2011/12/17

イニエスタ脳内インタビュー

トヨタ・プレゼンツ・クラブワールドカップの決勝が近いので、ハードディスクの片隅にあった古い原稿を再録します。
2009年の10月に書かれたテキストです。
「浦和フットボール通信」という浦和のフリーペーパーで連載していた、「スーパースター脳内インタビュー」というコラムのコーナーに掲載しました。

    『イニエスタとの会話』

「やあ、顔色が悪いね」
「うん。で、キミは誰?」
「レッズサポだよ。デカくもないんだね」
「うん。身長は170センチ。むしろ小さい。で、レッズっていうのはどこのチーム?」
「しかも細い。こんなフィジカルでよくプロのピッチに立てたもんだね」
「キミはケンカを売りにきたのかい?」
「インタビューだよ。それからレッズというのは日本のフットボールチームさ」
「オシムが代表監督をしてる国だね」
「オシムは辞任した。とても残念なことにね。脳梗塞。不幸な発作だった。顔色はわりあいに良かったんだけど」
「どうしても僕の顔色について話がしたいんなら、これは生まれつきだよ。色白なんだ」
「白いというより、黄色いね。しかもアオい。まるでレタスの芯だ」
「うん。小さい頃よくいじめられたよ。血色が悪いって」
「どうしてそんな顔色でサッカー選手になろうと思ったんだい?」
「やっぱりケンカを売りにきたんだね」
「違うよ。ライターっていうのは原稿を売って反感を買う商売なんだ。イヤな稼業だよ」
「いまのはジョーク? それとも愚痴?」
「警句だよ。で、どうしてサッカー選手になったのだね? そんなフィジカルで」
「重要なのはフィジカルじゃない。顔色でもない。スピードでもパワーでもない。フットボーラーの命運を決するのはスキルだ。あるいはテクニック。わかるかい? 卓越した技巧だけが局面を打開する。あるいは正確な技術があれば、ピッチの上のどんな場所でも敵を恐れる必要はない。そういうことだよ」
「なるほど。ということは、軽くて小さいうちの国のフットボーラーも、努力すればワールドクラスになれるってことだね?」
「もちろんだ。弱くて低くて遅くても大丈夫。スキルが超絶的であれば」
「顔色が貧血のウサギみたいでも?」
「全然大丈夫。起き抜けのナメクジみたいな顔色でもスキルがあれば心配ない」
「怒らないんだね」
「うん。冷静さもぼくの持ち味の一つだ」
「感心したよ。少なくともメンタルはディエゴよりずっと強い。ロナウドよりも」
「ありがとう。スキルとメンタル。フットボーラーにとっての二つの宝物だ。この二つがあればどんなハンデがあっても心配ない」
「顔がせんだみつおに似ていても?」
「もしかして、シャビの話をしてる?」
「どうしてせんだを知ってるんだ?」
「スキルとメンタル。それから、情報収集能力と洞察力。フィジカルを埋めるためには様々な要素が必要なのだよ」
「キミをバロンドールに推薦しておくよ」

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2011/11/22

『イン・ヒズ・オウン・サイト』電子版のためのまえがき 

 当ブログを書籍化した『イン・ヒズ・オウン・サイト』が、電子書籍で発売されることになりました。

 電子書籍のために書いた「まえがき」を以下に転載します。

 「電子書籍」という言い方には、実は、いまだに軽い抵抗を感じる。どうしてもなじめない。電子だったら書籍じゃないし、書籍なら電子のはずがないじゃないかと思ったりするからだ。
 でも、思い出しましたよ。私は、携帯電話が出てきた頃にも、似たようなことを言っていた。携帯できるようなものが電話であるはずがないし、第一携帯電話の留守番機能はどうやって持ち主の留守を携帯するんだとかなんとか、懸命になってアラさがしをしていた。そういう男なのだな。結局。
 携帯電話はまたたく間にモノになった。
 それどころか、いつしか「携帯」と省略されるようになり、最近ではむしろ単に「電話」と呼ばれている。
 では、昔からの電話はどうなったのだろう。
 はい。「イエデン」だとか「固定電話」と呼ばれています。楽隠居です。
「電話のくせに固定なんだってさ」
「なにそれ、笑えるー」
 さようならぼくたちのイエデン。
 おそらく、電子書籍からも「電子」という接頭辞が取れる日がやってくる。それもそんなに遠い日ではない。
 ブログから出発した本書が電子書籍化されることは、書き手であった私にとっても感慨深いことだ。
 本書のふるさとであったブログは、ここのところ更新されていないが、私は今日も電子の雲の中に向かって文字をタイプしている。
 大丈夫。活字からインクの匂いが消えても言葉から書き手の声が聞こえなくなるわけではない。
 本書を買って(あるいはダウンロードして)くださったみなさん。オダジマはここにいます。液晶画面の裏側に貼り付いて今日もわめいています。クリックひとつで、真夜中でもお相手をします。うるさかったらスイッチを切ってください。
 ごきげんよう。

 

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2011/11/06

MHK....

 ツイッターのタイムラインで松本人志のコント番組(「MHK」@NHK総合10月5日11時30分)が話題になっている。
 で、一言感想を述べておこうと思ったのだが、長くなりそうなので、ツイッターでなくブログに書くことにして、それで、久しぶりにここに来ている。
 ところが、念のためにGoogleのデスクトップ検索で過去の原稿をあたってみたところ、書こうと思っていたことはおおむね書いてある。
 なので、その過去記事を再録して今回の感想に代える。
 私の見解は、基本的に変わっていない。
 MHKは、最近の松本の仕事としては、かなりマシな方だとは思う。でもやっぱり面白くない。20年前の、奇跡みたいに面白かった頃と比べることはできない。

●映画『大日本人』および松本人志の魔法について

 6月第一週のテレビは、「松本ウィーク」だった。ふだん、自分の番組以外には顔を出さないダウンタウンの松本人志が、「さんまのまんま」や「笑っていいとも」をはじめとする、各局の番組に軒並みゲスト出演を果たしたのだ。
 映画「大日本人」のプロモーションなのだろうと思うが、逆効果だったのではなかろうかと心配している。だって、スベってたし。それに、この度の大量露出を通じて、松本の必死さが視聴者に伝わったことは、必ずしもプラスにならないと思う。というのも、松本の芸風は、良い意味でも悪い意味でも「傲慢さ」の上に成立しているテのもので、その意味で、プロモがらみのテレビ出演みたいな「腰の低い」「余裕の無い」「ものほしげな」芸能活動には、決して従事しないことが彼の生命線であったはずだからだ。実際、松本は、デビュー当時から「わからんヤツは笑わんでもエエで」といった感じの、媚びない笑いを提示してきた芸人だった。で、その、視聴者のみならず、局にも、共演者にも、先輩芸人にも絶対に迎合しない、ある種やぶれかぶれな姿勢が、一部ファンの熱狂的な支持の理由になっていた。
 その松本が、先輩芸人の冠番組にゲスト出演し、真っ昼間のプロモ丸出しのトークコーナーに顔を出し、プライムタイムの番組でロングインタビューに応じている……無残なものを見た気持ちになったのは私だけではあるまい。
 松本人志は、ゲストのトークをオウム返しにするだけで笑いの取れる、稀有な芸人だった。「それは、どういうことですか?」みたいな凡庸なセリフでも、松本が言うと、なぜか、笑わずにおれない、不思議な空気が生まれるからだ。
 なぜ、そんな奇跡が可能だったのかというと、その昔、ダウンタウンがやっていたシュールな笑いが、われわれのアタマの中に根を張っていたからで、つまり何というのか、「速球」がアタマにあるから何の変哲もないチェンジアップで空振りが取れるみたいな、そういう構造が画面を支配していたわけなのだ。
 しかしながら、そのチェンジアップが、実は渾身の力をこめて投げられたタマであることが打者にわかってしまったら、その時点で魔法は解ける。と、松本の一拍ハズしたボケは、ただの、工夫の無いゆるいタマに化けてしまう。
 これまで、当欄で、「お笑いブームはもう終わりだ」ということを、何度か述べた気がするのだが、今度こそ確信した。お笑いブームは、完全に終わりへの道を歩みはじめている。芸人の冠番組が数字を獲れなくなってきている理由について、お笑いの地位が不当に高くなり過ぎたことに対する、調整局面としての下げだというふうに分析していたのだが、どうやら、本当の恐慌がはじまっている。この先少なくとも10年ほど、お笑いの世界には氷河期がやってくるだろう。合掌。
 その昔、私が子供だった頃、町には「国民歌謡」が流れていた。小学生からジジババに至るまでのあらゆる世代の日本人が同じ種類の音楽を聴き、全員が美空ひばりを口ずさんでいた。それが、いつしか、若者向けのポップスと、オヤジ仕様の演歌の間には、超えられない溝が刻まれるようになり、昨今では、同世代の人間であっても、育ち方次第で全く違う音楽を聴くようになっている。
 同じことが、お笑いでも起こる。欽ちゃんやドリフみたいな国民的なお笑いが成立しないことは当然として、いまや、中学生と高校生の間でさえ、笑いのツボが違ってきている。もちろん、オヤジのツボもまったく別なところにある。
 互いに共通点の無い、無数の小日本人。
 さびしいなあ。
(2006年6月「読売ウィークリー」誌掲載)

 

●「松本見聞録」(TBS)の漂流について

 書評を書く場合、私は、基本的には好きな本しか取り上げない。本についての好き嫌いは、しょせん偏見だと思っているからだ。であれば、わざわざ誌面に引っ張り出しておいて、欠点をあげつらったりするのは、著者に対して失礼だ。読者に向けた情報としても、ダメな本を腐すよりは、おすすめの本を紹介する記事の方が有用だと思う。その意味では、本欄も「こういう面白い番組があったよ」ぐらいでやっていければそれが一番良いのであろう。でも、そうはならない。毎週文句ばかり。読み返してみると自分の口の悪さにちょっとびっくりする。
 ま、それだけダメな番組が多いわけだ。別の言い方をするなら、毎月何万点という新刊が出版される書籍の世界では、クズの山の中から宝物を探し出す仕事である書評という試みが成立するのに対して、相手がテレビだと、それができないということだ。テレビには、選択の余地が無い(NHK+民放5局だけ)。だから、誰もが見ているクズについて、私は今日も苦情を述べねばならない。つらい稼業だ。
 松本人志には、デビューから5年ぐらいの間に一生分笑わせて貰ったと思っている。だから、多少つまらなくても、責める気になれない。むしろ、必死になって細かい笑いを拾いに行かないところがこの人の持ち味なのだと、つまらなさを評価する気持ちさえ抱いている。
 でも、それでも「松本見聞録」(TBS系火曜深夜11時55分)はあんまりひどい。
 松本が町(初回は中野界隈と恵比寿周辺だった)を歩いて町の中にある「変なモノ」にツッコミを入れる企画……と、ここまで書くと「おお、面白くなりそうじゃないか」と思う読者もいると思う。私もそう思った。が、結果は悲惨だった。松本自身が歩くパートが少ない(せいぜい全体の3分の1)こともさることながら、何よりネタ選びと編集が死んでいる。うん。TBSの限界。芸人殺し。松本は早めに逃げてほしい。でないと命取りになる。
 そもそも「町の変なモノ」企画は、伝説の面白本「トマソン」や、奇跡のカルト雑誌「宝島」の看板コーナー「VOW」の時代から脈々と続く王道のニッチ企画(←というのも変な言い方だが)だ。
 テレビの世界にも類似企画は山ほどある。いや、パクリはパクリで良いのだ。類似ネタもパクリ進行もそれはそれで、それぞれに面白かったから。このテの番組は、ネタが新鮮でツッコミ役にセンスがあれば必ず面白くなる。みうらじゅんがMEGMIとやっていた町歩きのコーナーも秀逸だったし、タモリ倶楽部でたまにやる探訪企画も毎回楽しい。OKだ。
 が、「松本見聞録」は、唖然とするほどつまらない。これだったら「ちい散歩」の方が数倍面白い。ちなみにここで言っている「ちい散歩」の「面白さ」は、必ずしも「笑える」という意味ではない。情報として有用で、画面として心温まるということ。というのも、地井武男ならびにスタッフの視線が、町や人々や店や路地に対して優しいからだ。
 ひるがえって「松本見聞録」のカメラは町をあざ笑っている。人々の生活のつましさや、開発から取り残された街路の狭隘さや、お年寄りが一人で店番をやっている商店の寂れたたたずまいを、「松本見聞録」のカメラは見世物のネタにしている。しかも半笑いの上から目線で。
 このテの脱力系のお笑いは、脱力系であるからこそ真剣に作られねばならない。「えーかげん」な企画だからこそ、必死で選別しないとネタが死んでしまうのだ。作っている側が、テキトーに、片手間で内輪受けのお追従笑いで作っている限り、決して面白くならない。
 松本よ。旅は終わりだ。テントを畳め。黄金の国なんて幻だぞ。
(2008年4月「読売ウィークリー」誌掲載)

 以上引用終わり。

 今回の番組で評価できる点があるのだとしたら、この10年以上、松本の番組に付き物だった「スタッフのお追従笑い」がカットされていたところだろう。おかげで、笑えなかった視聴者も多いとは思うが。

 とはいえ、メイキングの映像(BSでやってました)では、番組の打ち合わせが仲間内のお追従笑いの渦の中で進行している様子がみごとに描写されていた。なんだか悲しくなった。
 NHKはもしかして、松本が裸の王様になっている事態をドキュメンタリーとして伝えようとしているんだろうか。
 

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2011/09/19

パパ・ホーボー

渋谷のセンター街が「バスケットボール・ストリート」(通称:バスケ通り)に改名するというお話が出たので、記念にお気に入りの歌を翻訳して紹介します。

ポール・サイモンの「パパ・ホーボー」という歌です。1972年発売の「ポール・サイモン」というアルバムの中に収録されています。

ホーボーというのは、「放浪者」「路上生活者」を意味する言葉で、古いフォークソングでは、わりと一般的な主題です。
怒りのぶどう、ケルアックの「路上」、ウディ・ガスリーや、ミスター・ボージャングルズ、アメリカの60~70年代の人たちはホーボーが大好きでした。まあベトナム戦争がおこなわれていた時代には、それだけ閉塞感があったということなのかもしれません。

この歌を取り上げる理由は、歌詞の中に「バスケットボール・タウン」という言葉が出てくるからです。

地味な佳曲です。
ほかにも、「ウェザーマン」「ゲータレード」「ゲッタウェイ」など、懐かしい単語が並んでいます。

  • ウェザーマン:70年代のアメリカで活躍した極左テロ組織
  • ゲータレードは、フロリダ大学のフットボールチーム、ゲイターズ(ゲイター:アリゲーター=ワニのこと)の協力のもとに開発された世界初のスポーツ飲料。直訳は「ワニの果汁」。
  • ゲッタウェイ:1972年公開のアクション映画:主演はスティーブ・マックイーンとアリ・マッグロー


「パパ・ホーボー」

それは一酸化炭素
懐かしのデトロイト香水
朝のうちからハイウェイを漂い
正午までには君を打ち倒してしまう
おお パパ・ホーボー

見ての通り、ぼくはスクールボーイみたいな姿をしているけれど
心は道化師だぜ
わかるだろ?
それが、このバスケットボール・タウンで身に付けた
自然なリアクションってやつなんだ

一枚残らず
すっからかんになるまで、虎の子のチップをまきあげられて
ワニの果汁で命をつなぎながら
個人的な脱走劇を計画する
デトロイトデトロイト
ホッケーチームにかけられた呪い
オートモビルの夢にサインさせるいかがわしい手口
おお、パパ、パパ・ホーボー
ぼくをどこかに連れていってくれ
朝食後には路上に立っている
ウェザーマンがウソをついたから

英語の歌詞も載せたいところなのですが、ゲシュタポ…いや、シャイロック、じゃなかったジャスラックがすっ飛んでくると面倒なので、リンクを紹介するだけにしておきます。

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2011/08/04

追悼

松田直樹選手が、本日午後一時過ぎ、入院中の病院で亡くなりました。
残念です。

松田直樹さん死去 家族に見守られ…

「週刊Spa」の書評欄に書いた原稿がハードディスクに残っていたので、掲載します。2009年6月に執筆したテキストで、内容は、松田選手の自伝を紹介したものです。

書名:闘争人 松田直樹物語
著者:二宮寿朗
出版社:三栄書房
価格:1524円+税
発売時期:2009年6月15日初版発行

 横浜Fマリノスのディフェンダー松田直樹の半生記だ。ライターの手になる伝記的テキストのほかに、本人による手記、高校時代の監督、球団のスタッフ、チームメート(井原正巳、安永聡太郎、佐藤由紀彦、三浦淳宏、栗原勇蔵)のインタビューを含んでいる。で、最後に本人のインタビューが付属している。いずれも非常に熱い。
 松田は今年32歳になる元日本代表選手だが、「元」という言い方を、本人は嫌うはずだ。おそらく猛然と反発する。「引退するまで《元》なんてことは無い」と。その通り。復帰の余地はある。
 とはいえ、彼には、トルシエの時代に代表の合宿を辞退した過去がある。ジーコのチームでは、サブの扱いに納得が行かず途中で帰ってしまった。そういう性格なのだ。本書を読むと、松田直樹が代表に選ばれ、外され、再び選ばれ、辞退し、再々選出され、定着し、離脱し、突如帰宅するに至る、その背景がよくわかる。松田の側からの事情が、ということだが。要するに、この選手はメンタルにムラがあった、と、そういうことだ。
 が、「メンタル」は、ムラが無ければそれで良いというものではない。闘いに臨む者は、強烈な怒りと、激しい情熱と、鋭い反発心を持っていなければならない。でないと向上することができない。というよりも、闘争心を持たない男は、そもそも戦場に立つことができないのだ。であるから、アスリートは、その精神のうちに強力な爆弾をかかえながら、なおかつそれを統御する術を身につけているべきなのであって、単に温度が低いだけの安定は、意味を持たないのだ。その点、松田直樹は、どこまでも熱い。その熱さをコントロールできるようになったのは30歳を過ぎてからだ。ということは、本当のピークは今後にある。
 ぜひそうであってほしい。

 ご冥福をお祈りします。

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2011/08/03

松田直樹選手のために

JFL松本山雅所属のディフェンダー松田直樹選手(元横浜F・マリノス)が、練習中に倒れたというニュースが伝わってきました。
現在、治療中で、状態は予断を許さないとのことです。

俊輔、窓越しに松田見舞う「回復信じる」(日刊スポーツ)

松田選手の回復と、一日も早い復帰を祈願して、5年ほど前に書いた原稿を公開します。

「フッチバル」(ソニーマガジン。現在は休刊中)という雑誌で連載していた「モンスター・ア・ラ・カルチョ」というサッカーコラムのために書いた原稿です。執筆は2006年の4月はじめ。おそらく、5月号に掲載された分だと思います。

 ずいぶん昔、@2ちゃんねるのサッカー板が、まだ現在ほど荒れていなかった頃、横浜F・マリノスのサポーターが集う掲示板の中に、たいそう秀逸な、心あたたまるスレッドがあった。

 当時私は、すでにガチガチのレッズサポで、マリノスについては油断無く敵視している側の人間であったのだが、このスレッドだけは、あんまり面白かったので、時々覗いていた。
 そんなわけで、当時のマリノスには、ちょっと詳しいわけだ。
 まだ川口能活がいて、俊輔や波戸が同時に在籍していた時代だから、おそらく2000年ぐらいのことだったと思う。発生当初の細かい事情までは詳しく覚えていないが、とにかくそのスレッドは、ある時期から、現実のF・マリノスとは別の、「フラット・マリノス」と呼ばれる架空のチームについて語る場となり、いつしか、完全なネタと化し、最終的には、あんまりシュールになりすぎて、空中分解した――そういうスレッドだった。
 で、その、マリサポの狂ったイマジネーションの泥の中に咲き乱れた幻想のチーム「横浜フラットマリノス」における、最大の人気キャラクターが「マツさん」こと松田直樹選手だったわけだ。
 ほかにも、「微妙にチームから浮きあがりつつも、一人で熱血している永遠の青春野郎《テソ》こと《キャプテソ川口》」「独立独歩のオタクながらも、技術は天下一品の左甚五郎的職人キャラ《キノコ》」「俳句が得意な風流人、超地味王こと遠藤兄」など、多士済々だったが、そんな中にあっても、破壊王マツのスター性は別格だった。
 実際の松田直樹がどんな性格の持ち主であったのか、私は知らない。
 が、フラットマリノスの「マツ」についてなら、よく知っている。
 マツは、怒りんぼの、感激屋の、それでいてやる時はやる、まるで少年漫画の主人公みたいに素敵滅法な猪突猛進キャラクターだった。
 「ごるぁあああああ」と喚きながら、敵陣ペナルティーエリアに突入して行くマツ。敵方軟弱キャラ・ヘナギを後ろから削って不適に笑うマツ。「てめちくしょう、ざけんな××」と、主審を罵倒しながらスローイングのボールを敵の股間に投げつけるマツ。うっかり愛娘・クルミちゃんの話題を振ると「まあ、そこに座れ」と言って長話をはじめずにはおかないマツ……マツさんは、いつでも百パーセント全力疾走の男だった。
 もちろん、「マツさん」の面影は、ファンの幻想に過ぎない。
 でも、サポーターが描く幻想には、必ず切実な真理が含まれている、と、私はそう考える者だ。たとえば「マツ」の中にある熱血と怒りは、おそらく松田直樹のうちにある情熱とほとんど同質の成分を含んでいるはずなのだ。
 顔を見ればわかる。
 実際、松田ほど表情の豊かなディフェンダーは珍しい。
 いや、優れたディフェンダーは、パオロ・マルディーニやマルセル・デシャンがそうであるように、本当なら、ポーカーフェースを身につけているべき存在だ。というのも、敵方のFWに表情を見破られないことが、ストッパーたるものの臨戦第一課だからだ。
 でも、マツは違う。
 マツは、あまりにも多彩なその表情に敵が混乱しているスキに仕事をする。
 憤怒。笑い。恫喝。そして突然の涙(そう。松田は、負けているのに攻めて来ない敵のあまりのふがいなさに、涙を流しながらプレーしたことがあった)。松田の表情は敵にも味方にも、サポーターにも瞬時に伝わる。
 というのも、彼の表情は、単に顔面表情筋の緊張と緩和が生み出す瑣末な相変化とは別次元の、全身の動きとオーラで表現されるひとつの叫びに似た何かだからだ。
 たとえば、奈良興福寺の阿修羅像を見たことがある人は、松田直樹の面影に、阿修羅のオーラが宿っていることに気づくはずだ。
 ありがたい仏様だが、なにしろ激しく、そして美しい。
 「阿修羅身は三面六臂にして青黒色、忿怒裸形相」と、仏典にある通り、三つの顔と、六本の腕を備え、正面の顔には沈んだ怒りの表情を浮かべている。
 それもそのはず、阿修羅は、サンスクリット語・パーリ語の「アスラ」で、もともとは、ヒンズーの悪神だった。インドの大叙事詩『マハーバーラタ』には、ビシュヌ神の円盤に切られて大量の血を吐きながら、刀、槍、棍棒で打ちのめされたアスラたちが戦場に横臥し、血に染まった彼らの肢体が、褐色の岩の頂のように累々と横たわっているようすが描かれているという。
 で、その争いと血を好む鬼神アスラが、仏に帰依して、仏教を守る八部衆に入った姿が、阿修羅像ということになる。
 いや、細かいことは良いのだ。どうせ受け売りだし。
 大切なのは、阿修羅が、改悛した悪の化身で、そこから彼の本領が発揮されたというところだ。
 松田の場合はどうだろう。
 熱血キャプテンとしての顔、甘々な父の顔、そして、悪鬼の如きストッパーの顔という3つの面を持ち、6つの技を持っているという点では、三面六臂だが、それ以上にポイントになるのは、「改心」「帰依」である。
 キャプテンをまかされた円熟のマツさんが、あの頃のマツさんではない……のだとしたら、これは大変なモノになると思う。
 あの「マツさん」が、審判に対する暴言を断念し、ムカつく敵への報復をあきらめ、無謀な上がりを自粛したら、これは、大変な選手になる。いや、実際、今シーズン、キャプテンをまかされている松田直樹には、阿修羅松田いや、アフラマツダ(←ゾロアスター教における全知全能の最高神)の面影が宿っている。
 とすれば、ジーコは、ぜひ代表に呼ぶべきだ……と思うのだが、なにしろ異教徒だからなあ。
 合掌。

 なお、この原稿は、拙著「サッカーの上の雲」(駒草出版:たぶん絶版)の中に「苦しい時の阿修羅頼み?」として収録されています。

 参考までに掲載時に付加したイラストも。あんまり出来がよくありませんが。

Matsuda00

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2011/08/01

Twitterはじめました。

ツイッターをはじめました。
アカウントは tako_ashi  です。
今日はそれだけを言いにきました。
ブログの再開はどうなるかわかりません。
久しぶりにコメント欄をざっと確認してみてうんざりしました。
再開することがあるにしても、コメント欄は閉じることになる気がします。
コメントは、ツイッターのアカウント宛に送っていただくのがいいのかもしれませんね。

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2010/11/14

パックス・パックマン

 昼過ぎに起床。
 マニー・パッキャオVSアントニオ・マルガリート戦をWOWOWにてテレビ観戦。

 しかしとんでもないボクサーですね。
 フライ級からスーパーウェルター級まで、6階級制覇。途中を飛ばさなければ10階級。
 体重差にして約19キロ。
 パンチを当てる巧さはもしかして歴代のボクサーの中でもナンバーワンかもしれない。

 以下、ボクシングの様々な側面について、私が実際に見た(といってもテレビだけど)範囲内で、個人的なナンバーワンを列挙してみる。

  • ディフェンスの巧みさ:フロイド・メイウェザー:とにかく打たせない。やたらと速い。ボクサーとしての面白味には若干欠ける。でも技術は一級品。防御職人。
  • 動きの美しさ:シュガー・レイ・レナード:ステップワークだとかパンチの出し方だとか、避けた後の身のこなしだとかが、うそみたいにきれいだった。あるいは、実戦的なボクシングの動きとしては実はあんまり有効じゃなかったのかもしれないが。でも、なんともエレガントでしたよ。見ていてうっとりしました。
  • フィニッシュブローの威力:マイク・タイソン:決めにかかった時のパンチは本当に破壊的だった。ヘビー級としては異例なスピードの持ち主でもあった。あれほど圧倒的な力量を備えながら全盛期が短かったのは、アタマがワルかったせいなのだと思う。あるいは知能以前に人格が14歳だったのがいけなかったのかも。
  • リードパンチの精密さ:モハメド・アリ:手打ちみたいに見えるのに、なぜなのか当たると破壊的だった不思議なジャブ。フットワークとコンビネーションブローの華麗さも革命的だったが、なによりカリスマ性が一ボクサーの域を超えていた。兵役前(カシアス・クレイ時代)のスピーディーかつ流麗なスタイルも魅力的だったが、改名後のトリッキーな戦略的ボクシングも面白かった。おまけに詩人で男前。パーキンソン氏病は、やっぱり打たれ過ぎたことと関係があるのだろうか。パンチを耐える精神力も異常だった。
  • ワンパンチの破壊力:ジョージ・フォアマン:ジョー・フレイジャーを一撃で倒したフックは文字通り殺人的だった。神が降りてきてから後は、若干クレバーなスタイルに転向した。無論、往年の強さは無かった。
  • 目の良さ:ナジーム・ハメド:上体だけでパンチを避けるのが得意。奇跡みたいなスウェーバック。そして異様な角度から繰り出される悪夢みたいなパンチ。空前絶後。進化の袋小路的ボクサーですね。
  • 肉体の見事さ:トマス・ヒットマン・ハーンズ:ミドル級時代の上半身はまるで彫刻みたいに美しかった。フリッカージャブの破壊力も破格。打たれ弱かったことが試合をスリリングにしていた。
  • バランス:マーベラス・マービン・ハグラー:攻守一体。完璧なガードを保持しつつ、あらゆるパンチをすべての角度から繰り出すことができた。スタミナ、勇気も一流。一時期は面白味が感じられないほど強かった。
  • 頑丈さ:ムスタファ・ハムショ:岩石男と呼ばれた。ハグラーとの試合は凄惨の一語。こんな人間もいるのだなあと思った。
  • ハンドスピード:ヘクター・カマチョ:相手が弱っている時とかに撮影用のネタみたいにして繰り出す連打は、本当にこの世のものとは思えないほど速かった。有効であったのかどうかは別問題。あれだけ速ければ見世物として通用する。
  • 凶暴さ:ロベルト・デュラン:ライト級時代の強さは別格。ボクサーとしてはもしかして荒削り過ぎるのかもしれないが、殴り屋という分類があるのだとしたらたぶんパウンド・フォー・パウンド史上最強。

 その他、色男のアレクシス・アルゲリョとか、一瞬だけえらく強く見えたドナルド・カリーとか、地味で強くて報われなかったラリー・ホームズとかぜひランキング入りさせたいボクサーもいるのだが、今日のところはここまで。

 表題は、パックス・ロマーナ(ローマの平和)のパクりです。パックマン一極支配によるボクシング世界の静寂、ぐらい。パックマンの語尾をラテン語でどう変化させれば良いのかわからなかった。

 それにしても、パックマンの看板は、そろそろ掛け替える時期にきているんではなかろうか。
 「パッキャオだからパックマン」というこの語呂の安易さに、東洋人への軽い蔑視のようなものを感じるのは私だけではないはずだ。
 トップランク社の偉い人たちも、こんなに強くなったんだから、そろそろもう少しリキの入ったニックネームを考えてやるべきだと思うぞ。

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2010/11/12

帰還

 一昨年の10月に物故したイギー氏の剥製が帰宅したので、報告がてら更新をば。

 制作は文京区にある剥製屋さん。
 先方が、猛烈に忙しくて完成が遅れた。
 なんでも、上野の国立科学博物館で開催された「大哺乳類展」などのイベントにかかわっていたとのこと。
「お待たせしてすみまん」
 ということで、チケットをたくさん貰ったりした。

 完成の旨、連絡がはいったのは、今年の6月。
 ところが今度はこっちが忙しくて(というよりも、催促がないと動き出せない性質なので)、引取りに行かぬまま約半年が経過。
 で、昨日、せめて誕生日(←今日だよ)の前にということで、身請けに赴いた次第。

Iggy1111

 あらためて見ると、実に立派。感動的にデカい。っていうか、見るたびに驚く。しばらく会っていなかったので。
 現在は、暫定的に玄関の下駄箱の上に単純に置いている。
 より素敵な展示方法を考えねばならないだろう。
  
 さて。
 色々とお待たせしている関係もあって、更新をためらう気持ちはあるのだが、
「もしかして、この二年ほどの不活発状態は、ブログを投げ出していたことに由来するのではなかろうか」
 と考えてみることにした。
 オダジマが自縄自縛に陥っているところのものを待っていらっしゃる皆さんには、
「ブログも動き出したことだし、いよいよ……」
 というふうに受け止めていただけるとありがたい。

 ブログの更新をやめていたから無気力になっていたのではない。無気力の結果がブログ放棄になっていたのだ、と、理詰めで考える人は、そう言うはずだ。
 
 でも、ものは考えようだ。
 それに、私は理詰めで動く人間ではない。
 地道に更新していれば、あるいは天からやる気が降ってくるかもしれない、と、そう考えてみることにしよう。
 大丈夫。自己暗示は得意分野だ。

 ということで、今日のところはここまで。
 力まないのが長続きのコツだよ。
 って、オレが言うことじゃないなw

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2010/03/02

祝合格

Yukichi01

知り合いの息子さんが慶應義塾大学に合格したそうです。
ということで、祝辞がわりに、アリモノの絵にポエムを添えてみました。

おめでとう。

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