2020/03/11

番記者よ奮起せよ。

Yahooニュースに掲載された拙稿(月刊誌「GQ」3月号のために書いた記事)が、オリジナルの原稿と違った形(同じ記述を2回繰り返して途中で切れています)の記事になっていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200311-00010000-gqjapan-bus_all

いずれ訂正したバージョンを掲載してくれるとは思うのですが、心配なので、私が書いた元々の原稿をそのままアップしておくことにします。

 

『番記者よ奮起せよ』

 麻生財務大臣兼副総理の会見でのマナーが炎上を招いたのは、すでに昨年の話題だ。なるほど、政府が重要な政治日程を年明けに設定しがちなのは、野党やメディアとの間で日々勃発する軋轢や摩擦を「去年の話題」として自動処理するための悪知恵なのであろう。実際、私が当稿の中で、いまさら麻生氏の会見マナーをつつき回したところで、
「このライターさんは、去年の問題をいつまで蒸し返し続けるつもりなのだろう」
 という印象を与えるだけなのかもしれない。
 そんなわけで、例の桜を見る会の問題も、
「去年の花見の話をまだ引っ張るのか?」
 てなことになりつつある。事実、花見関連の闇を追求するあれこれは、新年の話題としては、もはや古くさい。テレビのような旬にこだわるメディアは、敬遠するはずだ。
 例の東北での大震災をくぐり抜けてからこっち、政治向きの話題のニュースバリューは、目に見えてその劣化速度を増している。
 森友&加計の問題も、謎の解明が進んでいないどころか、むしろ問題発覚当時に比べて疑惑が深まっているにもかかわらず、メディアが扱うニュースとしてのバリュー(価値)は、「古い」「飽きた」「またその話ですか?」と、まるでトウの立ったアイドルの離婚スキャンダルみたいに鮮度を喪失している。
 本来、ニュースの価値は、必ずしも新鮮さや面白さにあるわけではない。価値は、事件そのものの影響力の大きさに求められるはずのものだ。ところが、震災でダメージを受けたわれらメディア享受者たちの好奇心は、絵ヅラとしてセンセーショナルな外形を整えた話題にしか反応しなくなっている。
 さてしかし、冒頭で触れた麻生副総理の会見マナー(←番記者を「返事はどうした?」と言い方で恫喝した件)の話題は、年をまたいで、政権の中枢に波及している。というよりも、麻生さんの横柄さや失礼さは、麻生太郎氏個人の資質であるよりも、より深く、政権の体質に根ざした、第二次安倍政権の対人感覚の発露であったということだ。
 菅官房長官は、年明けの最初の仕事として、1月6日放送の「プライムニュース」(BSフジ系)という番組に出演した。長官は、番組の中で、緊張が高まっている中東地域への自衛隊派遣について問われると「(心配は)していない」と、あっさりと言ってのけている。
 心配していない? マジか?
 いや、マジなのだ。自衛隊は予定通り派遣する。この人は本当に心配していないのだ。
 トランプ大統領によるスレイマニ司令官暗殺をどう評価するのかという質問に対しての回答は、さらにものすごい。菅官房長官は、
「詳細について存じ上げていない」
 と言っている。すごい。あまりにもすごい。
 要するにこの人は、昨年の年末に、例の花見の会前夜の夕食会について「承知していない」という事実上の回答拒否を5回(数えようによっては8回)連発して、それがまんまとまかり通ったことに味をしめたのだな。
 さて、以上の状況から判明しているのは、麻生さんの横柄さが、実は菅さんの傲慢さと通底する政権の体質そのものであったということなのだが、それ以上に、われわれが直視せねばならないのは、政権中枢の人間たちによるナメた答弁を、えへらえへらと許容してしまっている番記者の弱腰こそが、現今の状況を招いているという事実なのである。
 安倍総理は1月6日の年頭所感会見の中で、
「(憲法改正は)必ず私の手で成し遂げる」
 と、断言している。憲法遵守義務を帯びた国家公務員である内閣総理大臣が、その肩書を背負った会見で、憲法改正の決意を語るのは、端的に憲法違反であり、たとえて言うなら、野球選手が試合中にルールブックの書き換えをしたに等しい暴挙だ。
 しかも、私たちの記者諸君は、この発言を許してしまっている。だとすれば、まず、最初に手をつけるべきなのは、腰抜けの番記者たちの粛清なのであろうな、と、私は半ば本気でそう考えている。

 

 以上です。お目汚しでした。

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2020/01/04

働き方改革のブルース

新年最初の更新なので、ちょっと趣向を変えて、歌詞をご紹介することにします。ずっと昔(たぶん1984年頃。ということは35年前になりますね)に書いた歌詞に手を加えたものです。
より詳しくご説明いたしますと、「1番 2番 サビ 3番」だけのシンプルな構成だった1984年バージョン(当時は「おじさん」というこれまたシンプルなタイトルをつけていました)に、4番5番の歌詞と より不吉なセカンドのサビを付け加えた形です。

古い形のままの方が良かった気もするのですが、いじくりまわしてみたくなってしまったものはしかたがありません。
ということで、ご笑覧ください。

働き方改革のブルース

1 気持ちはわかるぜ うんざりなんだろ
  四十の坂を登り詰め 五十の坂を転げ落ち
  恋も夢も髪の毛も はるか彼方に 消え果てた

2 手を振ってるのは あんたのかみさん
  毎朝毎朝二十年 毎晩毎晩二十年
  アバタもエクボの時代は とおの昔に 過ぎ去った

※  こみあげる(怒りを)
   こみあげる(涙を)
   こみ上げる(ゲロを
   ネクタイでせき止めて

3  バカな課長や うるせえ部長に
   新入社員の若造や 生意気盛りの小娘に
   朝な夕なにコケにされ でも月曜日は やってくる

※ 繰り返し

4  通勤ラッシュの 満員電車と
   残業帰りの 最終列車に
   折られ畳まれ詰め込まれ オレのソウルは瀕死だぜ

5  寝覚めのビールと 寝しなのバーボン 
   気付け代わりの焼酎と 食後にあおる冷や酒で
   折れた心を支えつつ オレのソウルは天国さ 

※※   迫りくる(リストラ)
    のしかかる(ストレス)
    鳴り響く(ブルース)
    ネクタイにぶらさがれ!

※※ 繰り返し

お粗末さまでした。今年もよろしく。

 

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2019/11/16

思いやり予算二題

 いまごろになって、なぜか「思いやり予算」の話題が蒸し返されているので、2000年2月に今は亡き「噂の真相」誌のために書いた原稿と、2009年11月に社民党の機関紙に寄稿したコラムをハードディスクから召喚することにします。

 

 思いやり予算:2757億円(九九年度)

 在日米軍駐留経費負担(いわゆる「思いやり予算」)の見直しをめぐって、日米間で意見が対立しているようだ。
 念のために「思いやり」の由来について「知恵蔵」の解説を引いておく。
<日米安保条約に基づいて、在日米軍の施設や地位などを決めた「地位協定」二四条は、日本が施設・区域を無料で提供するほかは、「すべての経費は……日本国に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される」と定めている。だが米国の財政困難とドルの価値の低下で在日米軍は、米軍人より高給の日本人基地従業員の給与の支払いに悩んだ。このため、日本政府は一九七八年に労務費の一部六二億円を負担したのを皮切りに、在日米軍に一種の補助金を出している。この支出には法的根拠がなかったため、当時の金丸信防衛庁長官が「思いやりが根拠」といったのがこの名の起源とされる。>
 なるほど。が、考えてみるとヘンだぞ。
1.そもそも思いやりというのは、強者が弱者に対して示す態度だ。とすると、アメリカ軍のカサの中にいる日本が、保護者である米軍に対して思いやりを示すというのは、スジが違うんじゃないのか?
2.第一、思いやりってのは、それを施される側が要求するものなのか?
 いや、揚げ足を取ろうというのではない。
 確かに、八七年当時、アメリカの財政は逼迫していたし、他方、バブルに沸く日本は黒字減らしに苦慮していた。その意味では、当時は「思いやり」という言い方にまるで根拠がなかったわけでもない。
 また、深読みすれば、この「思いやり」という言葉には、かつて進駐軍に対して「ギブ・ミー・チョコレート」を叫んだ世代の米軍に対するアンビバレントな感情がこめられているのかもしれない。とすれば、バブルで旦那気取りになった日本人の増長慢をくすぐって、見事に国民をあやしてみせたカネマルの政治センスは、やはり非凡だったと言わねばならない。
 ってことでカネマルは許す。
 むしろ問題は、政治屋の駄法螺を無批判に援用して「思いやり予算」だなんていう雑駁な用語を憲法違反の国家支出に対する通称にしてしまったメディアの側にある。
 連中はバカなのか? それとも政府と結託してるってことなのか? いや、むしろ結託している相手はアメリカなのか?
 実際、この言葉はアメリカではどう訳されているんだろう。ちゃんと「charity」(施し)とか「bait」(餌)といった正しい訳語が当てられているのだろうか。
「『思いつき予算』とか言うんならまだ許せるんだけどな。しょせんカネマルのその場しのぎだったわけだし」
「むしろ『思いやられ予算』じゃないのか? 先が思いやられるわけだしさ」「『重い槍予算』なんてのはどうだ。なんか、無駄な防衛負担って感じがして、しみじみと味わい深くないか?」
「いや、実態に即して言うなら『みかじめ料』だろ。実際、ヤー公が用心棒代を理由にそこいらへんのスナックからショバ代をせしめるてるのまるで同じなんだから」
「っていうかさ、ほかならぬ国土の防衛を他人に肩代わりさせてるわけだから、『お前やれ予算』とかにしたらどうだ?」
「いいや。断然、在日米軍を基地ぐるみで丸ごと買い取るべきだな」
 おお、そりゃナイスだ。米軍の軍人さんとしても野球の助っ人外人みたいな立場じゃ命がけで働けないだろうし、いっそ彼らには帰化して日本人になってもらおう。
 しかし、とすると予算の出所は?
 ……「基地買い予算」

(以上「噂の真相」2000年11月号掲載)

 

 重い槍予算異聞

「おもいやりよさん」
とタイプインしてワープロの変換キーを何回か叩くと、
「重い槍予算」
 という神の啓示じみた味わいぶかい変換結果が返ってくる。なるほど。こいつにはいつもびっくりさせられる。
 ついこの間もこんなことがあった。東京オリンピックの
「経済波及効果」
 について原稿を書こうとしたら、わがワープロは
「経済は急降下」
 といきなり結論を提示してきたのである。驚くべき見識。私が付け加えるべき言葉はひとつもない。
 さて、「思いやり予算」だが、これは誤変換以前に誤用だと思う。
 というのも、そもそも「思いやり」は、「上位者が下位者に対して示す心情的配慮」であって、日米の立場にはそぐわないからだ。
 軍事的属国の立場にある国が、宗主国に向けて、なにがしかの金品を提供する場合、その行為は「上納」ないしは「朝貢」と呼ばれるべきで、どう見たって、「思いやり」みたいな、上から目線の言葉にはならないはずだ。
 が、昭和の日本人は、自分たちの現実を直視することを好まなかった。
 あたかも、米軍を日本の「番犬」であると見なすみたいな、そういう設定で予算を支出をする道を選んだ。つまり、現実には宗主国のごきげんを取り結ぶために金品を上納しているにもかかわらず、自らを納得させる脳内ストーリーの上では、食い詰めた用心棒に小遣いを与えるみたいな、そういう慰撫的な用語を採用したわけなのである。まあ、この言葉を発明した金丸さんというヒトは、ある意味で天才だったのだろうね。
 もしあれが「みかじめ予算」「上納予算」「パシリ予算」「ご奉仕金」ぐらいな名目だったら、さすがに国会を通らなかったはずだ。愛国設定で世間を渡っている議員さんが賛成しにくかっただろうからして。
 その「思いやり予算」の実態が「重い槍」すなわち「過剰な軍事負担」であることを、もしかしたら金丸さんは知っていたのかもしれない。なにしろ、食えないオヤジだったから。
 中学校の時の社会の教科書にあった挿絵を思い出す。二人の男が、背中いっぱいに鉄砲や大砲をかついで、喘いでいるポンチ絵だ。出典は当時の新聞。第一次大戦後、欧州諸国が軍拡競争に陥り、その過剰な軍事負担のために疲弊していたことを描いたものだという。
 まさに重い槍。分不相応にデカ過ぎるハサミを身につけたシオマネキみたいな調子で、軍事国家は次第に身動きがとれなくなる。
 ……と、シオマネキは「死を招き」だとさ。
 うむ。オレのワープロは天才だな(笑)。

(社会民主党の機関紙2009年11月に寄稿)

以上です。おそまつさまでした。

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2019/07/29

松本人志二題

松本人志氏の動向が注目を引いているようなので、以前、彼について書いた原稿を二本ほどブログ上に召喚することにしました。
寛大な気持ちでご笑覧いただければさいわいです。

いずれも、コアマガジン社が刊行しております「実話BUNKAタブー」という月刊誌に、オダジマが連載している「電波品評会」という1ページコラムのコーナーに掲載したテキストです。

1本目の、「たけしvs松本」が2017年10月号、2本目の「松本vs太田」が2019年7月号の掲載だったはずです。

 

【北野武 vs 松本人志】

 

北野武 vs 松本人志
  北野武 松本人志
言語能力 ☆☆☆☆ ☆☆☆☆
批評性 ☆☆☆☆ ☆☆
教養 ☆☆☆☆ ☆☆
ヤンキー度 ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆

 

 上原多香子問題へのフジテレビからの圧力を示唆したツイートや、日野皓正の体罰へのコメントなど、ここしばらく、松本人志の発言が炎上するケースが目立っている。原因は、ひとことで言えば、本人がご意見番のつもりで述べたコメントや、批評的だと思って発信しているツイートが、いちいち凡庸だからだ。
 本稿では、どうしてこんなことになってしまったのかを検証するべく、比較対象として、ご本人のロールモデルと思われる北野武を配した上で考えてみる。
 まず「言語能力」は、両人とも非常に優秀だ。ただ、たけしの言葉が散文的であるのに対して、松本の繰り出す言葉はあくまでも口語的だ。にもかかわらず、「空気読む」「上から目線」「ドヤ顔」といった、現代社会への根源的な批評を含んだ新語は、むしろ松本の口から出てきている。まあ、天才なのだろう。
 とはいえ「批評性」は、たけしの圧勝だ。時事、社会、政治、文化、芸術、歴史など、あらゆる分野に関して、独自の視点を持っているたけしと比べると、反射神経だけでものを言っている松本の言葉はひたすらに浅薄だ。この批評という作業への自覚の欠如が、映画監督としての作品の優劣として如実に露呈している。ステージという一回性の魔法の中で揮発的な言葉のやりとりを繰り返すお笑いの世界では、本人の存在感が批評性を放射する奇跡も起こり得るわけだが、ひとつひとつのカットを意識的に積み上げることでしか創作の質を確保できない映画の世界では、粘り強い思考力と一貫した批評的知性を持たない人間は何も残すことができない。
 三番目の「教養」もたけしと松本では比較にすらならない。口では無頼なことを言いながらも、いたましいまでの勉強家であるたけしとは対照的に、松本は、文字通りの天才として、かれこれ30年以上、自分の才能の上にあぐらをかき続けている。それを可能ならしめた才能の巨大さは、たしかに稀有なものだが、結果としてもたらされている人間としての内容の希薄さは、もはや相方ですらカバーできない。
その点、一定の基礎学力を備えているたけしは、自分に何が欠けているのかを自覚している点で、教養人の条件を満たしている。ほとんど何も知らないがために無駄な全能感を抱くに至っている松本の惨状に、たけしのような人間は簡単には転落しないだろう。
 最後の「ヤンキー度」だが、これは二人とも満点だ。
 多少現れ方は違っているが、二人がヤンキー美学を信奉する人間であり、彼らの持ち前の笑いのセンスが、ホモソーシャルの内部で痙攣的に繰り返される暴力衝動に根ざしたものである点は、みごとなばかりに共通している。腕と度胸と現場感覚を信頼していること、仲間内の信義を最上位に置いていること、肉体性を持たない言葉を信用しないこと、権力勾配のある場所でしか笑いを生み出せないことなどなど、彼らの世界観ならびに人間観は、どれもこれも任侠の世界の男たちの地口軽口から一歩も外に出ていない。
 もっとも、たけしも松本も、お笑いの世界にいたことでヤンキー化したわけではない。むしろヤンキーだったからこそ笑いの世界でチャンピオンになれたのであって、つまりこれは、元来、お笑いはヤンキーのものだったというお話に過ぎない。マッチョでない笑いは二丁目でしか受けない。私は善し悪しを言っているのではない。これは仕方のないことだ。
 近年、深夜帯のテレビで、オネエの皆さんやゲイ的な笑いが存在感を増しているのは、東西のお笑いのキングが、いずれもあまりにもマッチョであることへの反動なのだね。きっと。
(2017年9月9日執筆)

 

【松本人志 vs 太田光】

 

松本人志 vs 太田光
  松本人志 太田光
教養 ☆☆ ☆☆☆☆
独創性 ☆☆☆☆ ☆☆☆
共感能力 ☆☆ ☆☆☆☆☆
人脈形成力 ☆☆☆☆ ☆☆

 

 川崎での無差別殺人事件に際しての、ダウンタウン松本人志のコメントと、爆笑問題太田光のコメントが対照的だったことが話題になっている。松本が「凶悪犯は不良品」という端的な犯人罵倒のコメントを発したのに対して、大田は「そういう思いにかられることは誰しもあって、自分がそういう状態から立ち直ったのは、ピカソの絵に感動したからだった」という自らの体験談を披露している。
 それぞれの言葉への賛否は措いて、この二人が対照的な立ち位置の芸人であることは万人の認めるところだろう。
 まず「教養」だが、これは文句なしに太田の勝ちだ。松本には日本のマトモな大人としての基礎教養が欠けている。一方、太田は勉強家で、日々様々な分野の情報収集を怠っていない。結果として、20代の頃まではたいして目につかなかった両者の教養の差は、50代を迎えて、取り返しのつかない格差となって表面化している。
 次の「独創性」は、松本に軍配があがる。この男の場合、なまじの教養が身についていないことが、かえって余人の追随を許さない独自の発想を生む土壌になっている。一方、太田のネタは、見事ではあっても先人の業績を踏まえたアイディアで、その点で独創性には乏しい。
 三番目の「共感能力」は、他人の気持ちを汲み取ることができるかということなのだが、この点において太田の能力は突出して高い。彼は、金持ちや貧乏人というありがちな設定だけでなく、いじめられっ子や自殺志願者、ブスといった虐げられた人々や、美人、権力者、スターなどなど、あらゆるタイプの人間の内面をかなり正確に自分の中に取り込む能力を備えていて、そのことが彼の不思議な芸域の広さを支えている。一方、松本は他人の気持ちがわからない。わかろうともしていない。もっとも、その松本の一種狷介不屈な決めつけの独特さが、彼の生み出すシュールな芸に生きていることは認めなければならない。練り上げたコントや漫才のアドリブの中で松本が繰り出すどうにも素っ頓狂なキャラクターの面白さは、「決して他人を理解しない」その絶対的に孤立した人間の魂から生まれた鬼っ子のようなものだ。おそらく太田には、これほどまでに規格外れのお笑いキャラを創造することはできない。
 最後の「人脈形成力」は、芸人にとって両刃の剣となる資質だ。自分の周りに支持者や応援団を集めておかないと、演芸の世界で継続的な影響力を維持することは不可能だし、かといって、他人と安易に同調していたら肝心の芸の切っ先が鈍ってしまう。
 両者を比べてみると、50歳を過ぎていまだにオタク気分の抜けない太田は、たいした人脈を築くことはできない。若い連中の面倒を見る度量はないし、誰かの子分になる柔軟さはさらに持っていない。松本は、他人にアタマを下げることのできない男だが、自分より下の立場の芸人のためにひと肌脱ぐことは厭わない。それ以上に、彼の芸風は、仲間とツルむというヤンキーの所作の中からしか導き出されないコール&レスポンスそのもので、その意味で、人脈(あるいは「子分」)こそが、彼の生命線でもある。
 さて、普通に考えて、蓄積や教養を持たない松本の未来は暗いはずなのだが、現状を見るに案外そんなこともない。
 というのも、お笑いファンのコア層が、松本とともに順次老いて行く令和の時代のお笑いコンテンツは、老いたるヤンキーの繰り言あたりに落ち着くはずで、とすれば、松本はやはりメインストリームであり続けるだろうからだ。
 太田は老いない。
 早めに引退すると思う。
(2019年6月6日執筆)

 

以上です。おそまつさまでした。
なにぶん、dropboxからサルベージしたテキストなので、誤字・脱字などはご容赦ください。

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2019/07/19

投票日当日に新聞各紙に掲載されるかもしれない巨大な書籍広告について

 今は亡き「新潮45」2017年12月号に寄稿した拙文を再録します。

 と申しますのも、この度の参院選で、自民党が、例によって、書籍広告(電車の中吊り広告や新聞への出稿)の形で、大々的に広告を打っているという情報を得たからです。

 「新潮45」に掲載した原稿では、2017年10月中に「新潟日本」に載った広告をすべてチェックした上で、各党の戦略を見比べています。

 この時も、やはり自民党の突出は際立っていました。

 なお、以下に採録するテキストは、私の個人所有のハードディスク(←dropboxですが)に残っていた最終稿がネタ元とするコピペなので、校閲を通っていません。
 なので、いくつか間違いがあるかもしれません。その点については、よろしく、ご了承お願いいたします。

 

『越後のDNA』(仮題)

 今回は新潟日報を掘り下げてみることにした。
 理由は二つある。ひとつは、先の総選挙で、長らく保守王国と言われていたこの地域で、自民党候補が続々と落選したからだ。どうしてこんなことが起こったのか、地方紙の紙面を通して解明できる部分があるのなら、私はそれを知りたいと思っている。それが第一の理由だ。
 第二の理由は、新潟が原発の再稼働をめぐって揺れている場所だからだ。
 これまでにも、東北、九州、四国の各地方の地方紙を見てきた実感から、私は、原発に関しては、賛否はともかく、それぞれの県の地方紙のほうが、全国紙に比べて、より切実な情報を伝えている印象を抱いている。
 どういうことなのかというと、原発が立地している地域には、原発による電気に依存している地域とは別の声があるということだ。というよりも、より端的な言い方をするなら、原発の周辺には、その電気で暮らしている東京の人間があえて耳を塞ごうとしている声が渦巻いているのであって、われわれは、その声に耳を傾けなければならないはずなのだ。
 新潟は、福井県や福島県とともに、原発の存在感がことのほか大きい地域だ。とすれば、再稼働の是非についても、全国紙が拾いきれていない地元の声を、より多く伝えているはずだと考えた。
 もっとも、この二つの理由は、最終的に、ひとつにつながって行くものでもある。というのも、原発再稼働への賛否と自民党への支持/不支持は、この地方の産業経済のみならず、人情風俗政治にも大きな影響を与えてきた、いわば歴史に属する話題だからだ。
 10月の衆議院議員選挙では、全国的に自民党の優勢が伝えられる中、新潟県内は、6選挙区のうち、自民党の2勝、野党側の4勝という結果に終わった。
 23日の「新潟日報」は、23面の社会面に、『本県自民逆風強く』という見出しを掲げて、かつて保守王国と呼ばれた新潟県の各小選挙区で、自民党候補が苦戦を強いられた背景を伝えている。
 振り分けられた議席数だけを見れば、たしかに、自民党の惨敗に見える。
 とはいえ、各選挙区の得票数を仔細に見比べてみると、いずれも接戦だったことがわかる。
 たとえば、4区の金子恵美議員の場合は、公用車で保育園に送迎していた件を報道され、さらに夫である宮崎謙介議員(辞職済み)の「ゲス不倫」問題でも騒がれていただけに、敗因はもっぱら個人的な問題に帰せられる。
 新潟日報は、『野党共闘の効果証明』と題された県内の小選挙区の結果を総括する記事で、
《野党が健闘した背景には、分裂した民進党から出る予定だった候補全員が「希望の党」からの出馬を選択せず、共闘が実現したことが大きな原因だ。希望から出れば、対立候補を立てるとした共産党は新潟2区を覗いて擁立を見送り、2区でも前回候補を立てた社民党が擁立せず、民進系と連携し、各句で自民党に対抗した。−−略−−》
 という分析をしている。
 同じ日の『県内有識者に聞く』とする見出しの記事では、新潟県立大学の田口一博准教授の寄稿を仰いで、
《−−略−− 野党側が4議席を獲得したのは政党や政策への支持というよりは、候補者本人を支持しての得票のように思う。当選回数の少ない自民党議員は「自民党」としての票は集められるかもしれないが、候補者個人としての支持は得られていないといえるだろう。−−略−−》
 という見方を紹介している。
 話を整理すると、新潟での自民党の敗北は、安倍政権に対する不信というよりは、この地域独自の事情を反映した結果だと見た方が良さそうだということだ。
 県内の投票率は、山形県に次いで全国2位の62.56%を記録している。前回の52.71%を9.58ポイント上回っていることからもうかがえる通り、有権者の関心は高かったといえる。
 投票率の高さの理由として第一に考えられるのは、当然、原発の再稼働問題への関心だと思うのだが、新潟日報は『原発政策 ぼやける争点』という18日の記事の中で、必ずしも原発問題が争点になっていないという見方を示唆している。
 この記事は、小見出しで
『自民候補「脱原発」、野党候補「原発ゼロ」 似通う主張 論戦は低調』
 と、多くの議員が、演説の中で原発問題への明確な言及を避けている現状を紹介し、記事本文では
《−−略−− 新潟日報社が、各候補に柏崎刈羽原発の再稼働問題や、原発の将来的な位置付けについて聞くと、与野党の主張の違いが見えにくい実情が浮かび上がった。 −−略−−》
 として、選挙戦の実情を以下のように伝えている。
《−−略−− 野党候補は、東電福島第一原発事故や避難計画などに対して県が進めている検証作業を尊重する考えを示している。そのうえで、再稼働を「容認できない」「阻止する」とし、再稼働路線を進める自民との違いを強調している。しかし自民候補の多くも県の検証を尊重する立場だ。党公約には「原子力規制委員会の基準に適合すると認められた場合、再稼働を進める」とあるが、規制委の事実上合格が出た現時点でも「再稼働に反対」と話す議員がいる。 −−略−−》
 思い出すのは、はるか30数年前、新潟出身の友人が、
「うちのあたりじゃ自民党と社会党の選挙演説はまったく同じだよ」
 と言い切っていたことだ。
 与党であれ野党であれ、東京にある党本部がどんな方針を打ち出していたところで、いざ選挙になれば田舎の候補は、田舎の選挙民の気に入ることしか言わない、と、彼が力説していたのは、そういう主旨の話だったわけなのだが、状況は、どうやら現在でも変わっていない。
 たしかに、有権者の関心は高い。
 でも、争点はぼやけている。
 そして、候補者は有権者の聞きたいことを言う。
 それだけの話なのだ。
 原発問題への関心が高いことは、新潟日報の紙面を見れば即座にわかる。
 ただ、その「関心」の中身は、私のような県外の部外者が抱く予断とはかなりかけ離れている。
 たとえば、新潟5区で自民党から立候補した泉田裕彦候補は、つい1年ほど前まで、新潟県知事だった人物だ。
 その泉田氏が、県知事時代、柏崎刈羽原発の再稼働を進めようとする中央政府ならびに東京電力に対して、ことあるごとに反発していたことは新潟県民であれば誰もが知っているところだ。が、その泉田氏は、今回の選挙で、なぜか原発再稼働を目指す自民党から立候補して、しかも当選している。
 23日の新潟日報は、
《知事時代は東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に慎重と見られており、再稼働を目指す自民党からの出馬を疑問視する有権者も多かった。支援者らに「原子力政策の)欠陥を与党の中から直すという約束を果たす」と声を張り上げた。》
 と、若干の皮肉をこめた書き方で、泉田氏の言い分を紹介している。
 まあ、こういう書き方をするほかにしかたがなかったのであろう。
 というのも、もともと、泉田氏と新潟日報社の間には、遺恨めいたいきさつがあるからだ。
 両者の行き違いは、2016年の新潟県知事選で、出馬の意思を表明していた現職の泉田氏が、選挙を一ヶ月後に控えた8月末に、突如、日本海横断航路のフェリー購入問題をめぐる新潟日報の批判的な報道を理由に立候補の撤回を言い出した時点にさかのぼることができる。
 この出馬撤回について、新潟日報のウェブ版、「新潟日報モア」は、「選挙態勢整わず 本紙に責任転嫁」という見出しで記事を書いている。
 で、この記事に対して、当然、泉田氏は、あるメディアのインタビューで正面からの反論を試みている。
 県知事選の不出馬に関して、どちらの言い分がより真相に近いのか、いまとなってはよくわからない。が、ともあれ、県民から見て、泉田氏の原発への態度がわかりくいことはたしかだろう。
 一方、その2016年の県知事選に急遽立候補・当選して、現在、新潟県知事の職にある米山隆一氏は、もともと、2012年の衆院選、2013年の参院選に、いずれも日本維新の会から立候補して落選している人物だ。
 彼は、国政選挙の選挙戦では、いずれも原発の再稼働を訴えていた。ところが、県知事選の選挙では、「東京電力福島第一原発事故の検証なしに、柏崎刈羽原子力発電所の再稼働の議論はできない」と主張し、「泉田路線」の継承を掲げて当選を果たしている。
 現在、米山知事は、安倍政権のさまざまな施策に批判的なツイートを連発する、反政権側勢力の有力な論客として、一定の地位を築いていたりもする。
 自分の置かれている立場次第で、主張の内容を変えるものの言い方を「ポジショントーク」と呼ぶ。私の目には、泉田、米山両氏の現在の主張は、いずれもポジショントークの典型に見える。
 泉田氏と米山氏は、ともに、非常な能弁家だ。知事時代の泉田氏が、東電の詭弁を丁寧に論破していく手腕には、毎度感心させられたものだし、知事就任以来の米山氏が、安倍政権の国会運営をたしなめるカタチで連発しているツイートの論旨の鮮やかさにも毎度唸らされている。
 その意味では、私は、この二人の政治家の力量を高く評価している。
 が、その、二人の、いずれ劣らぬディベート上手な政治家が、ともにポジショントークの達人であることを、われわれはどう受けとめるべきなのだろうか。
 もしかすると、新潟というのは、演説の達人を育む土地柄で、だからこそ、彼の地の政治風土は、常に論争的たらざるを得ないということなのだろうか。
 はるか昭和の時代を振り返ると、新潟には、田中角栄という不世出の弁舌家がいた。この人の演説は、内容の面白さもさることながら、語り口の自在さ、声のトーンの渋さ、抑揚と遅速が醸すリズム感の魅力など、どこをどう切り取っても常に第一級の話芸だった。
 新潟の雪を、東京の電気を生む資源だとする(←雪解け水が水力発言の動力源になるから)角栄氏独自の理屈は、よくよく考えてみれば詭弁以外のナニモノでもないのだが、その発想の大胆さと不思議なユーモアで、多くの人を魅了し、最終的には納得させたものだった。また、彼は、地方の政治家が地元に利益誘導をすることを、「列島改造」というスケールのデカい風呂敷を広げてみせることで、正当化してしまう手品を発明した人物でもあった。
 おそらく、こんなことのできる政治家は二度と現れないだろう。
 かつて、新潟が保守王国と呼ばれていた時代に、新潟の政治風土が保守的であったのだとすると、現在の、全国でも最も与党側の敗北が目立つ新潟の現状は、リベラル的なのだ、と、理屈の上では、そういうことになる。
 が、私は、その種の分析を信じない。
 田中角栄が健在だった時代、新潟の人々は、保守だとか革新だとか、あるいは進歩的だとか反動的だとかいうこととは関係なく、単純に、田中角栄のビジョンに乗っかったのだと思う。
 その田中角栄の掲げたビジョンとは、都市からの利益誘導であり、新幹線の延伸であり高速道路の建設であり、原子力発電所の誘致と、それらのもたらす巨大な経済効果による地域経済の活性化という物語だった。
 で、それらは、ほんの20年ほど前までは、うまく回転しているように見えた。
 ところが、その物語のエンジンであるはずの原発には、震災以来大きな疑問符がつくことになった。
 となると、保守だとかリベラルだとかといった理念上理屈とは別に、原発それ自体が、ダイレクトな争点になる。
 原発をかかえた土地の政治は、だから、政党の理屈とは無縁な、オールオアナッシングの選択で動くことになる。
 ところが、例によって、政治家はポジショントークしかしない。
 しかも、弁の立つ政治家ほど、その場に合わせた「うまいこと」しか言わない。
 新潟の人々は「うまいこと」を言う政治家が好きなのだというと、バカにした言い方に聞こえるかもしれないが、私は、耳の肥えた有権者である新潟県民は、政治家の演説の内容を信じていないからこそ、その弁舌のテクニックに拘泥する、と、半分ぐらいはそう考えている。
 いずれにせよ、新潟の政治家は雄弁だ。
 10月18日の朝刊で、新潟日報は、柏崎刈羽原発についての世論調査の結果を掲載している。
 それによると、再稼働について、「反対」「どちらかといえば反対」という否定的な回答の割合は、58.6%で、「賛成」「どちらかといえば賛成」の計22.3%の約2.6倍にのぼっている。
 面白いのは、原発が立地する柏崎市を中心としたエリアで、再稼働に否定的な回答が52.6%と比較的低く、むしろ肯定的な回答の割合が29.2%と、県内全体よりも7ポイントも高かったことだ。
 さらに記事は、
《対照的に、原発から半径30キロ圏の周辺地域では、原発に否定的な回答の割合が高く、立地地域との温度差が際立った。30キロ圏の見附市を含むエリアで66.1%、妻べしを含むエリアで66.8%、十日町市を含むエリアで59.3%が再稼働に否定的だった。−−略−−》
 と、細かい数字を紹介している。
 思うに、原発については、立地地域の地域の住民と電力の供給を受けている都会の人間が、ともにある意味ポジショントークを繰り返しているだけでなく、立地地域の住民の内部にも、原発の従業員や関連産業に従事する当事者と、そうでない人々の間に、立場の違いがある。早い話、被害想定地域にも距離や条件によるグラデーションがあって、それに応じた賛否があるということなのだと思う。
 そんなわけで投票日前日の10月21日の新潟日報の紙面には、
『どうする? 再稼働』
 という巨大な活字を掲げた、「さようなら原発1000万人アクションin新潟」「新潟県原爆被害者の会」「緑の森を育てる女性の会」「なくそう原発・新潟女性の会」の連名による全面広告(朝刊14面)が、大々的に掲載されている。
 これは、直接には選挙のための広告ではないが、広告を出稿した側の人々は、十分に選挙を意識している。
 地方紙の広告欄には、そういう狙いの明らかな、あるいは、ターゲットを絞ったものが載ることがある。
 新潟の場合、拉致被害者の話と原発の話が異彩を放つ。
 拉致の問題は、日本海側の新聞を見るといまだに風化していないことがわかる。
 というよりも、東京のメディアが風化させている問題を当地の新聞は粘り強く訴えていると言った方が適切なのかもしれない。
 今回は、主に選挙期間中の新聞をあたっただけなのだが、その間にも、「拉致 40年目の真実」という一面の半分以上を使った連載記事が一週間以上にわたって
掲載されていたし、11月18日に開催される「忘れるな拉致県民集会」という新潟日報社、新潟県、新潟市の共同主催によるイベントの広告も出稿されている。
 当然、政党の広告も出ている。
 投票日前日の10月21日には、自民(36面)、共産(35)、幸福(11)、立憲民主(39)、社民(29)の各党が、それぞれ広告を掲載している。
 投票日当日の22日には、自民党の広告だけが出稿されている。
 ま、資金力の差ということなのだろう。
 印象深かったのは、投票日当日の22日に、2つの大きな書籍広告が掲載されていたことだ。
 ひとつは、飛鳥新社から発売された『「森本・加計」徹底検証』という書籍(小川榮太郎著)の4段抜きの広告で、広告スペースの中には、
「スクープはこうして捏造された」
「本当は何が問題だったのか?−−−−明かされる真相」
「朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」
「安倍総理は「白さも白し富士の白雪だ!!」前愛媛県知事 加戸守行」
「発売たちまち大増刷!!」
「別々の問題をまったく同じ手法で事件化する「虚報の連鎖」」
 という活字が踊っている。
 もうひとつは、『ついにあなたの賃金上昇が始まる!』(高橋洋一著・悟空出版の広告だ。この広告には、
「アベノミクス継続で日本経済は必ず大復活する」
 という惹句とともに、
「フェイク報道にだまされるな!」
 として、
? 安倍首相の疑惑隠し解散
◎ 北朝鮮本格的危機到来で解散は今しかなかった
? 企業が儲けても国民は苦しい
◎ 来年から本格的な賃金上昇局面になる
?「森友・加計」は安倍のおごり
◎森友は財務省のチョンボ、加計は三流官庁文科省の完敗
 といった「?」=「フェイク報道」と「◎」=「?橋教授の検」証結果」の対照項目が、7つ列挙されている。
 いくらなんでも露骨な選挙運動に見えなくもないのだが、おそらく法律的には、広告の枠内の話で、掲載が投票日当日であっても大丈夫だという判断なのだろう。
 まあ、大丈夫ではあるのだろうが、これはみっともないと思う。
 われわれは、うまいことを言ってくれる政治家を待望している。
 ポジショントークであっても、だ。
 

 以上です。おそまつさまでした。

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2019/01/29

革命的半ズボン主義の栄光とその東アジア的停滞について

ついでなので、橋本治さん関連のテキストを採録しておくことにします。

テキストファイルに付記されている記録によれば、当稿は、2011年の6月のはじめに、日経ビジネスオンラインの連載のために書かれた文章です。
内容は、橋本治氏の 「革命的半ズボン主義宣言」を下敷きに、当時話題になっていた「スーパークールビズ」と呼ばれるオフィスでの軽装を推奨する運動について論評したものです。
なんだかとっちらかった文章で、大威張りで再掲載するようなものではないとも思ったのですが、今年の1月から、「日経ビジネスオンライン」のサイトがリニューアルされて、「日経ビジネス電子版」に看板を掛けかえたことにともなって、2015年以前の連載記事には(あくまでも「いまのところ」ということですが)リンクが張られていない状態になっています。なので、読者は、古いエントリーを読むことができません。
個人的には、このこと(旧「日経ビジネスオンライン」の2015年以前の記事や文章や資料がアクセス不能になっていること)を残念に思っています。
なので、若干の抗議の意味もこめて、以下、古い原稿をアップしておきます。



『スーパークールビズと革命的半ズボン主義の間』
 

「スーパークールビズ」について、私の周辺にいる同世代の男たちは、異口同音に反対の意を表明している。
「くだらねえ」
「ポロシャツとか、何の罰ゲームだよ」
 意外だ。
 就業経験の乏しい私には、どうしてポロシャツが罰ゲームなのか、そこのところの機微がよくわからない。
「どうしてダメなんだ?」
 彼らは説明する。
「あり得ないんだよ。単純な話」
「ポロシャツで会社行くくらいなら、いっそフーテンの寅で行く方がまだマシだってことだよ」
「でも、お前だって普段着からネクタイってわけじゃないだろ?」
「だからさ。たとえば、お前がどこかの編集者と打ち合わせをするとして、パジャマで出てこいって言われたら、その通りにするか? しないだろ?」
「……話が違わないか?」
「いや、違わない。オフィスでポロシャツを着るってことは、自由業者の生活経験に換算すれば、パジャマでスターバックスに行くぐらいに、赤面なミッションだと、そういうことだよ」
 私はまだ納得がいかない。
「そうかなあ。アロハにサンダルで出社したい社員だっていると思うぞ」
「お前は何もわかってないんだよ。プー生活が長かったから」
「アロハだのサンダルだので出社したいと思ってるのは、出社拒否症予備軍の能無しだよ」
「でなきゃ、じきにやめるつもりでいる半端者。窓際のトッド・ラングレン」
「釣りバカ日誌の浜ちゃんとかはどうだ?」
「お前な。ありゃファンタジーだぞ。不思議の国のアリスと同じジャンルのパラレルワールドのお伽話。それぐらいわかれよ」
「ハマサキはともかく、社長があんなヤツと仲良しだったりする会社は2年で倒産するな」
 なるほど。了解した。
 スーパークールビズは定着しないだろう。若手社員の中には歓迎する組の人間もいるのだろうが、オヤジ連中は黙殺する。とすれば、このプランはおシャカだ。というのも、ビジネスはオヤジのフィールドだからだ。オヤジに嫌われた商品が成功することはそんなに珍しくない。が、オヤジの歓心を買わないビジネスマナーが標準化することはどうあってもあり得ない。
 クールビズ問題は、ファッションの問題ではない。体感温度の問題でもない。エアコン設定温度の高低でもなければ、省エネルギーの是非でもない。オフィスにおけるあらまほしき服装をめぐる問題は、職場のヘゲモニーの物語であり、地位とディグニティーと男のプライドを賭けたパワーゲームであり、結局のところオヤジがオヤジであるためのマインドセッティングの問題だ。
 ということであれば、ファッション業界の人間に意見を求めたところで、何の役にも立たない。諮問委員に学者を招いても無駄だ。ましてや、官僚なんかに、意味のある仕事ができるはずもない。
 肝要なのは、自分たちが背広を着ている理由について、そもそもの源流にさかのぼって、根本から問い直すことだ。そうしないと、正しい答えにたどりつくことはできない。
 わたくしども日本のビジネスマンは、なにゆえに背広を羽織り、革靴を履き、なぜ、ネクタイを締め、テカテカの顔のアブラを150円のハンカチで拭っているのか。そしてまた、どうしてオレらは、その顔のアブラを右手経由でマウスの表面に塗りたくりながらでないと、執務を続行することができないのか。そういったあたりの諸々について、よろしく考えを深めなければならない。
 答えは、「革命的半ズボン主義宣言」という本の中に書いてある。私はこの本を、20代の頃に読んだ。著者は橋本治。初刷の発行は、1984年。1991年には河出書房新社から文庫版が出ているが、いずれも既に絶版になっている。Amazonを当たってみると、版元にも在庫がない。名著なのに。
 というわけで、手元に実物が無いので、詳細ははっきりしないのだが、私の記憶しているところでは、本書は、「日本の男はどうして背広を着るのか」ということについて、まるまる一冊かけて考察した、とてつもない書物だった。以下、要約する。
1. 日本のオフィスでは、「我慢をしている男が偉い」ということになっている。
2. 熱帯モンスーン気候の蒸し暑い夏を持つこの国の男たちが、職場の平服として、北海道より緯度の高い国の正装である西洋式の背広を選択したのは、「我慢」が社会参加への唯一の道筋である旨を確信しているからだ。
3. 我慢をするのが大人、半ズボンで涼しそうにしているヤツは子供、と、うちの国の社会はそういう基準で動いている。
4. だから、日本の大人の男たちは、無駄な我慢をする。しかもその無駄な我慢を崇高な達成だと思っている。暑苦しいだけなのに。
5. 実はこの「やせ我慢」の文化は、はるか昔の武家の時代から連綿と続いている社会的な伝統であり、民族的なオブセッションでもある。城勤めのサムライは、何の役にも立たない、重くて邪魔なだけの日本刀という形骸化した武器様の工芸品を、大小二本、腰に差してして出仕することを「武士のたしなみ」としていた。なんという事大主義。なんというやせ我慢。
6. 以上の状況から、半ズボンで楽をしている大人は公式のビジネス社会に参加できない。竹光(竹製の偽刀)帯刀の武士が城内で蔑みの視線を浴びるみたいに。なんとなれば、わが国において「有能さ」とは、「衆に抜きん出ること」ではなくて、むしろ逆の、「周囲に同調する能力=突出しない能力」を意味しているからだ。
 以上は、記憶から再構成したダイジェストなので、細かい点で多少異動があるかもしれない。話の順序もこの通りではなかった可能性がある。でもまあ、大筋、こんな内容だった。
 橋本氏の見解に、反発を抱く人もいることだろう。極論だ、とか。自虐史観だとか。しょせんは局外者の偏見じゃないかとかなんとか。
 でも、私は鵜呑みにしたのだな。なんと素晴らしい着眼であろうか、と、敬服脱帽いたしましたよ。ええ。
 だから、一読以来、私の考えは、こと背広については、橋本仮説から容易に離れることができない。
 そういう目で見てみると、スーパークールビズは、興味深い試みだ。
 もしかすると、これは日本のビジネスの世界を根底から変えるかもしれない。
 「革命的半ズボン主義宣言」の最終的な結論は、タイトルが暗示している通り、「半ズボン姿で世間に対峙できる人間だけが本物の人間」である旨を宣言するところにある。
 ということはつまり、スーパークールビズが額面通りにオフィスを席巻して、日本中の男たちがカジュアルウェアで働くことになるのだとしたら、わが国のビジネスシーンは、それこそ「革命的」な次元で変貌するはずなのだ。
 さてしかし、平成の背広は、「やせ我慢」の象徴であるのとは別の意味を獲得しつつある。
 というのも、少なくとも21世紀にはいってからこっち、オフィスのエアコンディショナーは、明治大正昭和のそれよりはずっと涼しい、オヤジオリエンテッドな温度に設定されているからだ。
 実際、ネクタイ慣れしたオヤジにとって、オフィスはそんなに暑苦しくい場所ではない。逆に、半袖ブラウスにスカート姿のOLさんたちが寒い思いをしている。で、寒がりの女性たちはロッカーにサマーセーターやカーディガンを常備していたりする。
 両者の間には隠れた暗闘が絶えない。
「暑い暑い」
 と、これ見よがし(←オヤジの真意は「オレらが暑い外回りをして稼いでいるおかげで、君たち内勤の人間はエアコンの効いた室内で養われているのだぞ」といったあたりの事情を強調するところにある)に汗を拭きながら、部屋にはいるなり事務所のエアコンの設定温度を一気に5度も下げるトップセールスの横暴について、冷え性のOLさんたちは、呪いに似た感情を抱いている。
「うわっ、汗ダルマが帰ってきた」
「ってか、汗臭観音じゃね?」
「浅草なら、仁王でしょ」
「ははは。ちからもないのに におうぞう」
「あーあ、エアコンの前にニオウダチだよ」
 と、彼女たちがどんなに陰口を叩いたところで、温度設定権は、職場権力のしからしむるところに帰することになっている。暑がりのデブのオヤジの信じられない漏エネセッティングに、だ。
 背広は権力だ。
 同時にそれは、権威の表象でもある。
 だから、オヤジはそれを簡単に脱ぐわけにはいかない。
 脱いだらさいご、魔法がとけてしまうからだ。王子様がヒキガエルに戻るみたいに。
 職場の服装は、地位を象徴している。逆に言えば、地位を表現しない服装は、働く者の身構えとして不適格だということになる。
 料理人が帽子の高さで序列を表現し、相撲取りの世界が番付に応じた細かい服装規定を引き継いでいるのは、気まぐれや偶然の結果ではない。彼らの世界は、そういうふうにして成員の力関係を確認していないと正しく機能しない。そういうふうにできているのだ。板場の見習いがシェフに向かってタメ口をきくようなレストランは信用できない。そういう調理場で作られるメニューは料理に不可欠な精妙な統一を実現することができない。地位はそのまま指揮系統であらねばならず、指揮系統は完璧なレシピを実現するためのシステムとして、常に正確に機能しなければならない。
 料理人や相撲取りの世界に限らず、どこであれ、階級社会は、一目見て誰にでも分かる地位標識を必要としている。軍服は紀章の星の数で端的に階級の上下を内外に宣告している。ヤクザもまた、独自のルールでチンピラと大物の装束を厳しく峻別している。
 ずっと以前、飯干晃一(だったと思う)が書いていたことだが、戦後、東映のヤクザ映画がロードショーされるようになって以来、ヤクザの服装から地域差が消滅したのだという。理由は、日本中のヤクザが映画の中のヤクザの服装を模倣するようになったからだ。
 「この人はヤクザだぞ」ということが、万人(やくざ仲間にもカタギの衆にも)に対して明らかでないと、彼らの稼業(威圧)は、成立しない。その意味で、映画の普及は、地域によってまちまちだったヤクザの記号(雪駄、ダボシャツ、白スーツ。黒スーツ。先のとんがったコンビの靴。襟のデカいシャツなどなど)を、標準化する効果を持っていたのである。
 オフィスのスーツも、軍服ほど露骨ではないものの、階級に沿って標準化されている。ビジネスの世界に生きる人間は、スーツを見ただけで、それを着ている人間の地位と、趣味性と、人格のありようを瞬時に看取できなければなければならない。それがビジネスのセンスというものだ。
 地位は視覚化される。
 新入社員は、独身の若者らしい寝ぐせを帯びて出社し、課長は課長にふさわしいネクタイを選ぶ。もちろん執行役員は一目でそれとわかる仕立てのスーツで朝礼に現れる。そういう部分で行き違いがあったのでは職場の秩序は維持できない。
 かくして、血肉化されたサル山構造は、美意識に昇華する。
 とあるメガバンクの支店に勤務する入社3年目の行員・山田某25歳は、自分が選ぶべき背広の材質と値段と色について、もはや迷わない。それは、あまりにも一目瞭然だからだ。支店長に連れられて行くキャバクラでおしぼりを受け取る順番を間違えないようになり、ボックス席に座る席順を自然に選べるようになった頃から、彼は、ビジネスの勘所を理解するようになったのだ。スーツの選び方は、そうしたあまたあるビジネスマナーのうちのひとつに過ぎない。
 ところが、クールビズには、スタンダードがない。無論、美意識も備えていない。
 と、山田は何を着ていいのかわからない。課長がポロシャツだとして、オレがポロシャツでかまわないのか、そこのところの判断がつかない。とても困る。
 
 課長も苦慮している。選ぶも選ばないも。オッサンに似合うカジュアルなんてものは、そもそも原理的にあり得ないからだ。なんとなれば、オッサンは、それ自体として公的な存在で、地位であり役職であり、それ以上でも以下でもない職場の果実だからだ。
 オヤジには私生活がない。だからカジュアルファッションも存在しない。極めてロジカルなりゆきだ。
 もちろん、日曜日がある以上、課長にだって休日の服装はある。でも、日曜日の課長は課長ではない。少なくとも人前に出して良い姿の人間ではない。
 でなくても、40過ぎの腹の出たオッサンであるオレが、ポロシャツなんか着たらどういうことになる? オレだって自分が見えてないわけじゃない。最悪な結果になる。そんなことは、はじめからわかっている。ポロシャツにチノパンみたいなだらしない格好をして見栄えがするのは、若いヤツらだけだ。どうせ、山田あたりは5割増しぐらいに輝いて見えるんだろうし、それに比べたらオレなんか話にも何にもなりゃしない。一緒に並んだら映画俳優と付き人みたいな絵柄になる。冗談じゃない。
 オフィスにおいて、職責にかかわるすべての要素は、地位に沿ってソーティングされることになっている。逆に言えば、地位と矛盾する要素は、オフィスから排除される。
 たとえば、職場のスポーツとしてゴルフが好適なのは、ゴルフの力量が、おおむねキャリアと資金力と道具の善し悪しに比例するからで、ということはつまり、若いヤツらより部課長の方がスコアが良いからだ。
 その点、野球はダメだ。野球部のエースだった副部長の速球を、二年目のバカが右中間に弾き返したりする事故を、野球の神は防ぐことができない。そんな競技を総務部が主催することはできない。
 サッカーは論外。昨日まで学生だった新入社員がエースストライカーになって、10年目より上の会社を支えている一番重要な社員たちが補欠になってしまう。そんな暴挙が許されて良いはずがないではないか。
 ここまで話をすればおわかりだろう。クールビズがダメなのは、地位を表現していないからだ。
 表現しないどころか、無神経なカジュアルは地位を逆転させる。
 Tシャツやアロハみたいなシンプルな衣服は、素材感や高級感よりも、より率直に、着ている人間の体型をありのままに描写する。と、若い社員ほど魅力的に映る結果になる。こんなものを会社が公認するわけにはいかない。スラっとしていて無駄な肉がついてなくて、機敏でセクシーでしなやかな部下に対して、だぶだぶのぶよぶよでよたよたした鈍物のオレが何を命令できるというのだ? できっこないじゃないか。
 
 結論を述べる。
 スーパークールビズを成功させるためには、なんとかして序列を持ちこまなければならない。
 たとえば、ダンヒルのアロハだとかバーバリーの短パンだとかを大々的に流通させる。カジュアルのブランド化。文春の広告特集とかがやっているアレだ。ヴィトンのスニーカー6万5000円だとか。悪い冗談みたいに見えるが、あれはあれで案外現実的なのかもしれない。
 役員クラスには、上下で40万円ぐらいする超高級リゾートウェアを着てもらう。
 ここにおいて、ようやくエレガンスが発生する。男のエレガンスは、シェイプやカラーには宿らない。あくまでも値段と肩書き。そこにしかエレガンスの拠り所はない。
 と、40代の課長で、5万円のアロハに3万5000円の革サンダルぐらいな見当になる。ボタンは白蝶貝に金の縁取り。そういうところに抜け目なくカネをかけて、しかるべきディグニティーを憑依させる。
 三年目の山田はユニクロ。ポロシャツの左胸にはケチャップの食べこぼしをあしらい、単パンは、あえてサイズ違いの一品を選ぶ。それぐらいのことはしないと上司のご機嫌を取り結ぶことはできない。
 とはいえ、道のりは遠い。
 「このアロハから見て、この人は課長クラスだな」という審美眼ないしは鑑識眼が、内外に共有されるようになるまでには、どう短く見積もっても五年やそこらはかかる。
 短パンみたいなブツを通して取締役の威厳を感じ取るに至る社畜な感受性が、若い世代のビジネスパースンの裡に果たして本当に育つのかどうか、先行きははなはだ心もとない。心配だ。
 
 スーパークールビズのニュースを伝えるキャスターが、どこの局のどのニュースを見ても、やっぱりネクタイをしている一点を見ても、この運動が、お役所のイクスキューズ(彼らはいつもあらかじめの弁解を用意している)に過ぎないことは明らかだ。
 これではダメだ。
 本当なら、ニュースキャスターみたいな人たちが率先して、短パンでニュースを伝えないといけない。
 そして、半ズボン経由のニュースを、われら視聴者は、嘲笑せずに受け止めなければならない。私たちにそれができるだろうか。
 
 というよりも、真に重要なのは、仮にスーパークールビズが成功したとして、そのコロニアルな見かけの職場が、きちんとしたクオリティーを保てるのかどうかだ。
 山下清ライクな立ち姿で働きながら、それでもなお世界に冠たるホスピタリティを達成できたのだとすれば、その時にこそ、日本のQCは世界を席巻することになるだろう。頑張れニッポン。

 「日経ビジネスオンライン」の古い原稿については、このほかの記事についても、読者のみなさんが読めるカタチでどこかにアップしておく方法があれば良いのだがと思っています。
「そんなことをしたら書籍版を買う読者がいなくなるじゃないか?」
 と?
 それはまあそうなんですが、要は、ネット上にアップされているテキストが活字版の購入を促す出来栄えであれば良いわけですよね?
 実際にどう転ぶのかはわかりませんが、ともあれ、色々と検討してみるつもりです。
 
 
 

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橋本治さんの訃報に寄せて

橋本治さんが亡くなりました。

https://this.kiji.is/462906163407635553

悲しい知らせです。

橋本治さんは、ごく若かった時期から、ずっと変わらずに敬愛してきた文筆家でした。

追悼と感謝の意味をこめて、2015年の10月に書いた原稿をハードディスクから召喚してみなさんのお目にかけることにします。

 内容は、橋本治さんが書き下ろした新作義太夫(「源氏物語 玉鬘」旅路の段より長谷寺の段)をご紹介するための文章で、2015年10月11日「花やぐらの会」《鶴沢寛也(女流義太夫三味線)さん主催の女流義太夫のイベント(@紀尾井小ホール)》のパンフレットに掲載されたものです。


 芝居を観るのはうじうじした人間で、自分は、竹を割ったような性格なのだから、そういうものとは無縁なのだと、ごく若い頃から、ずっと、そう思っていた。

 本当は違う。私は、雨が降ると、いつまでも窓の外を眺めている。そういう男だ。人一倍湿っぽいものに惹かれる。だからこそ、自分を湿らせるものを避けているのだと思う。

 当然、義太夫とも無縁だった。心中の筋立てや、愁嘆場や、激情的な人物造形などなど、受け入れがたい要素ばかりが目についたからだ。まるで自分の苦手なものを捏ねて固めたみたいな演芸ではないか。

 何年か前、はじめて女流義太夫の観客席に座ったのは、鶴澤寛也さんにご招待をいただいたからだ。義太夫節を聴きたかったのではない。三味線を聴きたかったのでもない。声をかけもらった嬉しさに舞い上がって、お断りする選択肢が頭に浮かばなかったのだ。

 それが、語りが始まり、三味線が鳴り出すと、いつしか、私は夢中になっていた。畳み掛ける台詞回しの心地よさと、言葉の隙間を縫うようにうごめき、ときに、糸の破裂音で物語の展開に句読点を穿つ三味線の色気に、時の流れを忘れていた。

 思えば、私を魅了するものは、いつも、私が嫌っているもののすぐ隣にあった。大仰でこれ見よがしな三島由紀夫の作風と、取ってつけたような日本趣味に抵抗をおぼえつつ、その一方で、彼の絢爛綺羅な言語魔術にはやはり脱帽せざるを得なかった。太宰治についても同様だ。あのわざとらしさ。度し難い自己憐憫。女々しさ。上目遣い。どれもこれも好きになれなかった。が、作品の素晴らしさには抵抗できない。大好きだ。

 そして、その彼らが紡ぐ言葉の奥には義太夫がある。というよりも、生きた韻律を奏でる日本語は、その背景に、必ずや語りの伝統を踏まえているものなのだ。

 聞けば、今回の義太夫は「新作」で、橋本治の手になる作品だという。なんという天の配剤だろうか。橋本治は、現存する日本人の中で、私が誰よりも深くその文体に敬意を抱いている文筆家であり、ほんのちょっとした短文の中にでも、常に「語り」のリズムを感じさせる当代随一の書き手だ。この人を措いて、義太夫の「新作」は、不可能だろう。

 いまからうきうきしてくる。

 ん? 義太夫なんかを聴くのは、うじうじした人間じゃないのかって?  何を言うんだ。うじうじする時間があるからこそ、うきうきできるんじゃないか。

 それに、ついでに言えばだけど、うじうじしない人間は、人間じゃないぞ。

 公演当日、舞台がはねた後、憧れの橋本治さんと歓談する時間を持てたことは、私の一生の財産になりました。

 心からご冥福をお祈りいたします。    

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2019/01/19

泣く子も黙る「地頭」の真実

 ツイッター上で、松本人志の「地頭」(じあたま)について意見を述べたところ、「地頭」という用語にいくつか反応がありました。

https://twitter.com/tako_ashi/status/1085924879944146949
https://twitter.com/tako_ashi/status/1085925292567191552
 たしかに「地頭」は、辞書に載っている言葉ではありません。
 で、解説が必要かなと思っていたわけなのですが、ふと、ずっと昔に、この言葉をテーマに原稿を書いたことを思い出しました。で、 ハードディスクからサルベージして採録することにしました。
 2009年の2月に書いたテキストです。その頃に発売された「SIGHT」という雑誌に掲載されたはずです。
 以下。ご笑覧ください。


インターネット上で「地頭」という言葉を見かけるようになったのはこの3年ほどのことだ。ちなみに「地頭」は「じあたま」と読む。「泣く子と地頭には勝たれぬ」に出てくるローカル権力者の「じとう」とは違う。

 意味は、「ナマの頭の良さ」「勉強していない状態での学力」「潜在能力としての脳の底力」ぐらい。おそらくは「地肩」(特別なピッチング訓練をしていない状態の、生まれつきの能力としての遠投能力)からの派生であろう。で、その「地頭」は、他人の学歴や特定の学校の偏差値にケチを付けたい向きが使うことの多い言葉で、たとえば、
「○学とかの附属アガリは学力的には底辺だけど、地頭で言えばガリ勉して早慶に入って来る田舎県立出よりはずっと上だよ」
「つーか私立文系とか、地頭クソだし」
「駅弁国立は地頭最低。予習復習マシンみたいな田舎の優等生を一括処理してるだけ」
 といった調子。イヤな言葉だ。というのも「地頭」は「努力」や「勉強」(の結果としての「偏差値」)よりも「血統」や「DNA」や「家柄」みたいな、生まれつきの資質を重視する人々が連発する言葉で、実態として、貧民の向上心を嗤い、低学歴の親から生まれた勉強家を揶揄し、成り上がりの金持ちを軽蔑する、ある意味貴族主義的な概念だからだ。
 で、私はこの言葉を使う人間をなんとなく敵視してきた(こう見えても努力の人だからね)わけなのだが、気がついてみると書店の店頭には「地頭」を大書した本がズラリと並んでいる。おい、地頭はブームなのか? もしかして、偏差値教育への反動は、こういうイヤらしい方向に展開しているのか?
 と思っていくつか最新の「地頭」本を読んでみた。と、なんだか話が違う。出版界でブームになっているのは「地頭力」(じあたまりょく)で、ネット上の「地頭」とは別の概念であるようだ。定義は、本によって微妙に違うが、ざっくり言えば「包括的な思考力」ぐらい。ちなみに「いま、すぐはじめる地頭力」(大和書房:細谷巧著)では『地頭力とは、仕事や人生の問題をスピーディーに解決し、さらには新しいものを創造することができる「考える力」です』と言っている。このほか、本書では、「地頭力」定義を、様々な方向から何度も塗り重ねている。たとえば、「地頭力は、フレームワーク思考力を含んでいます」「地頭力のアップには抽象化思考力の向上が有効」といった調子。
 要するに「ペーパーテスト向けの課題処理能力であるに過ぎない偏差値や、ググれば誰にでも分かる平板な情報の集積でしかない知識力や、あくまでも机上の思考能力から外に出ない知能指数とは別の、真に有効で、現実の世の中で起こるビジネス上の問題に対処する能力として機能する本当の頭の良さ」であるところの「地頭力」をアップしようではありませんか、という話だ。
 額面通りなら、魅力的な申し出だ。
 でも、本当に頭の良い人は、こんな話にはひっかからないと思う。水平思考だの、逆転の発想だの、EQだのなんだのと、昔から、「別枠の能力指標」には、常に一定の需要があったというそれだけの話だから。
 自分の頭の良さを、世間に流通している俗っぽい(っていうか、オレを「馬鹿」に分類している)物差しとは別の、新機軸の尺度で測定し直したい、と思っている人々は、たぶんアタマが良くない。
 本当に頭の良い人は、自分の能力を測ったり誇示したりしないし、増量をはかったり偽装しようとも思わない……というのが今回の結論。うん。天頭力(笑)と名付けよう。



以上です。本年もよろしくお願いいたします。
 

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2018/08/14

踊るアフォーダンス

 徳島市の阿波おどりに関するニュースがツイッターのタイムラインを席巻しています。

「ん? そういえば去年の秋に阿波おどり関連の原稿を書いた気がするぞ」
 と思って、ハードディスクを掘り出してみたところ、『新潮45』2017年10月号のために書いた原稿が出てきました。
 せっかくですので、なにかのおなぐさみになればと思ってここに採録することにしました。
 校閲の目を通っていないハードディスク蔵出しテキストなので、掲載分とは微妙に違っている部分があるかもしれませんが、そこのところは気にせず、ご笑覧のうえ、すみやかに忘れてください。



『踊らぬ者の不利益について』
 
 今回、四国の新聞を読んでみようと考えたきっかけは、いわゆる加計学園問題をめぐる大量報道だった。
 正直なところ、私は、この問題が巨大な疑獄事件みたいな構えで世間をさわがせている理由について、いまひとつ得心がいっていないのだが、おそらく、よくわかっていないのは私だけではない。
 なにより、われら関東在住の善男善女は、疑惑の中心地として名指しされている今治市の地理的な位置を正確に把握していない。このたび、新聞ならびにテレビの報道を通じてその名前が連呼されたことで、今治の知名度が上昇したことは事実だと思うのだが、その
「岡山理科大学の獣医学部が今治市に建設されようとしている」
 というニュース原稿のヘビーローテーションが、わたくしども意識の低いテレビ視聴者のアタマの中に定着させたのは、結局のところ
「あれ? 今治って岡山だったっけか」
 という間抜けな勘違いだった。
 事件が報道される以前まで、私の脳内に漠然とあった今治市のイメージは、
「ほら、四国の瀬戸内海に面した、島がごちゃごちゃしてるあたりにある、たぶん半農半漁半タオルぐらいな」
 地方都市の姿だった。で、このおそろしく大雑把で情報量の乏しい予断に
「岡山理大の獣医学部ができるらしい」
 という新しいデータが追記された結果、生成されたのは
「おお、そうだったのか、今治市というのは岡山県内の都市だったのか」
 という知識の改訂だったわけで、私はこの誤って上書きされたグダグダな日本地図を、なんだかんだで、二週間ほど、自分の脳内に保持していたのである。
 なんともバカな話だ。
 その反省もあって、今回は、四国の新聞をあらためて読み直す気持ちを固めた次第だ。あわせて、個人的な目論見としては、この際、四国四県の新聞精読を通じて、きちんとした四国像を再形成するとともに、せっかくの機会なので、「地元から見た加計学園問題」ぐらいな中央のメディアからは見えてこない独自情報をゲットできれば、と考えていたわけなのだが、その甘い見通しは、かなり早い段階で頓挫した。
 ありていにいえば、8月の愛媛新聞を約一ヶ月分遡って参照した結果、加計学園問題に関する独自ネタに、見るべきものはなかったということだ。
 社説には、ときどき批判的な文章が掲載されている。それらの論評記事の行間には、たしかに、地元で起きている全国的な話題に対する、地元の人間ならではの違和感があらわれている。
 ほかにも、たとえば、前愛媛県県知事である加戸守行氏に対しては、愛媛新聞として単独のインタビューを敢行しているし、日本獣医師会顧問にもきちんと取材して記事を書いている。
 とはいえ、愛媛の地元の新聞記者が、岡山理大の内部関係者や建設業者にかたっぱしから独自取材を申し入れて、全国紙の記者が見逃している細かいネタを丹念に拾い上げていたのかというと、紙面を見る限り、たいした成果はあがっていない。今治市役所の役人を追いかけ回した様子もない。いずれにせよ、私が8月分の紙面を見た限りでは、地元発の疑獄事件をなんとしても暴こうとする気概は感じられなかった。
 あるいは、愛媛新聞の立場からすると、加計学園問題は、記者として取材すべき目前の「事件」や「疑惑」であるよりは、中央のメディアが寄ってたかってツブしにかかっている地元の経済特区案件であるという意味合いの方が強いのかもしれない。いずれにせよ、この学校の獣医学部の周辺に広がっている(ように見える)闇については、もう少し時間がたって、はっきりとした全体像が見えてくるまで、安易な言及はできない。
 夏場の愛媛では、むしろ松山市の鼻息が目立つ。ご存知の通り、松山は日本の近代文学の担い手の一人であり現代俳句の祖でもある文人、正岡子規を輩出した土地だ。その子規の親友である文豪夏目漱石も、生まれこそ東京だが、松山の旧制中学で教鞭をとるなど、この地と縁が深い。代表作のひとつ「坊っちゃん」が、明治期の松山を舞台とした小説であることは、よく知られている。
 そんなわけなので、愛媛新聞は、いまだに子規と漱石を忘れていない。忘れていないどころか、今年は、両人の生誕150周年ということもあって、折に触れて関連の記事を配信している。
 たとえば、8月の前半は、正岡子規・夏目漱石の生誕150周年を期して開催される第20回俳句甲子園全国大会の話題が紙面を席巻した。
 紙面は、全国大会が開催される8月19・20両日に向けて、「俳句甲子園」のレギュレーションを告知し、その代表チームの情報を、時々刻々伝える。そして、地方大会での各チームの優秀句などをこまめに取り上げつつ、大会の機運を盛り上げて行く。
 ただ、20日におこなわれた決勝戦で優勝を果たしたのは、東京都代表の開成高校だった。彼らの勝利は、昨年に引き続いての二連覇だ。
 毎年東大に150人以上の合格者を送り込んでいる日本一の進学校である開成高校が、俳句の世界でも覇を唱えているというこの結果がもたらす感慨には、独特のほろ苦さがある。実際
「君たちが優秀だなんてことは、日本中の人間が知っているわけなんだし、その偏差値番長の君たちが、何もこんな大会にエントリーして優勝をさらっていくことはないじゃないか」
 と、そう思ってしまう気持ちをおさえるのは、容易な作業ではない。
 でもまあ、俳句という一見偏頗に見える言語玩弄術の達人が、第一級の偏差値戦士でもあったという事実は、言葉を研ぎ澄ます過程が、実のところ学校の勉強とそんなに遠くない知的な営みであったということを示唆している意味で、案外、前向きなメッセージであるのかもしれない。ともあれ、最優秀句に選ばれた開成高校3年、岩田奎君の
「旅いつも雲に抜かれて大花野」
 という句は素敵だ。
 こういう青春の香気あふれる一句を、西日暮里のあの世知辛い空の下で詠んだのは、立派だ。
 すぐ隣の徳島県を見ると、すぐ隣の県なのに風景が一変する。
 これは、実際に訪れた時にも感じたことだが、愛媛新聞、徳島新聞の二つの新聞の紙面にも明らかにあらわれている特徴だ。
 徳島新聞の紙面は、俳句とか、文芸とか、文豪ゆかりのなんたらとかいった、その種のお話には比較的冷淡で、その分の行数は、もっぱら阿波踊りに割かれる。
 実は、徳島県には、何度か足を運んだことがある。通算での滞在日数は、あれやこれや合算すると一ヶ月以上になる。東京から外に出ることの少ない私にとっては例外的なことで、これは、徳島という土地が、私にとってそれだけ特別な土地であることを物語っている。
 といっても、漱石にとっての松山とは意味が違う。私は文豪ではないし、私と徳島のいきさつは、漱石と松山の結びつきほど文学的な湿り気を帯びていない。
 いまから30数年前、ちょうどバブル経済の絶頂期にあたる1990年代のはじめ、コンピュータ業界に片足を置くライターであった私は、生まれては消えるコンピュータ関連の用語に網羅的な解説を加えるというドンキホーテじみた仕事に従事していた。
 事典の執筆は、ジャストシステムという四国徳島に本拠を置くソフトウェア企業からの依頼だった。
 ジャストシステムは、当時、「一太郎」というワープロソフトのヒットで業界のトップに立っていた会社で、潤沢な資金をもとに出版業にも手を広げていた。
 ジャストシステムはいまでも健在で、当時の大ヒットワープロソフト「一太郎」の漢字変換エンジン部分を商品として独立させた「ATOK」(エートック)は、現在でも、商用日本語入力システムとしてトップを独走している。
 ちなみにATOKの語源について、ウィキペディアは「Advanced Technology Of Kana-Kanji Transfer」の略であると解説しているが、私が当時、同社の社員から直接に聞いた話では
「阿波徳島(あわとくしま)」の頭文字を取ったものだということだった。
 正解はわからない。
 泡にまみれている。
 執筆作業は、徳島市郊外にあるジャストシステムの本社ビル内の一室で、私と、イラストレーター氏の二人が缶詰になる形で展開された。
 私たちは、本社ビルから歩いて5分ほどの距離にある3LDKの社宅を一棟与えられて、毎朝、その宿泊所から、徒歩で会社に通勤していた。
「なんかオレたち、エサ与えられてタマゴ生んでるブロイラーみたいですね」
「ブロイラーは肉用だぞ」
 などと、意気の上がらない会話をしながら進めた執筆作業は、予定の3週間を経過しても完了せず、結局、積み残しの分は東京で各自仕上げることになった。
 大切なのは、その3週間におよぶ徳島での缶詰生活が、私の当地への思い込みの基礎になっていることだ。
 どういうことなのかというと、徳島市の中心地からクルマで20分ほど走った郊外の国道沿いに立地する、広々として清潔ではあるものの、どうにも寂しいとしか言いようのない社宅の周辺の風景の記憶が、私にとっての、四国という土地の原風景になっているということだ。
 その、500メートル四方の徒歩圏内にラーメン屋を含む飲食店が数軒と、スーパーマーケットが2店と、あとはパチンコ屋とスポーツ用品の量販店と釣具屋とゴルフ練習場しか立ち回り先の見つからない、倉庫と休耕田の目立つ新開地の上に広がる空の色のさびしさを、私は、いまでも思い浮かべることができる。
「日本の中の四国は、世界の中の日本と似てると思わないか?」
 と、私はイラストレーター氏に言ったものだった。
「はじっこの島国という意味ですか?」
「まあ、基本的にはそういうことだけど、なんかほら、本土からは無視されてるけど、本人たちは自足してるっていうあたりがそのまんまじゃないか」
「あとカニが旨いですね」
「カニは関係ないだろ」
「いや、旨いカニが食えれば特に不満はないというのがここらの人の本音で、オレはその考えは間違ってないと思います」
「なあ、オレたち、そろそろ東京に帰らないと本格的にヤバいぞ」
 私たちは、退屈に耐えかねて、3日に一度ほど、タクシーを呼んで徳島市街を飲み歩いた。そのうちの一軒の、社員さんに教えてもらった店で食べたドテボリというカニがえらく旨かった。
 結局、私が覚えているのは、カニが旨かったことと、何もない社宅で、毎晩浴びるほど焼酎を飲んで、午前中いっぱい仕事にならなかったことと、その社宅に常備されていた大量のマンガ本のうちの「カラテ地獄変」という作品が陰惨極まりないセクハラ物語だったことぐらいなのだが、今回、徳島の8月の新聞を読んで、私が自分の印象がかなり盛大に偏向していたことを思い知らされた。
 私の記憶は、冬場の、隔離された郊外の孤立した生活の中で生産された、入力作業の残滓に過ぎなかった。
 夏の徳島は別の国だ。
 なにより、阿波踊りがある。
 阿波踊りを、単なる祭りだと思ってはいけない。町おこしコンサル業者の思惑に汚れた観光客誘致のための、商業化した、派手派手しいだけのそこいらへんの祭りとは、規模から志から伝統から心意気からのすべてがまるで違っている。
 たしかに、観光の目玉にもなっていれば、商業化もしているし、踊り手の中にはナンパ目的の不純異性交友舞踏者が混じっているかもしれない。
 が、当地の意気込みは、コンサル人種の軽佻な目論見や、マーケッターのこまっしゃくれた分析とは別の宇宙に属している。青森のねぶたを扱った記事や、博多山笠の企画特集を読んだ時にも感じたことだが、地方経済にとっての祭りの意義は、「経済効果」だとかいったこじつけで語って良いものではない。
 経済的な指標とは別に、地元の人々の気分や、生活のリズムや、人脈作りのきっかけとして、祭りの存在は、文字通り、地域の生活そのものをドライブしている。
 その中でも、阿波踊りの存在感の大きさは出色だ。新聞の中で紙面が割かれるパーセンテージの大きさでも、阿波踊りの存在感の大きさは他を圧している。
 8月の紙面を見ていると、新聞が文化事業のひとつとして祭りの開催に協力しているというよりは、阿波踊りという一つの集合無意識が、踊りのついでに新聞を発行していると考えたほうが飲み込みやすい感じさえする。
 8月9日付の徳島新聞は、徳島県内の国公立小学校の55.3%が、本年度の運動会で阿波踊りに取り組んだ、もしくは取り組む予定である旨の記事を掲載している。徳島市では、31の小学校のうちの小学校のうちの21校が「踊る」と回答しており、実施率は67.4%にのぼる。隣の鳴門市でも64.3%の小学校が阿波踊りを踊ると答えている。
 調査結果を受けた徳島大の中村久子名誉教授のコメントがまた味わい深い。
「運動会での実施率55%は意外に低いという印象だ。とはいえ、通常の授業で阿波踊りを学んでいる学校があることなどを考慮すれば、この運動会の実施率だけをみて駄目だとは一概には言えない−−略−−」
 はじめから阿波踊りを「良いこと」と決めてかかっているところがすごい。
 先生は、踊りの強制に苦しんでいる子供の気持ちなど、一顧だにしていない。
 私は、運動会で踊らされるみたいなことが大嫌いな子供だったので、徳島の小学生たちにちょっと同情している。
 もっとも、あの土地柄に育ったら、そもそも踊りのきらいな子供という想定そのものが相手にされないのかもしれない。
 おそらく、音楽が鳴ったら踊りだしてしまうパブロフの踊り手みたいな、回路が形成されることになるのだろう。
 同じ9日の紙面では、
《東京・高円寺に阿波おどり館》
 という見出しで、高円寺の商店街に、徳島の阿波踊り連の写真を常設展示する施設がオープンした旨を伝える記事が掲載されている。東京で広まっている高円寺の阿波踊りの本家が、わが徳島であることをアピールする文面に、阿波踊り帝国主義というのか、徳島中華思想の確かな存在が感じられる。
 良い意味でも悪い意味でも、徳島の人たちは、阿波踊りに関しては独走気味になる。踊る阿呆は、踊っていない時にもわりと阿呆だったりする。これは、なかなか困ったことだ。
 そんなわけなので、たとえば、愛媛新聞の紙面には、阿波踊りの今年度の決算が4億3000万円の赤字であったことを報告する記事がさりげなく載っていたりするのだが、地元の徳島新聞には、もちろんその種の記事は一行も印刷されない。
 それもそのはず、徳島新聞は、阿波踊りの主催者ならびに運営者だ。ということはつまり、そんなネガティブな記事がはじめから載る道理はないのである。
 では、これが癒着とか隠蔽とか阿波踊り利権とか、踊る阿呆疑獄とかそういう話なのかというと、個人的にはそう言ってしまうのは言い過ぎだと思っている。
 この6月、週刊現代が
《この夏、「阿波おどり」に中止の危機−−徳島の地元財界は大騒ぎ!−−》
 という記事を掲載して、注目を集めた。
 記事にある通り、たしかに、阿波踊に集まるカネと利権の大きさは、そこいらへんの七夕や盆踊りとは次元が違う。
 なにしろ、8月12日から15日まで、丸々4日間、徳島の市街地が踊り一色で機能停止するのだ。
 それ以上に、広告や寄付に参画する地元企業や徳島セレブや、連で踊る人々や、祭りにやってくる観光客が落とすメインステージの入場料収入が、簡単に集計できるレベルを超えている。どこからどこに資金が流れて、そのカネが最終的にどんな経路で処理されているのかについての詳細は、おそらく藪の中だろう。何百人といるはずの関係者の中には、私腹を肥やしている人間もいるはずだ。
 とはいえ、そういうことも含めて、地域経済は踊らにゃ損損で回っている。
 であるからして、徳島新聞は、唯我独尊の大本営体制で、あくまでも踊りの素晴らしさだけを訴えるのである。
 これは善し悪しの問題ではない。
 踊るから阿呆になるのではない。
 阿呆だから踊るのだ。
 というのは、まあ、言いすぎだとしても、阿波の夏は、全員が阿呆になる約束事を踏まえたうえで過ごされることになっている。
 とすれば、結局ところ、楽しんだ人間の勝ちなのである。
 徳島には「天水」という言葉がある。
「 I love Tokushima」というホームページ(http://ilovetokushima.com/)によれば、「天水」は
《阿波の方言で、「少しめでたくて、調子がよく、一つのことに熱中しやすい人」を形容して使われます。何があっても、逞しく、楽天的に過ごす。目の前のことに熱中してとことん極める。情けがあって、やさしいそれが阿波の『天水』じょ。》
 ということらしい。
 まあ、そういうことだ。
 踊らない私は、不利益に耐えよう。



以上です。ではまたいつか。

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2018/04/04

立川談志 自伝 狂気ありて 書評

 つい1時間ほど前、ツイッター上で、落語の中の町人の言葉づかいに言及したのですが、その中で私が立川談志師匠の名前を「談志」と呼び捨てにしたことに対して、苦言を呈してきた人がありました。

 自分より20年も年長の人間を呼び捨てにするとはなにごとだ、と。

 まあ、よくある話です。

 で、 当方といたしましては、自分が子供時代からの立川談志の忠良なファンである旨をお知らせしたうえで、言及するにあたって呼び捨てにする理由を縷縷説明しようと考えたわけなのですが、あらためて考え直してみるに、これは、どう説明したところで、わからない人には、わからないことです。

 なので、 5年ほど前に書いた書評の原稿を読んでいただくことで、説明に変えさせてもらうことにしました。

  以下、2012年の9月に雑誌「Sight」のために書いた「立川談志 自伝 狂気ありて」(亜紀書房)への書評原稿を採録します。


 ハードカバーの、いまどき珍しい頑丈な書籍だ。値段は二千百円プラス消費税。最近の単行本としては高価な部類だろう。が、一種の「形見」である以上、安っぽい装丁は似合わない。購入する層も、忠実なファンに限られている。彼らは納得するはずだ
 内容も然り。一般客に向けてではなく、もののわかったファンに向けて書かれている。というよりも、昔からの立川談志のファンでないと、この内容はキツいはずだ。
 本文が書かれたのは、巻末にある付記によれば、二〇〇九年の八月から二〇一〇年の九月にかけて。本人による、最後の書きおろしということになる。
 口述でなく、談志自らが原稿用紙に文章を書き起こしている。その手書き原稿の一部は、ハードカバーの内側の見開き部分に、そのまま転載されている。見ると、細かい修正や注記が書き込まれている。立川談志は、仕事には手を抜かない男だった。そういうことが文字面からも伝わってくる。
 文体は、しかし、ほとんど「語り」に近い。本人もそれを意識していた形跡がある。声が出にくくなって以降、談志は、自分の「肉声」を残すべく、文章の書き方にも独特な「間」や語尾の揺れを取り入れるべく工夫をしていた。本人は、最後まで、なんとかして、しゃべりたかったのだと思う。
 なので、普通に読むのにはちょっとキツい。さきほど、「ファン以外の者にはキツい」と書いたが、同じことだ。つまり、アタマの中に談志の肉声が残っている者でないと、この文体のとっ散らかった感じには、なかなかついて行けないということだ。
 なにしろ、話題が急展開する。
 のみならず、時間は前後するし、固有名詞の羅列がはじまると容易に止まらない。これらの特徴は、談志の高座における語り口そのままだ。
 だから、文章として評価すると、構成の乱雑な、論理の一貫しない、読みにくい雑記てなことになる。
 とはいえ、面白いのかつまらないのかと問われれば、明らかに面白い。談志の肉声で脳内再生すれば、第一級の芸談になっている。ところどころ、落語のマクラとして、そのまま使えそうな部分すらある。
 ただし、本書を読みながら自分のアタマの中に談志の肉声を召喚できる人間は限られている。ある程度、彼の噺を聴きこんだ人間でないと難しい。
 肉声が響かない読者に、この本がどんなふうに感じられるのかは、私にはわからない。私の脳内では、全盛期の談志の闊達な口舌がものの見事によみがえっているからだ――というのは、まあ、自慢なわけだが。
 固有名詞の羅列は、とにかくものすごい。幼年期の友人の名前、入門初期に各地の演芸場や寄席で共演した仲間の芸名と本名、学校時代に行き来した人々や疎開先の地名、立川談志は、そうした遠い時代の固有名詞を、細大漏らさず、記憶の限り再現してみせる。
 ほとんどの読者にとって、談志が並べてみせる名前は意味を持っていない。私のような、かなり古い時代からのファンでも、出てくる単語の七割は、はじめて聞く人名だったりして、まったく手がかりがつかめない。
 それでも談志は羅列をやめない。
 というのも、羅列は、談志の「芸風」のコアに当たる部分で、寄席の座布団に座っていた時から一貫した彼の特殊能力だったからだ。好みの映画俳優の役名や、訪れた外国の港の名前、読んだ本のタイトル、銀座の名店の看板、そうした瑣末な記憶を、一から十まで淀みなく並べ立ててみせることを彼は好んだ。
「ん? そんな名前どうでも良いって? だったら寝てな。オレは、持ってる知識は全部吐き出さないと次に行けないタチなんだからね」
 などと、時々自嘲をはさみながらも、談志は決して固有名詞を列挙することをやめなかった。
 名前だけではない。
 談志の記憶は、古今の芸能文化の枝葉末節を網羅していた。書生節の一節を再現したかと思えば、明治歌謡のさわりを披露し、歌舞伎狂言から浄瑠璃講談浪曲まで器用にオウム返しをしてみせる。もちろん、五代目の古今亭志ん生や彦六あたりの物真似は玄人はだしだ。ほんの一節しかやってみせないが、それでも、その観察力と再現力は瞬時に客席を圧倒してしまう。
 ともあれ、その異様な記憶力と博覧強記のケレンは、談志の芸に、通常の落語とは別種の、凄みのようなものをもたらしていた。インテリの教養をあざ笑うみたいに古今東西の文化的データを羅列してみせる談志の姿に、ある痛快さが宿っていたのは、複雑化した戦後の社会に生きる現代人が、記憶と情報に翻弄されて自失していたからなのかもしれない。
 むろん、
「覚えて吐き出すだけのことだったら、オレは永遠に続けられるんだぜ」
 という、その談志のこれみよがしな芸風に、不快を覚えた観客も少なくなかった。
 噺のマクラに、時事問題を持ち出して、きいたふうな分析をしてみせる態度も、古手の落語ファンには忌避されるところのものだった。
 が、これみよがしであれ、ひけらかしであれ、談志のケレンは、目の前で見せられると、やはりどうにも圧倒的で、私などは、その記憶と反射神経の魔法に対して、いまだに信仰が解けない。やはり談志は神だ。
 談志の独り語りは続く。
 珍しく、私生活についても包み隠さずに語っている。
 しかし、そこは談志だ。そこいらへんの通り一遍の日本人とは、身につけたスタンダードが違う。彼は、つまらない謙遜はしない。へりくだって身内を低く語るみたいなマナーも採用しない。卑下なんていう言葉にはハナもひっかけない。卑下なんぞ気味が悪いから剃っちまえ、てなものである。
 正しいマナーや、上品とされているプロトコルよりも、なにより、自分に対する正直さを第一の徳目とする、それが談志の身上だ。皮肉屋の正直者。そして、辛辣な人情家にして、臆病な高慢ちき。内気な目立ちたがり。
 だから、立川談志は、謙遜をせずに、むしろあからさまに自慢を並べる。
 身内にも大甘だ。
 妻の可憐さと性質の良さを最大限に褒め称える。でもって、彼女が誰にも愛された素晴らしい人間であることをなんら疑うことなく描写している。
 娘や息子たちについても同様。悪いことはひとつも書かない。親孝行で、気持ちのやさしい素晴らしい子供たちだと、手ばなしで賞賛している。
 娘さんがグレた時期があって、その当時はさすがの談志も弱ったらしいのだが、そうした紆余曲折も含めて、父は、子供たちを全面肯定している。
 弟子にも優しい
 優しいというよりも、もしかしたら、甘いと言うべきかもしれない。
「きちんとした芸をやってるのは、オレのとこの弟子だけだ」
 と、平気で言い放つ。それほど、弟子を高く評価している。なるほど。
 してみると、あるいは、本書は、談志本人の気持ちとしては、遺言のつもりで書いた原稿だったのかもしれない。
 だからこそ、世間に向けてというよりも、ほんの十数名の、弟子や家族や友人に向けて、構えることなく、一人の、死期を間近に控えた気難しい好々爺の顔を晒している、と、そういうことだったののかもしれない。
 いずれにしても、見事な態度だ。
 おそらく、ふつうの人間がここまであからさまな身内びいきを開陳したら、当然のごとくに非難される。
「談志は、えこひいきだ」
「談志はしょせん凡夫だ」
 と、世間はそう言うはずだ。
 談志の答えはわかっている。
「ああそうだともオレはえこひいきの身内大事の親バカの師匠バカの嫁天下のだらしのない凡夫だが、それがどうした? それが談志だよ」
 と、彼は開き直るはずだ。
 立川談志は、「サブカルチャー」という言葉ができるずっと以前から、古今のサブカルチャーに精通している、第一級のディレッタントだった。
 落語も上手だったが、それ以上に、書籍や、アニメのセル画や、映画のパンフレットやSPレコードの蒐集家として、それらの理解者として、また、世間の底辺にうごめく落伍者の代弁者として、常に神の如き存在だった。
 その偉大なるオタクにして、唯一無比の大衆芸能のデーモンであった立川談志が、その晩年に、自身の魔法の杖であった肉声を失ったことは、いかにも残酷ななりゆきだった。
 しかしながら、声を失った談志が、文筆家として、肉声の宿る文体に挑戦し、その試みに、半ば以上成功をおさめていることは、ここに、銘記しておかなければならない。
 少なくとも、古くからの熱心なファンである私は、本書の行間から、談志の肉声を聞き取ることができた。これは、素晴らしい達成だと思う。
 最後に、立川談志に伝えておきたい。
 あなたは、世界一の凡夫だった。


以上です。

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