っているわけなんだし、その偏差値番長の君たちが、何もこんな大会にエントリーして優勝をさらっていくことはないじゃないか」
 と、そう思ってしまう気持ちをおさえるのは、容易な作業ではない。
 でもまあ、俳句という一見偏頗に見える言語玩弄術の達人が、第一級の偏差値戦士でもあったという事実は、言葉を研ぎ澄ます過程が、実のところ学校の勉強とそんなに遠くない知的な営みであったということを示唆している意味で、案外、前向きなメッセージであるのかもしれない。ともあれ、最優秀句に選ばれた開成高校3年、岩田奎君の
「旅いつも雲に抜かれて大花野」
 という句は素敵だ。
 こういう青春の香気あふれる一句を、西日暮里のあの世知辛い空の下で詠んだのは、立派だ。
 すぐ隣の徳島県を見ると、すぐ隣の県なのに風景が一変する。
 これは、実際に訪れた時にも感じたことだが、愛媛新聞、徳島新聞の二つの新聞の紙面にも明らかにあらわれている特徴だ。
 徳島新聞の紙面は、俳句とか、文芸とか、文豪ゆかりのなんたらとかいった、その種のお話には比較的冷淡で、その分の行数は、もっぱら阿波踊りに割かれる。
 実は、徳島県には、何度か足を運んだことがある。通算での滞在日数は、あれやこれや合算すると一ヶ月以上になる。東京から外に出ることの少ない私にとっては例外的なことで、これは、徳島という土地が、私にとってそれだけ特別な土地であることを物語っている。
 といっても、漱石にとっての松山とは意味が違う。私は文豪ではないし、私と徳島のいきさつは、漱石と松山の結びつきほど文学的な湿り気を帯びていない。
 いまから30数年前、ちょうどバブル経済の絶頂期にあたる1990年代のはじめ、コンピュータ業界に片足を置くライターであった私は、生まれては消えるコンピュータ関連の用語に網羅的な解説を加えるというドンキホーテじみた仕事に従事していた。
 事典の執筆は、ジャストシステムという四国徳島に本拠を置くソフトウェア企業からの依頼だった。
 ジャストシステムは、当時、「一太郎」というワープロソフトのヒットで業界のトップに立っていた会社で、潤沢な資金をもとに出版業にも手を広げていた。
 ジャストシステムはいまでも健在で、当時の大ヒットワープロソフト「一太郎」の漢字変換エンジン部分を商品として独立させた「ATOK」(エートック)は、現在でも、商用日本語入力システムとしてトップを独走している。
 ちなみにATOKの語源について、ウィキペディアは「Advanced Technology Of Kana-Kanji Transfer」の略であると解説しているが、私が当時、同社の社員から直接に聞いた話では
「阿波徳島(あわとくしま)」の頭文字を取ったものだということだった。
 正解はわからない。
 泡にまみれている。
 執筆作業は、徳島市郊外にあるジャストシステムの本社ビル内の一室で、私と、イラストレーター氏の二人が缶詰になる形で展開された。
 私たちは、本社ビルから歩いて5分ほどの距離にある3LDKの社宅を一棟与えられて、毎朝、その宿泊所から、徒歩で会社に通勤していた。
「なんかオレたち、エサ与えられてタマゴ生んでるブロイラーみたいですね」
「ブロイラーは肉用だぞ」
 などと、意気の上がらない会話をしながら進めた執筆作業は、予定の3週間を経過しても完了せず、結局、積み残しの分は東京で各自仕上げることになった。
 大切なのは、その3週間におよぶ徳島での缶詰生活が、私の当地への思い込みの基礎になっていることだ。
 どういうことなのかというと、徳島市の中心地からクルマで20分ほど走った郊外の国道沿いに立地する、広々として清潔ではあるものの、どうにも寂しいとしか言いようのない社宅の周辺の風景の記憶が、私にとっての、四国という土地の原風景になっているということだ。
 その、500メートル四方の徒歩圏内にラーメン屋を含む飲食店が数軒と、スーパーマーケットが2店と、あとはパチンコ屋とスポーツ用品の量販店と釣具屋とゴルフ練習場しか立ち回り先の見つからない、倉庫と休耕田の目立つ新開地の上に広がる空の色のさびしさを、私は、いまでも思い浮かべることができる。
「日本の中の四国は、世界の中の日本と似てると思わないか?」
 と、私はイラストレーター氏に言ったものだった。
「はじっこの島国という意味ですか?」
「まあ、基本的にはそういうことだけど、なんかほら、本土からは無視されてるけど、本人たちは自足してるっていうあたりがそのまんまじゃないか」
「あとカニが旨いですね」
「カニは関係ないだろ」
「いや、旨いカニが食えれば特に不満はないというのがここらの人の本音で、オレはその考えは間違ってないと思います」
「なあ、オレたち、そろそろ東京に帰らないと本格的にヤバいぞ」
 私たちは、退屈に耐えかねて、3日に一度ほど、タクシーを呼んで徳島市街を飲み歩いた。そのうちの一軒の、社員さんに教えてもらった店で食べたドテボリというカニがえらく旨かった。
 結局、私が覚えているのは、カニが旨かったことと、何もない社宅で、毎晩浴びるほど焼酎を飲んで、午前中いっぱい仕事にならなかったことと、その社宅に常備されていた大量のマンガ本のうちの「カラテ地獄変」という作品が陰惨極まりないセクハラ物語だったことぐらいなのだが、今回、徳島の8月の新聞を読んで、私が自分の印象がかなり盛大に偏向していたことを思い知らされた。
 私の記憶は、冬場の、隔離された郊外の孤立した生活の中で生産された、入力作業の残滓に過ぎなかった。
 夏の徳島は別の国だ。
 なにより、阿波踊りがある。
 阿波踊りを、単なる祭りだと思ってはいけない。町おこしコンサル業者の思惑に汚れた観光客誘致のための、商業化した、派手派手しいだけのそこいらへんの祭りとは、規模から志から伝統から心意気からのすべてがまるで違っている。
 たしかに、観光の目玉にもなっていれば、商業化もしているし、踊り手の中にはナンパ目的の不純異性交友舞踏者が混じっているかもしれない。
 が、当地の意気込みは、コンサル人種の軽佻な目論見や、マーケッターのこまっしゃくれた分析とは別の宇宙に属している。青森のねぶたを扱った記事や、博多山笠の企画特集を読んだ時にも感じたことだが、地方経済にとっての祭りの意義は、「経済効果」だとかいったこじつけで語って良いものではない。
 経済的な指標とは別に、地元の人々の気分や、生活のリズムや、人脈作りのきっかけとして、祭りの存在は、文字通り、地域の生活そのものをドライブしている。
 その中でも、阿波踊りの存在感の大きさは出色だ。新聞の中で紙面が割かれるパーセンテージの大きさでも、阿波踊りの存在感の大きさは他を圧している。
 8月の紙面を見ていると、新聞が文化事業のひとつとして祭りの開催に協力しているというよりは、阿波踊りという一つの集合無意識が、踊りのついでに新聞を発行していると考えたほうが飲み込みやすい感じさえする。
 8月9日付の徳島新聞は、徳島県内の国公立小学校の55.3%が、本年度の運動会で阿波踊りに取り組んだ、もしくは取り組む予定である旨の記事を掲載している。徳島市では、31の小学校のうちの小学校のうちの21校が「踊る」と回答しており、実施率は67.4%にのぼる。隣の鳴門市でも64.3%の小学校が阿波踊りを踊ると答えている。
 調査結果を受けた徳島大の中村久子名誉教授のコメントがまた味わい深い。
「運動会での実施率55%は意外に低いという印象だ。とはいえ、通常の授業で阿波踊りを学んでいる学校があることなどを考慮すれば、この運動会の実施率だけをみて駄目だとは一概には言えない−−略−−」
 はじめから阿波踊りを「良いこと」と決めてかかっているところがすごい。
 先生は、踊りの強制に苦しんでいる子供の気持ちなど、一顧だにしていない。
 私は、運動会で踊らされるみたいなことが大嫌いな子供だったので、徳島の小学生たちにちょっと同情している。
 もっとも、あの土地柄に育ったら、そもそも踊りのきらいな子供という想定そのものが相手にされないのかもしれない。
 おそらく、音楽が鳴ったら踊りだしてしまうパブロフの踊り手みたいな、回路が形成されることになるのだろう。
 同じ9日の紙面では、
《東京・高円寺に阿波おどり館》
 という見出しで、高円寺の商店街に、徳島の阿波踊り連の写真を常設展示する施設がオープンした旨を伝える記事が掲載されている。東京で広まっている高円寺の阿波踊りの本家が、わが徳島であることをアピールする文面に、阿波踊り帝国主義というのか、徳島中華思想の確かな存在が感じられる。
 良い意味でも悪い意味でも、徳島の人たちは、阿波踊りに関しては独走気味になる。踊る阿呆は、踊っていない時にもわりと阿呆だったりする。これは、なかなか困ったことだ。
 そんなわけなので、たとえば、愛媛新聞の紙面には、阿波踊りの今年度の決算が4億3000万円の赤字であったことを報告する記事がさりげなく載っていたりするのだが、地元の徳島新聞には、もちろんその種の記事は一行も印刷されない。
 それもそのはず、徳島新聞は、阿波踊りの主催者ならびに運営者だ。ということはつまり、そんなネガティブな記事がはじめから載る道理はないのである。
 では、これが癒着とか隠蔽とか阿波踊り利権とか、踊る阿呆疑獄とかそういう話なのかというと、個人的にはそう言ってしまうのは言い過ぎだと思っている。
 この6月、週刊現代が
《この夏、「阿波おどり」に中止の危機−−徳島の地元財界は大騒ぎ!−−》
 という記事を掲載して、注目を集めた。
 記事にある通り、たしかに、阿波踊に集まるカネと利権の大きさは、そこいらへんの七夕や盆踊りとは次元が違う。
 なにしろ、8月12日から15日まで、丸々4日間、徳島の市街地が踊り一色で機能停止するのだ。
 それ以上に、広告や寄付に参画する地元企業や徳島セレブや、連で踊る人々や、祭りにやってくる観光客が落とすメインステージの入場料収入が、簡単に集計できるレベルを超えている。どこからどこに資金が流れて、そのカネが最終的にどんな経路で処理されているのかについての詳細は、おそらく藪の中だろう。何百人といるはずの関係者の中には、私腹を肥やしている人間もいるはずだ。
 とはいえ、そういうことも含めて、地域経済は踊らにゃ損損で回っている。
 であるからして、徳島新聞は、唯我独尊の大本営体制で、あくまでも踊りの素晴らしさだけを訴えるのである。
 これは善し悪しの問題ではない。
 踊るから阿呆になるのではない。
 阿呆だから踊るのだ。
 というのは、まあ、言いすぎだとしても、阿波の夏は、全員が阿呆になる約束事を踏まえたうえで過ごされることになっている。
 とすれば、結局ところ、楽しんだ人間の勝ちなのである。
 徳島には「天水」という言葉がある。
「 I love Tokushima」というホームページ(http://ilovetokushima.com/)によれば、「天水」は
《阿波の方言で、「少しめでたくて、調子がよく、一つのことに熱中しやすい人」を形容して使われます。何があっても、逞しく、楽天的に過ごす。目の前のことに熱中してとことん極める。情けがあって、やさしいそれが阿波の『天水』じょ。》
 ということらしい。
 まあ、そういうことだ。
 踊らない私は、不利益に耐えよう。



以上です。ではまたいつか。

| | コメント (2)

2018/04/04

立川談志 自伝 狂気ありて 書評

 つい1時間ほど前、ツイッター上で、落語の中の町人の言葉づかいに言及したのですが、その中で私が立川談志師匠の名前を「談志」と呼び捨てにしたことに対して、苦言を呈してきた人がありました。

 自分より20年も年長の人間を呼び捨てにするとはなにごとだ、と。

 まあ、よくある話です。

 で、 当方といたしましては、自分が子供時代からの立川談志の忠良なファンである旨をお知らせしたうえで、言及するにあたって呼び捨てにする理由を縷縷説明しようと考えたわけなのですが、あらためて考え直してみるに、これは、どう説明したところで、わからない人には、わからないことです。

 なので、 5年ほど前に書いた書評の原稿を読んでいただくことで、説明に変えさせてもらうことにしました。

  以下、2012年の9月に雑誌「Sight」のために書いた「立川談志 自伝 狂気ありて」(亜紀書房)への書評原稿を採録します。


 ハードカバーの、いまどき珍しい頑丈な書籍だ。値段は二千百円プラス消費税。最近の単行本としては高価な部類だろう。が、一種の「形見」である以上、安っぽい装丁は似合わない。購入する層も、忠実なファンに限られている。彼らは納得するはずだ
 内容も然り。一般客に向けてではなく、もののわかったファンに向けて書かれている。というよりも、昔からの立川談志のファンでないと、この内容はキツいはずだ。
 本文が書かれたのは、巻末にある付記によれば、二〇〇九年の八月から二〇一〇年の九月にかけて。本人による、最後の書きおろしということになる。
 口述でなく、談志自らが原稿用紙に文章を書き起こしている。その手書き原稿の一部は、ハードカバーの内側の見開き部分に、そのまま転載されている。見ると、細かい修正や注記が書き込まれている。立川談志は、仕事には手を抜かない男だった。そういうことが文字面からも伝わってくる。
 文体は、しかし、ほとんど「語り」に近い。本人もそれを意識していた形跡がある。声が出にくくなって以降、談志は、自分の「肉声」を残すべく、文章の書き方にも独特な「間」や語尾の揺れを取り入れるべく工夫をしていた。本人は、最後まで、なんとかして、しゃべりたかったのだと思う。
 なので、普通に読むのにはちょっとキツい。さきほど、「ファン以外の者にはキツい」と書いたが、同じことだ。つまり、アタマの中に談志の肉声が残っている者でないと、この文体のとっ散らかった感じには、なかなかついて行けないということだ。
 なにしろ、話題が急展開する。
 のみならず、時間は前後するし、固有名詞の羅列がはじまると容易に止まらない。これらの特徴は、談志の高座における語り口そのままだ。
 だから、文章として評価すると、構成の乱雑な、論理の一貫しない、読みにくい雑記てなことになる。
 とはいえ、面白いのかつまらないのかと問われれば、明らかに面白い。談志の肉声で脳内再生すれば、第一級の芸談になっている。ところどころ、落語のマクラとして、そのまま使えそうな部分すらある。
 ただし、本書を読みながら自分のアタマの中に談志の肉声を召喚できる人間は限られている。ある程度、彼の噺を聴きこんだ人間でないと難しい。
 肉声が響かない読者に、この本がどんなふうに感じられるのかは、私にはわからない。私の脳内では、全盛期の談志の闊達な口舌がものの見事によみがえっているからだ――というのは、まあ、自慢なわけだが。
 固有名詞の羅列は、とにかくものすごい。幼年期の友人の名前、入門初期に各地の演芸場や寄席で共演した仲間の芸名と本名、学校時代に行き来した人々や疎開先の地名、立川談志は、そうした遠い時代の固有名詞を、細大漏らさず、記憶の限り再現してみせる。
 ほとんどの読者にとって、談志が並べてみせる名前は意味を持っていない。私のような、かなり古い時代からのファンでも、出てくる単語の七割は、はじめて聞く人名だったりして、まったく手がかりがつかめない。
 それでも談志は羅列をやめない。
 というのも、羅列は、談志の「芸風」のコアに当たる部分で、寄席の座布団に座っていた時から一貫した彼の特殊能力だったからだ。好みの映画俳優の役名や、訪れた外国の港の名前、読んだ本のタイトル、銀座の名店の看板、そうした瑣末な記憶を、一から十まで淀みなく並べ立ててみせることを彼は好んだ。
「ん? そんな名前どうでも良いって? だったら寝てな。オレは、持ってる知識は全部吐き出さないと次に行けないタチなんだからね」
 などと、時々自嘲をはさみながらも、談志は決して固有名詞を列挙することをやめなかった。
 名前だけではない。
 談志の記憶は、古今の芸能文化の枝葉末節を網羅していた。書生節の一節を再現したかと思えば、明治歌謡のさわりを披露し、歌舞伎狂言から浄瑠璃講談浪曲まで器用にオウム返しをしてみせる。もちろん、五代目の古今亭志ん生や彦六あたりの物真似は玄人はだしだ。ほんの一節しかやってみせないが、それでも、その観察力と再現力は瞬時に客席を圧倒してしまう。
 ともあれ、その異様な記憶力と博覧強記のケレンは、談志の芸に、通常の落語とは別種の、凄みのようなものをもたらしていた。インテリの教養をあざ笑うみたいに古今東西の文化的データを羅列してみせる談志の姿に、ある痛快さが宿っていたのは、複雑化した戦後の社会に生きる現代人が、記憶と情報に翻弄されて自失していたからなのかもしれない。
 むろん、
「覚えて吐き出すだけのことだったら、オレは永遠に続けられるんだぜ」
 という、その談志のこれみよがしな芸風に、不快を覚えた観客も少なくなかった。
 噺のマクラに、時事問題を持ち出して、きいたふうな分析をしてみせる態度も、古手の落語ファンには忌避されるところのものだった。
 が、これみよがしであれ、ひけらかしであれ、談志のケレンは、目の前で見せられると、やはりどうにも圧倒的で、私などは、その記憶と反射神経の魔法に対して、いまだに信仰が解けない。やはり談志は神だ。
 談志の独り語りは続く。
 珍しく、私生活についても包み隠さずに語っている。
 しかし、そこは談志だ。そこいらへんの通り一遍の日本人とは、身につけたスタンダードが違う。彼は、つまらない謙遜はしない。へりくだって身内を低く語るみたいなマナーも採用しない。卑下なんていう言葉にはハナもひっかけない。卑下なんぞ気味が悪いから剃っちまえ、てなものである。
 正しいマナーや、上品とされているプロトコルよりも、なにより、自分に対する正直さを第一の徳目とする、それが談志の身上だ。皮肉屋の正直者。そして、辛辣な人情家にして、臆病な高慢ちき。内気な目立ちたがり。
 だから、立川談志は、謙遜をせずに、むしろあからさまに自慢を並べる。
 身内にも大甘だ。
 妻の可憐さと性質の良さを最大限に褒め称える。でもって、彼女が誰にも愛された素晴らしい人間であることをなんら疑うことなく描写している。
 娘や息子たちについても同様。悪いことはひとつも書かない。親孝行で、気持ちのやさしい素晴らしい子供たちだと、手ばなしで賞賛している。
 娘さんがグレた時期があって、その当時はさすがの談志も弱ったらしいのだが、そうした紆余曲折も含めて、父は、子供たちを全面肯定している。
 弟子にも優しい
 優しいというよりも、もしかしたら、甘いと言うべきかもしれない。
「きちんとした芸をやってるのは、オレのとこの弟子だけだ」
 と、平気で言い放つ。それほど、弟子を高く評価している。なるほど。
 してみると、あるいは、本書は、談志本人の気持ちとしては、遺言のつもりで書いた原稿だったのかもしれない。
 だからこそ、世間に向けてというよりも、ほんの十数名の、弟子や家族や友人に向けて、構えることなく、一人の、死期を間近に控えた気難しい好々爺の顔を晒している、と、そういうことだったののかもしれない。
 いずれにしても、見事な態度だ。
 おそらく、ふつうの人間がここまであからさまな身内びいきを開陳したら、当然のごとくに非難される。
「談志は、えこひいきだ」
「談志はしょせん凡夫だ」
 と、世間はそう言うはずだ。
 談志の答えはわかっている。
「ああそうだともオレはえこひいきの身内大事の親バカの師匠バカの嫁天下のだらしのない凡夫だが、それがどうした? それが談志だよ」
 と、彼は開き直るはずだ。
 立川談志は、「サブカルチャー」という言葉ができるずっと以前から、古今のサブカルチャーに精通している、第一級のディレッタントだった。
 落語も上手だったが、それ以上に、書籍や、アニメのセル画や、映画のパンフレットやSPレコードの蒐集家として、それらの理解者として、また、世間の底辺にうごめく落伍者の代弁者として、常に神の如き存在だった。
 その偉大なるオタクにして、唯一無比の大衆芸能のデーモンであった立川談志が、その晩年に、自身の魔法の杖であった肉声を失ったことは、いかにも残酷ななりゆきだった。
 しかしながら、声を失った談志が、文筆家として、肉声の宿る文体に挑戦し、その試みに、半ば以上成功をおさめていることは、ここに、銘記しておかなければならない。
 少なくとも、古くからの熱心なファンである私は、本書の行間から、談志の肉声を聞き取ることができた。これは、素晴らしい達成だと思う。
 最後に、立川談志に伝えておきたい。
 あなたは、世界一の凡夫だった。


以上です。

| | コメント (1)

2018/02/04

ひとまずひとづま

ツイッターのタイムラインで「あたしおかあさんだから」という歌が話題になっています。

歌詞を見ていて、自分が30数年前に書いた歌を思い出しました。
ただ、テーマは似ていても曲想はちょっと違っていて、私が20代の頃に書いたこの歌は、結婚する女の子の無力感みたいなものを歌った歌です。
初出はたぶん1984年と記憶しています。曲もついています。作曲は私ではありませんが。
 
 
 
ひとまずひとづま
 
 

にっこり笑ってお茶いれて
にっこり笑ってコピーをとって
男のひとたちはみんな 優しくしてくれるけど
わかってるつもりよ
オンナはどうせ消耗品
消しゴムみたいに忘れられるわ
 

言葉すくなに控えめに
笑う口には手を添えてれば
男の人たちはみんな いいコだと言ってくれるけど
わかってるつもりよ
オンナはどうせ水商売
お化粧落とせば魔法は解けるの
 
 
この秋に結婚するわ
イカさない彼だけれど
ほかにどうしようもないから
ひとまずひとづま ひとまずひとづま
とりあえずひとづま
 

シナを作れば二割高
ヒザを崩せば五割は高い
ボーイフレンドの五人や六人はどうにでもなるけど
わかってるつもりよオンナはどうせチョコレート
銀紙むいたら半額以下なの
 

この秋に結婚するわ 月並みな彼だけれど
オールドミスだけは避けたいから
ひとまずひとづま ひとまずひとづま
とりあえずひとづま

 
 

以上です。おそまつでした。

| | コメント (1)

2018/01/06

鉄拳への挽歌

  プロ野球球団、東北楽天ゴールデンイーグルスが6日、星野仙一球団副会長が4日に亡くなったことを発表した。冥福をお祈りする。  感想を求める声がいくつか届いているので、星野氏について書いた文章を再掲することにした。

 以下の原稿は2008年の11月にソフトバンククリエイティブが配信していたメールマガジン「ビジスタニュース」内でオダジマが連載していた「大日本観察」という連載コラムに向けて書いたもので、タイミングとしては、2009年開催のWBC監督問題で、星野氏の去就が騒がれていた事態を受けてのコラムということになる。


いまさら星野仙一をマナ板に乗せてどうしようと言うのか。確かに、WBC監督問題は終わった話だ。星野氏本人の資質についても、週刊誌誌上で議論(←星野氏本人によれば「バッシング」ということになるが)が一回りして、既に結論(「消えろ」ということ)が出ている。
 でも、近い将来、星野問題は、必ずや再燃する。そんな気がする。
 なんとなれば、来たるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)において、原ジャパンが優勝するとは限らないからだ。
 というよりも、確率論的に言って、原監督とそのチーム(←「サムライ・ジャパン」と呼ぶことになったようです《笑》)は、8割方、優勝できない。ベスト4に残れない確率も5割ぐらいはあるし、アジアシリーズで力尽きる可能性すら2割やそこいらは残っている。つまり、順当に行けば、原巨人は「負ける」のだ。
 と、優勝できなかったすべての場合において、
「ほーら、やっぱり星野にしておけば」
 式の議論がまき起こる。これは避けられない。だって、星野派は滅び去ったわけではなくて、時にあらずと思って雌伏しているだけなのだから。
 サンスポあたりは、おそらく予定稿を書き始めている。「ニュースゼロ」も原ジャパン惨敗の想定で構成原稿を用意している。もちろん、仙一氏本人も、「原バッシングを」擁護するカタチの談話の中で、「負けた監督に対するメディアの非難が、いかに理不尽で残酷なものであるのか」を訴えるつもりでいるはずだ。で、最終的には、「原よ。言いたいヤツには言わせておけ。掛け値無しの真実は、ベンチの中央を占める孤独な指揮官にしか分からないのだから」ぐらいなところに着地するシナリオを思い描いているに違いないのだ。
 とすれば、その時(星野復活シナリオ発動の瞬間)に備えて、こちらもそれなりの構えをとっておかねばならない。
 戦術的には、星野仙一が水に落ちた犬の構えでいる今この時にこそ、思い切りそれを叩いておこうということだ。手負いのキツネを森に放ってはいけない。完全に息の根が止まるまで、踏みつけておかねばならない。二度と巣穴を掘り始めないように、だ。
 
 この度の「星野バッシング」は、北京五輪の惨敗を受けて始まったもので、表面的には、彼のチーム運営や采配を批判する議論だった。
 が、本質は違う、と少なくとも私はそう思っている。真実は、もっと深い部分に隠れている。
 単に、負けた監督に対する戦術的な批判や、チームの運営法をめぐる戦略上の議論であったのなら、こんなに長引くこともなかったし、これほど盛り上がることもなかったはずだ。といよりも、なにより、うちの国の野球ジャーナリズムは、戦術論で読者を引っ張れるほど成熟していない。
 別の言い方をするなら、野球は、そもそも一年間をかけてペナントを争う不確実性のスポーツ(←優勝チームでさえ、6割台の勝率しかあげられない。それほど実力差が結果に表れにくい競技だということ)だということだ。だから、トーナメントの短期決戦で実力を決するようなことは、原理的に不可能なのだ。その意味で、北京の惨敗について、星野氏が担うべき責任は、せいぜい半分までだ。残りの半分は、勝利の女神の気まぐれ。っていうか、丁半バクチ。それだけの話だ……と、野球ファンは、この程度のことは、わかっている。
 にもかかわらず、彼らの一部が星野を批判してやまなかったのは、星野が負けたからではない。星野が星野だったからだ。
 つまり、この度の、星野氏をめぐるあれこれは、「星野」という御輿を担いで商売をたくらんでいた勢力と、彼らが用意した「星野」という物語のうさんくささに辟易し、それの撤回と滅亡を望んだ側の人々による、かなり根の深い暗闘だった。
 だからこそ、星野の側に立つ人間たちと、それを葬り去ろうとする人々の間で闘わされた議論は、白熱し、迷走し、ネットを巻き込んだ一大ムーブメントとなって、最終的には球界のちゃぶ台をひっくり返すに至った次第なのである。
 ざっと経緯をふりかえっておく。
1. 北京五輪惨敗:ま、時の運。細かいことを言えば色々と問題はあったが。
2. 采配批判勃発:ダルビッシュ起用法、岩瀬の続投、GG佐藤のポジション、川崎、新井の怪我、などなど。
3. 星野反論:帰国後の成田到着ロビーにて記者会見「失敗してもチャレンジするというのがオレの人生。それをたたくのは時間が 止まっている人間だよ」と。
4. ナベツネによる擁護:WBCの監督問題について「星野くん以上の人物がいるかね? いるなら教えてくれよ」と語る。
5. 出来レース:10月の中旬、WBCの監督を選任する有識者会議に委員の一人として招かれた野村楽天監督が「出来レースちゃうんか」と、会議の内幕について一言。
6. 最強:星野監督で一本化されそうな流れを受けて、イチローが「本気で最強のチームを作ろうとしているとは思えない」と発言。
7. 辞退:野村発言、イチロー発言、ネット上での星野批判の盛り上がりを受けて、星野氏が、自身のブログ上で、WBC監督の依頼を辞退する意向を表明。「パパ一人、こうまで悪者にされて……」という娘さんの発言を引用しつつ(笑)。
8. 追い打ち:週刊Pでは、江夏豊氏による《星野仙一「WBC監督辞退」の真相は「鉄拳制裁」醜聞だ!》という旨の暴露記事を掲載。
9. 一矢:サンスポの阪神コラム「虎のソナタ」に、星野問題総括の記事が載る。
 《要するに最有力候補に「星野仙一氏」という空気になったとたんに外野席がうるさくなった。後講釈で理由はなんとでもつくが、ズバリ「男の嫉妬」がウズ巻いていた。五輪に負けたことでこんなにひどい批判という名の“みそぎ”を受けさせられるとは星野氏は想定外だったろう。》《イチローさん、これでご満足ですか。一選手の発言が『監督のクビ』を飛ばしたのです。すごい時代になったもんだ。下克上…昔、阪神に巣食っていた“亡霊”が生き返ったのか…と思いましたョ。》だとさ。
 引用が長くなってしまったが、私としては、読者の皆さんに「色々な経緯があった」ということを知っていてほしかったのだ。決して、「バッシングがあって星野が辞退した」という単純な流れではなかったということを、だ。
 いまのところは、星野退場で幕が降りているかに見える。が、ここに至るまでは、様々な紆余曲折があった。種々雑多な観測気球が上がり、あれやこれやのプロパガンダが発動され、アジテーションが炸裂し、奇妙な説得が流れていたのである。
 星野氏自身について、思わぬ方向から復活の狼煙が上がったりもした。で、もう一歩のところで「星野リベンジ物語」というシナリオが動き出す運びになっていたのである。おそろしいことに。
 星野バッシングの流れを「男の嫉妬」と決めつけるような原稿が、全国紙の紙面に掲載されたりもした。
 おどろくべき記事だ。
 いったい誰が星野氏に嫉妬をしたというのだ?
 江夏豊氏か?
 野村克也氏か?
 理由は何だ? 
 どうして彼らが星野氏に対して「男のシット」を燃やさねばならなかったというのだ?
 監督候補として名前が挙がらなかったから?
 星野氏みたいにメジャーなテレビ局の専属になっていないからか?
 
 当然のことながら、批判を「嫉妬」と決めつけるテの記事をそのまま鵜呑みにするほど、われら日本の野球ファンはおバカではない。2ちゃんねるの捨て台詞じゃあるまいし。まったく。チラシの裏以下じゃないか。
 とはいえ、この種の低次元な立論は、スポーツ新聞読者の読解力水準が、ある限界を下回った瞬間(←具体的に言うと、原ジャパンが惨敗して、野球ファンがトチ狂った状態に陥っているしばらくの間)に、あるいは、不気味な力を発揮することになるかもしれない。
 つまり、
「負けた時に足の引っ張り合いをしていたのでは、日本の野球は強くならない。こういう時にこそ、球界が一つになれる人材を」
 てなことで、またぞろ星野が引っ張り出されてくることは、案外あり得るぞ、ということだ。
 ボロ負けに直面したファンは、一時的に、大変に愚かな人間になる。
 私は、それを恐れている。
 老婆心だと思うかもしれない。が、老婆にとって、明日はとても近い。ほとんど昨日と区別がつかないほどに。
 思うに、星野仙一は、日本プロ野球界に巣食う古い体質にとっての、最後の切り札の如き存在だ。
 昭和の時代を通じて、ずっと長い間、野球の周辺には、常に封建ニッポンの残り香がまとわりついていた。たとえば、戦前の一時期を軍隊で過ごした人々や、戦後生まれでも、体育会的秩序の中に自らの青春を捧げたタイプの人々は、野球のうちにある戦前的な要素に郷愁を抱いている。というのも、古い歴史を持つ団体競技である野球は、その発生当初から、軍隊の教練を模したトレーニングを取り入れ、軍隊ライクな秩序と精神性を柱に発展してきたスポーツだったからだ。
 なにしろ、右翼手、左翼手、遊撃手といったポジションの名前から、死球、捕殺、二重殺のような戦術上の用語にしてからが、既にして軍隊用語だったりする。
 ついでに言えば、野球における「塁」は、白兵戦における「塁」(防塁:戦術上の橋頭堡、ないしは土で作った砦)とほとんど選ぶところがない。そんな中で、攻撃側の選手は、「塁」を確保しつつ吶喊してくる突撃兵そのものであり、防御側の選手は、基地(ベース)にあって敵を迎え撃つ防人に相当する。すごい。
 要するに、野球は、人間をコマに使った軍人将棋みたいなゲームなのである。
 とすれば、指揮官が兵士に死を求めるのは、これは歴史の必然であり、兵が将に求める要素が「献身に値する父性」ぐらいなことになるのもまた、理の当然てなことになる。
 死と侵略をめぐるロマン。
 無論、こんな議論は、ファンタジーだ。
 それも、はるか昔に滅びた、古くさい軍靴のニオイのする、カビの生えたイカサマに過ぎない。
 現在、この種のメタファーは、若い選手にはまるでアピールしない。アピールしないどころか、お笑いぐさだ。
 が、野球ファンの一部には、今なお、チームに軍隊の幻を追い求める人々がいることは事実で、そういう彼らの目から見て、星野仙一が、最後の将軍に見えていることもまた、おそらく事実なのだ。島岡人間力野球の衣鉢を継ぐ黄金の熱血精神力野球。明治の父の如き威容……と、それが、私にはうっとうしいのだよ。「サムライ・ジャパン」だとかいう、間抜けなキャッチもさることながら。
 いいかげんに近代化しようではないか。でないと、今度こそ本当の終わりだぞ、と、そういうふうに私ども野球の古くささに辟易してきた古手の野球ファンは、プロ野球の行く末を懸念しているのである。
 もっとも、星野氏の軍隊式野球そのものは、その実、単に古くさいだけのものではない。それなりの内実を備えてもいる。
 が、星野野球それ自体の戦術や采配については、ここでは論評しない。というのも、私はその任ではないからだ。野球経験も無い一運動音痴が、こんなところで半可通の識見を振り回しても仕方がないわけだし。
 ここでは、星野氏の処世について語る。
 星野氏一流の処世術は、彼の背景を見事に演出せしめている。
 それゆえ、星野氏は、数社の一流企業のCMキャラクターに収まり、そのことで球界の集金構造の一端を担う存在に登り詰めた。で、事実、WBCのスポンサーとなっている企業のいくつかは、星野氏の個人的スポンサーと重複している――ということは、つまり、星野仙一を後押ししているのは、老野球ファンの郷愁だけではないということだ。むしろ、野球に理解を示す財界人を糾合するための御輿として、星野仙一氏を利用せんとする一派がいたと言った方が実態に近いのだと思う。
 それはそれで良いのだ。
 野球はカネが無いと動かない競技なのだし、代表監督にとって、スポンサーを集めてくることは、ある意味で、ベンチで選手を操縦する能力よりもずっと重要な任務だ。その意味で、星野を推す人々が、彼の人脈や財界コネクションを重視したことは、必ずしも的はずれではない。
 さよう。重要なのは、星野氏の処世だ。
 彼が、支持されている理由は、おそらくそこにある。
「あいつは、世渡りが上手い」
 と。だから、
「代表チームの監督として、国際舞台に打って出る人物は、なにより世渡り上手であるべきだ」
 という見識は、それはそれで一理あると私もそう思っている。
 でも、その一方で私は、星野氏がその処世上、ずっと看板として掲げているドラマに、どうしても同調できずにいる。
 具体的に言うと、私は、彼がある時期から掲げて来た「男・星野」という仮構に、ずいぶん前から食傷していたのである。それに、オリンピックに先立って「星野の夢」を商標登録しているみたいな、そういう彼自身の抜け目の無さが、なんだか信用できないわけです。
 若手選手に対して鉄拳制裁を辞さない秋霜烈日な指導を繰り返す一方で、ベテラン選手やコーチ陣の夫人たちの誕生日を暗記し、その当日にバラの花を贈る気遣いを怠らない繊細さを併せ持っている……とか、そういうエピソードを、私はすっかり聞き飽きてしまったのだな。もう何年も前から。
 母子家庭に生まれ、人生半ばにして伴侶(奥さん)の死に遭遇したという、民放でドラマ化されがちなプロットのドラマ性も、だ。
 こういう種類の悲劇性をまとった「父性」に憧憬を抱く者が、今の時代にも少数ながらいることそれ自体は、理解できないでもない。
 が、「理想の上司」を尋ねるテのアンケートの上位に、必ず星野仙一の名前がランクインしていることは、これは、鵜呑みにするわけにはいかないデータだと思っている。メディアは、スポンサーのために動いているわけだし、そのスポンサーは、星野を通して何かを成し遂げようとしている存在であったりするからだ。
 私がいま言っていることはあるいは邪推なのかもしれない。
 でも、事実がどうであれ、はっきりしているのは、感覚として私がこの人をどうしても信用できずにいることだ。
 保険会社や、カレーの会社や、胃薬の会社は、星野氏が「理想の上司」だから起用している、と、事実は、その通りなのかもしれない。
 でも、私の目には、保険の会社や、カレーの会社や胃薬の会社が広告会社と結託して、星野氏を「理想の上司」に仕立て上げている、というふうに見える。
 だって、そういうことにしておけば、関係者の全員が得をするから。野球ファン以外の全員が、ということだが。
 結論を述べる。
 星野氏については、その「鉄拳」がいけない、と私は考えている。
 指揮下にある人間を対象とした暴力は「論外」に属するお話で、指導者としての資質を云々する以前の、人としての最低限のモラルおよび市民社会のメンバーとしての基本的な資格を問われるべき問題だ。
 これまでの、議論は、前置きに過ぎないと言い直しても良い。
 ともあれ、二十一世紀の人間は、どんな理由であれ、下の立場の者に向けて暴力を発動する人間を容認してはいけないのである。
 私自身、オトナになる前に、かなりの頻度で「鉄拳」を浴びて来た側の生徒だった。その経験から申し上げるに、熱意が暴走して手が出てしまったり、部下を思う気持ちの強さゆえに、思わず叩いてしまうというタイプの上司がいないわけではないし、彼らの「体罰」を、全否定しようとも思ってはいない。いずれにしても、そういう人々(自ら痛みを持って生徒を叩く教師)は、必ず、謝罪する。だから、彼らの体罰は、繰り返されない。逆に言えば、継続的に暴力を繰り返す人間の暴力には、そもそも愛情も誠意も情熱も宿っていないと見なさなければならない。 
 部下に対して日常的に発動されていた星野仙一氏の鉄拳は、確信を持って繰り出される、組織運営上の手段としての暴力である。いったい誰がこんなものを容認できるだろうか。
 「鉄拳」体質については、ある時期から(たぶん、阪神に移ってから)、突然報道されないようになった。
 もちろん、中日で監督をやっていた時代も、鉄拳についての記事は、ごく控えめにしか書かれなかったし、記事化される場合でも、「熱血の行きつく果ての鉄拳」「男星野、情熱のコブシ」ぐらいな、講談調の文脈で語られるのがせいぜいではあった。
 二十一世紀に入って後、ジャーナリズム的に、体罰は、どの角度からどう描いても弁護のしようの無いものになり下がってしまって、それゆえ、記者は一行も触れられなくなったということであって、星野氏の暴力が終息したわけではない。
 この件については、マーティ・キーナート氏が興味深い記事を書いている。「キーナート」「燃える男」「鉄拳制裁」ぐらいで、ググってみてほしい。「中村武志」「眉毛」でググっても良い。面白いテキストが読めると思う。
 原ジャパンは、おそらく優勝できない。
 でも、原ジャパンの敗北に伴って発生する、原バッシングは、たいして盛り上がらないはずだ。
 なにより、原辰徳は、涙目の似合う日本一の謝罪キャラだし、それに、日本の野球ファンは、この20年でずいぶん成熟したはずだから。
 もし、原辰徳が人格攻撃含みの猛バッシングを浴びて、星野待望論がマジで力を持つのだとしたら、今度こそ私は日本の野球を見捨てようと思う。
 勝てば無問題なわけだが。
 
         (了)


  以上です。
現役時代、投手としての星野仙一氏には敬意を感じていました。
ただ、監督に就任してからの「鉄拳」を辞さない指導方針には共感できませんでした。
星野氏の高圧的なチームマネジメントを「熱血指導」として持ち上げるスポーツマスコミの報道に対しても、強い忌避感を抱きました。
故人の死去を受けて、その「熱血指導」が、不当に美化されつつある空気を感じたので、上記コラムに不快感を持つ読者もいるだろうことは承知しつつ、あえて掲載することにしました。
 あらためて星野仙一氏のご逝去に心からの哀悼の意を表します。
※ なお、上記テキストは、掲載分ではなく、ハードディスクの中にあった校閲前のナマ原稿であったため、2018年1月6日の時点で誤字脱字を修正し、あわせて文章の調子を若干整えています。

| | コメント (0)

2017/09/18

ソーカイヤ音頭

ごぶさたでした。久々の更新です。半年ほど前から、少しずつ書き足してきたにゅーそんぐが完成したので、お披露目いたします。


 
ソーカイヤ音頭


うわさ流して 炎上させて 

火消しもします カネ次第 (ア チョイト) 

マッチポンプの 消防隊の 

あたしゃ隊長 ゲスな人 (ソーカイナァ ソーカイヤァ)


切り込みますよ 他人の弱み

食い込みましょう 裏利権

人の不幸が オイラの稼ぎ

あたしゃ隊長 クソ野郎


火のないところに 火種を見つけ

ケムを立てます モクモクと

あることないこと知らぬこと

あたしゃ隊長 虚言癖


今日も今日とて 生き抜いてます

経歴詐称 デマフカシ

廊下トンビの 口端の裏の

あたしゃ隊長 羽織ゴロ


エスエヌエスの はきだめ暮らし

差別ヘイトが メシのタネ

貴殿の損は 拙者の利益

あたしゃ隊長 ウェブやくざ




以上です。みんなで歌ってくれるとうれしいです。

| | コメント (1)

2017/02/01

森さんのチョコレート 価格=森さんの言い値

2001年2月に、今は亡き「噂の真相」という雑誌のために書いたコラムを再録します。
なぜ、コラムタイトルが「森さんのチョコレート」になっているのかは、ちょっとわかりません。たぶん、当時森首相とチョコレートにかかわる何らかの事件があったのでしょう。


 森さんのチョコレート:森さんの言い値
 森首相は素晴らしいキャラだった(←過去形)。「言、珠を為す」という言葉があるが、まさに彼こそは発する言葉のすべてが記事のネタになる稀有な宰相だった。「歩く新聞記事」……いや、むしろ歩くミステリーだろうか。とにかく森さんは謎だらけだ。早稲田大学入学にはじまって、新聞社に入社した経緯から代議士に当選した裏事情まで、すべてが謎だった。で、最後はなぜか首相。おい、まるでSFだぞ。
 ファンタジーかもしれない。一介のニ流ラガーマンがついには首相にまでのぼり詰めたわけだからして、森さんの人生航路は日本版のフォレストガンプと言って良い。
「バカでも運が良ければ」
 か。うむ。素敵だ。ファンタジスタ・森。
「ふん。違うな。あいつはせいぜいが童謡の主人公だよ」
 ん? そんな歌があるのか?
「ほら、《ある日 森 野中 クマさんに出会った》とかいう歌があるだろ」
 おお、「森のくまさん」か。とすると、森さんと野中さんが出会ったクマっていうのは具体的には誰だ? ロシア人か?
「エリツィンならともかく、あのプーチンってのはクマというよりはキツネだ」
 じゃあ、ブッシュか?
「いや、ブッシュは訳せば藪だ。つまり野郎は藪の中のムジナってとこだ」
 森と藪か。イヤな日米関係だなあ。
「うむ。森藪関係は熱帯雨林衰退の暗喩だよ。オレはそう見ている。ヤツらの脳天気のせいで地球は温暖化するわけだ」
 それよりクマは誰なんだ?
「ま、池田大作だろうな」
 なるほど。でも池田大作がどうして「お嬢さん お逃げなさい」てなことを言うんだ? しかも、この歌の中のクマは、自分で「お逃げなさい」と言っておきながら後をつけてきて落し物を届けるんだぞ。
「そういうところがまるで学会の折伏そのものじゃないか。まず法難だの仏罰だのってな話でビビらせておいて、しつこくつきまとう。で、最終的には現世利益をチラつかせて組織に誘いこむって寸法だ」
 うむ。しかしだ。この後がまた謎だぞ。だってその「白い貝殻の小さなイヤリング」を拾ってもらったお嬢さんは、お礼に歌を歌うんだから。ラララとか。意味ないじゃないか。まるで支離滅裂だぞ。
「当然、連立政権の成立秘話だよ、ここは。いいか《白い貝殻のちいさなイヤリング》だぞ。無知な組織票のメタファーに決まってるじゃないか。そんな有り難いモノを貰ったら政策だってラララってなもんだろ? だから池田さんのレイプ訴訟もラララってなことになるわけだよ」
 ……お前、大丈夫か? そういう事言って、訴訟とか受けて立つ覚悟あるのか?「Hahaha! 全然違いマース」
 誰だよあんたは。
「この歌はアメリカ民謡なのデース。で、モト歌では、森の中のクマさんは、次に会った時には玄関の敷き物になってました、と、そういうストーリーなのデース」
 野蛮な歌だなあ。
「西部開拓時代のソングですから」
 でもさ。だとすると、話がおかしくないか? クマは殺されるわけだろ? つまり連立は解消ってことなのか?
「だからアメリカの歌だって言ってるでしょうが。つまり、翻訳が間違ってるのデスね。そんな甘い話じゃないデス」
 じゃあどういう話なのさ?
「森、野中が会ったクマさんは……」
 どうなるんだ?
「小さい泉に身を投げて死ぬか、でなければ橋のたもとで野垂れ死に(以下自粛)」


以上です。
いま見ると、当時はポリティカル・コレクトネスの基準がユルかったことがうかがえます。
 ついでに、なにかと話題の東芝について、2006年12月に書いたコラム(掲載はこれも今は亡き「論座」です)をご紹介しておきます。


  東芝が音楽事業から撤退だそうだ。詳細は以下の通り。
「東芝は14日、英EMIグループと共同出資する音楽ソフト会社、東芝イーエムアイ(EMI、東京)の全株(発行済み株式の45%)をEMI側に売却すると発表した。売却価格は約210億円。EMI側からの打診に応じた形だが、東芝も「コンテンツ事業はグループの他の事業との関連性が薄れてきている」と判断。同事業からの撤退を決めた――《後略》」(フジサンケイビジネスアイ、12月5日)
 了解。静かに撤退してくれ。
 1977年にエルビス・プレスリーが死んだ時、ジョン・レノンが言った言葉を思い出す。「オレの中では、エルビスは、軍隊に入隊した時点で死んでいる。いまさら驚かないよ」
 つまり、アレだ。ジョンのコメントにならって言うなら、東芝EMIは『レット・イット・ビー・ネイキッド』(←2004年に発売されたビートルズ最新/最後のオリジナルアルバム。'70年発売の「レット・イット・ビー」を、録音当時のアレンジに忠実な形でリミックスしたもの)をCCCD(←コピー・コントロールCD:不正コピー防止のために、特殊なデータを混入させた規格外CD)で発売した時、既に死んでいたのだな。
 そう。東芝EMIは、同社を長年にわたって支えてきた最大の功労者たるビートルズのメンバーが、「レット・イット・ビー」(←「あるがままに」)というオリジナルのタイトルを字義通りに体現するべく、あえて「ネイキッド」(生まれたまま。天然。)という但し書きをつけてまで再現しようとした録音当時のナマ音に、セキュリティー目的の非音楽的な制御コードを混入させた、世界で唯一の(同アルバムがCCCD型式で発売されたのは、日本版だけだった)レコード会社だった。
 たとえばの話、「無農薬」の刻印つきで入荷した野菜を、わざわざ店頭で農薬散布して売る八百屋があるだろうか?
 あるのだとすれば、そういう野菜を愛さない八百屋は、音楽を愛さないレコード会社と同じく、商売を替えるべきだと思う。農薬屋にでも。
 東芝EMIに限らず、レコード音楽産業は、バブル崩壊からこっち、一本調子で売り上げを落としてきている。昨年の音楽CD販売総額は、ピーク時の六割にまで減少しているという。で、一般に、こうしたCD不況の原因としてあげられるのは
1. ネット配信等の普及
2. 不正コピーの蔓延
3. レンタルCDの一般化
4. 少子化の進展
 といったあたりのお話なのだが、わが国の場合、これに
5.CD価格の下方硬直性
 を加えねばならないと思う。つまり、再販制度によってレコード会社の権益が守られているわが国は、世界標準と比べて異常に高い価格でCDが流通している地域なのであって、その高価格が業界のクビを絞めている、と、そこのところを問題にしないと、片手落ちになる。
 要するに、レコード音楽産業は、「音楽著作権の独占的販売権」「再販制度による高価格の維持」という二つの既得権益にしがみつくことで、自縄自縛に陥っているわけで、とすれば、親会社が東芝であってもなくても、いずれ、撤退の日はやってきたはずなのだ。
 冒頭で引用した記事の続きを読むと、東芝EMIは、既に6月の段階で、自社ビルを売却し、520人いた社員の4割を削減する大リストラを断行していたのだそうだ。なるほど。全社員の4割におよぶ人員削減……って、これ、「リストラ」(リストラクション:組織の再編成に伴う人事の見直し)というより、「ディストラ」(ディストラクション:大量殺戮、駆除、崩壊)だよね。あるいは、ジェノサイドとか。
 このあたりの事情を知った上であらためて記事を読んでみると、株式売却のニュースを受けたユーミン(松任谷由実)のコメントが、異様に冷静(「時代の移り変わりだから仕方がない」「既定路線だと分かっていた」)だったのもうなずける。結局、関係者の間では、既に終わった話だったのだな。
 あるいは、レコード会社をはじめとする著作権ビジネスは、東芝やソニーみたいな企業にとって、現状では、獅子身中の虫になっているのかもしれない。つまり、映像の世界で問題になっている「コピワン」(ユーザーによるデジタル映像の録画を1回限りに制限する技術)にしろ、CCCDにしろ、そうした知的所有権がらみの制限事項が、デジタルAV機器の開発および販売にとって、足かせになるということで、身内にソフトウェア産業なんかをかかえていたら、韓国や台湾あたりがいずれ出してくるコピーし放題のデジタル録音/録画機器に足もとをすくわれるぞ、と。だったら、面倒ばっかりでたいしてカネにもならないCDなんかはすっぱり見切って、基幹産業である原発にでもシフト(東芝は、今年、原子力発電関連設備メーカーであるウェスチングハウスを5000億円で買収している)しようと、そう考えたわけだ。
 で、原発には5000億をポンと出して、一方、レコード会社は210億円で投げ売り、と。
 ええ、勝手にしてください。農薬でも原発でも、儲かると思うものを売ってください。
 心配なのは、リストラされた東芝EMIの元社員の今後だ。
 私も実際に幾人か知っているが、レコード会社の社員というのは、本当に音楽が大好きな人ばかりだ。いたましいことに。
 彼らが音楽の周辺にニューキャリア(新しい職)を見つけられんことを。
 ん? ニュークリア(核)?
ディレクター崩れの原発職員?
 無理だな。品質にこだわり過ぎで、仕事にならないと思う。

以上です。

ではまた。

| | コメント (2)

2015/08/05

「やんちゃ」の市民化について

 twitter上で、過去のいじめ加害体験を武勇伝みたいに語っている議員さんのブログが話題になっていたので、参考までに古い原稿を掲載します。

 2008年3月に、「テレビ救急箱」(中公新書ラクレ)という新書のあとがきのために書いた文章です。
 
 どういう本のあとがきなのかという説明を書こうかとも思ったのですが、めんどうなので本書の「まえがき」を、あとがきの後に付加しました。
 ちなみにこの本は絶版になっています。
 まあ、諸行無常ですよ。

» 続きを読む

| | コメント (1)

«「女性差別広告」への抗議騒動史